メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第三章


誰かこのプラスチックの手錠を切って目を擦れるようにしてくれ、それだけがペリーの願いだった。もちろんそんなことをすれば症状がひどくなるだけだということをわかってはいた。暴動鎮圧用バスの中はひどい騒ぎだった。道路に空いた穴でバスが跳ねるたびに数十人の口から悪態とうめき声がもれた。

ペリーはバスの床に倒れていた。隣には子供……声から判断する限りではということだが……がいてバスが動いている間ずっと悪態をつき続けていた。一度、バスが大きく揺れた時に二人の頭がぶつかり、二人は悪態をついてから互いに謝って、その後少し笑いあった。

「俺はペリーっていうんだ」聞こえてくる自分の声はまるで水中にいるようだったそれでも何とか聞き取ることはできた。催涙スプレーのおかげで鼻のつまりが取れて聴力も少し戻ってきたようだった。

「デス・ウェイツだ」ごく普通の調子で相手は言った。ペリーは自分が正しく名前を聞き取れたか自信がなかった。たぶん聞き間違えてはいないはずだ。ゴス系の少年なのだ。

「よろしく」

「こちらこそ」また二人の頭がぶつかり、二人は笑いながら悪態をついた。

「くそっ。顔が痛くてたまらない」ペリーは言った。

「そりゃそうだ。まるでトマトみたいになってる」

「見えるのか?」

「まあね。運が良かった。背中と肩を何発か力まかせに殴りつけられて倒されたんだけどガスは食らわなかった」

「まったく運がいいな」

「それより倒された時に墓石を失くしちまったのが頭にくる。まじで珍しいやつで手に入れるのが大変なんだ。たぶん踏み潰されちまったな」

「墓石だと?」

「ディズニーの墓場ウォークスルーにあったやつだ。やつら先週そこを潰しちまったんだよ」

「おまえ、そいつを持ってきてライドに置いたのか?」

「ああ……あれがあるべき場所はあそこだからな」

ペリーの顔はまだ焼けつくようだったがさっきよりは痛みも治まってきていた。最初は顔を火であぶられるようだったが今では百万匹の蟻に噛み付かれているような感じだった。プラスチック製の紐が食い込む手首の痛みに集中して頭から顔の痛みのことを追いだそうと彼は試みた。

「なぜだ?」

長い沈黙があった。「どこかに持って行かなきゃならなかった。倉庫やゴミ置き場に置かれているよりあそこにある方がいい」

「コレクターに売るってのはどうだ?」

「わかるだろう。そんなこと頭にものぼらなかった。コレクターにやるにはもったいなさすぎる」

「墓石がもったいないって?」

「馬鹿みたいに聞こえるのはわかってる。だけど本当なんだ。ディズニーがゴス系のものを全部潰したことは知ってるだろう? ファンタジーランドは俺たちにとって大事な場所だったんだ」

「今はそうじゃないっていうんだな?」

「決まってるさ。ショッピングモールの店に行けばゴス系の服が買える。俺たちは表の世界の戦いでも裏の世界の戦いでも圧勝だ。ディズニーがゴスの本拠地を作ろうとしてくれれば俺はそれで良かった。あのライドはそれを憶えておくための一番いい場所だったってわけ。毎晩、全国に散らばる他のライドでコピーがおこなわれるのは知っているだろう? かつてのディズニーを愛してた人はみんな記憶の一部になれるんだ。もしフロリダに来ることができなくてもな。先週このアイデアを思いついた時にはみんなすぐに気に入ってくれた」

「それでディズニーのライドにあったものを俺のライドに持ち込んだってわけか?」

「あんたのライドだって?」

「ああ。あれを作ったのは俺だ」

「まさか。そんなわけあるかよ」

「そのまさかだ」笑みを浮かべると顔がひどく痛んだ。

「まじかよ。そいつは最高だ。あんたがあれを作ったって? どうやって……いったいどうすればああいうものを作れるような人間になれるんだ? 俺は仕事をくびになってこれからやることを探しているんだ」

「そうだな。他にもライドを作っている集団がいるからそこに参加するってのはどうだ」

「ああ。それは考えた。だけど俺がなりたいのはああいうものを作るためのアイデアを考えだす人間なんだ。あんたは電子工学か何かの学位を持っているのか?」

「たまたま成り行きで取っただけさ。君にだって同じことができる。間違いなくな。だがその前に少し話を聞いてくれ……君がディズニーのライドにあったものを俺のライドに持ち込んだのか?」

