メイカーズ 第二部, コリイ・ドクトロウ

第十四章


エヴァがペリーの家の戸口に姿を見せたのはその夜の夕食が済んだ後のことだった。レスターとスザンヌは二人で浜辺に出かけていて、ペリーはカメラと古いコンピューターを使って一人で雑貨品のリストを更新しながらそれら全てにRFIDタグを張り付けているところだった。

彼女は子供たちを引き連れていた。エイダは物が積まれたコーヒーテーブルの上に置かれた二つの古くてすてきなあの野球ミットに目をとめ、一直線にそこに向かうと両手にそれをはめた。彼女が両手でグローブを打ち鳴らして革特有の音をたてながら歩きまわっては引き出しをのぞき見たり、アーク溶接機の先端をのぞきこんだりし始めたのでペリーは慌ててそれを取り上げて背の高い棚の上に隠した。しかしその目の動きから見て彼女がペリーの動きを追って道具の場所を憶えたのは間違いなさそうだった。

小さな男の子の方、つまりパスカルは母親の腰のあたりに抱きかかえられていた。エヴァにはひと目でそれとわかる泣いた跡があったが涙はもう乾いていた。今は断固とした決意の表情を顔に浮かべ、そのあご先は上を向いていた。

「いったい彼をどうしたらいいのかわからない。引退して以来、私を怒らせるようなことばかりなのよ。彼が浮気をしたことは知っている?」

「自分で言ってたよ」

彼女は笑った。「彼は何でも話しちゃうのよ。自慢ばっかりでしょ? それはともかく、なぜそんなことをしたかはわかっている。中年の危機よ。でもその前は早期成人期の危機だった。その前は青年期の危機。あの人は自分で何をしたらいいのかわかっていないのよ。彼はいい人だけど常に百個くらいのボールでジャグリングでもしていないと頭がおかしくなってしまうの」

ペリーはあいまいに肩をすくめてみせた。

「あなたが彼の味方だってことはわかっている。だけど今言ったことが本当だってことは認めざるをえないでしょう? 彼のことを愛してる。心の底から。だけど彼はひどく破滅的な性格になってしまった。彼がどれだけ私や子供たちを愛していてもそれは問題じゃないわ。仕事で自分を痛めつけるのをやめるやいなや彼は他の何かを見つけ出して自分の生活をめちゃくちゃにしようとするのよ。私たちはこれからの二十年間を子供を育てたり、ボランティアで働いたり、旅行をして過ごすつもりだった。だけどそうなる可能性は低いわね。あなたも彼がスザンヌを見る目つきを見たでしょう」

「あなたは彼とスザンヌが……」

「いいえ。彼にそれを尋ねたわ。彼はそんなことはないと言っていた。彼女とも話したけど自分はそんな事態を引き起こすつもりはないって彼女は私に言った。私は彼女のことを信じている」彼女は座って小さな少年が満足気な笑い声をたてるまで彼をあやした。ペリーが組み立てた人工肛門を見つけたエイダがキッチンで狂ったように騒いでいるのがペリーの耳に聞こえた。「ライドはとても楽しい。あなたのライドはすばらしいわ。だけど残りの人生をずっとライドに乗って過ごしたいとは思わない。ランドンは止まることのないライドなのよ。降りることはできない」

ペリーは途方に暮れた。「俺はこれまで女との付き合いが六ヶ月以上続いたことがないんだ。エヴァ。この手の事について何もアドバイスできない。だけどケトルウェルは本当にすごいやつだよ。どうもあなたは彼を束縛しすぎな気がするんだが違うかな? 忙しければ彼はハッピーで、暇になるとひどい状態になるんだろう。だったら忙しくさせとけば彼はあなたがそうあって欲しいと思うような男になるんじゃないかな。一緒に過ごせる時間は少なくなるにしてもさ」

彼女が胸をはだけて乳首を少年の口に含ませたのでペリーは目線をカーペットに向けた。彼女が笑った。「本当にギークなのね」彼女が言った。「OK、わかった。あなたのアドバイスに従うわ。それでどうすればもう一度彼を忙しくさせられるかしら。ここの仕事を手伝わせられない?」

