メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第四十八章


スザンヌとサミーは彼女のお気に入りの喫茶店で待ち合わせた。らせん状の建物の四階にある展望台の上に作られた喫茶店で、バルコニーを給仕用エレベーターが占領し、巻き上げ機から伸びるワイヤーがつる植物のように覆っていた。それを使ってお茶を運び上げているのだ。

バラック街全体が見渡せる一番いいテーブルを確保すると彼女は小さなショートブレッドケーキを注文した。この店の名物だ。無脂肪、カフェイン抜きのカプチーノの巨大なマグカップが一緒についてくる。

サミーは顔を真赤にして汗だくになって階段を昇ってきた。ハワイアンシャツとバミューダパンツをはいた格好はまるで観光客のようだ。休暇中なのだろうか? 彼の背後から彼より若い男が姿を現した。飾り気のない小ぶりのデザイナーズ眼鏡をかけ、ありきたりなポロシャツとスラックスを着ている。カジュアルデーの会社役員のユニフォームだ。

スザンヌはじろじろと皮肉るような視線を送りながら自分のテーブルの学校で使われるような場違いないすを指し示した。ウェイトレス……シーナという名だ……が水のはいったグラスを二つと紙ナプキンの箱を運んでくる。男たちは彼女に礼を言うと顔を拭い、水を飲んだ。

「道は空いてました?」

サミーが頷く。彼の友人は不安気に見えた。まるで自分のグラスの中を何かが泳いでいるのではないかと疑っているようだ。「すごい場所ですね」

「私たちのお気に入りの場所なんです」

「ところでトイレはどこですか?」連れの男が聞いた。

「あそこを行ったところです」スザンヌは指さした。

「この辺では下水はどうしているんです?」

「下水? ペイジさん。下水問題は解決済みです。発電機の燃料にしてその廃熱で復水式浄化器を動かしているんです。街全体から集めて一カ所で処理するという話もあったんですが必要な調整やなんかが多すぎて無理でした。中枢部分が故障したら大惨事になるとペリーは確信していましたね。その経緯ついては記事にしています。もしよければ記事へのリンクを送ってもいいですよ」

ディズニーの役員は何かぶつぶつと言ってからショートブレッドを食べ、チョークで書かれたメニューをじっとみつめてからタイ風アイスティーを注文した。

「それでチャーチさん……いえ、スザンヌ……会ってくれてありがとうございます。あなたにはくそくらえと言われてもしかたないと思っていました」

スザンヌはほほえむと先を続けるよう促した。

「私の友人がトイレから戻ってくる前に、それからあなたの仲間の誰かと出くわす前にお伝えしたいことがあります。あなたの行動は世界を変えた。もしあなたがいなければ今日私はここにいなかったでしょう」

どこから見ても彼は真面目そのものだった。少し運転疲れして風に吹かれている彼は記憶の中のオーランドでの姿とは違った。いったい何が起きたのだろう? 何のために彼はここまで来たのだろう?

友人が帰ってくるとサミーは言った。「タイ風アイスティーを頼んでおいた。こちらはスザンヌ・チャーチさん。ライターだ。チャーチさんこちらはエルベ・ギニョール。ディズニーパークスのフロリダ区域共同取締役です」

ギニョールはサミーよりも政治に長けていそうでよそよそしかった。彼女と握手を交わして彼は重役らしい低い声で挨拶した。歳は若く、重役らしく振る舞おうと努力しているのが見てとれた。彼は彼女にシリコンバレーの新人大富豪を思い出させた。ピザ好きのハッカーから一夜漬けのEBITDA金利、税金、償却前利益知識のごたくを訳知り顔に吐き散らすスーツ姿のビジネスの繰り人形へと転身を果たした者たちだ。

それでいったいあなたたち二人はここに何しに来たの?