「ええっと、まあそうだな。だけどあれはやつらが捨てたものなんだ」

ペリーの目から涙が流れ落ちる。ディズニーのライドにあったものが彼のライドに展示され、ディズニーが訴えた裁判所命令を執行するために警官が現れた。こいつは偶然じゃない。だが彼はこの少年を責めることができなかった。少年の声はまるで子犬のように無邪気だった。

「待ってくれ。じゃああんたは警官が現れたのはそれが原因だと……」

「たぶんな。いや怒っちゃいない。俺だって君と同じようなことをしてきたんだ」

「まじかよ。くそ。本当にすまない。こんなことになるとはぜんぜん思わなかった。今になってみればわかるよ。もちろんやつらはあんたがやっていることを知っている。やつらあんたのことが憎くて仕方ないんだ。俺は以前、あそこで働いていた。あいつらはフロリダの観光客から金を奪うもの全てを憎んでいるんだ。だからオーランド空港までわざわざモノレールを延長したのさ……飛行機を降りたら最後、自分たちが売っているもの以外には一銭も使わせないようにするためだ。以前は俺もすげえと思ってた。あんなすごいものを作るなんて最高だってな。だけど次にやつらがしたことは新しいファンタジーランドを……」

「テーマパークの住人にはなれないさ」ペリーは言った。

少年が大声で笑った。「おいおい。いったいを言っているんだ? あんた、それを実現してるじゃないか」

ペリーがなんとか痛みに耐えて薄目を開けるとぼんやりとした少年の姿が見えた。シザーハンズのような黒いぼさぼさの髪の毛、アイライナーを引いてフロックコートを着ている……だが幼い顔だった。まるまるとした頬は背後から見てもそれとわかるくらいだ。顔は青あざだらけでまるでスマーフのようだ。突然、ペリーは遅れてきた怒りの発作に襲われた。よくも子供をここまでひどく殴りつけられるものだ。「デス・ウェイツ」……彼が望んでいたものはくそったれなライドに乗ることだけだったというに! 彼は犯罪者ではないし、年老いた女性を突き飛ばしたり浜辺に有毒な生物を解き放ったわけでもない!

バスが急に曲がって二人の頭がまたぶつかり合った。二人がうめいているとバスのドアが開けられペリーは再びまぶたをきつく閉じた。

乱暴な手つきで体を捕まれ彼は警察署まで歩かされた。人々の声は傷めつけられた耳で聞くとまるで水中で聞いているようだった。鼻と目は両方とも使いものにならない。まるで感覚が奪われる恐ろしい悪夢を見ているような気分に襲われて彼の体は強ばった。ずっと体をつかまれたまま彼は収監手続き(ポケットから財布を取り上げられ、頬の粘膜を綿棒で採取され、指紋スキャナーに指を押し付けられた)のために連れ回され、彼はたじろぎながらも仕方なくそれに従った。体をつかむ手はだんだんと荒っぽく、強引になっていった。ある場所では誰かが腫れ上がった彼の目をこじ開け、まるで目玉を突き刺されるような痛みを与えられながら彼は網膜をスキャンされた。叫び声を上げた時にずきずきと痛む鼓膜の向こうで笑い声がしたのを彼は聞いた。

その笑い声が彼を奮い立たせた。無理やり彼は目を開けて周囲の警官をにらみつける。警官のほとんどはフロリダの貧乏白人で非人間的な悪意の表情が浮かぶ虚ろな目をした中年男だった。その中にわずかに茶色の顔と女性の顔が交じっている。しかしフロリダ全体の人種や性別の割合と比較すればあまりに少なかった。

また誰かの手が彼をつかみ、この冒険の次の目的地へと彼を押していこうとした。彼はその手を振りほどくとその場に座り込んだ。以前、抗議運動の一団がそうしているのを見たことがあった。座り込んでいる人間をすばやく、あるいは威厳を保ったまま移動させるのは難しいことを彼はそこで知った。腕を誰かにつかまれたが彼は断固として座り込んだままその手が離れるまで腕を振り回した。笑い声が怒りの声に変わっていく。彼の横に別の誰かが座った。デス・ウェイツだ。顔を蒼白にして目を丸く見開いている。さらに他の者も床に座り込みはじめた。警棒が彼の腕の下にねじ込まれ、ひどい痛みをともなう方向にねじりあげられる。不意に彼は戦意を失って従う気になったがすぐには立ち上がることができなかった。不快な亀裂音をたてて彼の腕が折れた。体の中で骨が折れたことが一瞬にしてはっきりとわかった。次の瞬間、痛みが彼を襲い、一瞬叫び声に喉をつまらせてから彼は絶叫した。そして全てが暗闇の中へと後退していったのだった。


前へ 目次 次へ