メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第二部

第二章


その日の稼ぎを数える間、ペリーのおかしな形の眉はぴくぴくと痙攣を続けた。この仕事は現金が全て、利益第一だ。全体の経費の内訳はこうだ。まずジェイソンとその仲間たちに月数百ドル。彼らにはウォールマートにあるロボットや機械類のメンテナンスの手伝いをしてもらっている。バラック街の何人かの少女たちにその半分。店を閉めた後に掃除をしてもらっている。それに不良の一団への報酬もある。乗り物や市場の警備をやらせているのだ。それから市場の露店から入ってくる家賃がある。そんなわけで一日の終わりには現金を入れた引き出しの最初の百ドルが経費として消え、残りをレスターと半分ずつ分けるのだった。

分ける前の札束を彼が二回数えるのをレスターが待ちきれない様子で見ていた。ペリーは自分の取り分をくるくると巻き上げるとカーゴパンツに縫い付けられた隠しポケットへとしまった。

「いつかラッキーなことが起きてる最中に女がそいつに手を伸ばして大騒ぎすることになるぜ。相棒」レスターが言った。

「前立腺を見つけ出されるより金を見つけられるほうがましだ」ペリーは答えた。レスターの頭は幸運を手に入れること、つまり今までの自分の人生での女運の悪さを埋め合わせることでいっぱいだった。

「OK、さあ着替えよう」レスターが言った。いつものように彼はぴったりとしたジーンズを履いている。不良どもの間で流行っているサイクリングパンツの影響もあるのだろう。ペリーが大学にいた頃はゲイバーにでも行かなければそんなものを目にすることはなかった。シャツは彼の胸の筋肉にしっかりと張り付き、細いウェストにフィットするように仕立てられていた。これがファトキンススタイルなのだ。身体と代謝の間に独特の対立関係が無ければ着られないような代物だ。

「いや、レスター違うんだ」ペリーが言った。「たしかにこのダブルデートでおまえに付き合うとは言ったが俺のために服を用意してくれとは言っていない」二人の女の子はレスターが一週間前にサウスビーチのファトキンスクラブで出会った二人組だった。ペリーに彼から送られてきた携帯のカメラで撮った写真には自分がどちらをものにしたのか書いた酔っぱらったような筆跡の走り書きが添えられていた。彼女たちはなかなか魅力的ではあった。しかしファトキンスに耽溺しているというお決まりの話にはうんざりだった。技術的なテーマについて面白い議論ができない女の子と知り合いになることの意味がペリーにはわからなかった。

「いいから着てみろよ。いいもんだぜ。絶対、気にいる」

「服を着替えなきゃならないならこの話はやめだ」ペリーは腕を組んだ。実際のところ彼は興味がなかった。それ以上言うことはない。彼はこの自分の小さな王国が気に入っていた。ブリトーからRAMまで必要な物は全て市場で手に入れることができるのだ。大型冷蔵庫には倒産セールで買った有機栽培のさまざまな携行食が詰まっている。

「シャツだけでも着てみろって……おまえのためにプリントアウトしてきてやったんだぜ」

ペリーはおかしな形の眉を持ち上げた。「見せてみろよ」

レスターは最近、彼が乗っている巨大なエレクトリック・ブルーの後輪がついたトライクまで行くとトランクをはね開けて中身を引っ掻き回し、誇らしげに明るいブルーのハワイアンなプリントシャツを取り出してみせた。

「レスター、そりゃ……糞か?」

「超現代的だろ」レスターが左右の足で飛び跳ねるようにしながら言った。「ニューヨーク・タイムズで見かけた写真を市場のガブリエラのところに持っていったんだ。彼女がそいつをコピーしてプリントした後、縫製業者に出してくれた……十ドル追加するとその日のうちに仕上げてくれる」