「ペイジさん……」

「サミーです。サミーと呼んでください。私からのポストカードは受け取られましたか?」

「あれはあなたからだったんですか?」前日にそれを受け取った時、彼女はそれが何なのかわからず、関わり合いになりたくない何かの勧誘キャンペーンの一部だと思って捨ててしまっていた。

「受け取られましたか?」

「捨ててしまいました」

サミーの顔が少し青くなった。

「だけどまだゴミ箱にあるはず」彼女は言った。「レスターが片付けたことはないし私もまだやっていないから」

「ううむ。今から一緒に行って取ってきても構いませんか?」

「いったい何が書かれているんです?」

サミーとギニョールは長いこと顔を見合わせた。「あなたはもう長い準備期間を経たということにしましょう。長い時間を私と過ごしこれが内密の話で公表すべきものではないとあなたが思ってくれたことにしましょう。あなたに魔法をかけて私がどれほどあなたとあなたのお仲間たちに敬意を払っているか理解してもらったことにしましょう……」

「わかりました」スザンヌは笑いをこらえながら言った。公表すべきものではない……本当かしら!

「いいでしょう。全てそういうことにしておきましょう。それではお教えしましょう。ポストカードに書き込まれていたのはディズニーパークスがあなたのご友人たちを買収するにあたっての見積もり書です」

スザンヌは色々なことを予想していたがそれは予想外だった。馬鹿げた話だ。気が狂ったとしか思えない。おかしいというだけではない。突拍子もない話だった。まるで「緑色レーザーで月の表面にあなたの肖像画を彫る計画について送った」とでも言われたようだった。だが彼女はプロだった。変わらず自然な表情のまま彼女は落ち着いた様子でカプチーノを飲み込んだ。

「なるほど」

「そして……そのアイデアはあまりに危険で議論にあげることすら許しがたいと感じている人間がディズニーにはいるのです。そんなアイデアは封殺されるべきだと言うわけです」

ギニョールが咳払いをした。「それが大半の者の意見です」彼が言った。

「普段なら私もいいだろう、その意見に賛成だというところです。結構なことだと。言っておきますがこの見積もりの数字を弾いたのは好奇心からなんです。私は好奇心旺盛な人間なんです。物事を違った角度から見て、一見馬鹿げたように見えることに挑戦するのが好きです。結果がどうなるか確認するんです。私の直感はすばらしくよく当たる」

ギニョールとスザンヌは同時に鼻先で笑った。

「そりゃうまくいかなかったこともあります」サミーは言った。スザンヌは彼を好きにはなれそうもなかったがそれでも思わず共感してしまう率直さのようなものが彼にはあった。手練手管や狡猾さというものがこの男には感じられないのだ。求めているものが何であれそれを彼の顔に見て取ることができる。彼はサイコかもしれないが卑劣な人間ではなかった。

「そういったわけでどんなことになるか確認しようと遊びのつもりでその数字を計算しました。あなたのお仲間が年間利益総額の三十倍で買収に応じたらどうだろう。私たちの訴えを取り下げると言えば……彼らの訴えじゃない。私たちの訴えだけです。そうすれば商標訴訟を続けるために金を払わなくても済むようになる。彼らが六ヶ月ごとに悪魔のようにすごいアイデアを生み出すとすれば……」気がつくとスザンヌは頷いていた。特に最後の仮定には。「それでそういう仮定を置くとどんな結果になったんです?」

まぶたの裏でスザンヌはその数字を踊らせてみた。彼女は長年そういう財務諸表を間近で追ってきていた。あまりに詳しくなりすぎて自分の毎月の給料や住宅ローンと同じくらい見慣れたものになっていた。しかしそれもかつてまっとうな仕事でまっとうな生活を送っていた頃の話だ。

「それじゃあ、あなたはレスターとペリーをかなりの金持ちにしてやることができるというわけですね」彼女は言った。「その仕事が終わったら利子だけで暮らしていけるくらいになると」

サミーは真面目な調子で頷いた。彼の連れは驚いた様子だった。「そりゃけっこうな話だ。それで私たちはどうなる?」

「ええっと、あなたたちの前四半期決算が正確なら……」

「私たちは保守主義者ってわけじゃない」サミーが言った。もう一人の男も反射的にそれに頷いた。

あなたたちはとても保守的よ彼女は思った。DiaBは大金を稼ぎだしたけどあなたはそれを競争相手に宣伝するつもりはないってわけね

「投資額分を取り戻すには、そうね、十八ヶ月ってとこかしら?」

「計算では一年としています。しかし十八ヶ月とした方が正しいでしょう」

「彼らを三年間雇うとして……」

「百パーセントの投資利益率です。誤差はプラスマイナス二百パーセント」サミーが言った。「訴訟に費やす金額よりも少ない」

ギニョールが二人を見て目をむく。サミーはずるずると音をたてながら自分のタイ風アイスティーを飲み干すとお代わりの合図した。

「それでその見積もり書をポストカードに書いて送ったと?」

「誰にも見せずに捨ててしまうのには多少の疑問がありましたし、別途それを作りなおすチャンスが無いことはわかっていましたから。予備のコピーをとっておくのが賢明に思えたのです」

