メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第三十章


電話が鳴った時、サミーは朝方イマジニアリングがデスクに置いていったディズニー・イン・ア・ボックス(商標登録済み)を調べているところだった。鳴ったのはデスクの電話ではなかった……携帯電話だ。番号は非通知だった。

「もしもし?」彼は言った。彼の番号を知っているものはそう多くはない……彼は電話に仕事を中断させられるのが好きではなかった。彼と話し合いをする必要がある人間はまず彼の秘書に連絡をすることになっていた。

「やあ、サミー。忙しい時に電話してしまいましたかね?」あざ笑うようなその声には聞き覚えがあった。すぐに冷笑を浮かべるその顔が浮かんだ。フレディだ。くそっ。あの悲惨な結末に終わった会談をお膳立てをする時に彼はあの記者に番号を教えていたのだ。

「あまり都合は良くないな。フレディ」彼は答えた。「僕の秘書に連絡してくれれば……」

「ちょっとお時間を拝借するだけですから。取材です。あなたのプリンター……ディズニー・イン・ア・ボックス、カッコ、登録商標、カッコ、商標、カッコ、著作権表示……に対するあのライドの連中の反応を記事にしようと思いまして」

心臓がぎゅっと縮こまるのがサミーにはわかった。もちろんあのライドのまぬけどもはこのプリンターのことに気づいているだろう。そのためのプレスリリースだ。やつらのメッセージボードのどこかでこいつについての議論がおこなわれていることは想像に難くない。そいつを探し出して眺める時間は彼には無かったし、この件に関してはディズニーパークスの競合情報調査担当のスタッフを使うつもりもなかった。デス・ウェイツでの大失敗(大失敗も大失敗だ。くそっ。あんな馬鹿なことをやってしまうとは)の後では自分に目をつけている集団と一緒になって情報収集をおこなうなんてまっぴらだったのだ。

「どんな反応があったかはよく知らないんだ」サミーは答えた。「コメントできなくてすまないんだが……」

「いえいえ。それでは手短に説明しましょう」フレディは言うとサミーが断る前に早口で説明を始めた。やつらはディズニーのプリンター向けに自分たちの3Dモデルの提供を始め、一週間ほど前にはディズニーが配布している試作機の一つを手に入れることさえしていた。さらに彼らは使われている樹脂のリバースエンジニアリングを行っていると主張していた。そうすることでどんな樹脂でもそのプリンターで使えるようにできるからだ。

「まあそういうわけでディズニー関係者からこの件についてコメントをいただきたいんですよ。こいつを見逃してやるつもりですか? こうなることを予測されていましたか? もし誰かがこのプリンターでAK47をプリントしたらどうします?」

「誰かがこいつを使って動作するAK47をプリントすることはありえない」サミーは答えた。「素材がとてももろいんだ。それに不幸なことだが既にAK47の製造は都市部で盛んにおこなわれている。それから他の質問だが……」彼は目を閉じると何回か深呼吸をした。「他の質問だが、聞くのであれば法務担当者に聞いてくれ。彼らに電話を繋ごうか?」

フレディが笑い声を上げた。「よしてください。サミー。権利帰属に何か問題でも? やつらを訴えないんですか? やっつけちまわないんですか?」

自分の顔が白くなっていくのがサミーにはわかった。「君が何の話をしているのかさっぱりわからないな……」

「噂によればこの件にはデス・ウェイツ少年が関わっているとか。彼は以前はあなたのもとで働いていましたよね? それから聞いた話ではティジャンとケトルウェルがあの組織から追い出されたようですよ……やつらのために弁護士を呼びだせる人間は誰もいないってわけです。攻撃を仕掛けるには絶好の機会のように思えますがね」

サミーははらわたが煮えくり返る思いがした。新しくてすばらしいものを作り上げることに彼は集中していた。確かに競合に打ち勝つためのものではあったが、ディズニー・イン・ア・ボックスを作った究極の理由は想像し得る限りで最高にクールなことをおこなうためだった。改良に次ぐ改良。ウォルト・ディズニーの古い格言だ。ものを作りあげるのはそこに可能性があり、それが実現すれば世界がもっと楽しい場所になるからだ

ところが今、このやじ馬は彼をけしかけて再びあのライドの馬鹿どもと争わせようとしている。創造ではなく破壊にエネルギーを費やさせようとしているのだ。何だってこんな面倒なことになったのだ? 全て自分の責任だ。自分で破滅を招き寄せたのだ。この記者のこと、デス・ウェイツのこと、あの裁判のこともそうだ。全て彼のひどい計画と馬鹿な選択の結果だ。まったく。彼はひどいまぬけだった。

ディズニー・イン・ア・ボックスはデスクの上でかすかにうなり声をたてていた……冷蔵庫のようなうなり声ではない。バリトンの歌声のようなうなり声でディズニー映画の魔法使いの歌のメドレーを奏でているのだ。まるで生きているかのようだった。ときおりメロディーやつぶやき声、さらにはいびき声までがはっきりとわかる瞬間があった。箱の内部からは陽気な物音とささやくような会話が聞こえる。あらゆる点から見て驚嘆すべき仕上がりだった。簡単なことだ。ファームウェアにクールな機能を追加するイマジニアはどんどん増え、バージョン管理システムにはそのパッチが次々に追加されていっていた。彼はそれを見渡してその中から最高のものだけを選べばよかった。そうしてこのデバイスはウォルトが一九五五年に作り上げたディズニーランドそのものに比肩するほど斬新で、素晴らしい、クールなものになっていったのだ。

「このままでは私はあなたがコメントを断ったとだけ書くことになってしまいますよ?」

くそったれが。

「なんでも書きたいように書けばいいさ。フレディ」彼は答えた。箱の上部についたカバーがほんの少しだけ開き、一組の瞳がのぞいたかと思うとぱたんと閉まり、箱の中から確かに忍び笑いと歩きまわる音が聞こえた。こいつは大成功する。間違いない。もしうまくいかないとすればそれは他の者に真似されるのではと心配しすぎたサミーがおかしな事を始めた時だけだ。

「それはそれは。それではもう一つお教えしましょう。今週中にもデス・ウェイツ少年は退院する予定だそうですよ」


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