「俺は湯気が立っている糞がプリントされたシャツなんか絶対着ないぞ。絶対、絶対だ。一兆億回でも言う。絶対、着ない」

レスターが笑った。「おいおい、本気にするなよ? 心配するな。こいつをおまえに着せて公衆の面前に晒そうなんて本気で思っちゃいないよ。だがこいつだったらどうだ?」大げさな身振りでもう一枚のシャツを取り出しながら彼が言った。まるで油の膜が張ったように虹色に輝く体に張り付くシャツだ。しかもノースリーブだった。「こいつはおまえの二頭筋と胸筋を際立たせてくれるぜ。しかも糞のシャツよりずっとましだろ? ほら、着てみろよ」

「レスター・バンクス。おまえは俺の知り合いの中で一番ゲイに近いストレートの男だ」ペリーは言った。彼は汗に湿ったTシャツを脱ぐとそのシャツを着た。レスターが彼に向かって大きな親指を立ててみせる。彼はウォールマートの暗くなったガラス扉に自分の姿を映して見た。

「まあいいだろう」彼は言った。「とっとと終わりにしよう」

「最高だぜ。今まで見た中で一番かっこいい姿だ」レスターが言った。

デートの相手は二人ともは褐色の髪でよく日に焼けた肌をしていた。瞳を隠すように眼球全体を覆うカラーコンタクトをつけているがのっぺりとしたその白いコンタクトのせいでまるで目玉が裏返って頭蓋骨の方を向いてしまっているように見える。ペリーがこれまで出会ったファトキンスガールの多くと同じように着飾り、豚のように食い散らかしては魚のようによく飲み、話題といえばバイオテクノロジーのことばかりだった。

「たしかにミトコンドリア延長には意味がありそうだとは思うんだけど、でももしそうならなぜ三十年以上もそれをいじくり回しているのに何も成果が得られないのかわからないの」彼のデート相手であるモリアは法律事務所で働いていた。彼女が彼の胸の近くに体を寄せてきたがその目からは感情を読み取ることができなかった。しかし彼がミトコンドリアに微塵も興味を持っていないことも彼女は気がついていないようだ。

退屈していることを悟られまいと彼は頷いた。サウスビーチにはかつての面影はなかった。それとも変わったのはペリーの方なのかもしれない。昔はここに来て人々を眺めるのが好きだった。しかしサウスビーチの変人たちもハリウッドの幹線道路に面した彼の小さな開拓地の住人と比べればかわいらしいものだった。

「浜辺を散歩しようぜ」レスターが言って財布を取り出すとクレジットカードをテーブルの上の精算機にかざした。

「そうだな」ペリーは答えた。このテラスから出てテーブルの真上から轟音で流れるクラブ音楽から逃げ出せるなら何でもありだ。

浜辺は以前と変わらず美しかった。夕日が海を赤く染め、さらさらした砂は清潔だった。足元ではデイド郡の砂浜清掃機がいつ果てるとなく砂の間を這いまわってはタバコの吸殻やコンドーム、針、包装紙、小銭、結婚指輪、忘れ物のサングラスといったがらくたを濾し取っていた。ペリーがその一台をつま先でつつくとそいつはルンバと同じようにそそくさと逃げ去った。人間との接触を避けるように作られているのだ。

「ホームレスどもがこいつをぶっ壊して中にあるものを取り出そうとするのをどうやって防いでるかわかるか?」ペリーはデートの相手の頭越しにレスターの方を見て聞いた。レスターは片手で彼のデート相手の手を握り、空いた方の手には彼女の靴を持ってやっている。

「なんだって? ああ、こいつらは戦車みたいな作りになっているんだ。砂が入り込まないようにするにはそうしなくちゃならない。エアハンマーを使ってもこいつの腹を開くのには四時間はかかるぜ」

「やろうとしたことがあるのか?」

レスターが笑った。「俺を誰だと思ってるんだ?」

今度はペリーのデート相手が退屈する番だった。彼女は数人の露店商がたむろしている板張りの遊歩道に向かってぼんやりと歩いて行った。ペリーはその後を追った。彼らが売っているものに職業的な関心を覚えたからだ。その多くは元をたどれば彼のプリンターの一つから生み出されたものなのだ。もちろん彼女の後を追ったのはそうするのが紳士のおこないだからということもあったが。

