メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第五十三章


ペリーは歯ぎしりをしてビールを握りしめた。大勢の人間の中ではそうしているのがいいように思えた。ダーティーマックスは仲間たちとあぶられた肉の匂い、そして百人近い人々のしゃべり声でいっぱいだった。何かレスターが言った言葉にヒルダが笑うのが聞こえた。ケトルウェルと彼の子供たちもいて彼らの指と顔はソースで汚れていた。

レスターがプロジェクターの準備をし、みんなで壁画の一つにシートをかけてスクリーンを用意したりワイヤレススピーカーを何台も持ちだして中庭の周りに配置したりした。漂う匂いやざわめきや料理の様子はまるでカーニバルのようだった。

だがペリーは誰とも目を合わせることができなかった。家に帰って毛布をかぶってしまいたい気分だ。みんなでフレディをやっつけようとしているのだ。聞いた時にはとんでもなく愉快に思えた。しかし今は……。

「ペリー」サミーだった。オーランドから駆けつけた彼は昔ながらのミッキーが中指を突き立てている海賊版Tシャツを着ていた。

「それ、くびにならないのか?」ペリーは指さした。

サミーは頭を振った。「実はこれは公式なものなんです。私が昨年プロデュースしました……大ヒットした。もし気に入ったらのなら……。ほら……」彼は自分のバックパックを探るとシャツをもう一枚取り出した。「あなただとサイズはLかな?」

ペリーは受け取ると広げてみた。肩をすくめると彼はビールを置いて自分のTシャツを脱ぎ、中指を突き立てるミッキーがプリントされたTシャツに袖を通した。自分の胸のあたりを見ながら彼は言った。「これは政治的な主張だな」

「あなたとレスターですが今後どこかに移ることを考えていますか?」

ペリーは深く息を吸い込んだ。「レスターはオーランドに行きたがっているんじゃないかな。だが俺はウィスコンシンのマディソンに行くつもりだ」

「今度は何をするつもりなんです?」

ヒルダを除けばペリーはまだ誰にもこのことについては話していなかった。だがこのディズニー役員には何か特別なところがあってそれが彼に秘密を漏らす気にさせた。「この状況を続けていくことはできない。俺は身を引くつもりだ。何か新しいことをやるよ。俺が今までこのくそったれな状況に甘んじていたのはこいつを自分の人生の全てだと感じていたからなんだ」

サミーは呆然としているようだった。「ペリー、これはそんな……」

「ああ。わかっている。だが考えても見てくれ。俺がこいつを憎んで不愉快に感じているとしたらあんたは俺を必要とするか? ともかく元の鞘に納まるには少し遅すぎた」

サミーがよろめく。「なんてこった。それじゃあ少なくともあなたは私たちに雇われるつもりはないということですね」

フランシス……会話に加わる適切なタイミングを察知することにかけては特別な才能を彼は持っていた……が横から割り込んだ。「いいシャツだな。ペリー」

「フランシス、こちらはサミー」水のボトルとリブ肉の乗った皿を両手に持ったフランシスは親しげに眉を持ち上げて見せた。

「もう会ったことがあるんだ……自転車工房を見せてやったよ」

サミーは目に見えて落ち着きを取り戻した。「そう、見せていただきました。すばらしいものでした。本当にすばらしい」

「これは全部、サミーのおごりなんだ」ペリーは巨大なバーベキューコンロと指を油に汚しながら肉を食べている人々を指さしながら言った。「彼はディズニーで働いている」

「それでそのシャツなんだな?」

「その通り」

「それでこの騒ぎはいったい何なんだ?」フランシスが聞いた。「ここ一週間ずっと箝口令がしかれていたようだが」

「じきにわかると思いますよ」焼ける肉から立ち上る煙の向こうで蒸し暑いフロリダの夜風にそよぐ巨大なスクリーンを顎で指しながらペリーは答えた。スクリーンは明るく輝きながらCNNファイナンシャルニュースを映し出していた。二人の人種のはっきりしないキャスターが無音声で夜影に向かって話をしている。