「ここだって?」ペリーはその提案について考えた。「ここの人員増強が必要だとは思っていないな」

「そう言うと思った。ペリー、それじゃあ私はどうしたらいいって言うの?」

キッチンの方から何かが壊れるすさまじい音と驚いて叫ぶ声が聞こえ、それから「やっちゃった」という小さな声が聞こえた。

「エイダ!」エヴァが叫んだ。「今度は何なの?」

「部屋の中でボール遊びをしちゃったのよ」エイダがさっきと同じ小さな声で答えた。「やっちゃだめって言われてたのに。何か壊しちゃった。聞こえたでしょ」

エヴァが頭を振った。「そうやってまるで下手くそなチェロみたいな怒鳴り声を私に上げさせるわけね」彼女は言った。「ごめんなさい。ペリー。なんであっても弁償するわ」

彼は彼女の腕を軽く叩いて見せた。「自分が誰と話しているのか忘れているんじゃないか。俺は修理仕事が大好きなんだ。気にしないで」

「そういうわけにはいかない……同じ物を買うわ。そうすればそれからパーツを取れるでしょう。エイダ! とにかく何を壊したの?」

「貝殻でできてるなにか。トースターの横にあったやつ。ぴくぴく動いてる」

「貝殻製トースター製造ロボットだ」ペリーが言った。「気にしないで……どっちにしろオーバーホールしなきゃならなかったんだ」

「なんですって」彼女が言った。「貝殻製トースター製造ロボット?」

「ケトルウェルと知り合う前はそういうたぐいのものを作ってたんだ」彼は言った。

「彼に会った?」

「会ったよ」

「彼、かなり参ってた?」

彼はフランシスのテラスで見たケトルウェルの長い顔を思い出した。「ああ、かなり参ってたね。かなり心配していたように思う」

彼女は頷いた。「それでいいのよ。たぶんいい薬になるわ。エイダ! 物を壊すのをやめて戻って来なさい!」

「パパのところに戻るの?」

「ええ」彼女が答えた。

「よかった」エイダが言った。

彼らが去った直後にスザンヌとレスターが戻ってきた。二人はペリーに頷いて見せるとベッドルームに消えていった。十分ほどするとスザンヌが荒々しい足取りで再び姿をあらわした。廊下に出て行きながらちらりとペリーの方を一瞥すると彼女は後ろ手にドアをぴしゃりと閉めた。

ペリーはレスターが一人で姿を見せないか五分ほど待ってみた。ファトキンスの女の子相手の時にも同じようなことが何度かあった。ファトキンスの愛し方は激しくて予想を超えている。レスターはそのとろけるような経験を自慢するのが好きなようだった。自慢話は快楽主義的なファトキンス文化の持つ奇妙な習慣の一つだった。

だが今回はレスターは姿を見せなかった。ペリーは彼に電話をかけるかメールをしようかと考え、結局、足を運んで彼の部屋のドアをノックした。

「ああ、リビングルームに戻っていてくれ。すぐ行く。すぐ行くから」

ペリーは戻るとレスターの部屋のドアが開く音がしないか耳をそばだてながらしばらくの間、とりとめなくライドの愛好家が書いているブログを見て回った。そのうち彼が姿を見せた。浮かない顔に腫れぼったい目をしている。

ペリーは頭を振った。今夜はあらゆる人間が落ち込んでいるようだった。

「やあ、レスター」彼は言った。「何かあったのか?」

彼が乾いた笑い声をたてた。「彼女といるとき、俺はまだ太ったままなんだ」

何のことかわからなかったがペリーはまるで理解している様な顔で頷いた。

「ファトキンスになってから俺は、なんというかちゃんとした人間になれた気がしていたんだ。太っていた時は誰にも相手にされなかったし完全に性別不明だった。俺は相手が誰だろうがセックスについては考えなかったし誰も俺とのセックスを考えようとはしなかった。女に関して何か感じるとすればそれは高潔でロマンティックな恋愛だった。俺が野獣で相手は美女で俺たちは何か清らかで精神的な恋愛を楽しむって具合だ。

ファトキンスが俺を変えた……完全に。全人格をだ。下半身も首から上も。おまえから見たら気色悪くて救いようがなく見えるのはわかっている。だけど俺にとってこいつは福音なんだ。俺はいつだってファトキンスの女の子を連れて知っての通りの乱痴気騒ぎを繰り広げている……二人にとってはそいつが本当に親密な何かを形作るものになるんだ。苦痛の否定だ。俺たちをこんなに気色悪い不可触な存在にしたこの世界へのファック・ユーなんだ」

「それで彼女といる時はおまえは未だに太ったままだって? 確かそう言ったな?」

レスターが顔をしかめた。「ああ。こいつは俺の方に問題がある。思うに太っている時に彼女が俺を拒絶したことを俺はずっと根に持っているんだろう。なぜ彼女がそうしたのか俺は完全に理解しているっていうのにな」

「たぶん今になって彼女がおまえを欲しがっていることにおまえは腹を立ててるんだろう」

「ふむ」レスターは膝で手を拭って見つめた。「OK、たぶんそうなんだろう。なぜ今になって彼女は俺を求めるんだ? 俺はずっと同じ人間だったってのに」

「今じゃおまえには欠点がないってことを除けばな」

「まったく」レスターはあたりを歩きまわり始めた。「おい。誰がトースターロボットを壊したんだ?」

「ケトルウェルの娘だよ。エイダだ。エヴァはあの子供たちの世話で手一杯だ。彼女、ケトルベリーの所から出て行ったんだぞ」そこでレスターに話すべきか彼は考えた。知ったことか。「彼がスザンヌに気があると彼女は思っている」

「やれやれだな」レスターが答える。「たぶんスワッピングでもするべきなんだろう。俺がエヴァと一緒になってやつがスザンヌといっしょになる」

「おまえがそんな豚野郎だったとはな」ペリーは言った。

「知ってるだろう。俺たちファトキンスは……セックスと飯と馬鹿なことが好きなのさ」

「それでおまえとスザンヌの間で何があったんだ?」

「俺が彼女のそばで裸になる前に出て行っちまったんだ。泣き出したり何か皮肉を言ったりすることもなくな」

なんてこった。レスターは泣きだした。最後にレスターが泣くのを見たのがいつだったかペリーには思い出すこともできなかった。最近じゃあこのあたりには泣き言を言う人間しかいなくなってしまったらしい。