「何があるんだい?」彼女の横に立って彼は言った。彼女は風変わりな骨のようなビーズでできたブレスレットをつけようとしていた。

「異所性胎児よ」彼女が答えた。「キリスト教原理主義者が幹細胞研究で使っているような。知っているでしょ? 非受精卵を試験官の中で活性化させて毛髪と骨と皮膚と幹細胞を作るの。決して人間になることはない。つまり魂が宿っていない。つまりそこから何かを収穫してもそれは殺人にはならない」

それを売っていたふさふさとした口ひげを生やしたトルコ系の少年が頷く。「ビーズは全部天然素材の胎児の骨で作ってある」ペリーにも一つ手渡して見せた。

手の中にあるものは乾燥して壊れやすそうだった。生暖かい多孔質の骨は苦悶の表情に歪むエレファント・マンの形をしていて思わず彼はたじろいだ。

「安くしとくよ」トルコ系の少年が言った。少年の言葉には全くアクセントがない。彼は日本の野球チームのユニフォームを着てスプレー式の靴下を履いていた。完全にアメリカに染まっている。「見ていってくれよ」そういうと彼は広げた店先の隅の方を指した。

そこは布でできたバラに覆われていた……小さくて粗雑な作りで後ろには留めピンがついている。ペリーはその一つを手に取った。素朴な装飾品といったところだ。布地に見えたものは何か非常に薄い皮のようなものだった……

「皮膚だわ」彼のデート相手が言った。「胎児の皮膚よ」

彼はそれを取り落とした。指がその皮の感触の名残りにうずく。くそったれ、バイオテクノロジーなんて大嫌いだ。バラの花はテーブルの上を転がって砂まみれの遊歩道に落ちた。トルコ系の少年はそれを拾い上げると吹いて汚れを飛ばした。

「すまない」ペリーはポケットに手を突っ込みながら言った。彼のデート相手はブレスレットとそれに合わせた小さな骨のかけらと歯でできたチョーカーを買い、トルコ系の少年はいやらしい目つきをしながら彼女がそれを首につけるのを手伝った。レスターとそのデート相手のところに戻った時、ペリーはすでに夕闇が間近まで迫っていることに気がついた。女の子たちはうかがい知ることのできないコンタクトレンズの向こうで何度か目配せを交わし、ペリーは弁解するようにレスターに肩をすくめてみせた。

「じゃあ」レスターが言った。「今日は本当にいい夜だった」三輪自転車タクシーに乗った彼女たちを見送るときにレスターは熱烈なキスを受け、フライホイールの騒音の中でペリーは力ないおざなりな握手をしてもらった。

「勝つときもあれば負けるときもあるさ」ペダルを漕ぐ見るからに海辺育ちといった様子のタクシー運転手の筋肉質なふくらはぎが躍動して彼女たちを運び去るのを見ながらレスターが言った。

「怒ってるか?」ペリーは尋ねた。

「まさか」レスターが答える。「実を言うと女と寝るのは食傷気味なんだ。俺の貴重な精力を奪われるようで。気を体内に貯めこまなきゃな。そうだろう?」

ペリーはおかしな形の眉を持ち上げ、くねくねと踊らせてみせた。

「ああ、OK」レスターが言った。「降参だ。俺の相手とは後で待ち合わせをしている。彼女が友達と別れた後にな」

「じゃあ俺はタクシーで帰ろうか?」

「俺の車で帰れ」レスターが言った。「俺は明日の朝、送ってもらうよ。こんな時間じゃ俺たちの家のあたりまで行ってくれるタクシーは捕まらんだろう」

ペリーの車はここひと月ほど整備台の上に乗ったまま彼が故障したブレーキと柔くなったステアリングに手をつける気になるのを待ち続けていた。そのせいもあってレスターのビッグ・ダディー・ロス風トライクの後部座席に乗った方が都合が良かったのだ。それに州間幹線道路を走る時のガソリン代も安く済む。フロントガラス越しに流れてくる沼地の匂いや巨大なトレーラーのバイオディーゼルの匂いがあるとはいえだ。道は暗くて穴だらけで車はよく揺れたがペリーはそのリズムにすぐ慣れた。自分がぜんぜん家に帰りたいと思っていないことに気がついて彼は闇夜の中でドライブを続けた。将来的な拡張のためにショッピングモール跡地を探しているのだと自分に言い聞かせたが彼は少年たちを雇って近隣の手頃な物件の状況を動画で報告させていたし、毎朝届くように設定した衛星写真で最高級の物件については定期的にチェックをしていた。