スピーカーの電源が入り、次第に人々の話し声が静まっていく。みんなスクリーンに向かって移動していったがフランシスとペリー、そしてサミーはその場で静かにスクリーンを見つめていた。

「……今夜のゲストはフレディ・ニボースキーさん。悪名高いイギリスの技術系雑誌テック・スティンクの技術ライターです。フレディさんにはあと十分ほどでテック・スティンクのウェブサイトで公開されるある記事についてカウントダウンで話していただくことを了承していただきました」キャスターのデスクの横に置かれた肘掛けいすに座るフレディをカメラがズームで映し出す。ペリーがマディソンで見た時よりも腹が出ている。それにメイクがどこか不自然だ。色がミスマッチでまるで日焼けファンデーションを塗りたくったように見える。だが意地悪そうににやにやとほほえんで笑いをこらえ切れない様子の彼を見間違えようもなかった。

「ご紹介ありがとうございます。タニア・ルツさん。大変光栄です」

「さて記事についてお聞かせ願えますか。あなたは長い取材を重ねられたとか?」

「ええ。その通りです。これはいわゆる『ニューワーク』カルトとそれが残した悪影響についての記事なんです。性倒錯、偽造紙幣、労働搾取……私は何年もこういった問題を含む一連のスキャンダルについて発表を続けてきました。全財産をニューワークバブルで失った人々がいます。彼らは正真正銘のスラムを作り上げそれをこう称しています『生活研究所』」……皮肉るように彼はその言葉を強調した……「しかし成し遂げられたことと言えばせいぜい大勢の実験被験者を狂わせたことぐらいです。彼らはこの異様で危険な愚行を地上で最も巨大なある投資ファンドからの援助でおこなっています」

ペリーはパーティーの参加者を見回した。みんな笑い声を上げて互いを指さしてはカメラで写真を撮り合っている。フレディの言葉はペリーを不愉快にした……たぶん何か言い返すべきなのだろう。だが非公式なバラック街の町長であるフランシスは他の者と一緒に笑っていた。彼らは完璧な人間ではない。しかし自分たちが置かれた世界を前よりも良い物にしたのだ。

「この記事には大勢の人間が登場しますが今夜掲載される回に出てくる主要人物は二人です。ランドン・ケトルウェルと言う名のベンチャー投資家、そしてサミー・ペイジと言うディズニーパークスの上級副社長です。実際のところこの二人は互いに腹の底から憎みあっているのです……」サミーとケトルウェルがバーベキューの煙の中で乾杯をした。「しかし最近、他のみんなを浅ましい混乱状態に追いやるある取引のまとめ役を引き受けてからは互いによろしくやっているようです」

「今夜、私たちに詳しく教えてくださる取引のことですね」

「その通り。私の情報源となった信用できるメモの情報はバラック街の背後にいる投資家がディズニーパークス社を乗っ取るつもりであるということを示唆しています。全ての発端はディズニーパークスのクレームを理由に警察の家宅捜索受けた商標権侵害ライドの風変わりな運営者組織が起こした訴訟です。この家宅捜索やそれに続くできごと、そして元ディズニーパーク従業員への不可解な暴行事件がディズニーパークスに対する巨額訴訟へ資金を提供するための投資シンジケートの設立をもたらしたのです。この訴訟はディズニーパークスを倒産させるに足るものでした。

この投資シンジケートは思いもよらない協力者を見つけ出しました。サミー・ペイジ、ディズニーパークスの上級副社長です。彼はシンジケートと共謀して訴訟を取り下げるという計画を推し進めました。見返りはディズニーパークスの経営権です」

キャスターはいかにも感心したという表情をしてみせた。スクリーンの周りでは子供を含めたパーティー参加者の全員が、目をくるりと回してユーモアを演出している巨大なフレディの頭に見入っていた。