「おいおい」こんな一日、さっさと終わって欲しいとペリーは思った。ヒルダのことが無性に恋しい。たいして彼女のことを知っているわけでもなかったというのに。一緒にここにいてくれる人間がいたらどんなにいいだろう。ベッドで一緒に寝っ転がってなにもかも話せる相手がいたら。たぶんティジャンに電話すべきなのだ。彼は自分のコンピューターのキーを叩いてテレビにモールス信号で時間を表示させた。午前一時。六時間後には起き上がってライドに電源を入れて動かさなければならない。全部放り出して彼はベッドへと潜り込んだ。マディソンを離れて以来ヒルダからはメールの一通もなかった。もちろん彼からも送ってはいなかったが。

ペリーがマンションから抜けだした時にはレスターはまだいびきをかいていた。ジュースのパックと電子レンジで調理できる鹿肉、それにうずらの卵の朝食を彼は手にしていた。自動車には小さな電子レンジが取り付けられていて最初の赤信号で停車する頃にはブリトーは原子炉みたいに熱くなり食事の準備が整っていた。彼はライドに向かって運転しながら片手でそれをつかみ朝食を済ませた。

駐車場へとつながる車道の出口には二台のパトカーが停まっていた。ブロワード郡保安官事務所の保安官代理が乗る黒と白の車が行く手をさえぎるように道に直角に停まっているのだ。

ペリーは車を停めると両手がよく見えるようにしてゆっくりと車から降りた。パトカーのドアが同時に開く。日もまだ昇りきっていないというのに既にサングラスをつけた保安官代理たちが手にしていたコーヒーをボンネットに置いた。

「これはあなたの所有物ですか?」保安官代理の一人が肩越しに親指でフリーマーケットとライドを指さした。

どんな質問にも答えないほうがいいことをペリーは知っていた。「どういったご用件でしょう?」

「あなたを捕まえないとなりません。申し訳ないですが」警官は若いラテン系の女性だった。その相棒は中年の白人の男で、その赤ら顔を見るとペリーは昔のフロリダの警官を連想した。

「罪状は?」

「罪状はない」男の方の警官が言った。まるで既に怒っていてこれ以上ペリーが何か言おうものならさらに怒りを増しかねない声だ。「あんたを逮捕するためには罪状がいる。我々は差し止め命令を執行している最中だ。だからもしあんたが我々を素通りすれば罪状が手に入ってその結果あんたを逮捕できるというわけだ」

「差し止め命令書を見せていただけますか?」

「いいだろう。裁判所に行って差し止め命令書を見てくればいい」

「私に見せるための写しをお持ちじゃないんですか?」

「私がか?」警官の笑顔は意地悪そうで苛立っているようだった。

「オフィスに行っていくつかものを取ってきてもいいですかね?」

「もし逮捕されたければそうすればいい」不機嫌そうな顔で彼はコーヒーをすすりパトカーへと戻っていった。

もう片方の警官はろくでなしの相棒に対してかすかにきまり悪そうなそぶりを見せるだけの礼儀は持っていたが後を追って彼女も車へと戻った。

ペリーはこの事態に頭をフル回転させた。あの警官は見るからに彼を殴りつけたそうだ。たぶんライドを憎んでいるか、仕事を憎んでいるか、あるいはたぶんペリーを憎んでいるのだ……おそらく彼は何年も前にバラック街を襲撃した警官の一人なのだろう。頭を撃たれたことで彼はかなりの額の和解金を郡から得ていた。多くの警官がそれを快く思っておらず、今でも彼に敵意を抱いていることは想像に難くなかった。

さらに間の悪い事に事態は悪化しつつある。最近になって集団であたりをうろつくようになったゴス系の少年たちだ……権威のある人間にたいして行儀の良い振る舞いをする人間には見えない。それにフリーマーケットの露店商もいる。もう一時間もすれば店を開けるために姿を現すだろう。そうなればしゃれではすまない事態になってしまう。

必要なのは弁護士、それに弁護士とともに彼の代理人になってくれる人間だ。ティジャンに電話するか……いや、いずれそうなるだろうが今はまだその時ではない。ティジャンがボストンからできることはかなり限られている。

彼は車に戻ると道を横切ってバラック街とゲストハウスを目指した。

「ケトルウェル!」彼はドアを叩いた。「出てきてくれ、ランドン。俺だ。ペリーだ。緊急事態なんだ」

エヴァが悪態をつく声が聞こえ、それから動きまわる物音が聞こえた。「なんだっていうんだ?」

「すまない。起こしたくはなかったんだがまじで緊急事態なんだ」

「火事か?」

「いいや。警官だ。やつらライドを封鎖しちまった」

音をたててケトルウェルがドアを開き、二日酔いの赤い目で彼を見つめた。「警官がライドを封鎖した?」

「ああ。差し止め命令があると言っていた」

「ちょっとまってくれ。ズボンをはいてくる」そう言って彼が扉を閉じた。彼が服を身に着ける物音を聞きながらペリーはこれでエヴァにお目当てのものを見つけてやったことになるなと考えた。ケトルウェルが忙しく動きまわり続ける用事を見つけてやったのだ。

道をパトカーへと戻りながらケトルウェルは彼を質問攻めにした。彼はティジャンに電話してボイスメールに簡単なメッセージを残した。それから車を降りると外にじっとたったままパトカーに向かって手を振った。