人生を費やして自分はいったい何をやっているのだろう? ウォールマートのライドは面白半分で作ったものだ……元はレスターのアイデアだったがレスターはもう興味を失っていてほとんどの作業はペリーがおこなっている。実のところ二人はウォールマートの不法占拠者というわけではなかった。ペリーは不在地主のための第三者預託を管理する州委員会に賃料を払っていた。快適な生活ではあったが毎日がぼんやりと方向性なく続いていた。ライドを作るのは楽しかった。市場を作り上げるのも楽しかった。経営はそうでもなかったが……おそらく今の仕事で必要な知能といえばコインランドリーを経営するのに必要なそれと大差ないだろう。

「おまえは寂しがってるんだ」風を切る音と太い接地面を持つ後輪がたてるシューッという音の中で彼は言った。「発明やいろいろなことが起きていたあのくそったれな頃に戻りたがっているんだ」

一瞬、彼はスザンヌ・チャーチに電話をかけようかと考えた。彼女がいないことがひどく寂しかった。たんに彼女が自分を有名にしてくれたからということだけが理由ではなかった(付け加えておけば彼はもはや有名ではなかった)。彼に物事の展望を整理して見せ、偉大なことをおこなえとけしかけたのは彼女だったのだ。彼女は彼らの観客であり彼らは彼女のためだけにパフォーマンスをおこなってみせた。過ぎ去った黄金時代でのことだ。

ロシアは今、午前五時だろうか? それとも昼下がりの午後二時だろうか? 彼は短縮ダイヤルに彼女の番号を入れていたが今までかけたことはなかった。彼女に何と言えばいいのだろう?

ティジャンになら、あるいはケトルウェルにだって何の前置きもなく電話をかけることはできるだろう。一緒にあのたわごとを追い求めたかつての仲間にだったら。彼らとコダセルの同窓会をやることだってたぶんできるだろう。一緒に社歌を歌い、会社のTシャツを着ることだってできる。

彼は停まっていたトラックのそばに車を止めて自動販売機で新発売のアイスクリームを買った。自動販売機についたロボットハンドはアイスクリームをすくい取ってコーンに詰めると鉄腕アトムの頭の形にそれを整え、手にしたコーンを差し出した。思わず彼は笑ってしまった。これを発明した誰かがいるのだ。それは彼でもおかしくなかった。視覚システムのライブラリーやパワーフィードバックのライブラリーがダウンロードできるサイトを彼は知っていた。ロボットの設計図や市販のモーターやセンサーを手に入れられる場所を彼は知っていた。なんてこった。彼はアイスクリームの大量販売をおこなういいアイデアを持っていたのだ。自動販売機の売上を大きく伸ばすようなアイデアを。そしてそれをドライブインに置くために賄賂を贈らなきゃならないはめになるというわけだ。

彼は今、三十四歳だった。独身で子供も無く、午前二時にサウスフロリダの幹線道路脇の殺風景なドライブインでアイスクリームを食べている。安上がりな観光地の仕切り役で、海賊版商品のフリーマーケットを経営している。

自分の人生を費やしていったい何をやっているのだ?

