八十日間世界一周 ジュール・ヴェルヌ

アメリカの鉄道でだけ起こる出来事が述べられること


乗客たちは、後はただ自然によってならされた果てしない平野を延々と下っていけばよい状態となった。「大幹線」の支線が、コロラド州の首都デンバーに向けて走っていた。コロラド州は金や銀が豊富に産出しており、人口はすでに5万人を超えていた。

まる3日書けて、列車はサンフランシスコから1382マイル走破していた。後まる4日走れば、一行はニューヨークに到着するはずだった。フィリアス・フォッグはまだ予定通りに旅行していた。

その夜、列車はワルバ駐屯地の右側を通った。ポール川が線路に平行して流れていた。この川は、ワイオミング準州とコロラド州の境界線となっている。午後11時、列車はネブラスカ州に入り、セジウィッチの近くを過ぎ、南プラット川のそばにあるジュレスバーグに着いた。

1863年10月23日、ユニオン・パシフィック鉄道の開通式がこの地で行われた。工事の総監督はドッジ将軍であった。2台の強力な機関車が、それぞれ招待客を乗せた9両の客車をひいてこの地にやってきた。その中には会社の副社長だったトマス・C・デュラント氏もいた。歓呼の声が響き渡り、スー族とホーニー族とが招待客に模擬戦を披露し、花火が打ち上げられた。「開拓鉄道」紙の創刊号が、移動印刷機によって発行された。大幹線の開通式はそんな祝賀ムードで行われた。大幹線は、進歩と文明化を促す手段として、未開の原野を進み、その時点ではいまだ存在しなかった市や町を互いにつなぐものと期待された。機関車の汽笛の音はアンフィオンの竪琴の音よりも強く鳴り響き、アメリカの土地に町や市を築こうとしていた。

午前8時、フォート・マックパーソンを過ぎた。そこからオマハまで357マイルの距離があった。列車はくねくね曲がった南プラット川の左岸を走った。9時にノースプラットという都市に着いた。この都市は、南北両プラット川に挟まれている。2つの川はこの地で合流してひとつの川となる。そしてオマハの辺りでミズーリ川へと流れ込むのだ。

列車は101度の子午線を超えた。

フォッグ氏とその相手たちとは、またホイストに熱中していた。だれも―ダミーさえも―長い旅行に不平を言わなかった。フィックスは最初数ギニー勝ったが、落ち目に転じていた。だが、フォッグ氏に負けず劣らず、戦い続けていた。この朝、フォッグ氏は明らかについていた。切り札や役札が彼の手に流れ込んできていた。やがて思い切った手を考えついて、スペードで勝負にでた。そのとき、後ろから声が聞こえた。「わしならダイヤで行くな。」

フォッグ氏、アウダ、フィックスは顔を上げた。プロクター大佐が立っていた。

スタンプ・プロクターとフィリアス・フォッグとは、すぐ相手を認めあった。

「あぁ、お前か、イギリス人。」大佐は言い放った。「お前はスペードで勝負するつもりなんだな。」

「勝負します。」フィリアス・フォッグは静かに答え、スペードの10を場に置いた。

「そうか、俺はダイヤの方がいいと思うぞ。」プロクター大佐は横柄に言った。

そして、あたかもカードを持っているような身ぶりをしながら、こう言った。「お前はホイストを分かってないなぁ。」

「もっと別のことをやるようにはできます。」そうフィリアス・フォッグは言って、立ち上がった。

「ならやってみろよ、ジョン・ブルの息子よ。」大佐は言い返した。

アウダは青ざめた。血も凍る思いだった。彼女はフォッグ氏の腕をつかみ、穏やかに引き寄せた。パスパルトゥーは、敵にさげすみの視線を送るアメリカ人に飛びかかろうとした。そのときフィックスが立ち上がり、大佐の前に出てこう言った。「お忘れだろうが、俺はお前に借りがあるんだ。お前は俺を侮辱しただけでなく、殴りもしたんだぞ!」

「フィックスさん、」フォッグ氏が言った。「すみませんが、これは私の問題です。大佐は、スペードで行くべきでないと言って、また私を侮辱しました。彼に償いをさせなければいけません。」