「予備のコピーを私の手に?」

「あなたであれば少なくとも戦わずに諦めることはしないと思ったので」サミーは肩をすくめると明るい笑顔を彼女に向けた。

「レスターが家事の本能に目覚めてゴミ捨てを始める前にゴミ箱からそのポストカードを拾いだしたほうが良さそうですね」スザンヌはテーブルから立ち上がりながら言った。シーナが勘定書きを持ってきたのでサミーが十倍は余計にチップを弾んで支払いをした。それでスザンヌの彼への好感度はさらに増した。チップを払わない金持ちと一緒にいるのはごめんだった。

二人を連れてその様子を間近にしながらスザンヌはバラック街の中を歩いていった。初めてここに来た人間を案内するのが彼女は好きだった。彼女はこの町が誕生して成長を重ねていくのを見守り、町が青年期にさしかかるとともにこの場所を離れた。そして今、こうして町の成熟期を楽しんでいるのだ。子供たちの群れが甲高い声を上げてふざけあいながら通りを走りぬけ、大人たちが窓から彼らに頷きかける。頭上では電線と配管、それにアンテナがかたまり合うようにして空を覆っていた。壁は壁画とグラフィティーそしてモザイク画できらめいている。

サミーはまるで自分が経営するテーマパークに来たように専門家の目でその仔細に至るまでを調べているようだった。ギニョールは彼に比べるとずっと不安げに見える。陽気な無法者に囲まれて明らかに身の危険を感じている様子だ。一行はフランシスとその弟子の子供たちの一団と出くわした。彼らは荷造り用のケースから再利用した補強材と強化単繊維で自転車を作っているところだった。

「チャーチさん」重々しい声でフランシスが言った。彼は酒をやめていた。おそらくもうずっと飲んでいないはずだ。その目は澄んでいてエンジニア用のつなぎがよく似合っていた。子供たち……少年と少女の両方がいる。それを見たスザンヌは満足した……は自転車を作る作業を続けていたがフランシスが何をしようとしているのか様子をうかがっているのがわかった。

「フランシス。こちらはサミーとそのお友達のエルベ。私が書いている記事の関係でここに来たの。おふたりとも、フランシスはこのあたりの町長みたいな人よ」

フランシスは二人と握手を交わしたがサミーは作業中の自転車に釘付けだった。

フランシスは二本の指でそれをつまみ上げると彼に手渡した。「気に入りましたか? リベリアにある工房から設計図を手に入れたんですが独自の改良を施してあります。硬化剤をうまいこと液状のままにしておくことで骨組みを適切な形に引き伸ばしているんです」

サミーはフレームを持つとマーチングバンドのバトンのようにくるりと回転させた。「車輪は?」

「ほとんどの部分は硬化樹脂です。長持ちするようにですな。カーボン製の補強材を裁断済みのキャンバスやデニムの周りに付けて、標準的なタイヤに合わせてあります。こいつらはしばらくするとおかしな具合に歪んじまうんですがその時は溶剤を使って柔らかくしてからコンパスと仕立てばさみで調整してもう一度、硬化させればいい。こうすれば車輪がだめになるまで五年間はパンクせずに乗ることができます」

サミーの目が皿のようにまん丸になった。差し出された車輪の一つを手に取ると彼は親指でそれを回転させた。それからにやりと笑うと車輪をもう一つと自転車フレームを取り上げ、それでジャグリングを始めた。ワン、ツー、スリー、大騒ぎだ! フランスは腹を立てることもなく面白そうにそれを見ていた……酒を飲むのをやめたことが彼の気性を穏やかにしていた。子供たちは作業の手を止めて笑っている。サミーも笑っていた。車輪を左手に持つと最後に彼はフレームを空中高く投げ上げて回転させ、それを受け取ると全部の部品をフランスに返した。子供たちが拍手して彼はお辞儀を返した。