そこで彼は強盗に遭った。

相手はピクニックテーブルのそばの林から現れた四人組の不良どもだった。若い一人は十代前半だ。二人は銃を持っていた……ちゃんとしたものではない。どこかの工業団地にあるコンピューター制御の機械装置で作られた不良品のAK47。いたるところで目にすることができる。作るのは朝飯前だが弾を手に入れるのはそう簡単ではない。たぶんこいつらも弾は込めていないだろう。

弾を込めていないとはいえ彼は小便を漏らしそうだった。

「財布をだせ」一人が言った。手入れのなっていない口ひげがビーチにいたトルコ系の少年を思い出させた。たぶん少年たちに口ひげを生やさせるのと同じホルモンが胎児でできたアクセサリーを売ったり、深夜のドライブインのアイスクリーム自販機の横で強盗をしようというくだらない考えをこいつらに抱かせるのだろう。「車のキーもだ」相手は言った。「電話も」と付け加える。

ペリーはゆっくりとアイスクリームのコーンをそばにあったごみ箱の蓋の上に置いた。まだ鉄腕アトムの頭の片方の角しか食べていなかった。

少年たちや彼らの筋肉の動き、彼らが手にした銃から目が離せなくなる。彼はゆっくりとした動作で財布に手を伸ばしていった。街にはヒッチハイクして帰らなきゃならなくなるだろう。クレジットカードの使用中止手続きは大変だ。彼は身分証明用のパスワードと番号を全て電話の中に保存していたが彼らはそいつも奪おうとしているのだ。さらに言えば電話の使用中止手続きも必要だ。

「ジェイソンという名前の兄貴はいないか?」襲われている最中だというのに彼の口が動いてそう言った。

「何?」

「ウォールマートのライドの横の店で働いている、コンタクトレンズを売っているやつなんだが?」

少年は目を細めた。「俺はあんたの知り合いじゃないよ。あんたは俺と知り合いになろうとも思っちゃいない。俺が誰か知らない方があんたの身のためにはいいだろうな」

彼は電話と財布と車のキー……レスターのキーだ……を手渡した。レスターは新しい車を作る口実ができて喜ぶだろう。

「俺がウォールマートのライドの持ち主でジェイソンとは長い知り合いだってだけさ。俺がそいつに初めての仕事をやったんだ。プリンター修理の仕事だ。君はそいつに似ている」

少年の三人の仲間はゆっくりと背後の暗闇に消えようとしているところだった。少年は明らかにジレンマに陥っていた。銃が揺れ、ペリーの膝は震えた。

「あんたがあの男なのか?」少年が言った。彼は顔を近づけて凝視した。「くそっ、そうだ」

「言いやしないよ」ペリーは言った。口がうまく回らない。強盗の相手が誰なのか知るのは確かに体に良くないようだ。

「くそ」少年が言った。銃がふらふらと揺れ動く。

「早く来いよ」少年の仲間の一人が叫んだ。「早く!」

「すぐに行く」少年が力ない声で言った。

死人のようだとペリーは思った。

「本当にすまない」友達が視界から消えると少年が言った。

「俺も残念だよ」ペリーが答える。

「兄貴に言わないでくれるだろう?」

ペリーは凍りついた。急に時間の流れが遅くなった。自分が痛くなるほど強く手を握りしめていたことに彼は気がついた。襟がこすれる位置に吹き出物ができているのを感じる。少年がギャング風のズボンのベルトにペーパーバックを挟んでいるのが目にとまった。珍しい光景だ。ファンタジー小説だった。コナン・ドイルの小説だ。こいつは驚いた。

時間の流れが元に戻る。

「君の兄貴に言うつもりはないよ」彼は言ってから自分でも驚いた。「だがクレジットカードは返してくれ。それと車は朝、市場に置いておいて欲しい」

少年は頷いた。それから自分がペリーに銃を向けていることに気がついたらしい。彼は銃を下ろした。「ああ、そうするよ」彼は言った。「どっちにしろ最近のくそったれなカードは使えないんだ」