「何だ?」

男の警官はさらに不機嫌になっているようだった。

「やあ。おはよう! ここで何が起きているのか説明してもらえないかと思ってね。そうすればまた店の営業ができるだろう?」

「我々は差し止め命令を執行するためにあんたのとこを封鎖をしているんだ」

「何の差し止め命令なんだ?」

「裁判所の差し止め命令だ」

「どこの裁判所?」

一瞬、警官が頭にきたのがわかったが彼は車に戻ると何かを探しまわった。「ブロワード郡のだ」不機嫌に彼は声を上げた。

「そこに差し止め命令書があるのか?」ケトルウェルが聞いた。

「いいや」その声にかぶせるように警官が答える。二人にはそれが嘘だとわかった。からかっているのだ。

「見せてもらっていいですか? 誰が差し止め命令を請求したのかそこに書いてあるでしょう?」ケトルウェルの声は落ちついていて楽しげでひどく大人びていた。相手を服従させることに慣れた者の声だ。

「あんたたちは裁判所に行かなきゃならんだろうな。裁判所が開くのは二、三時間後だ」

「実際にそれを見たいんですよ」

「いい加減にして」女の警官が言った。「さっさと彼らに見せなさいよ、トム。まったく」そう言って彼女は地面に唾を吐いた。彼女の相棒は彼女の方を見てから書類をケトルウェルに手渡し、彼はそれを食い入るように読んだ。ペリーは彼の肩越しに覗きこみ、拾い読みで自分たちがディズニーパークカンパニーの商標を侵害したかどで封鎖を余儀なくされていることを読み取った。おかしな話だ。フロリダでは十フィートも歩けば間違いなく海賊版のミッキーを目にする。なんだって露店にあるミッキーのマークが訴訟沙汰になるのだ?

「いいだろう。それじゃあ」ケトルウェルが言った。「いくつか電話をすることにしよう」

二人は車に乗り込むと道を横切ってバラック街へと向かった。朝早くから開いている喫茶店があったので二人は窓際のテーブルに陣取ると手持ちの情報を並べて検討を始めた。ペリーはレスターに電話して彼をたたき起こした。事態を理解させるのには同じ話を何回か繰り返す必要があった……レスターはなぜ露店が閉鎖されたのか理解できていなかったがライドも同じように閉鎖されたと聞くと飛び起きて、二人の所に行くと約束した。

ケトルウェルとティジャンの話し合いはそれよりずっと白熱したものだった。ペリーは話を盗み聞きしようとしたが内容を少しも理解できなかった。

「全てのライドが閉鎖されている」携帯電話をテーブルの上に放り投げて彼が言った。携帯電話が数回跳ねて転がり、コーヒーカップを揺らす。「今朝、全てのライドが警官によって閉鎖された」

「嘘だろう。だって全部の場所で同じ物を売っているわけじゃないんだぜ」

「ライドそのものにディズニーの商標が含まれている、あるいはその疑いがあるから閉鎖されたそうだ。さてこれからどうする? ティジャンはボストンのグループのために弁護士を雇ったそうだ。ここのために弁護士を雇うことはできるだろう。だがライドがある他の場所全てで弁護士を雇うのは無理だ。そんなことすればとんでもない金が必要になる。ディズニーは全国レベルで差し止め命令の申し立てをしている……やつらにはずっと子飼いにしているある団体があるんだ。その団体に所属している弁護士が全国の町々にいて協力して事にあたる。そいつのおかげで全国レベルでの差し止め命令の申請もそう難しいことじゃない」

「くそったれめ」

「ああ。おまえはいったい誰を怒らせたんだ、ペリー?」

それがわかっていたらただでは済まさない。だが、そんなことをしようとする人間……まるで東京を襲撃するゴジラのように彼を叩きのめすようディズニーカンパニーをそそのかすような者……に彼はまったく心当たりがなかった。そんなことしても何の意味もないのだ。

「それでどうすりゃいい?」

ケトルウェルが彼を見つめた。「何のつてもないんだ。ペリー。おまえの所は法人じゃない。法人ネットーワークでもない。業界団体でもない。代弁することができる者は誰もいない。ロビー活動やスポークスマンを立てることさえできない。つまりそういうものは助けにならないってことだ……私の知るかぎりでは法廷で争うしか方法がない」

「そんなものとは無縁でいられると思ってたよ。訴訟を起こす相手がいないのにどうやってやつら俺たちを訴えるっていうんだ?」

「もし訴訟を起こす相手がいなければ法廷に姿を見せる者も反論する者もなしで済ませられる」

「なるほど」

「状況の改善に間に合うようにこれから法人化するってのは無理だろうな」ケトルウェルが言った。「何か別の案を考える必要がある」

スザンヌが彼らの横のボックス席に滑りこんできた。髪を後ろで結び、化粧は薄く簡素なものだった。ヨーロッパ風のズボンを履き、まるでボレロの踊り手のように裾の短い、ゆったりと垂れ下がるコットン地の上着をピンクの蛍光色のタンクトップの上にはおっている。フォーマルな格好なのかカジュアルな格好なのかペリーには区別がつかなかったがそれが美しく少し近寄りがたいほど異国の雰囲気を醸し出していることはわかった。彼女はペリーと目を合わそうとしなかった。

