メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第二部

第五章


サミーはボストンのダウンタウンに建つバンク・オブ・アメリカのビルの三十七階にある安ホテルにチェックインした。ロビーに人影はなく守衛のデスクは無人だった。バンク・オブ・アメリカは今では管財人の管理下に置かれていてここでの活動もそう活発ではない。重役フロアを安いビジネスホテル向けに貸し出しているという事実がそれを裏付けていた。

部屋はなかなかのものだった……狭くて窓が無いという点を差し引いても悪くない。電源、シャワー、トイレとベッド、彼がホテルの部屋に求めるものは全て揃っている。地下鉄に飛び乗る前に空港で買ったナッツの袋を開けて食べると彼はメールチェックを始めた。とても全てには返信できないほどのメールがきていた……受信ボックスが空になったためしがないと彼は思った。

ともかく重要そうなものを選んで彼はチェックしていった。中には前の恋人からのものもあった。今はフロリダ・キーズのバラック街住人の集うビーチで暮らしているのだが百ドルほど貸してくれないかと彼女はメールで頼んできていた。働いてもいないのにどうやって彼女がその金を返すつもりなのか想像もつかなかった。だがミシェルは頭が回る。信用できそうだった。彼はPayPalで彼女に金を送った。彼女が金を返す時に直接会えるのではないだろうかという馬鹿げた思惑もあった。一昨年、彼女と別れて以来彼はずっと独り身で孤独と性欲を持て余していた。

面倒事の全てを片付け終えた頃には時刻は午前二時になっていた。夕食の時間は過ぎていたが飢え死にしそうなほどの空腹を覚えた。道すがら見たところではボストンにはタコスを売るワゴンやケバブのスタンドがたくさんあるようだった。気力を振り絞ると彼はまだどこか店が開いていないか確認しに通りへと出て行った。ニンニクの効いた巨大なケバブを手に入れると彼は営業を終了したATMの影で風から身を守りながら味わうことも忘れてそれを貪り食べた。

彼がここまで来たのは新しいライドを偵察するためだった。その噂を聞いたのはネットでのことだった……まぬけな同僚たちの中に競合相手の公開メールリストを読んでいる者がいるはずもない。だがおそらく競合相手はこちらを調べているだろう。ボストン行きの格安航空券を手に入れるために予算管理に揺さぶりをかける試みは大成功だった。タフな駆け引きや脅しのメール、制度の消極的な濫用といったものが必要ではあったが。馬鹿馬鹿しいほど安い日当とホテル代だったがそれでも戻る頃までには数百ドルはかかる。なぜそこまでして仕事をするのだろう? 規則にただ従って何もせずに放っておくこともできたのだ。

これで彼はくびだ。いや、あるいは昇進の機会を逃すだけで済むかもしれないがどちらにしても実質的には同じことだ。

新しいライドはとんでもなく都会的なショッピングモールにあった。フィラデルフィアでの大学時代にはこんなショッピングモールで女の子をナンパしたり本とスムージーを持って浜辺でキャンプしたりして楽しい日々を送ったものだ。フロリダの道路わきに建つ安っぽいショッピングモールとは違ってかつては高級店しか入ってなかったにちがいない。何をやるにも土地代が高すぎて利益率の高い商品を大量に扱う店しか生き延びられなかったはずだ。

それを思うとがらくたを売る露店ときちがいじみたライドに占領されたショッピングモールの光景は一段と悲しみを誘った……まるでトークショーに出演して万引きで逮捕された件について話すよういわれた太って疲れきったスーパーモデルのようだ。彼は不安に慄きながら扉に近づいて行った。市場では何も買わない、そう彼は決めていた……胸像もコンタクトレンズもたくさんだ……歩きながら彼は前ポケットに入れた財布をしっかりと握りしめた。

ショッピングモールはまるでサウナだった。ジャケットとセーターを脱ぐと彼はそれを片腕で抱えた。一階フロアは今にも崩れて倒れそうなたくさんの露店に占拠されていた。彼はその間を店主に気がつかれないようにこそこそと歩きまわっては売っているものを調べていった。