「そんなことができるとは知らなかった」彼の肩を叩きながらギニョールが言った。

サミーは汗を流しながら馬鹿みたいな笑顔を見せて言った。「ああ。職場じゃなかなか見せるチャンスがないからな。だけど見たか? ジャグリングできるほど軽いんだ! これがどれだけわくわくすることかわかるかい?」彼は頭の周りで手を振り回した。「下水からものづくり、それにこの子たちはみんな……」そこで彼は口をつぐんだ。「教育はどうなっているんですか。スザンヌ?」

「大勢の子供がバスか車で地元の学校に通っています。ですが最近はそれ以上に自宅で学習している子が多いですね。このあたりの公立学校の質はあまり高くないんですよ」

「それは固定資産税を払っていないここの住人のせいでもあるんじゃないですか?」ギニョールが皮肉るような口調で言った。

スザンヌが頷く。「確かにそれはあります」彼女は答えた。「ですがそれよりはこの州の公教育の質全体と関係しています。この州の財政はアメリカで四十七番目という悪さなんです」

三人は彼女とレスターの住処についた。彼女は二人を玄関から招き入れ、いつも道の向こうのショッピングモールにある自分の郵便受けからとってきた郵便物の仕分けをしている小さなテーブルの横に置かれたゴミ箱を手にとった。

ポストカードはまだそこにあった。何も言わずに彼女はそれをサミーに手渡した。彼はしばらくそれを手に立っていたがしぶしぶそれをギニョールに渡した。「君が持っていたほうがいいだろう」彼が言い、向こうは向こうで何か重要な事態が進んでいることを彼女は悟った。

「それじゃあレスターに会いに行きましょう」スザンヌは言った。

彼は建物の裏手にある作業場でDiaBolicalをハッキングしていた。彼の周囲では五台のDiaBがうなり声を上げて動作している。樹脂と定着材の匂いと熱が部屋中に充満し、ジェットエンジンのようなエアコンがどうにか温度を下げようと頑張っていたがそれでも外よりも部屋の中のほうが何度か温度が高かった。

「レスター」エアコンの騒音に負けないよう声を張り上げてスザンヌが叫ぶ。「お客さんよ」

キーボードから顔をあげて両手を拭うとレスターがこちらを向いた。さっきのスザンヌとの話のおかげで相手が誰なのかすぐに彼は気づいたようだがサミーという男には確かに見覚えがあるという風だった。

「あんた!」彼が言った。「あんたディズニーで働いてるのか?」

サミーは顔を赤くして視線をそらした。

レスターがスザンヌに向き直った。「この男はよくライドに来ていたんだ。週に二、三回は来ていた」

サミーは頷いて何かもごもごとつぶやいた。レスターは手を伸ばすとエアコンの電源を切り、部屋に不気味な静けさと息苦しい熱気が満ちた。「何だって?」

「競合相手の情報を知ることは非常に重要なことだと僕は思っている」

「あんたディズニーで働いてるのか?」

「彼ら二人ともディズニーで働いてるのよ。レスター」スザンヌが言った。「こちらはサミーとエルベ」エルベはあまり口を開こうとしないけど彼女は心のなかで付け加えた。かなりのお偉方みたいよ

「その通りです」サミーが言った。ようやく体勢を立て直したようだ。「ようやくこうやって正式にあなたに挨拶できて嬉しく思っています。私がDiaBプロジェクトを運営しています。あなたも気に入ってくれているようだ。あなたについては記事で読んでもちろんよく知っています。ここにいるチャーチさんのおかげです」

レスターは手のひらの開いたり閉じたりを繰り返した。「あんたは、その、このあたりを嗅ぎまわっていたのか?」

「私はあなたの作品の熱烈なファンだといいませんでしたか? ライドだけじゃない。このDiaBolicalもだ。これは……」

「ここで何をしていたんだ?」

こうなることをどこかでスザンヌは予測していた。レスターはペリーとは違う。この男と揉め事を起こそうとはしないだろう。しかし親友になるつもりもない。だが状況が最悪の事態を迎える前に誰かが仲裁にはいる必要があった。