「説明して」彼女が言った。その手には録音モードにされた携帯電話が握られている。

ケトルウェルが手早く説明し、彼女はメモをとりながら頷いて聞いた。

「それでこれからどうするの?」

「できることはあまりないな」ケトルウェルが答えた。

「もうすぐライドの客が来るだろう。ああ、それから露店商たちもだ」ペリーと彼女はまだ一度も目を合わせていなかった。

「何枚か写真を撮りに行ってくる」彼女が言った。

「注意して」ペリーは言った。

彼女が彼をまじまじと見る。「ぼっちゃん。私は普段ロシアンマフィアの写真だって撮ったことがあるのよ」どういうわけかそれで二人の間の緊張が解けた。

「いいだろう」ケトルウェルが言った。「どれくらいの時間が残されている?」

「最初の露店商が姿を見せるまで三十分。一時間後には最初のライドの客が来る」

「担当の弁護士はいないんだな?」

ペリーはおかしな形の眉をひねってみせた。

「馬鹿な質問だったな。OK、いいだろう。もう何本か電話をかけよう。何人かベッドから叩き起こそうじゃないか」

「俺は何をすればいい?」

ケトルウェルは彼を見つめた。「ふむ。そうだな。今の所は私の出番だ。君はスザンヌについて行ったらいいんじゃないか」

「そいつは結構なことで」

「スザンヌと何かもめてるのか?」

「いいやスザンヌと何かあったわけじゃない」彼は言った。「OK、行ってこよう」

彼は立ち上がった。もうバラック街は目覚め、人々はわずかに残る仕事にありつける場所へと向かう早朝バスに乗るために歩き出す準備をしていた。

彼は携帯電話を取り出すともう片方の手へ放り投げた。それからずっと以前にマディソンで登録した番号へと電話をかけたのだった。もはや電話をかけることにためらいはなかった。呼び出し音が鳴りだした時になって彼はむこうとは時差があることを思い出した……こちらの方が一、二時間早いはずだ。だがヒルダが電話に出た時、その声には眠そうな響きはみじんも感じられなかった。

「電話ありがとう」彼女が言った。

「出てくれてありがとう」彼女の声を聞くと彼の背筋に震えが走った。

「ライドの外に警官が来ているわ」彼女が言った。「まだ一週間しか営業していないのよ」

「全部のライドに来ているんだ」彼は答えた。「こっちも封鎖された」

「それであなたはこの事態にどう対処するつもりなの?」

が何かしなくちゃならないのか?」

「そうね。これはあなたの問題なのよ、ペリー。今朝起きて警官を目にした時、みんなが最初にしたことはいつあなたが計画を引っさげて電話してくるだろうって考えることだった」

「冗談だろう? 俺に警官の何がわかる?」

「私たちの中の誰が警官のことをわかるっていうの? わかっているのはあなたが来てライドの話をして私たちはそれを作り、それが今封鎖されたってことだけよ。だから次に何をするべきかあなたが教えてくれるのを私たちは待っている」

彼はうめき声を上げると歩道の縁石へ腰を下ろした。「くそったれが」

電話の向こうで彼女が重いため息をつく。「OK、ペリー。あなたはこの問題をとりまとめる必要がある。私たちには今すぐあなたが必要なのよ。何が起きているのか、次に何をするべきか、それをどうやっておこなうか説明してくれる存在が必要だわ。ここにはものすごいエネルギーがある。大勢の人間が戦う準備をしている。私たちに正しい方向を指し示してくれるだけでいいのよ」

「俺の仲間の一人が今そいつを考えているところだ」

「よかった。それじゃあ次は全てのライドの運営者を交えた電話会議をしなきゃならない。そうすれば計画をみんなに伝えられる。ネットに時間とアドレスをアップロードして。私はチャットと電話でそれを広める。あなたも電話をして。あなたの話を聞きたいと思っている人、全員にね。あなたが自分たちの味方だってことをみんな確認したがっている」

「わかった」立ち上がってトランクから自分のコンピューターを引っ張りだすために来た道を戻りながら彼は言った。「わかったよ。それがなすべき正しいことだ。とりかかろう」

「あなたは立派な人だわ」彼女が答える。

二人の間に短い沈黙が落ちた。「それで」彼が切り出した。「調子はどう? この問題はさておき」

彼女の笑い声は陽気なものだった。「その質問をしないのかと思った。あなたが次にここに来るのが待ち遠しいわ。そんな気分」

「本当に?」

「もちろん本当よ」

「何か色々なことで少し俺に腹を立てているように聞こえるんだけど」彼の声はまるで恋わずらいのティーンエイジャーだった。「つまり……」彼の言葉が途切れる。

「あなたの尻を蹴っ飛ばす必要があるみたいね」沈黙。「だけどあなたに怒ったりしていないわ。いつこっちに来られそう?」

「さあね」彼は答えた。「そうすべきだとは思うんだが。そうだろう?」その声はティーンエイジャーそのものだ。

「全部の町に行く必要がある。私たちがどうやって物事を進めているか確認するのよ」沈黙。「それといくらかは私と一緒に時間を過ごさなきゃだめ」

彼女が語った一晩だけの関係についての忠告や残して立ち去る人々を恋しがらないようにという忠告のことを彼はもう少しで指摘してしまいそうになったがなんとか口をつぐんだ。彼が来ることを彼女が望んでいるという事実の前には全てがかすんだ。警官とともに迫ってくる危機さえかすんだのだ。