そのうち彼はこそこそする必要がないことに気がついた。まるでボストンの人間の半分がいるように見えた……若者ばかりではない。ツイードの服の学者風の者、訛りがきつく大きな体をした労働者階級のサウスボストンの少年たち、北欧風のあか抜けた服を着た最近移住してきたばかりの移民たち。そういう人間が大勢いるのだ。みんな、自由に行き交ってはおしゃべりしたり笑いあったりしながら巨大な鍋やコンピューター制御の電気グリルから取り出された温かい食事を食べていた。ついさっき自分の頭ほどもあるケバブを平らげたばかりだというのにその香りに彼の胃袋は音をたてた。

人混みのざわめきが彼に何かを思い出させた。何だっただろうか? プレミア興行だ。ディズニーパークでも新しいライドやエリアがオープンする時には同じようにぞくぞくするような期待と興奮と熱気があった。こいつはまずい……こちらにはこういった興奮をわき起こせるものがない……必要なのは低俗さか? あるいは安っぽさか? ともかくご立派なものではないことは確かだ。

彼らは中毒患者のように買い物をしていた。腰のあたりで赤ん坊を抱いた母親が彼を押しのけて通り過ぎて行く。彼女のベビーカーには買い物袋が高く積まれ、その中の大きなベルギー菓子パンが透けてピクセル状に見えた。彼女も腰のあたりにいる赤ん坊も笑っている。

彼はエスカレーターへと向かった。エスカレーターへの道順は明るい色でアルマイト処理されている。今まで見たことがないものだ。エスカレーターで上に向かう間、彼は下の方に目をやっていた。そのせいで上の階にたどり着く直前までフロリダのライドにいたあの男がそこに立っていることに気がつかなかった。ちらしを配りながらまるでどこかで見覚えがあるというように男はサミーを見つめていた。

避けるには遅すぎる。彼は最高のキャストメンバー風スマイルを顔に張り付かせた。「こんにちは!」

男は笑みを浮かべると眉を持ち上げた。「どこかであんたに会った気がするんだが」彼はゆっくりと言った。

「フロリダから来たんだ」サミーは弁解するように肩をすくめながら言った。「オープンの様子を見るためにね」

マジかよ!」男は今度は満面の笑みを浮かべ、彼を抱きしめんばかりだった。「あんた最高だぜ!」

「返す言葉に困るな。僕はこいつのファンなんだ」

「ほんと、信じられない。おい、ティジャン。こっちに来て彼を見ろよ。名前は何て言うんだ?」

とっさにサミーは偽名を考えたが何も思いつかない。「ミッキーだ」彼は自分を蹴りつけてやりたい思いに駆られながら言った。

「ティジャン、こちらミッキー。フロリダのライドの常連でわざわざオープンの様子を見るためにここまで来たんだ」

ティジャンは短い髪の顔色の悪い男で会計士のような格好をしていた。その目が鋭く光り、サミーを鋭く捉えるとすばやく上から下まで舐めまわした。「それはなんとも嬉しいことです」彼はくたびれたブレザーに手を伸ばすと一枚の紙を取り出した。「無料チケットを何枚かお持ちください……こんなものでしかお気持ちに報いることができないのですが」紙にはホログラムとスマートタグの装飾が施され、RFIDが埋め込まれた膨らみがあった。だがこの手の標準的な偽造防止部品がメール注文で買えることはサミーでも知っている。

「これはご丁寧にどうも」言って彼はティジャンの乾いた固い手と握手した。

「どういたしまして」もう一人の男が言った。「列に並んだ方がいい。さもないととんでもなく長い間待つことになる」彼は満足そうな表情を浮かべた。その時なってサミーは自分が人混みだと思っていたものが実際は人々が押し合いへし合いする長い行列でエスカレーター前のフロアの周囲を取り囲むように伸びてショッピングモールの通路の一つの奥に消えていっていることに気がついたのだった。

なんとか最悪の事態は避ける事ができたと思いながら彼は最後尾まで列をたどっていった。ヘッドフォンを取り出してつけると彼は新着ニュースのテキストを読み上げるようにヘッドラインリーダーを設定した。空の旅で情報に取り残されていたのだ。ほとんどは同僚からのもので退屈極まりないたわ言ばかりだった。しかし聞いておかないわけにはいかない。さもないと戻った時に話題についていけずにつまはじきにされる。