「時間と場所はお前に任せる。」アメリカ人は言った。「武器も好きなのを選んでいいぞ。」

アウダは引き留めようとしたが無駄だった。決闘を肩代わりしようという探偵の試みも無駄に終わった。パスパルトゥーは大佐を窓から投げ飛ばしたかったが、主人に止められた。フィリアス・フォッグは客車を出た。アメリカ人はデッキまでついてきた。フォッグ氏は相手に話しかけた。「私は急ぎの用事でヨーロッパに戻らなければなりません。遅れると私は大きな損害をこうむるのです。」

「ほぅ、それがどうした!」大佐は答えた。

とても丁寧にフォッグ氏は話し続けた。「サンフランシスコで会った後、私は、ヨーロッパでの用事を済ませたらすぐにアメリカに戻ってあなたを捜そうと決心しました。」

「ほんとかね!」

「6ヶ月後に私と会っていただけないでしょうか。」

「なぜ10年と言わないんだ!」

「6ヶ月後です。」フィリアス・フォッグは繰り返した。「そのときには必ず会いに来ます。」

「逃げるんだろう、えぇ?」スタンプ・プロクターは言い放った。「今やれ、でなきゃやめちまえ!」

「いいでしょう。あなたはニューヨークへ行くのですか。」

「違う。」

「シカゴですか。」

「違う。」

「オマハですか。」

「そんなこと、お前に何の意味があるんだ? プラム・クリークを知ってるか?」

「いいえ。」フォッグ氏は答えた。

「次の駅だ。1時間後にそこに着いて、10分間停車するんだ。10分あれば、銃の撃ち合いはできるさ。」

「分かりました。」フォッグ氏は言った。「プラム・クリークで下車しましょう。」

「ずっとそこにいるだろうよ。」アメリカ人は言い捨てた。

「さぁ、どうでしょうか。」フォッグ氏は答え、自分の客車に戻った。その冷静さはいつもとまったく同じだった。彼はアウダに、あのならず者など怖がることはありません、と請け合った。そしてフィックスに、決闘の立会人になってくださいと頼んだ。フィックスは断ることなどできなかった。そしてフォッグ氏は、この上ない冷静さでゲームを再開した。

11時、機関車の汽笛が鳴り、まもなくプラム・クリークだと知らせた。フォッグ氏は立ち上がった。フィックスを連れて、デッキに向かった。パスパルトゥーはその後ろに、ピストルを2挺持って続いた。アウダは客車に残った。その顔は死人みたいに青ざめていた。

となりの客車のドアが開き、プロクター大佐がデッキに現れた。アメリカ人の立ち会いを連れていた。彼も大佐同様暴れ者のようだった。ところが、双方が列車から降りようとしたそのとき、車掌が走ってきて叫んだ。「お客様、降りれませんよ!」

「なぜ降りれんのだ?」大佐が尋ねた。

「列車は20分遅れています。ですから、駅には止まりません。」

「だが俺は、この紳士どのと決闘するんだ。」

「申し訳ありません。」車掌が言った。「もう出発の時間なんです。」確かに、発車ベルが鳴っていた。

列車は走り出した。

「誠に申し訳ございません。」車掌が言った。「他のときでしたら、ご要望にお応えするのですが。ここでは時間がとれません。なんでしたら、車内で決闘なさいますか。」

「たぶんこの紳士どのはいやだと言うだろうよ。」大佐は笑いながら言った。

「いや、望み通りですよ。」フィリアス・フォッグは答えた。

「いやぁ、まったくもってアメリカ的だなあ。」パスパルトゥーはひとりごちた。「車掌までが一流の紳士だとはなぁ。」

そうつぶやくと、主人の後を追った。

敵手2人とその立会人は、車掌に導かれて、列車の最後尾の客室へ向かった。その車両には乗客は12人しかいなかった。車掌は一同に丁寧な口調で、しばらくの間客室を出ていただけませんか、こちらの紳士方が名誉をかけて決闘をいたしますのでと頼んだ。乗客たちはすぐに承諾し、そしてデッキに出ていった。

車両は長さが50フィートあったから、決闘をするのに都合が良かった。敵手たちは通路を歩いて、そして相手を撃てば良かった。これ以上あっさりした決闘など考えられなかった。フォッグ氏とプロクター大佐は、それぞれ6連発のピストルを持って、客室に入っていった。立会人は外に残り、2人を閉じこめた。決闘は、最初に機関車が汽笛を鳴らしたときに始めることになっていた。その2分後、生き残った方が客室から出て来るものと決められた。

