メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第十八章


サミーには自分が死に体だということがわかっていた。彼の命を永らえさせているただ一つの救いは法律屋はネットの情報を読みたがらないということだ。ハッカーバーグの下にはネットの話題を監視するための部下が何人かいたが彼らのお気に入りは紙に印刷して印をつけていくという方法だ。つまりブログコミュニティーとは一日、二日のタイムラグが生じるということだ。

デス・ウェイツの件は恐ろしい災厄だった。あの男は彼を脅すだけで一生残る障害を与えるようなことはしないと思っていた。デス・ウェイツの件が彼の元にまで及んだ時、一体何が起きるのだろう。サミーの頭はそのことでいっぱいになり、それを考えると鳥肌がたった。

ともかく忌々しいのはあのまぬけな暴漢だ。あの男の知り合いの知り合いはサミーが電話で依頼をした時に確かに保証したのだ……大丈夫、大丈夫、やり過ぎたりしない、ちょっとなでてやるだけさ、と。

さらにまずいのはあの馬鹿な少年がヒントに気がついていないということだ。サミーには理解できなかった。もし見知らぬ男に半殺しにされてメッセージボードに張り付くのをやめろと言われればメッセージボードはおさまるのが普通だ。そうなってしかるべきなのだ。

それにフレディだ。あれがまだ片付いていない。フレディがあのインタビューを記事にすることはないだろう。それについては確信があった。「オフレコ」には特別な意味がある。それはフレディのような「ジャーナリスト」であっても同じだ。だがフレディが自分に好意的な記事を書くつもりがないこともまた明らかだった。さらにもし……いつかはそうなるのだが! ……フレディがデス・ウェイツの件を耳にしたら。

過呼吸の症状が彼を襲った。

「ちょっと建設現場の様子を見てくる」彼は個人秘書に言った。彼女は新顔の若い女性で、いつ新しいファンタジーランドが再オープンするのか知りたがっているブロガーからの取材電話をつないでサミーから怒鳴りつけられた前任者がウィーナー(なんとウィーナーだ!)のもとへと逃げ出した後、サミーの担当になっていた。

他の役員の目を逸らすためだけにファンタジーランドを閉鎖したのは失敗だった。確かにあのライドは病気の犬のような状態だったがまだ寿命は残っていた。工事現場では客を呼ぶこともできないがパークの入場者数は下降を続けてみんなが彼に注目している。入場者数が保っていたただ一つの理由はサミーがゴス系への改装でみんなを助けたからだったがそんなことは今や誰の頭にもなかった。入場者数が落ちている本当の理由は彼の他には誰一人としてパークを改修し改善し続けていこうというガッツがなかったからだったがそんなことは誰の頭にもなかったのだ。

彼は重い足取りでメインストリートUSAへと進んでいくとあたりに用心深く目を走らせた。メインストリートの店は彼がゴス系商品の過剰在庫処分をおこなうのを手伝ってくれていてショーウィンドウや入り口の向こうにそれが見えた。ファトキンス向けのピザスタンドやアイスクリームワゴンはキャッスルの周りで忙しく商売に勤しんでいた。群衆のほとんどは左へと進んでいく。アドベンチャーランドやフロンティアランド、リバティースクエアへ向かっていくのだ。もう一方のプラザ右側にはファンタジーランドやトゥモローランドの入り口があるが人影は目に見えてまばらだった。入場者数が落ちていることは知っていたが人の流れの中に立つとそれを肌身に染みて感じた。

彼はキャッスルを通り過ぎてファンタジーランドとの境界にしばらくの間、立ち尽くした。昼下がりに一人ぽつんとここに立っているなどありえない話だった……ここはライドに乗り、食事をしたり買い物をしようと行き交う人混みでごった返しているべき場所なのだ。しかし今、そこにいるのはアイラインを引いて無煙の水キセルでクローブたばこをふかす数人の少年たち、それに「ゴーアウェイグリーン」とイマジニアリングの連中が呼ぶ人の目を寄せ付けないように藪が描かれたフェンスの工事現場だけだった。

彼は過去に二回、大きなコースターをオープンさせてそれには長い行列ができたものだった。だがそれがこの有り様だ。ショップには誰もいない。ゾンビ迷路で頭を悩ます者は誰もいない。フェンスからは砂埃と大きな工事の騒音が漏れだしていた。彼は関係者用の扉から体を滑り込ませると立ち止まってミッキーマウスの耳がついた安全ヘルメットを手にとり、縫うようにして現場の一つに向かっていった。