「ああ」ペリーは言った。「まあ多少は現金もあったはずだ」そこで彼は自分のズボンの隠しポケットに五百ドルがあることを思い出した。

「家に帰れるかい?」

「ヒッチハイクするさ」ペリーが答える。

「タクシーを呼んでやるよ」少年が言った。「このあたりをうろつくのは危ない」

「そりゃ助かる」ペリーは言った。「ありがとう」

少年は小さな携帯電話を取り出してしばらくいじっていた。「すぐに来る」彼が言う。「銃に弾は入ってないんだ」

「ああ、そうかい」ペリーは言った。「そいつは良かった」

気まずい静寂が彼らの間に広がった。「あの、本当にすまないと思ってる」少年が言った。「こんなことやったことないんだ。今夜が初めてだ。ばれたら兄貴にぶっ殺されちまう」

「言いやしないよ」ペリーは言った。彼の心臓がまた鼓動を始めた。激しいものではなかったがまだ落ち着かないものだった。「だがこいつはあまり賢いやり方じゃないな。もし銃弾を持っているやつ相手にやったら撃たれるぞ」

「弾を手に入れるさ」少年が答える。

「それで相手を撃つか? たいして変わらんな」

「何が言いたいのさ」少年が言った。幼さと不機嫌さがあらわになる。「謝ってるだろう」

「明日、車を持ってこいよ。その時に話し合おう。いいか?」

レスターは少年が車に乗って現れるまで自分の車が無いことに気が付きもしなかった。そのことについて尋ねられてもペリーはそのおかしな形の眉を持ち上げて見せるだけだった。彼のおかしな形の眉には人の思考力を低下させる力があるのだ。

「名前は?」チケットカウンターの横のいすを勧めながらペリーは聞いた。時間は昼を少しまわった頃で猛烈な暑さで人々の動きは重く、人影は少なかった……三十分に一人、二人の客が来るだけだ。

「グレン」少年が答えた。明るい日の下で見ると彼は思ったより年上に見えた。バラック街の住人はティーンエイジャーの格好をやめないのだとペリーは気がついた。彼らはずっと若い時のファッションを続ける。そのせいで市場を歩くとまるでここ三十年間の若者ファッションの見学ツアーをしているようだった。

「グレン、昨日の夜は結構なもてなしをしてくれたな」

グレンはいすの上で落ち着かなそうに身じろぎした。「それについては悪かったと……」

「俺も残念だよ」ペリーは言った。「だがもっと面倒な目に合う可能性もあった。君は今夜が初めてだといった。本当か?」

「カージャックはそうだ」少年は答えた。

「だが他のくそったれなことはやったってわけか? 路上強盗か? ちょっとした薬の売買か? それとも他の何かか?」

「みんなやってるだろ」グレンは言った。不機嫌そうな様子だ。

「そうかもな」ペリーは答えた。「それでそいつらのほとんどが囚人作業キャンプで準備体操をするはめになるんだ。毒蛇に噛まれて二度と娑婆に出てこれなくなることもある。他の囚人にシャベルで頭を殴りつけられることもな。人生のうちの三年だか五年だかをただ穴掘りをして無駄に過ごすはめになるんだ」

グレンは黙り込んだ。

「どうやって生きていくかとやかく言うつもりはない」ペリーは言った。「だが見たところおまえはできが良さそうだ。人殺しをしたり、ムショにぶち込まれるよりもましな未来がおまえにはあると俺は思う。そういうことがこのあたりじゃ珍しくないってことは俺も知ってるが、だからっておまえがそうしなきゃならないってわけじゃないんだ。おまえの兄貴はそうしなかった」

「あんたに何がわかるってんだよ?」少年は立ち上がっていた。できるだけ早くここから立ち去って遠くに行きたいという態度がありありと見て取れた。

「俺なら市場の人間に尋ねて回ることができる」ペリーは少年の言葉にかぶせるように言った。「誰か人手を欲しがっているやつがいたはずだ。自分の店を持つことだってできる」

少年が答える。「ゴミくずを馬鹿どもに売るだけだろ。それが人のためになる仕事ってわけか?」

「わざわざ自分では作ろうと思わないものを売るってのは生計をたてるための由緒ある方法なんだぜ。昔は金をとって家族写真を撮るプロの写真家がいた。そいつらはアーティストだと見なされることさえあったんだ。それはともかく、なにもダウンロードしたものを売らなくちゃならないってわけじゃない。自分で何か作ってそいつをプリントアウトしたっていい」