「これはほんの序の口です。この取引は暴行にあったある元ディズニー従業員の保護を要求しています。彼は『デス・ウェイツ』と名乗っています……いや冗談じゃありません! ……彼は自分を新会社の副社長にしてその上、フロリダのパークの『ファンタジーランド』部門の経営を任せるように要求しているんです。新しい枠組みでは二人のニューワーク詐欺の創始者、ペリー・ギボンズとレスター・バンクスが全国にあるディズニーランド風に改装された活動家ライドを管理監督します。無償で立ち上げた事業の管理権限を訴訟の初期に譲渡した同志たちを彼らは裏切るわけです」

男性キャスターが頭を振った。「もしそれが本当ならアメリカの企業史でも最も奇妙な顛末ですね」

「いやそのとおりです」フレディが答える。「彼らはまるでなにかの毒物か病気のようなものです。周囲の人間全員の判断力に何らかの深刻な影響を及ぼす……」

「もしそれが本当ならです」まるでフレディの話を無視するように男性キャスターが続けた。「ですがそれは本当なのでしょうか? 私たちがお迎えする次のゲストはその全てを否定し、ニボースキー氏の指摘する事実は全て間違っていると主張されています。ティジャン・リー・タンはニューイングランドに派生した三つのライドの運営者たちによる非営利組織マサチューセッツ・ライド・セオリスツの会長です。ボストンスタジオからの中継です。ようこそタンさん」

フレディの表情は見物だった。あからさまな恐怖と侮りがないまぜになり、それを押し隠そうとしてまるで便秘で苦しんでいるような顔になっていた。二分割にされたスクリーンの一方ではティジャンが陽気にほほえみかけていた。

「やあ。みなさん!」彼が言った。「北東部はとても風が強いですよ」

「タンさん。あなたが建設を助力なさったライドの驚くべき最新動向に関する私たちのゲストの言い分をお聞きになったことと思います。なにかコメントはおありですか?」

「ありますとも。フレディ君。君は騙されています。君のディズニー内の情報源が誰かは知りませんが君は担がれたに違いありません。君の言ったことには一言の真実も含まれていない」いたずらっぽく彼は笑った。「何、今に始まったことじゃないでしょう?」

フレディが口を開けたがティジャンが片手を上げてそれを制した。「いや、待ってください。まだ話は終わっていません。君が今回と同じやり口で私たちの後をつけ狙っていることは私も知っています。もう何年も君はそうしている。私が思うにそれは君がスザンヌ・チャーチに対して決して報われることのない片思いをしているからです。

実際に起きていることを話しましょう。レスター・バンクスとペリー・ギボンズはある単純な取引の一環としてディズニーパークスと仕事をおこなうことになりました。彼らはディズニーパークスで研究開発をおこない、ディズニーは係争中の彼らとの間の裁判を七千万ドルの和解金で和解します。その半額は投資家に支払われます。残りの額の一部はバラック街の土地所有権の購入と居住者組合が管理する基金にあてられます。残りはもうひとつの基金に信託され、全国でライドを運営する人々への助成金として支出されます」

アナウンサーたちは笑顔で頷いた。

「これはなかなかの勝利だと私たちは考えています。ライドもバラック街も今までどおり存続し、レスターとペリーは非常に豊富なリソースを備えた研究環境ですばらしい仕事に従事できます」

タニア・ルツがフレディの方に顔を向けた。「あなたのお話とは全く異なるように思えますね。何か反論は?」

フレディが身悶えした。パンケーキのような彼のメイクの上を一筋の汗が流れ落ち、それをカメラがクローズアップして写しだす。「ええっと。もしそれが事実だとしたらですが、なぜディズニーがそんな太っ腹な提案をするのかをうかがいたいですね……」