彼は上の空で聴きながら見渡す限り続くこのとんでもない人混みについて考えた。ファンタジーランドの再オープンと比べても遜色ない……あの時は世界中のゴスファンがフロリダの中心に押しかけた。ドイツ人、ギリシャ人、日本人、中にはムンバイやロシアから来た者もいた。彼らがパークを埋め尽くし、陽気なかつてのディズニーワールドをゴスのテーマパークに作り変えるという愉快なひねくれ行為に興奮していたのだ。

しかしなんだって真冬のボストンでこんなに長い行列ができるのだ? ここにあるたった一つのアトラクションはマイアミのはずれのすっかり忘れ去られた道ばたにあるのと同じものなのだ。オムニムーヴァーにキリストが乗っているとでも言うのか。

列が動き少し波打ったかと思うとショッピングモールの下の方で歓声が聞こえた。人々が次々に現れ列の最後尾を目指して興奮に震えながら彼の前を通り過ぎていく。だが列は五分たっても、十分たっても動かない、また列が波打ったがどうせさらに人が増えただけだろう。列に並ぶ者の中には紙袋から取り出したビールを飲む者もいて次第にあたりは混乱した状況になっていった。

「どうなってるんだ?」彼の背後で誰かが喚いた。その叫び声に反応して列が身震いしたかと思うと少しだけ進みまた止まった。

考えた後、思い切ってサミーは列から離れて前の方へと歩いて行った。そこにはティジャンがいた。ベルベットのロープを手に人々を少しずつ中に入れている。サミーの姿を目にすると彼は真面目くさった様子で頷いて見せた。「みんなライドに乗ってなかなか戻ってこないんです」彼は言った。「長くとも十五分にしてくれと言っているんだが。もしもっと見たければまた列に並んでくれとね。それ以上は手のうちようがありません」

サミーは同情するように頷いた。厚手の黒いカーテンの背後からあのおかしな形の眉の男が姿を現した。「もう二人入れる」言って彼はサミーの肩をつかんで中に引っ張りこんだ。

カーテンの向こうは薄暗闇の中にスポットライトがついていてフロリダのものとほとんど変わらない。そこに六台の乗り物が待っていた。サミーがその一台に乗り込むとあの大げさな演説が流れだした。

かつて新しい生活と労働のあり方の兆しがアメリカに訪れたことがありました。十年代のニューワークブームは比類なき革新の期間であり、エジソンの時代以来絶えて見られることのなかった創造性のカンブリア爆発であり……エジソンも比肩し得ないものだったのです。ニューワーク革命を作り上げた人々は模倣者でも詐欺師でもありませんでした。

レイアウトは柱の位置のせいで少しだけ変わっていたが地形の許す限りフロリダのものと同じようにしてあった。ロボットが足元を動き周って作品を運び、フロリダでの変化と同期するようになっている。彼はメッセージボードを読んでフロリダのライドが深夜まで営業していることを知っていた。ライドの常連がボストンのプレミア興行の参加者と一緒にツイッターで互いに連絡を取りながら作業できるようにするためだ。

ライドの他のイス型マシンがそれぞれの展示の周りを方向を変えながらゆっくりと行き交っていた。展示から流れるナレーションの中、イス型マシンに乗った二人が横に並んで小声で会話をしている。カップルがいちゃついてるのだろうと彼は思った……うす暗いライドではよくあることだ。ライドを企画する時には何度かそれを利用させてもらったことさえある。ティーンエイジャーの客を大勢呼び込むことができるのだ。彼らは重要な客層だ。独り立ちするにはまだ若く、セックスをするための落ち着いた場所のためにはいくらでも支払う程度には大人だ。

3Dプリンターの匂いがしてきた。安い子供用のおもちゃを吐き出す自動販売機があるドライブインの安っぽい匂いだ。だがここで嗅ぐとその匂いにも安っぽさは感じなかった。ここでその匂いに感じるのは未来だ。初めて彼が作ったライド用にプリントアウトされた部品を手渡された時もそうだった……あれはスモールワールドのライドの改良をしようとしている時のことだった。その時の匂いはどこか異国的で新鮮な興奮と恐ろしさを感じさせるものだった。ちょうど新天地に初めて訪れた時のようだったのだ。

その匂いを再びかぎ、外でライドに乗るために待つ人々のことを思い出しながらサミーは気分が悪くなり始めていた。ケバブが胃にもたれた。まるで夢でも見ているかのような動きで彼は膝に手を伸ばして小さなカッターナイフを取り出した。おそらく複数の赤外線カメラが設置されているだろうがこれまでの経験から乗り物の中までは見えないだろうことを彼は知っていた。