「レスター」熱のこもった彼の肩に手を置いて彼女は言った。「あなたが作っているものをこの人たちに見せたくはないの?」

鼻から二、三度大きく息を吐くと彼は落ち着きを取り戻した。笑顔さえ浮かべた。

「こいつは」彼が一台のDiaBolicalを指さして言った。「中空部品をプリントアウトするための実験用ファームウェアを走らせているところだ。中空にすると軽くなって壊れやすくなる。だが樹脂の消費量を抑えることができる。これまでの十倍もプリントアウトできる量が増えるんだ」

この話を聞いたディズニーの役員二人の顔が少し青ざめたことにスザンヌは気がついた。彼らが樹脂の販売で大儲けしていることを彼女は知っていた。

「こいつは」レスターは部品がむき出しになっているDiaBを叩きながら続けた。中の子鬼たちは部品にもたれかかるようにしている。「こいつには何種類か質のいいエポキシ樹脂を混ぜてある。それにカーボンファイバーだ。プリントアウトしたものは実質破壊不可能だ。ここらの子供の中には自転車の部品をプリントするのにこいつを使っているやつもいる……」

「あれはこいつでプリントされたのか?」サミーが言った。

「フランシスや彼の仲間とも一緒に作業しているわ」スザンヌは説明した。

レスターが頷いた。「ああ。まだ完全な出来ではないけどな。エポキシ樹脂がよく詰まって止まるし、この子鬼たちはこいつが嫌いらしい。プリンターの改良を始めてまだ二、三日だが今は問題が改善されるように混合の割合を変えて試しているところだ」

「どっちみち」ギニョールが不機嫌に言った。「壊したところで新しいDiaBを手に入れるのに金を払わなきゃならないわけでもない」

レスターが意地の悪い笑み浮かべた。「その通り」彼は言った。「これに関しては俺たちは多大な研究費助成を受けてるってことだ」

ギニョールは視線をそらすと唇をへの字にした。

「こっちは」それに気づかないふりをしてレスターは言った。「ずいぶん長い間、実現に取り組んでいるプロジェクトだ」隣にあるテーブルを彼が指さした。そこでは子鬼たちが慎重に超精密な部品を組み立てているところだった。

サミーは屈みこんで顔を近づけるとその仕事ぶりを観察した。しばらくすると彼はやかんのように息を吐き、膝を叩いた。

レスターの笑顔はいよいよ盛大になっていた。彼はみんなに自分の作品を褒めてもらうのが大好きなのだ。「わかったかい?」

「DiaBをプリントしているのか!」

「全部をやろうっていうんじゃない」レスターは答えた。「ロジックの大部分はFPGA書き込み器がなきゃ書き込めないし、伝導性の部品を作ることはできない。だがまあ、DiaBの九十パーセントはDiaBでプリントすることができる」

このプロジェクトのことはスザンヌも初めて聞いた。彼女の脳裏には以前、あのニューワーク黄金期に試みられた自己複製する機械の夢が蘇った。彼女はサミーのすぐ隣に屈みこんでそれを見つめた。あまりに近づきすぎて彼の温かい息遣いまで感じられるほどだった。子鬼たちが別のマシンを使ってマシンを作り上げていくさまにはどこか不気味なものがあった。

「これは、なんというか、まるで生きているみたいだな。自分自身を再生産している」サミーが言った。

「まさか思いつきもしなかったっていうんじゃないだろうな」レスターが言った。

「正直に言いましょうか? 思いつきもしなかった。バンクスさん。あなたには比類ない独自の視点に満ちたとんでもない想像力がある。心からの賞賛を送ります」

ギニョールも屈みこんでそれを見つめた。

「こうしてみると思いつかなかったのが不思議なくらいだ」彼が言った。

「ああ。本当にすばらしいアイデアってのはどれもそういうもんだ」レスターが答える。

サミーは背筋を伸ばすとレスターと握手を交わした。「案内してくれてありがとうございます。レスターさん。あなたは感銘と憂鬱を同時に私に与えてくれました。あなたは頭が切れるとんでもない男だ」