ことは単純だった。実際、この単純さに、フィックスとパスパルトゥーは、心臓が早くうちすぎて、破裂してしまうんじゃないかとさえ感じた。立会人たちは汽笛が鳴るのを待った。

突然、異様な叫び声が空中にこだました。と同時に、銃声がとどろいた。この銃声は、明らかに決闘者がいる客室ではない方から聞こえてきた。列車の前方で鳴っていたのだ。まもなく列車全体に広がった。恐怖の叫び声が列車のそこかしこで起こった。

プロクター大佐とフォッグ氏が、ピストルを持って客車から飛び出してきて、列車の先頭に走っていった。そちらの方で銃声や叫び声が大きくなっていた。そして2人は、列車がスー族の一団に襲われたことを知った。

インディアンたちによる襲撃は、これが始めてのことではなかった。彼らは何度か、線路上で列車を待ち伏せしたことがあったのだ。スー族が100人ほど集まり、列車を止めることなくステップにつかまるのが彼らのやり方であった。そのさまは、駆け足で走る馬に道化がひょいと飛び乗る様子そのままだった。

スー族はみな銃を持っていた。最初の銃声は彼らが撃った音だった。だが乗客の方もだいたい武器を持っていた。銃撃戦が始まった。

インディアンはまず機関車に飛びつき、マスケット銃を振り上げて、機関士と火夫とを殴って気絶させた。そして酋長が、列車を止めようとしたが、速度調節のやり方を知らなかったので、機関車に蒸気を送る弁を閉めるかわりにいっぱいに開いてしまった。機関車はすさまじい勢いで走り出した。

スー族は客車にも飛びついていた。怒った猿みたいに屋根の上を飛びまわり、ドアを押し開け、乗客と接近戦を演じた。貨車に侵入し、そして乗っ取り、トランクなどを外に放り投げた。叫び声や銃声が鳴り続けた。乗客は勇敢に身を守った。何両かの客車にバリケードを築いた。それはさながら時速100マイルで移動する砦みたいだった。

アウダはそもそもの始まりから勇敢に行動した。彼女はヒロインさながらに自分の身を守った。壊れた窓のすき間に見えた襲撃者を銃で撃ったのだ。スー族が20人ほど、地面にたたきつけられて致命傷を負った。列車の車輪が、レールの上に落ちた人間を虫けらのように踏みつぶした。乗客も何人か、撃たれたり気絶したりして、座席の上に倒れていた。

戦いは10分間も続いた。このまま列車が止まらなければ、スー族の勝利に終わってしまうはずだった。というのは、次のキアニー駅には守備隊がいるのだが、もうあと2マイルしか距離がなかった。もし駅を通過してしまえば、スー族はその次の駅に着くまでに列車を制圧してしまうだろう。

車掌はフォッグ氏のそばで戦っていたが、撃たれて倒れた。彼は倒れながら、「列車が5分以内に止まらなければもう終わりだ!」と叫んだ。

「なら止めよう。」フィリアス・フォッグは言い、客車を走りぬけようとした。

「お待ちください。」パスパルトゥーが叫んだ。「私がいたします。」

フォッグ氏に引き留める暇も与えずに従者はドアを開けた。そして、インディアンに気づかれることなく、客車の下にもぐり込むことに成功した。戦いはまだ続いていた。銃弾が頭の上を飛び交っていた。パスパルトゥーは昔体操をしていた経験を生かして、驚くほど機敏に、客車の下を動き続けた。鎖につかまったり、ブレーキに足を乗せたりして、見事に客車から客車へと伝っていった。ついに列車の前部に達した。

そこで、片手で貨車と炭水車の間にぶらさがり、もう一方の手で安全鎖をはずした。しかし、牽引力が強くて、連結棒のネジを抜くことができなかった。ところが、ある場所で連結棒に強い振動が加わり、ネジが飛んだ。列車の速度が落ちた。機関車はさらに速度を上げて行ってしまった。

列車はそれでも慣性の法則に従って動き続けた。しかし、やがてブレーキがかかり、ついに止まった。キアニー駅まで残り100フィートを切っていた。

守備隊が銃声を聞いて駆けつけていた。スー族は兵士を待たずに、列車が止まる前に一段となって逃げていった。

だが、乗客が駅のプラットホームで互いに確認しあうと、何人かがいなくなっていた。その中には、我が身を投げ出して一同を救った、あの勇敢なフランス人の姿もあった。


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