メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第十四章


ペリーのギプスはひどい悪臭を放っていた。二日目に少し臭い始め、一週間もするとまるで肩に死んだ動物でもくくりつけているかのようになった。腐った動物の死骸、腐って痒みを催すような動物の死骸だ。

「まさか自分でそんなことをしようとするとは思わなかったわ」彼が万能ナイフを使って危なっかしい手つきでギプスを切り開いていくのを見ながらヒルダが言った。ギプスは何かずいぶんと丈夫な素材でできていた。子供の頃に屋根から落ちて(グライダーの性能を調べるために登ったのだ)足を骨折した時につけたファイバーグラス製のギプスよりずっと丈夫だ。

「じゃあ君がやってくれよ」彼女にナイフを差し出しながら彼は言った。もう一秒だってこの臭いに耐えることができなかった。

「まさか。嫌よ。ギプスを外すにはまだ早すぎると思うわ。障害者になるつもりならそれは自分でやらなくちゃ」

彼は不機嫌な声を上げた。「くそったれな病院、くそったれな医者、くそったれ中のくそったれなこのギプス。もう腕はほとんど痛くないんだ。いったん外した後に添え木をあてりゃいい。それで固定できるだろう。治るまでには六週間かかるって言われたんだ。こんなものを六週間も着けてられるか。気が狂っちまう」

「そいつを外したら障害が残る。かわいそうなのはあなたのお母様よ。きっと気が狂っちゃうわ」

手を滑らせ腕を切りつけてしまい彼はおもわず顔を歪めたが彼女にそれを気取られまいとした。彼女の予測通りになってしまったからだ。二、三日一緒に過ごすうちに彼女は彼の向こう見ずな行いが引き起こす惨事を正確に予測できる専門家になっていた。それはもう不気味なほどだ。

ギプスの下で血がにじみ、手が滑った。

「いいわ。病院に行きましょう。シャワーを浴びれば濡れるって言ったでしょう。濡れれば臭くなるし腐ったようになるし痒くてたまらなくなるってのも言ったわ。スポンジで体を拭いてあげるとも言ったと思うけど」

「俺は保険に入っていない」

「じゃあ無料診療所に行きましょう」

根負けして彼は車へ向かう彼女の後ろをついていった。

彼女は鼻に皺よせながら彼がシートベルトをするのを手伝った。「どこが悪いの。坊や?」彼の顔を見ながら彼女が言った。「何をそんなにくよくよしているの?」

「たんにギプスが煩わしいだけだよ」目をそらしながら彼は答えた。

彼女が彼のあごをつかんで自分の方に顔を向かせた。「こっちを見て。そういうのはやめて。絶対にしないで。もし何か悩んでいることがあったら話しあいましょう。無口だけど頼りになるってタイプとは付き合わない。あなた今日は一日中不機嫌だわ。いったいどうしたの?」

しぶしぶ彼は笑顔を作った。「わかった。降参だ。故郷が恋しいのさ。向こうは騒動の中心地だ。ライドや仲間が動き回っているってのに俺はここでこうしている」彼女が気を悪くするのではないかと彼は一瞬、心配した。「ここで君と過ごすのが嫌になったってわけじゃないんだ。だけど罪悪感を感じてるっていうか……」

「OK。わかった。あなたが罪悪感を感じるのはもっともよ。これはあなたのプロジェクトでそれが騒動に巻き込まれているっていうのにあなたはその面倒を見ていないんだもの。まったく。ペリー、問題はそれだけ? もしあなたがあっちのことを心配していなかったらそれこそあなたに失望するところだわ。それじゃあフロリダに行きましょう」

「何だって?」

彼女は彼の鼻先にキスをした。「私をフロリダに連れて行って。あなたの友達に会いに行きましょう」

「だけど……」一緒に引っ越すとでもいうのか? 彼はこの少女に完全に惚れ込んでいたがさすがに早すぎる。さすがのペリーでもそう思った。「ここにいなきゃならないんじゃないのか?」

「みんな私がいなくともやっていける。何もあなたと一緒に引っ越すっていうわけじゃないわ。しばらくしたらこっちに戻ってくる。だけど今学期は二つしか講義はないし両方とも遠隔受講ができる。これは行くしかないわ」

「いつ?」

「病院の後よ。新しいギプスが必要なんでしょう。悪臭屋さん。あなたの側の窓を下ろしてくださる? ふう!」

TSA運輸保安局の厳しい検査を受ける前に新しいギプスを一晩おくように医者が忠告したので二人はもう一晩、ヒルダの家で過ごすことになった。ペリーはその夜をメールリスト上を飛び交うメールとブログ記事のチェックや飛行機チケットの確認、それにマイアミ空港への車の手配をして過ごした。夜中の三時になってようやくベッドに崩れ落ちるとヒルダが彼の体をつかんで引き寄せ強く抱きしめた。

「心配しないで。あなたの友達たちと私、きっとうまくやっていけるわ」

そのことをずっと心配していたことに自分では気がついていなかったが言われてみる確かにそのとおりだった。「心配じゃないのか?」

毛の生えた彼の胸から腹へと彼女は手を走らせた。「ええ。全く心配していない。あなたの友達たちは私のことを気に入るわ。さもなきゃ殺してやる。まあ彼らは私を気に入ってくれるわよ。あなたが私のことを愛していて私もあなたのことを愛していて彼らもあなたのことを愛しているんだから」

「アーニーは俺のことをどう思っている?」何ヶ月も前に会って以来、初めて彼女の弟のことを思い出して彼は聞いた。

「うーん。そうね」彼女が言った。彼は緊張した。「大丈夫。問題ないわ」彼の腹を撫で続けながら彼女が言った。くすぐったかった。「私が大切に思う人と一緒にいることを喜んでる。それに彼はあのライドが大好きだしね。ただ、そうね、姉の身を案じているのよ」

「何が心配なんだ?」

「あなたが想像していること。私たちは何千マイルも離れて暮らしているしあなたは私より十も年上。その上、あなたは武装した警官を引き寄せるようなトラブルに巻き込まれている真っ最中。もしあなたが私の弟だったとしても心配するんじゃない?」

「俺は一人っ子だがその通りだな。うん。わかるよ」

「たいしたことじゃない」彼女は言った。「本当よ。マディソンに戻ってくる時には何かいいお土産を持って行ってあげて一緒にビールを飲みに行きましょう。それでみんなうまくいく」

「俺たちは冷淡かな? 家族全員が了承しているのか? 不測の事態は起きていないか? 全て順調なのか?」

「ペリー・ギボンズ。私はあなたをすごく愛している。あなたは私を愛している。私たちには戦う理由があるし、同じ目的のためにたくさんの勇敢な仲間たちが一緒に戦ってくれている。何が問題だっていうの?」

「何が問題かって?」ペリーは言ってから、話し始めようと息を吸った。

「言葉のあやよ。お馬鹿さん。もう夜中の三時よ。寝なきゃ。明日は飛行機に乗るんだから」


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