彼はゆっくりと点検用パネルの底に指を這わせて隙間を探した。そこにナイフの小さな刃を差し込み……手荷物検査を受けられるようにこいつを中に入れられるちゃんとしたスーツケースを持ってきたのだ……中のケーブルをたぐった。体を大きく動かさないようにして彼はケーブルを切断した。一度の動作で絶縁体に包まれた銅線の束が切れる感触がする。イス型マシンは痙攣したような動きをした後、動かなくなった。万全を期すためにさらに何本か配線を切った後、彼はそいつを全て中に押し込んだ。

「おおい!」彼は叫んだ。「動かなくなっちまったぞ!」彼が止まったのはメインの順路上で、四つの展示の周りをイスが四つ葉のクローバーを描くようにして行き交う場所だった。数台のイス型マシンが彼を避けていく。彼は大げさにパネルを叩いた後、マシンから下りて頭を振って見せた。わざとらしく三台のロボットを踏みつけながら彼は別のイス型マシンに向かって歩いて行った。

「これはちゃんと動いてる?」彼は乗っていた子供に尋ねた。十歳ぐらいで性別はよくわからなかった。

「うん」子供は言ってシートの上で横にずれた。「二人乗れるよ、どうぞ」

なんてこった。北の方では知らない人には用心しろと教えていないのか?彼は子供の横によじ登って座ると悪意に満ちた片手をすばやくパネルの下に滑らせた。二回目ともなると片手でも容易に配線を裂くことができた。イス型マシンが座り込んで動かなくなるまでに今度は五つの大きな束を切り刻む必要があった。ジャイロから変な音をたてながらイス型マシンは左右にふらふらと揺れた。

子供がしかめっ面で彼を見た。「こいつらくそだ」吐き捨てるように言って床に降りるとタイヤの一つを蹴りつけ、ついでに床を這っていたロボットを二、三台蹴っ飛ばした。二人は乗っていたイス型マシンが盛大に壊れて止まった場所に降り立った。そこはレーザー銃型の電気器具や製品が並べて展示されている場所の正面だった。この展示が始まった頃にフロリダで見た記憶があった……その頃にはほんの二、三個のおもちゃの銃があるだけだったが今ではさらに三つの銃が加わっていた。これが十に増え、五十に増え、最後には壁のように積み重なって壮観なものになるのだろう。イス型マシンが壊れた場所はちょうど順路を塞ぐような位置だった。

「こりゃ歩いた方がいいな」彼は言った。彼がもう二、三台のロボットを踏みつけるとロボットはおかしな音をたてた。子供は夢中になってロボットを蹴り飛ばしている。他の客を乗せたイス型マシンが二人を避けようと向きを変えて動き回っていた。サミーはロボット用充電ステーションに気がつき、二人はその出口に向かって進んでいった。充電ステーションは掃除機ロボット用の標準仕様のものと半自律制御の電気器具を組み合わせたもので彼の古いアパートにも同じ物があった。非常に安全なものではあったが以前、彼の友人の歩きはじめたばかりの子供が這ってそれに近づき、埋め込まれた電源プラグの差込み口に大量の十セント硬貨を押し込んだことがある。電気プラグはショートを起こして煙が立ち上り、火花を吹き上げた。

「先に行ってくれ。靴紐がほどけちゃったよ」

サミーは子供の方に背を向けながら充電ステーションの側で屈みこんだ。カメラが彼の一挙手一投足を監視しているだろうと考えながら彼はポケットから小銭を取り出してロボットが充電用プラグを差し込むための小さなスロットにそれを押し込んだ。

引き起こされた火花のシャワーは彼の記憶にあるものより激しかった……たぶん暗い室内だったからそう見えたのだろう。子供が金切り声を上げて出口の誘導灯に向かって走り、彼も急ぎ足でそれに続いた。やつらはライドの体制を立て直してすぐに再開するだろうが今夜中には無理だろう。彼が壊した二台のイス型マシンを室内から引っ張りだすことができなければなおさらだ。

出口では混乱が始まりかけていた。その場にいたあのティジャンという男が彼に張り詰めた視線を投げる。彼はなんとか下階へのエスカレーターに向かったがティジャンが割ってはいった。