「いいとも」

「商談成立ね」

「それじゃあ、また」

「ええ」

もう少しで彼は「君の方で切ってくれ」と言いそうになったがそれはちょっとやり過ぎだろう。代わりに彼は彼女が電話を切る音が聞こえるまで電話に耳をすまし続けた。

スザンヌは狂ったように狙いをつけてはシャッターを切っていた。ペリーは彼女のそばでひび割れた歩道に腰を下ろし、自分のコンピューターを広げてメールの送信や会議のチャンネル設定を始めた。ヒルダへの感情を気取られないように注意しながら彼はスザンヌにヒルダとの会話をかいつまんで説明した。

「頭のいい子のようね」スザンヌは言った。「あなた、また行ってお礼をしてあげなきゃ」

彼は頬を赤らめ、彼女は彼の肩を強く叩いた。

「時間よ」彼女が言った。警官たちが二人をにらむ中、ペリーはヘッドセットをつけた。

会議チャンネルは満員だった。全てのライドの代表者がオンラインになっているか彼は名前リストを確認した。張り詰めたぴりぴりした会話と警官をねたにしたジョークが飛びかっている。

「OK」ペリーが言った。「それじゃあ始めよう。警官による封鎖が全てのライドでおこなわれている。間違いないな? 投票機能を使って答えてくれ」彼も会議ページに一票を投じ、すぐに回答は百パーセントの緑色に変わった。「そうだな。俺の所でも外に警官がいる。どう対処したらいいかがよくわからないんだ。とりあえず弁護士を雇うことにした。だが全部のライドに弁護士を雇う余裕が俺にはない。そうするにはライドのある町全てに弁護士を派遣しなくちゃならないだろうがみんなもそれが現実的じゃないことはわかるだろう」

会議ページで発言を求める六つのフラグが上がった。「誰か議長が必要だな。発言と議長役の両方をやるのは俺には無理だ。ヒルダ、やってくれないか?」

「OK」彼女が答える。「ヒルダ・ハンマーセンです。マディソングループ所属。発言の要点をオンラインにポストして。それを見て私が発言の順番を決めます」

会議ページに書き込みが始まった。ペリーには読み取れないほどの速さで文字が書き込まれていくテキスト欄の下には公式の発言チャンネルがあったがどうやら大量の非公式な発言チャンネルも利用されているらしかった。彼はマイクを手で覆ってため息をついた。彼が彼らに語れることは無い。彼は何の答えも持っていないのだ。

「いいでしょう。それでは私たちがどうすべきか提案のある人はいますか?」発言チャンネルは大騒ぎになった。ヒルダがフラグを上げて、緑色のランプがついた発言者たちに発言を促す。

「なぜ俺たちに尋ねるんだ、ペリー? これを運営しているのはあんただろう?」不機嫌な声だった。確認するとそれはボストンのクルーの一人だった。自分が今やっていることに気がついたらティジャンはどうするだろうとペリーはぼんやりと考えた。

ページがまずピンク色に、それからだんだんと赤い色に変わっていった。会議に参加している他の者はこの発言内容を明らかに不適切なものだと判断したようでペリーはそれに救われた。ヒルダが次の発言者に合図を出す。

「それぞれのライドの入り口に看板を置いたらどうかな。僕らの法的な防御を固めるための寄付を募るんだ……それを報道してもらえば、たぶん全部の差し止め命令に十分対抗できるだけの資金が集まるんじゃないかな」

まずピンク色が少し表示され、それから中立を表す白に代わり、さらにうすい緑色に変わった。ペリーは発言チャンネルの更新速度を落として、少し拾い読みしてみた。

::それじゃあ十分な資金は集まらない。それぞれに三万ドル必要として今朝ここには二百人の人が来る。そうすると一人あたり百五十ドルってことになる

::いやいや。間違いなくできる。PayPalのアカウントをいくつか作ってそれを晒すだけでそれくらいの金は簡単に集まるさ

次の発言者が話す。「メンテナンスロボットに扉を破らせてライドを屋外の誰でも見える場所に運んだらどうだろう?」

赤い光が灯る。馬鹿げたアイデアだ。

ペリーが割ってはいった。「俺が心配しているのは法的な紛争を引き起こすような代物だとみんなに判断されることだ。厄介事になりそうなんだ。どうすれば波風を立てずに済ませられるだろう?」

緑色。

「それが間違いなく私たちの最優先事項になるわね」ヒルダが言った。

次の発言者。「OK。そうなるとみんなを落ち着かせる一番いい方法は混乱状態にならずに済む方法があるって教えることだ。たぶんそうすれば法的な防御のための資金を集めることもできる」

緑がかった色。「ボランティアの弁護士を探すってのはどうかな? ACLUアメリカ自由人権協会EFF電子フロンティア財団をあたってみたら?」

緑色が強くなる。

発言チャンネルがURLと電話番号とメールアドレスで埋まっていく。

「OK。ここらで時間切れだ」ペリーが言った。「みんなでそういう組織へ電話をして俺たちの手助けをしてくれるかどうか確認してくれ。それからライドのための寄付を募ることと弁護士を探してみること。みんな報告を絶やさないように……特になんでもいいから勝ち目がありそうな時にはな。俺はここの面倒をみるよ」

ヒルダから彼にインスタントメッセージが届いた……「うまくいくことを祈っているわ、ペリー。一発かましてやりなさい」

ペリーは返信を書こうとしたがその時、画面に影が落ちた。コンタクトレンズの露店を経営しているジェイソンだった。彼は訝しげに二台のパトカーを見つめていた。一見、ぼんやりしているように見えるが警戒心を募らせている。