「いつまでしがみついているんだよ。そんな時代は終わったんだ。もう発明のことを考えてるやつなんていない」

ペリーは屠殺用のボルトを眉間に打ち込まれたようだった。「ああ、そうかもな」彼は言った。少年と同じように彼ももうこの少年とは話したくなかった。「ああそう言われちゃもう言うこともない。好きにしろ……」彼はチケットカウンターの上の整理をもう一度始めた。

自由の身になれる隙を見逃さずに少年は駆け出した。兄の露店へと向かったのだろう。彼が今日一日をどこで過ごすにしてもその後は長い道のりを歩くはめになるだろう。どこに行くにしてもここからは長い道のりを歩くか、さもなくば一時間に一本のバスを待つしかないのだ。

ペリーは車を調べ、バックシートの空き瓶やたかっていたゴキブリ、煙草の吸殻を掃除してから車庫に入れた。それから二、三人の客が彼のライドに乗りに来て彼はその料金を手に入れた。

レスターは今までで最も大きい潰した空き缶製の機械式コンピューターを完成させようとしているところだった。それはウォールマートのサンルーム全体を行き交う何枚ものプレスボードのシートでできていて、航空機用のベアリング……それについてはフランシスが手を貸していた……と組み合わせた精密加工ギアが取り付けられている。一日中、彼はそいつがその強力な〇.〇〇一キロヘルツの計算能力を駆使して計算し、詰め込まれているM&Msを出力用の受け皿に吐き出す騒音を聞いて過ごした。その機械式コンピューターの動作をプログラムするには標準規格の野球ボールとサッカーボールとウィッフルボールを使う必要があった。ボールを入力用の投入口に放り込むとそれぞれの傾斜路に貯めこまれて演算処理の引き金となるのだ。一キロビットという途方もないサイズのメモリーが搭載されていて、電気的な部品を使っていないにも関わらずどの初期の真空管コンピューターよりも高い性能を持っていた。これでレスターは憎きUNIVACに対する最終的な勝利宣言を下せそうだった。

ペリーはフランシスにチケットカウンターの仕事を頼んで作業場へ引き下がり、レスターがマシンの据え付け作業をするのを感心しながら観察した。

「とうとうやったな」ペリーが言った。

「ああ、ブログに書かなきゃな」レスターが答える。「いくつかベンチマークを走らせて古代の怪物どもと試合させる。ナチスのエニグマ暗号を総当りで解読してみるつもりだ。そうすりゃ汚いナチスの糞野郎どもの鼻をあかせる! またもややつらとの戦いに勝利するってわけだ!」

思わずペリーはくすくすと笑ってしまった。「最高だぜ、相棒」彼はレスターに言った。「このあたりに正気の人間が少なくとも一人はいるってのは悪くない」

「うぬぼれるなよ、ペリー」

「俺が言っているのはおまえのことだよ。レスター」

「うーん」レスターが言った。彼は両手いっぱいの茶色いM&Msを出力用の受け皿からすくい上げるとむしゃむしゃと食べた。「今までの経験から言って、俺が大人ぶってるとおまえが文句を言い始めるのは良くない兆候だ。M&Msでも食って俺に話してみろよ」

ペリーはそうした。古い友人であり、十年来の同居人であり、共に戦い、共にビジネスを始め、共に協力してきた男に自分の悩みを打ち明けた。

「おまえはじっとしていられないんだな、ペリー」レスターが言った。九つのゴルフボールとピンポン玉、さらに九つのゴルフボールを彼はマシンの入力用投入口に入れた。二秒ちょっとで八十一粒のM&Msが出力用の受け皿に落ちる。「たんに退屈しているのさ。おまえはメイカーだが今は何かを作る代わりに経営をやっている」