「中で何が起きたんです?」

「異常事態だ」彼は表情を変えないようにして言った。「僕のイス型マシンが動かなくなった。それからもう一台も……小さな子供が乗っていたやつだ。その後、とんでもない火花が上がったんで歩いて出てきた。いかれてる」

ティジャンは首を傾げた。「あなたに怪我がないといいんですが。医者を呼びましょう。今なら何人か捕まる」

ライドにこんなプロフェッショナルな対応ができる人間がいるとはサミーの想定外だったがもちろんこうなるのは明らかだった。おそらく非番の警官や地元政治家、弁護士といった人間がいるはずだ。

「僕は大丈夫」彼は言った。「心配しないで。それよりまだ中にいる人のために誰かやった方がいいのでは?」

「手配済みです。フロリダからわざわざ来ていただいたのにこんなことになってしまって申し訳ありません。ひどい有様だ」ティジャンの探るような視線が一段と険しくなった。

「ああ、いや大丈夫。実は今週ここで会議が会ってね。ここに来たのはそのおまけなんだ」

「どちらにお勤めですか。ミッキーさん」

しまった。

「保険会社です」彼は答えた。

「ノーウィッチユニオンですか? ここに本部を置いてたはずだ」

サミーは事の成り行きを理解した。ノーウィッチユニオンはここには本部を置いていない。それとも新たにできたのだろうか。なんとかティジャンをやり過ごさなければならなかった。

「今夜も営業を続けるつもりですか?」

ティジャンは頷いたが質問に答えて頷いたのか自分の疑念を確信して頷いたのかははっきりしない。

「それじゃあ、もう行かなくちゃならないので」

ティジャンが片手を上げた。「ああ、ちょっと待って。すぐに再開します。ライドに最後まで乗っていってください」

「いや、ほんとうに行かなくちゃならないんです」彼は手を振り払うと急いでエスカレーターに向かい、凍えるような夜の闇に飛び出していった。耳の中で血流の音が響く。おそらく今夜はもうライドを動かすことはできないだろう。お祭りに集まった人々を失望させて家に帰すことになるはずだ。彼はささやかではあるが何かに勝利した気がした。

あのおかしな形の眉の男……ペリーのことを考えた時にはその勝利の気分はより確かなものになった。能なしのホームレスと大差無い男だ。だがあのティジャンという男はウォルトディズニーワールドでの仕事で彼が出会ってきた出世コースの人間を思い出させた。鋭い観察力とすばやく戦略を組み上げる能力を感じさせた。答えが四だと分かる前に二と二を足し合わせることができる人間だ。

サミーは出来る限りの急ぎ足でホテルへの道を戻った。氷の様に冷たい歩道を踏みしめ、古びたオフィスタワーにあるロビーにたどり着いた時には顔全体が痛むほどだった……額も、頬も、鼻も全てが痛んだ。予約した帰りの飛行機まではもう一日ある。報告書を書いて家路につく前にもっと新しい場所を偵察すべきか彼は考えたがあのティジャンという男ともう一度顔を合わせるのは避けたかった。

彼をあのライドの破壊工作に駆り立てたものは何だったのだろうか? それは根源的な何か、彼には抑えることのできない何かだった。彼はいわば心神喪失状態だった。だがスーツケースに小さなナイフを忍ばせ、この部屋を出る前にそれをポケットに滑りこませたのは彼だ。いったいどんな衝動がそんなことをさせたのだろう?

市場の露店の間に沸きあがる祝祭の雰囲気を彼は見た。ライドを破壊したあとでもなお人々が立ち去らずに笑い、見物し、楽しんで世界と冷えきった街から逃れたつかの間の一夜を過ごすことをわかっていた。グリンチがあいつらのライドに泥を塗ってやった後でもフーヴィルのフーたちは歌い続けたというわけだ。

そうなのだ。あのライドはたんにユーザークリエイテッドコンテンツを利用しているだけではない……あれこそがユーザークリエイテッドコンテンツなのだ。わずかでもあれに似た何かを作らせるようオーランドにいる上司を説得しようとしても無駄に終わるだろう。十分な時間を与えれば間違いなく自分たちは追い抜かれる。あのティジャンは……とんでもない儲け話の目論見でも無い限りは決して動こうとしないタイプの人間だ。

その夜、彼は未来を垣間見たのだ。そこに彼の居場所はなかった。


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