ペリーはまぶたを閉じて立ち上がった。「おはよう。ジェイソン」ジェイソンの背後には他にも五、六人の露店商がいた。バラック街に住んでいる商人たちは徒歩で通勤しているのでいつも最初に到着するのだ。すぐにオンボロ自動車に乗って通勤する者たちも到着を始めるだろう。

「よう、ペリー」ジェイソンが答えた。火の着いていないたばこを咥えている。うんざりする習慣だったがそいつに火を着けて吸われるよりはいくぶんかましだ。爪楊枝も試してみてはいるようだったがやはりたばこのフィルターの他には彼の口寂しさを紛らわせるものはなさそうだった。少なくとも火は着けていないことでよしとしよう。「どうなってんだ?」

ペリーは自分の知っていることを彼に話した。といってもそう多くを知っているわけではなかったのだが。ジェイソンは注意深くそれに耳を傾け、到着した他の露店商もそれにならった。「やつらはあんたに嫌がらせをしてるってわけだな。警官、ディズニー、揃ってあんたに嫌がらせをしている。けんかを買ってやれよ。裁判のための弁護士を雇って、あんたを負かすのがどれだけ大変か見せてやれ。やつらは規則に従って動いてるわけじゃないし、あんたが法律を破ったかどうかに興味があるわけでもない。やつらはたんにあんたに嫌がらせをしたいだけだ」

ペリーの肩越しにスザンヌが顔をのぞかせた。

「スザンヌ・チャーチよ。ジェイソン。レポーターをやっている」

「ああ。知ってるよ。昔の場所が焼け落ちた時にいただろう」

「いたわ。あなたの言ってることは正しいと思う。やつらはあなたたちに嫌がらせをしているのよ。私はこのことを報道したいと思っている。たぶんこれがおおやけになれば嫌がらせを続けるのも難しくなると思うから。あなたたちの話や行動を記録させてもらってもいいかしら」

ジェイソンはにやりと笑うと湿気ったたばこを口の端から反対の端に動かし、また戻した。「ああ。俺は構わんよ」彼は他の露店商の方を向いた。「おまえらも構わないだろう?」ジョークと笑い声と肯定の声が起きる。ペリーはゆっくりと息を吐き出した。この男たちは警官とやりあうことを望んではいなかった……勝ち目がないことを彼以上によく知っているのだ。

スザンヌは彼らへのインタビューを始めた。警官が車から降りてそれを見つめる。女の警官も今はサングラスをかけていて、そのせいで二人とも無表情でいかめしく見えた。ペリーはすばやく目をそらした。

車に乗ってきた露店商たちはライド前の道端に車を移動させ、商品を取り出すとボンネットの上にそれを並べだした。バラック街からきた露店商たちは家にとって返すと折りたたみ式のテーブルと毛布を持って戻ってきた。彼らはビジネスマンなのだ。家族のための食事をテーブルに運ぶ邪魔をする法律に従うつもりはなかった。

警官が車に戻る。幹線道路を注意しながら横切り苦労して中央分離帯を乗り越え、ケトルウェルがこちらに向かってきた。仕立てのいいブレザーとスラックスに着替え、着込んだしわひとつ無いワイシャツが出始めた腹をうまくごまかしている。まるで昔のケトルウェルを見るようだった。命令をすることや敬意を払われることに慣れた男だ。

「やあ」ペリーは言った。ケトルウェルの落ち着いた笑みが心強かった。

「ペリー」大きく手を振って彼を少し離れた場所に呼んで彼が言った。「こっちに来てくれ。話がある」

二人は道端に立つしょげかえった椰子の木の一本の陰にはいった。気温が上がり始めペリーのTシャツが胸に張り付いたがケトルウェルは汗ひとつかかずに涼し気な顔をしていた。

「どんな具合だ。ペリー?」

「そうだな。朝方、全部のライドの運営者と電話会議をした。防御のための寄付金集めをしてEFF電子フロンティア財団ACLUアメリカ自由人権協会かどこかでボランティアの弁護士を雇う予定だ」

ケトルウェルが驚いて彼の顔を二度見をした。「何? 何だって? ACLUアメリカ自由人権協会に依頼する予定だと? やつらは信用ならんぞ、ペリー。やつらは評判になる裁判しか引き受けない人間だ……主張を通すためだけに裁判を引き受ける。たとえその主張が依頼人の利益を最大化するものでない場合でもだ」

「このでっち上げられた差し止め命令と戦うための弁護士を雇えるってこと以上の利益があるか?」

ケトルウェルが長く息を吐いた。「OK。後回しだ。そいつは置いておこう。まずこっちで取りまとめた話だ。面倒に付き合ってくれる法人事務所を見つけた。コダセルの仕事を引き受けていたところだ。請求された差し止め命令を取り消すために午前中のうちにブロワード郡の裁判所に人をやってくれる。無料でやってくれているが、もし全てのライドをひとつの団体にまとめた時にはそいつの仕事を担当できるだろうと約束しちまった」