少なくとも作業員はよく働いていた。ずいぶん昔のことだったが彼は古いライドの解体工事の請負業者を雇う部門にずいぶん感銘を受けたことがある。古いライドの解体には細心の注意が必要だった。仕上げ材や装飾品のコレクション価値をできるかぎり維持したまま作業をおこなわなければならないのだ。これはなかなか奇妙な話だ……ディズニーの客はライドが閉鎖されると屠殺される豚のような金切り声を上げて自分たちのお気に入りだった娯楽のばらばら死体を買い求めようと争うのだ。

死者の日を模した柱に貼り付けられた髑髏の装飾の接着剤をキューバ人の青年が注意深く溶かして他の装飾品……大鎌、頭巾をかぶった人形、墓石……の大きな山のてっぺんに置くのを彼は見つめた。下に敷かれたエアロゲルの層が装飾品にこすり傷ができるのを防いでいる。フェンスの内側はどこもこんな様子だった……分解されたライド、エアロゲルの層に挟まれたファイバーグラス製の残骸のタワーだ。

以前にも同じことをしたことがあった。ファンタジーランドを改装したときだ。当時は涙を止めることができずに困惑したものだった。その時は胸が踊るような新しい計画が舞台袖に潜み、ステージに踊り出て形になるのを待っていた。キシミーの請負業者が製造したライドの部品をいくつか彼はとっておいたが大きな物は現場に残さざるを得なかった。彼にとって楽な仕事だった。安価な製造業者、新しい素材、遠隔地の請負業者や現場の人間とは簡単に共同作業ができる。彼よりも上手にすばやく新しいライドを作り上げられる者は誰もいなかった。ライドのほとんどの部分は放っておいても自らで組み上がっていった。

今では競合も全く同じ技術を使っている。彼にとってはひどくいまいましいことだ。自体は悪化の一途をたどっていた。次に何をすべきか彼には何の計画もなかった。自分がやることといえば消費者調査スタッフを捕まえてファトキンスのフォーカスグループを一つか二つ急いでかき集め、イマジアリングの連中に手早く作れるデザインをひねり出すための時間を二週間ばかり与えるだけ。彼は考えた。過去の経験から彼はデザインというものは利用可能な時間を使い尽くすように膨張していくことを知っていた。そして最高の作品というものはふつうは最初の十日間で生まれ、それ以降は委員会方式の集団が生み出す無難なものにしかならないことも彼はよく知っていた。

だが消費者調査スタッフで彼の依頼に応えようという者は一人もいなかったし、イマジアリングの人間で彼のために働こうという者も一人もいなかった。そして工事用フェンスと解体作業の埃で占拠されたパークの一部を訪れようとする者も誰一人いなかった。

あのマイアミのライドはいったいどうなっているだろう? オンラインで彼はそれをずっと見守っていた。3Dのバーチャル版ライドができた時にはすぐに実行してその内部を飛び回った。ライドの展示物をダウンロードして自分用にプリントアウトすることさえしたのだ。しかしどれもあのライドに乗った時のような感覚を与えてはくれなかった。かたかたとなるライドの中で他の客に囲まれながら展示物やその動きを指さし、驚き、笑い声を上げるあの感覚だ。

ライドを理解するためにはそれに乗らなければライドならないのだ。ライドを口で説明するのは映画を口で説明するようなものだ……ぼんやりとしていて要領を得ない。ちょうどセックスについて語ることとセックスをすることの違いのようなものだ。

サミーはライドを愛していた。少なくともかつてはそうだった。映画よりも本よりも……夢中で親しんだ。人混みも愛していた。ライドに乗ろうと待つ人々、ライドから降りてくる人々が好きだった。始めはコースターだった……コースターを嫌いな子供なんているだろうか? ……そして最終的に彼は絶叫マシンからモノレール、回転木馬からホラー系ライドまであらゆるライドを愛する舌の肥えたグルメへと成長したのだ。

週に一度はパーク内の全てのライドに乗り、月に一度は近くにある全ての遊園地の全てのライドに乗っていた時期もある。何年も前の話だ。今ではオフィスに座って重要な意思決定に明け暮れている。ライドには週に一つも乗れればいいほうだ。

最近ではそんなこともできなかった。状況は最悪だ。このままでは食うのに窮して食料配給の列に並ぶはめになるのも時間の問題だろう。さもなければ刑務所送りか。

気がつくと彼は解体作業を陰気に眺めていた。背筋を伸ばし、何度か深呼吸をすると彼は頭のなかで自分のけつを蹴っ飛ばして自分を憐れむのはやめろと自分に言い聞かせた。

若い女性作業員がぐらぐらとゆれる別の樹脂製髑髏の装飾を引き剥がして山の上に積み、それをエアロゲルのシートで覆った。

この安っぽい装飾を人々は愛していた。ディズニーパークと人々は恋仲になり人々は何度もそこを訪れたくなる。最後にはそこにある物を手に入れたくなる。彼らはその奥深くへと潜り込み、大事なものを手に家に戻っていくのだ。それはとても収益性の高い事業だった。