「太っ腹?」ティジャンが言って鼻先で笑った。「私たちは懲罰的損害賠償として八十億ドルを要求していたんですよ。それに比べれば安いものです!」

フレディはまるで聞こえていないかのようだった。「その取引と称するものの詳細が公表され吟味を受けない限りは……」

「五分ほど前にウェブ上で発表をおこないました。おそらくあなたから尋ねられるだろうと思いましてね」

フレディの目がひるんだ。「この人の言っていることが本当かどうか知る方法を私は持ち合わせて……」

「まったくそんなことはありません。言ったように全てはオンラインで調べられます。全て電子署名済みだ。有価証券報告書や必要なもの全てがあります」

フレディが自分の席から立ち上がった。「その口を閉じて私に最後まで言わせていただけないですかね?」彼が叫んだ。

「これは失礼」含み笑いをしながらティジャンが答える。この状況を存分に楽しんでいるようだった。「どうぞ続けてください」

「デス・ウェイツに関してはどうです? あなたが他人の命を手駒に遊んでいるゲームで彼は最初からずっと歩駒だった。あなたたちみんなが金儲けしている間に彼に何が起きましたか?」

ティジャンは肩をすくめた。「彼も巨額の和解金を手にしました。それについては彼もかなり喜んでいるように見えましたが……」

フレディの体が震えだしていた。「訴訟を金で売り払うことなんぞできは……」

「私たちは間違った行動の埋め合わせをしようと望んでいたんです。その埋め合わせはできました。それも公の裁判に手を煩わせること無しにです。全員が勝利したんですよ」彼は首を傾げてみせた。「もちろん君を除いてですが」

「これは卑劣な罠だ」髪をきれいにセットして整った身なりをした二人のキャスターを指さしながらフレディが言った。キャスターたちは大げさに後ずさりし、それが彼をさらに刺激したようだった。彼は猛然とステージから飛び出してゆき、その口から発せられる悪態が一言残らず電源が入ったままのワイヤレスマイクに拾われて放送された。姿の見えない警備員にどけと叫ぶ彼の声が聞こえた。その次に聞こえたのは電話をかける音だった。おそらく相手は担当編集者なのだろう。彼は記事を削除するよう相手にわめきちらし、その声はほとんどショックで泣きわめいているかのようだった。キャスターとティジャンはかろうじて無表情を顔に貼り付けていたがバーベキュー場ではみんなが大笑いし、ついにフレディがまだマイクの電源が入ったままであることに気がついた時にはその笑い声は悲鳴に変わった。

ペリーとサミーは目を合わせるとにやりと笑った。ペリーはサミーに向かって額の前で小さく敬礼してから着ているTシャツを引っ張って見せた。それから彼はきびすを返すとバーベキューの煙の香ばしい匂いとパーティーの喧騒をあとにして夜の闇の中へと歩き去ったのだった。

車を自分の家の前に停めると彼は重い足取りで階段を上がっていった。ヒルダは自分のスーツケースを朝方に荷造りしていた。マンションにはとてもスーツケース一つには収まりきらない量の持ち物があったがTシャツを何枚か……新しく手に入れた偽の海賊版ミッキーTシャツもその中に含まれていた……と下着をいくらかかばんに放り込んだところで突然、彼は自分が持ち物のことを全く気にしていないことに気づいた。

その時、彼の目にあの野球グローブがとまった。それを持ち上げると古い革の香りが立ち上り彼の目から涙が溢れだした。今までの行動のどこにも泣き出すような要素は無かったし、これからやることにも無いというのにだ。彼は腕で涙を拭うとうやうやしくそのグローブをかばんの中に置いて閉じた。両手にかばんを抱えて下の階に運び、それを車のトランクに収めると彼は車でライドの北に少し行った所まで走り、そこで出発の準備が整ったことを伝えるためにヒルダに電話した。

車に乗り込む時に彼女は何も言わず彼も何も言わなかった。マイアミ空港までの道で二人は一言も話さなかった。感情を表に出さずに押し黙ったまま彼は手荷物検査と二次検査を受けた。シカゴ行きの便に乗り込んで席に腰を下ろすと彼は頭をヒルダの肩に乗せ、彼女は彼が眠りに落ちるまでその髪を撫で続けた。


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