今度はペリーが驚く番だった。「団体って何のことだ?」

「ライドを全て統合するべきだ。全部を一つの傘下に入れれば一回の裁判でみんなを守れる。それ以外に私たちがライドを守る方法はない。法人格なしじゃ猫の群れを統率しようってのと変わらん。ともかくこいつを体制の整った公的な組織か何かにする必要がある。君はネットワークプロトコルを作り上げた。今のところあるのはそれだけだ。こいつは金の絡んだ問題なんだ……おそらくとんでもない大金だ……握手だけでうまくやっていくのは無理だ。それじゃあ弱すぎる。成長機会を手に入れる前に横領事件か裁判沙汰に巻き込まれて忘れ去られるだけだ。だから私は全部を一つの旗の下におさめるための書類仕事を買ってでたんだ」

ペリーは十秒カウントダウンした。「ランドン。あんたがここで俺たちを助けようとしてくれていることには本当に感謝している。たぶんあんたなら俺たちを助けられるだろう。だが全部を一つの旗の下にまとめることはできない……彼らのプロジェクトが俺たちのものだと宣言することさえできないんだ」

「まちがいなくあれは君のものさ。彼らは君の知的所有権やプロトコル、デザインを使っている……。もし彼らが参加を拒んだら訴訟すると脅せばいい……」

「ランドン! 俺の話を聞いてくれ。俺たちは友達に敵対的な買収をしかけたりしない。ここでやっていること全部について彼らはみんな等しく所有権を持っているんだ。気を悪くしないで欲しい。だがもしそれでもまだあんたが『知的所有権』」……彼は嘲るようにその言葉を強調した……「を盾に他のプロジェクトを訴える気ならその時にはよく話し合おう。いいか?」

ケトルウェルが鼻で大きく息を吸った。「すまない。こいつが君にとってそんなに敏感な問題だとは気がつかなかった」実際、ペリーにはこの提案は思ってもみなかったものだった……ライドの運営者を相手に訴訟とは! 「だがそうなると問題がある。ペリー。すばやく動ける組織が無ければ行き詰まるのは必至だ。たとえあの封鎖している警官を追い払ってもやつらは明日も明後日も戻ってくる。緩やかな連帯を結んでいる友達集団よりも強力な何かが必要だ。みんなを代弁する法的な組織が。協同組合だろうが慈善団体だろうが何でもいいがとにかく現実に存在する組織だ。君は他のライドに口出しするつもりはないだろうが、他のみんなもそれに合意するかな? もしミネアポリスの誰かがやった問題行為で君が訴えられたらどうだ? 他のライドの運営者の誰かがこのビジネスから君を締め出すために君を訴えたら?」

ペリーはめまいがした。この手の話を彼は憎んでいた。ケトルウェルの反論に対する答えは何も持っていなかったが馬鹿げた話であることは明らかだ。どのライドの人間だろうが彼を訴えるなんてありえない。たとえもし誰かがそうするとすれば、それはペリーがとんでもなく強欲になって全てを独占し、自分の支配下に置こうとした時だろう。ヒルダはみんなが彼の指示を待っていると言ったが、それは彼が決して彼らのプロジェクトをハイジャックしようとはしないからだ。

「間違っている」

「何が間違っている?」

「全部だ。この問題からは身を守る必要がある。だが俺が全部を仕切るという契約や合意でみんなを縛りつけてそれ成し遂げるつもりは俺たちにはない。たぶん協同組合を作るってのが正しいやり方なんだろうが、協同組合を作ると宣言したりみんなを無理やりそのメンバーにすることは俺たちにはできないんだ。俺たちはみんなから合意を取り付けなきゃならない。巻き込まなきゃならない。それさえできれば彼らは協議会やなんかを選出したり統一的な合意をひねり出してくれる。つまり俺が言いたいのは成功したフリーソフトウェアプロジェクトがやっているようにやるってことなんだ。権威は必要だ。だが一方的だったり専制的なやり方は無しだ。俺はそんなものに興味はない。ライド王国の法皇になることを宣言するくらいならこいつをやめた方がましだ」

ケトルウェルは手の甲で目をこすった。間近で見るとその顔の皺は深く、目は血走って暗く沈んでいた。「どうすればいいっていうんだ? そんな原理原則で何ができる。やつらは巨大な訴訟でこいつを叩き潰して君に目にものを見せてやろうとしているんだぞ?」

ペリーは肩をすくめてみせた。「あんたのやってくれたことには本当に感謝している。だが間違ったことをするくらいなら負けた方がましだ」

長い間、二人は互いを見つめ合った。音をたてて車が通り過ぎて行く。ペリーは自分がとんでもない愚か者になったような気がした。ケトルウェルは朝から彼のためにすばらしい仕事をしてくれた。それは心からの善意によるものだった。それに対してペリーは意固地な頑固者の態度で報いたのだ。彼は自分の言ったことを取り消したい衝動に駆られた。ケトルウェルに頼んで彼に全てを任せるのだ。ただ肩をすくめて席を譲るだけでいい。

彼は地面を見つめ、不恰好な椰子の木々に目を移し、ため息をついた。

「ランドン。すまない。だがそういうことなんだ。あんたの言うやり方以外に安全な方法はないっていうあんたの言葉をずっと考えてみた。だが俺に言わせればそのやり方ではどっちにしろだめになっちまうんだ。もっといい方法を考えよう」

ケトルウェルがさらに目を擦る。「君と私の妻は気が合いそうだな」

続く言葉をペリーは待ったがそれ以上、彼は何も言うつもりはないようだった。

そしてペリーが警官の車のところに戻ると同時にゴスの最初の一団がライドに乗るために姿を現したのだった。


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