レスターが得意気に胸を張り、スザンヌは笑いをこらえた。

サミーがまるで宣誓でもおこなうかのように片手を掲げた。「私は大真面目です。これはすばらしい。これでも私たちはディズニーでかなり独創的な発想をしてきた。そうでしょう? どこかの小さなきちがいじみた集団ほどには頭が切れないかもしれないがそれでも私たちがいなければ……私たちはいい仕事をしたと私は思う。

だがあなただ。あなたは私たちを吹き飛ばした。ここにあるものはまさに常軌を逸している。まるで火星からの飛来物か、未来から来たもののようだ」彼は頭を振った。「これにはお手上げだ」

ギニョールはこれまでにも増して深く考え込んでいるようだった。彼とレスターは同じように困惑した表情を浮かべてサミーを見つめた。

「部屋に行きましょう」スザンヌは言った。「座って話をしましょう」

彼らは一緒に階段を上がっていった。ギニョールは踊り場ごとに置かれた奇妙ながらくたでできた彫像を見るたびに驚嘆の表情を浮かべた。全て地元の女性芸術家が作り、大家によって設置されたものだ。みんながリビングルームに落ち着くとレスターが冷蔵庫から取り出したピッチャーからアイスコーヒーを注いでレゴの形をした氷を落としていった。

彼らは氷の音をたてながら居心地悪そうに互いの様子をうかがった。スザンヌは自分のコンピューター、あるいはメモ帳かカメラでもいいから取り出して記録をとりたくて仕方なかったがなんとか自分を抑えていた。ギニョールが意味ありげにサミーを見た。

「レスターさん。少しうかがいたい。あなたは自分のビジネスを私たちに売るつもりはありますか? あのライドとDiaBolicalを? あなたはものすごいお金持ちになれるでしょう。あなたとペリーさんの二人です。今やっていることは好きなように続けられますがそれが私たちの生産チェーンに加えられることになります。とんでもなく大きなマーケットだ。今まであなたが見たこともないような規模の市場に投入します。ピークの時にはニューワーク……たしかあなたもその一翼を担ったんでしたね……はアメリカ人の二十パーセントを巻き込みました。しかしディズニーパークを訪れたことがあるアメリカ人の割合は九十パーセントです。イギリスの全人口よりも多い観光客が訪れます。私たちはあなたたちのアイデアに翼を与えることができます」

レスターがくすくすと笑い出したかと思うと大笑いを始め、ついには自分の太ももを叩きながら体を二つに折り曲げた。スザンヌは頭を振った。この短い間に彼女はそのアイデアに馴染んで当たり前にように考えてしまっていたのだ。

ギニョールが笑みを浮かべた。「これは確定したオファーじゃありません……あくまで話し合いや交渉をはじめるきっかけです。可能性については話し合いましょう。実りのある交渉とは両者が忌憚なく意見を言い合い、互いの折り合いがつく点に到達するまで続けられるものです」

レスターが笑い涙をぬぐった。「あんたらはその提案のばかばかしさを理解していないんじゃないかと俺は思うね。まず第一にペリーは絶対にそれに頷かないだろう。絶対にだ」スザンヌはそれについて考え、さらにそれが問題になるのかどうか考えた。レスターとペリーはもう何ヶ月も互いに口もきいていないのだ。

「それから他のライドも絶対に、絶対に、絶対にイエスとは言わないだろう。これもまず間違いないことだ。

最後に、あんたはいったいに何の話をしているんだ? 俺にあんたたちのために働けって言っているのか? それとも俺たちにそう言っているのか? あんたらが俺たちのライドにミッキーを置くって言っているのか? やつはすでにライドにいるぞ。いつもってわけじゃないがな。それはあんたもよく知っているだろう。それとも俺にオーランドに引っ越せっていうのか?」

サミーが左右に頭を振った。「事態がいかに入り組んでいるか教えてくれて本当にありがとう。レスターさん。本当のことを言うとあなたたちのライドとこの小さな町についてはちゃんと考えていないんです。私としてはただ購入して建て直した後で元の住人に一ドルで売るというのでもいいと思っていますが……私たちとしてはこの種のものを所有したり運営したりしたくはないんです。法的責任があまりに大きすぎる。他のライドについても同様です。昨日あなたが何をしたかは興味がありません……興味があるのは明日あなたが何をするつもりなのかということです。

