メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第二部

第四章


次にペリーが訪れた時にはローガンはアイスボックスの中よりも冷えてフローズンカスタードアイスクリームと見紛うような灰色の雪に覆われていた。

「しょっぱなからすごい天気だな」よじ登ったティジャンの車のルーフから体を車内に押しこんで革張りのシートのそこら中に雪を払い落としながら彼は言った。「車を汚してすまない」

「気にしないでください。子供たちは汚し放題だ。ともかく事故にならなければ何でも我慢しましょう」

九月に会った時よりもティジャンの額は後退して体重も減っているようだった。いつもの丸々とした頬はこけてくぼみ、その上には三日は剃っていないとおぼしき無精ひげが生えている。ケンブリッジへ向かう途中、トンネルに入るたびにラーダのスポーツカーはその後部をわずかに左右に揺らした。道路は凍てついて滑りやすくなっていた。

「すばらしい場所を手に入れました」ティジャンが言った。「あなたにも話したと思いますが見せておきましょう」ちょうど二人はボストン市街地のど真ん中にいた。街並みはどこか銀行街を思わせ、印象的なタワーがそびえ立っている。ティジャンが指差す場所がペリーにわかるまでしばらくかかった。

「あそこか?」曲がり角にショッピングモールがあった。その上には板を打ち付けて放置されたハイアットホテルの看板が高く掲げられている。「しかし街のど真ん中だぞ!」

「ボストンはフロリダとは違います」ティジャンが言った。「ここの住人の多くは車を持っていません。ウースターにもいくつかショッピングモール跡地やら何やらがありましたがここなら無料で手に入れられたんです。ホテルが畳まれてから十年、所有者は税金を払っていません。残って営業している店はアゼルバイジャンの男たちがやっているインドから輸入したがらくたを売る貿易ショップだけです。

二階の内装は取り払って、一階のフードコートはフリーマーケットにします。地下鉄につながる古いトンネルがあるので今、なんとかそれを再開通させようとしているところです。そうすれば入り口がいくらか余計に確保できるだろうと思いましてね」

ペリーはびっくりした。この野望を成就させるのに必要なスーツ野郎としての才覚がティジャンにはあった。今までペリーは大きな街でアパートを借りようと思ったことさえなかった。特別に高い値段が付くような土地にある物件はどれも自分より高い額を払いたがる人間がいる物件だと思っていたのだ。これからはGPS監視網から漏れていたショッピングモールも検討しなくてはならないだろう。

「フリーマーケットを埋めることはできそうか?」ペリーがフリーマーケットに入るテナントを確保するまでは長い時間がかかったし、いまだに質の悪いテナントも何件かあった。タロット占い師や水ギセルを売ってる店、高圧のペンキスプレー缶を売っているやつら、粗悪ポルノのデータを詰め込んだペタバイトサイズの剥き出しのハードディスクを売っている安売りポルノ屋といった連中だ。

「ええ。ニューイングランドのあちこちに昔、世話をした人間がいましてね。彼らの多くはあのブーム崩壊後にこのあたりに住むようになったんです。ここはなかなかいい場所ですし、以前、景気が悪かった頃は家賃も恐ろしく安かった。提案したらすぐに引き払ってボストンに来ました。みんな、次の大きなビジネスを待っているはずです」

「そう思うか?」

「ペリー。彼らのうちの何人かにとってはニューワークは今まで起きた中で最も重大な出来事なんです。彼らの人生におけるクライマックスだ。自分に価値があると感じられた唯一の瞬間なんです」

ペリーは頭を振った。「それは悲しいことだと思わないか?」

ティジャンは複雑なトンネルのインターチェンジをうまく通りぬけてケンブリッジに車の進路を変えた。「いいえ。ペリー。私は悲しいことだとは思いません。やれやれ。あなたは信じられないのですね。なぜ私があなたの手伝いをしていると思います? あなたと私に他の者たち、私たちは何か重大なことをおこなった。世界は変わりました。そして変わり続けている。アメリカの労働者の五人に一人がニューワークプロジェクトに参加するために荷をまとめて移住をおこなったのを忘れたのですか? これはダストボウル以来ではもっとも大規模なアメリカの人口移動です。平均的なニューワーク企業が出荷した発明品の数は最盛期のエジソン研究所よりも多いんですよ。これから百年の間、人々がアメリカの世紀を思い出すときにはこいつを真っ先に思い出すでしょう。私たちがそれを作り上げたからです。

ですから、ペリー、私はそれが悲しいことだとは思いませんね」

「すまない。すまなかったよ。許してくれ。そんなつもりじゃなかったんだ。だが夢がついえるのは悲劇じゃないか? そんな片田舎に引っ込んで栄光の日々を思い出しながら生きているというのは?」

「ええ、それは悲しいことです。だが私があのライドをやるのに賛成したのは……過去のプロジェクトを琥珀の中に封じ込めるためじゃない。私たちみんなが再び参加できる新しいプロジェクトを作り上げるためです。彼らは私たちのあとを追って自分の生活を放り投げたんです。これはそのお返しに私たちが彼らに与えられるせめてものことなんですよ」

ティジャンの家までの残りの道中、ペリーはそのことについてじっくり考えた。腕をついて見つめた先の凍てついたウィンドウの向こうにはみぞれが降っていた。


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