「もう何かを作ることに関心があるやつなんて一人もいないんだよ。レス」

「ある面じゃそいつは正しい」レスターが答える。「おまえがそういうのも無理はない。だがそいつが正しいのはほんの一面でだけだ。おまえが見逃しているのはみんながどれだけまだ経営組織に関心があるかだ。ニューワークで本当に重要なのはそこだ。俺たちが一緒にやってきたことのそのやり方なんだ。うんざりすようなトップダウン方式のマネージメントなしでのやり方だ。あのちんぴらどもはディーラーや生物兵器テロリストやファトキンス製品のサプライヤーに商品を供給している……やつらはみんな、俺たちが当時作り上げた社会的な仕組みの上で活動をおこなっているんだ。おまえがここで市場を通じて手に入れたものはそれなんだよ。十年や十五年前には手に入れることのできなかった流動的な社会システムだ」

「おまえがそう言うならそうなんだろう」ペリーは言った。M&Msで胸焼けを起こしていた。安いチョコレートは彼の胃には全く合わない。

「そうだ。そういうことなら答えは目の前にあるってわけだ。何か社会的なシステムを創りだすんだ。おまえはあのライドですでにその取っ掛かりを手に入れている。あそこに何を持っていくか、持ってきたものをどこに置くか話し合っているファンたちの小さなブログコミュニティーがあるんだ。そいつを足場にすればいい」

「このライドに乗るためにわざわざ全米横断をしようなんてやつはいないよ、レス。現実的になろうぜ」

「もちろんそんなやつはいない」レスターが彼に笑いかけた。「おまえのためになる一つの言葉を俺は知っている。相棒。フランチャイズだ!」

「フランチャイズ?」

「こいつのコピーを作るのさ。オリジナルを一つ残らずプリントアウトして、そいつを使ってフランチャイズとして運営するんだ」

「うまくいきっこない」ペリーは言った。「おまえが言うようにこいつがうまくいっているのは自分自身の作品をこいつに付け足してくれる熱心なボランティアのキュレーターがいるおかげだ。フランチャイズしてもそれは変化のないものになるか、別物になるだけだろう……。ここにあるやつと比べればすごく退屈なものになっちまう」

「なぜ別物になるってわかる? なぜ変化のないものになるってわかる? そいつらをネットワークで結べばいいんだ。しっかりしてくれよ! キュレーターは展示の一つを更新するだけじゃなく、その全部を更新するんだ。数千、数百万のコピー全部だ。巨大な物理的なウィキだよ。ああ、こいつはとんでもなく、とんでもなく、とんでもなくクールなものになるぜ。超クールな社会システムだ」

「おまえがやったらどうだ?」

「無論そのつもりだ。だがこのプロジェクトを走らせるための人間が必要なんだ。みんなに同じ方向を向かせることが得意なやつだ。おまえだよ、相棒。そいつに関しちゃあおまえは俺のヒーローだ」

「おまえがそんなおべっか使いだったとはな」

「おまえはそういうの大好きだろ。ベイビー」レスターはいってその長いまつ毛を瞬かせた。「あの女が言ってたぜ。どこに行っても切手のことしか頭にない切手コレクターと一緒だってな」

「まったく」ペリーは言った。「おまえはくびだ」

「俺をくびにはできないぜ。俺がやっているのはボランティア労働だからな!」

レスターが六つのゴルフボールと重そうなメディシンボールを投入口に放り込んだ。マシンががたがたと音を立てて動き出し、数百ものM&Msを吐き出し始めた……百、二百、三百、四百、五百、六百、七百……さらにいくつか。

「なんの計算なんだ?」ペリーは尋ねた。レスターがメディシンボールを使ったのは今まで見たことがなかった。

「当ててみろよ」レスターが言った。

ペリーはしばらく考え込んだ。六の平方? 六の立方? 六の対数? 「六の階乗か? まったく、おまえは本当に変わったやつだな、レス」

「天才は報われないのさ」彼は両手いっぱいに茶色のM&Msをすくいあげた。「ざまあみろ、フォン・ノイマン! ご自慢のENIACでこいつを打ち負かしてみろ!」


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