あのウォールマートのライド製作者たちはそこに目をつけたのだ……誰もが自分の裏庭にやつらのライドを複製できる。ちょっとした気晴らしをするためにマディソンからオーランドまで空の旅をする必要はない。ライドはすぐそこ、道の突き当りにあるのだ。

彼のライドやパークを客の家に、文字通り彼らの裏庭に作りあげる方法は無いだろうか。ウェブカメラでライドの様子を見られるようにしたり、3Dのバーチャル版ライドを作ることはそれを実現する方法の一つだったが手触りや臨場感に欠けていた。

作業員は全ての装飾品の取り外しを終えて今度は小道具やアニマトロニックスにとりかかっていた。それらは売り払われることはない。ロボットの基幹部は素人が扱うには繊細すぎるのだ……再利用するほうがずっと賢い。例えばアメリカ・シングスのがちょうは外装を取り除かれて昔からあるスター・ツアーズの前座のおしゃべりロボットとして新しい活躍の場を見つけるといった具合だ。

だが今では注文すれば何でもプリントアウトして組み立てられて出荷される。もはやイマジアリングで自前の機械加工をおこなうことさえなくなっていた……メールで注文するだけで事足りるのだ。三次元図面を工場にメールするだけで翌日には必要なだけの数の品物がFedExで届けられる。サミーは唇を噛みながらあのウォールマートのライド製作者たちが自分たちと同じサプライヤーから部品を調達している可能性について考えた。そうだったらキリストもびっくりの非常事態だ。

その時、絶望のどん底、下降線の極小点でサミーはインスピレーションの電撃に撃たれた。

ディズニーを人々のリビングルームに送り込むのだ! プリンターを人々の家に送り込み、部屋の片隅を毎日ちがうライドのレプリカで飾り付けるのだ。コーヒーテーブルの上に置いてもいいし、拡大コピーして地下の娯楽室をいっぱいにしてもいい。パークにつながる魔法の部屋を手に入れられる。ディズニーに行くことなくその土産を手に入れられる。我が家にいながらにしてだ。印刷された髑髏の装飾に大枚をはたこうという人間ならこれを聞いたら興奮でイッちまうだろう! まさにパークが目の前に現れるようなものなのだ。愛好家専用のイマジアリング・アイだ。

このアイデアを金に変えるための方法なら百個でも考えだすことができるだろう。プリンターは無料で配ってデータは購読制にしてもいいし、プリンターを売ってデータは無料配布にしてもいい。図面の変更に課金してもいいし、ユーザーごとに最適化したプロダクトプレイスメント広告を狙ってもいい。可能性は無限大だ。最高なのはディズニーパークの勢力圏をあの愚かなライドのものよりずっと遠くまで広げられるということだ……コーヒーテーブルの上、娯楽室、学校の体育館、あるいは避暑地の別荘、そういうところに手を伸ばせるのだ。

彼はこのアイデアに魅せられ、虜になった! 大声を上げて彼は笑った。すばらしいアイデアだ! 確かに彼はトラブル状態だった……それもとんでもないトラブルだ。しかし、もしこのアイデアを実現できれば……しかもすばやく実現できればハッカーバーグは彼の味方になるだろう。サミーが死のうが生きようがあの弁護士は眉も動かさないだろうが会社の利益を守るとなればやつはなんだってするだろう。

新しいライドのデザインを手助けしようというイマジアリングの人間が誰一人いないことは確かだ。彼らは今だってたくさんの新しいライドのデザインプロジェクトで手一杯なのだ。消費者調査チームの人間もそうだ。だがこれは新しいアイデアなのだ。しかも最新の新規性だ。使い古された「新規性」とはわけが違う。そして新規性はいつだってイマジアリングにいる新しいもの中毒者たちを惹きつける。手助けは得られるはずだ。そうしたらビジネスプランとタイムスケジュール、クリティカルパスをまとめて実行に移す。一週間以内にプロトタイプを完成させたかった。幸いなことにたしいて手間はかからないだろう……あのウォールマートのまぬけどもはやつらのおもちゃの回路図の全てを公開しているのだ。それを拝借するだけでいい。方針転換はまったくもって恥じることのないおこないなのだ。


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