メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第十章


サミーは三回続けてテーマリーダーの会議をすっぽかしていた。出席を求める必死の声はますます大きくなっていたというのにだ。弁護士団は隙あらば彼の時間を食いつぶし、そのせいで彼は自分のファトキンス向けプロジェクトを改善するための来場者調査をおこなうこともできなかった。スケジュールは遅れていたし……これは驚くことではない。いざとなればてきとうな理由をつけてウィーナーたちを黙らせ、スケジュールを伸ばせばいい……弁護士どもの相手は気が狂いそうだった。

挙句の果てにあのいまいましいライドは営業を再開しているときた。

今、彼がもっとも避けたいのはウィーナーの来訪だった。

「やつら私たちを訴えようとしているぞ。訴訟を起こすためのベンチャー投資まで募っている。私たちは大金をもってるからな。君、このことを知っていたか? サミー」

「知ってますよ。ウィーナー。僕らが訴えられるのはいつものことじゃないですか。ベンチャー投資家が大金を持っていることはあなたも知ってるでしょう……勝てばやつらの身ぐるみを剥げます。まったく。なんだって僕はあなたとこんな話をしているんです? もっと生産的なことをしてはどうです? それとも僕のちっぽけなプロジェクトの手伝いをしにいらっしゃるほどトゥモローランドは超完璧ってわけですか?」

「今日はずいぶんごきげんななめだな」指を振りながらウィーナーが言った。「私はただこの破滅的状況を切り抜けるための戦略を考えるのに手伝いが必要なんじゃないかと思っただけだ。だが君の言ったとおり、私は私にできることをしよう。次のテーマリーダー会議で会おうじゃないか、サム。わかってるだろうが三度続けての欠席は懲戒処分の理由になるぞ」

サミーは自分のいすに深々と腰を下ろすと冷ややかにウィーナーを見つめた。脅しだ。懲戒処分だと。凍りついた能面の様な顔のまま彼はウィーナーの肩の向こうに視線を送った(敵対者を威嚇する時の定番の手段だ……相手と目を合わせないのだ)。視野の隅でウィーナーの気迫が萎え、目を逸らしたあと向きを変えて部屋を出て行くのが見えた。

ドアが閉まるまで待って彼はいすの上で肩を落とすと顔を手で覆った。なんてことだ。くそったれ。いまいましい。どうしてこんなはめになっちまったんだ。テーマエリアは開店休業状態、前代未聞の無断欠勤率、おまけに昨日はいまいましい労働組合の人間まで現れる始末だ。そいつを追い出すために彼は警備員を呼ぶはめになった。フロリダの法律の下では面倒事のために雇用主の敷地に入ってこようとする勇気ある組合組織の人間はめったにいない。不法侵入と営業妨害で仮釈放なしの二年の懲役に服そうという者などいないのだ。あの少年は若かった。デスやキャストメンバーとたいして変わらない歳だろう。SEIUサービス従業員国際労働組合の報奨金が目当てなのは明らかだった。ひどく攻撃的で、暴れまわってあたりを蹴りつけながら目を丸くしたキャストメンバーや遠巻きに見つめる何人かの客にスローガンを叫び続けていた。

その男を排除した後もサミーの気分は悪いままだった。ここ三年ほどはあの手のハゲタカは一羽たりとも敷地内に現れていなかった。サミーの縄張りに関して言えば今まで一度もなかったのだ。

次はなんだ? 何が起きる? これより悪くなるなんてことがあるのか?

「やあ。サミー」ハッカーバーグは法務部トップというわけではなかったがこの謎に包まれた組織の中でサミーが面会を求める程度には高い役職にいた。年老いてひどく肌が荒れ、まるでサンベルト地帯の人間のようだった。アイスクリームスーツをこよなく愛し、ステッキを持ち歩いている彼は有名人だった。ふだんの会話のときには彼は「普通」にしゃべる……ちょうどアメリカ人のニュースキャスターのような話し方だ。しかしもっと真剣な内容になるとその話しぶりはゆったりと間延びしたものになった。それは偶然によるものではないとサミーは確信していた。ハッカーバーグは彼と同じように策略に長けた男なのだ。

「ちょうど会いに行こうとしていたところでした」サミーは嘘をついた。ハッカーバーグが彼のオフィスに来るのは何か問題が起きた時だけだ。既に問題は彼の耳まで届いていると考えた方がいいだろう。