聞いてください。あなたは頭のいい男です。私たちが想像もできないものを作る。私たちにはそれを思いつくための組織的なイマジネーションが欠けているんです。私たちが必要としているのはそれなんです。あなたを雇えるとなったらあなたと争ったり、あなたを訴えたりして何の得があります? さらに言えばあなたはわかっていますか? もし馬鹿げた額の金をあなたに与えた後にあなたが私たちの利益になるようなものを作らなかったとしても、あなたが私たちと敵対するものを作るのを止めてくれるだけで私たちには利益があるんです。

私は腹の中を明かしました。あなたの相棒の説得が難しいということも理解しています。何ごとも簡単にはいかないでしょう。簡単にいくかどうかには興味がありません。私が興味があるのは何が正しいのかです。すばらしいものを作りあげる人々への妨害工作を担当させられるのはもううんざりだ。あなたも妨害工作を受けるのはうんざりでしょう? 一緒に働きませんか? あなたのプロジェクトの資金とリソースは私たちが集めますし、危機的な状況からも逃れられる。そうでしょう?」

スザンヌは感心した。出っ歯のねずみのフレディが酷評したのと同じ男とは思えなかった。デス・ウェイツが説明した男とも違う。彼は大きな成長を遂げていたのだ。ギニョール……彼女の見たところ、納得させる必要があるという点ではレスターと大差なかった……でさえ最後の方はその言葉に頷いていた。

だがレスターは違った。「あんたは時間を無駄にしてるよ。それだけの話しだ。俺は同意するつもりも……」彼は吹き出しながら続けた。「……ディズニーのために働くつもりもない。そんなのは……」

まるで降参だとでも言うようにサミーは両手を上げた。「OK、OK。今日はこの辺にしておきましょう。よく考えて、あなたの相棒とも話し合ってください。私は粘り強い人間です」ギニョールが鼻で笑った。「ここであなたに圧力をかけたりはしたくありません」

二人は暇乞いをして去っていった。とはいえ後でスザンヌが聞いたところによると彼らは立ち去る前にライドに寄り道していったらしい。誰もがライドに乗りに行くのだ。

彼らの背後でドアを閉めるとレスターは頭を振った。

「信じられるか?」

スザンヌは笑みを浮かべて彼の手を握った。「あなた面白がっていた。違う? いつもだったら新しいアイデアに出くわすとあなたはいじりまわして、よく考えて、それで何を作り出せるか確かめようとする。なのに今回はこねくりまわすことさえしようとしていない」

「これがいいアイデアなのかどうか真剣に考えるまでもないってことは君にも……」

「わからないわ。今まで耳にした中で一番くだらないアイデアってわけじゃない。大富豪になる。好きなことをやれる。それで不満? 面白い記事になるのは確実だわ」

彼が目を見開いて彼女を見つめた。

「冗談よ」でも確かに面白い記事になるわと考えながら彼女は言った。「だけどこれからあなたはどこに向かおうと言うの? 永遠にこの場所にとどまるつもりなの?」

「ペリーは絶対に頷かないだろうし……」レスターは言って黙り込んだ。

「あなたとペリーのことだけど。レスター。いったいいつまで続けるつもり?」

「まるでヨーコみたいなことしないでくれよ。スザンヌ。ここにはもう既に一人いるんだから……」

「ヨーコのジョークは好きじゃない。レスター。私は絶対にそんなことはしないし、ヒルダはペリーとあなたを引き離そうなんて望んでいないわ。彼女が望んでいるのはライドがうまくいくこと。そしておそらくペリーもそれを望んでいる。彼らがそうするのことの何が気に入らないの? それを手助けするための大量の資金をあなたが彼らに提供できるかもしれないのよ?」

口をぽかんと開けてレスターはじっと彼女を見つめた。「君は……」

「よく考えて。レスター。あなたの最大の長所はその遠大なイマジネーションだわ。それを使うのよ」

その言葉が染みこんでいくのを彼女は見守った。言葉は確かに染みこんでいった。レスターは彼女の言葉には耳を傾けるのだ。それはときに彼女を驚かせるほどだった。ほとんどの相手には交渉かあるいは争いにさえなるような言葉さえ、レスターが相手だと対話になるのだ。

彼女は彼を抱きしめそれはまるで永遠に続くかのように思えた。


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