「そうじゃないかと思ってたよ」さっそくおでましだ……口調がよどんだ沼地のようにゆっくりとしている時にはもう地平線には災いが姿を現しているのだ。そこでハッカーバーグが言いよどんだ。

サミーは不安になった。この手のゲームは得意だったがハッカーバーグは彼より一枚上手だ。エンターテイメント関係の弁護士というのは忌々しい吸血鬼のようなもので邪悪さがその体に染み付いている。彼は自分のデスクに目を落とした。

「サミー。彼らは私たちの真似をしているぞ……」彼らはああ私たちのおお真似をしているぞおお。「あのライドの人間たちだ。最初は想定通りに振舞っていた。一つの組織にまとまろうとしていた。そうなれば訴訟を起こしてうまいこと処分できるところだったんだがな。だが別のことを始めた。何をしているかわかるか、サミー?」

サミーは頷いた。「反撃訴訟をやろうとしていますね。だがそれは想定内でしょう?」

「一つにまとまるとは思っていたが軍資金を募るとは予測していなかった。十五年かけて私たちを訴えるというビジネスプランだそうだ。サミー。そのための株式発行の準備まで進めている。これはもう見たか?」彼はサミーに上品で小ぶりな投資ニュースレターの印刷を手渡した。とんでもない額の購読料がかかる代物で今この瞬間まで彼はたんなる都市伝説だと思っていたくらいだった。

いかにして十億ドルのライドを乗りこなすか?

コダセルの実験は一つの根本的な真実を教えてくれる。一万を二百万にするのは簡単であるが一千万を二億にするのはそれよりずっと難しい。投資をギガスケールにスケーリングするのはとんでもなく難しいことであり、まず不可能であるといっていい。

だがこの問題を解決してくれるかもしれない投資の新しいパラダイムが明らかにされつつある。ベンチャー投資による訴訟だ。二、三千万ドルを訴訟につぎ込めば二百億ドル規模の企業を破産させることができるのだ。訴訟のための経費を払った後に残る資産が投資家のものとなる。

馬鹿げた話に聞こえるだろうか。これが持続可能なものなのかは時間だけが証明してくれるだろう。だがこの戦略の発案者であるランドン・ケトルウェルは一度ならず投資家のために金鉱を掘り当てている……コダックとデュラセルの合併から生まれたコダセルのあの伝説的な勃興と没落である。最初の二回の投資ラウンドとコダセルの新規株式公開に参加した投資家は三年で三〇倍のリターンを得た(もちろん長くとどまり過ぎた投資家は何も得られずに終わった)。

ケトルウェルが企てているのはディズニーパークスの評判を地に落とすことだ……訴権濫用の訴えと不正競争防止法違反に対する法解釈は法学者でも議論が別れ、決定的な解釈はない。もっとも深刻なのはかつてのディズニーパークの従業員(マジック・キングダムの甘ったるい用語に従えば「キャストメンバー」)のその数だ。彼らはケトルウェルの客への妨害工作に関するこの会社の長期計画の情報をリークしているのだ。

興味をそそるのは企業責任をまっとうに果しているディズニーパークスと一連の悲惨な若年労働者虐待と安全設計上の問題(明敏なる読者諸君は昨年の「可燃性パジャマ」騒動とCEOロバート・モンターギュによる「子供の手の届くところにマッチを置いておくような親には私たちの無責任を責める権利はない」という記憶に残るせりふを思い出していることだろう)で悪名高いディズニープロダクツの区別が陪審員につくのかということである。懲罰的な陪審員がはじき出す賠償金はこの種の訴訟では予想外なものとなる。近年の傾向から言えばディズニーパークスの分は悪いように思われる。

結論:ポートフォリオに訴訟投資を構成要素として取り込むべきだろうか? 答えは明らかにイエスだ。リスクは高く成長は遅いが訴訟投資はここ数十年で見たことのないような驚異的なリターンを約束する。適切な訴訟ファンドに慎重に百万ドルか二百万ドル預ければそれに対する報いは十分に受けられるだろう。これは究極の創造的破壊である。ディズニーパークスのような年老いた恐竜はしまい込まれた資本で膨れ上がった金庫のようなものだ。その資本は清算され、機敏な企業で働きたがっている。

それではどうすれば適切なファンドを見つけ出せるのだろうか? それは来週号で。クレディ・スイス・ファースト・ボストンの訴訟専門家によるQ&Aを掲載予定。


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