地下室の手記 第二部 フョードル・ドストエフスキー

第七章


「ええ、やめろよ、リーザ、この際何が本だよ、部外者の僕にも汚らわしいというのに。それに部外者でもない。これはみんな今、僕の心に呼び覚まされたことだ・・・ほんとに、ほんとに君自身、ここが汚らわしくないのか?いや、どうやら、慣れが物を言うんだ!慣れによって人間はどうなってしまうかわからない。だがまさか君、決して年をとらないし永遠にきれいなままだろう、永久にここに置いてもらえるだろう、と本気で思ってやしないよね?僕はもう言わないよ、ここだって汚辱だなんて・・・いや、だけど僕はこの際、君にそのことについて話そう、今現在の君の生活について。ほら、君は今、若いし、顔立ちはいいし、きれいだし、心もあるし、感情もあるけれども、でもねえ、わかるかな、僕はね、さっき目を覚ますやいなや、とたんに君とここにいることにぞっとしたんだ!酔っ払ってなくちゃねえ、ここへは乗り込めたもんじゃない。だが君が他のところで、まっとうな人たちのように生きていたら、僕は、もしかしたら、君を追っかけまわすだけじゃない、訳なく君に恋をして、言葉なんかなくても、君に見つめられるのが嬉しいかもしれない。門のところで君を待ち伏せし、君の前にひざまずくだろう。自分の婚約者のように君を見て、その上それを名誉とするだろう。君のことで不純なことなど考える勇気もないだろう。だがここではどうだい、なに、僕は口笛を吹くだけさ、すると君は、否応なしに僕に従う、僕はもう君の意志はどうかとお伺いを立てやしない、が、君の方は僕次第だ。水飲百姓は農場で働く、それだって何から何まで奴隷というのじゃない、それにまた自分には期限があることも知っている。だが君に期限があるのか?ちょっと考えてごらんよ、君はここに何を差し出した?何を奴隷にした?心だよ、心、そんな権利もないのに、君はそれをからだと一緒に奴隷にしたんだ!自分の愛を冒涜せよと誰ともわからぬ酔っ払い相手に差し出したんだ!愛!ああ、それがすべて、ああ、それがダイヤモンド、乙女の宝だ、愛こそ!だってこの愛に値せんがために、喜んで魂を捧げ、死へ赴く者もある。だが今や君の愛は何に値する?君は何から何まで、全部ひっくるめて買われちまって、となるとここではもう愛がなくても何でもできるのに、何のために愛を勝ち得ようとするもんか。そりゃあ娘にとってそれ以上の侮辱はない、わかるね?ほら、僕は聞いたよ、君たち間抜けを喜ばせようってんで、ここで恋人を持つことが許されてるんだってね。なに、それはただのごまかし、ただのペテン、ただ君たちを笑ってるだけなのに、君たちは信じたりして。どうして彼が、本当に、ええ、君を愛するもんか、その恋人がさ?そんなばかな。どういうわけで愛するようになる、今にも呼ばれて人を置いていく君とわかってて?それでもというなら恥知らずさ!そいつは君をちっとでも尊敬するだろうか?何かそいつと共通するものが君にあるのか?君をあざけり、君から奪う、それがその愛のすべてだ!ぶたれなけりゃましだよ。だがたぶん、ぶつさ。ちょっと訊いてみな、もし君にそんな男がいたら。君と結婚するかって。でも君は面と向かって大笑いされるよ、つばをかけられたりぶたれたりしないとしてもね。それでいてその男自身は、おそらくまるっきり何の値打ちもないとくる。何のために、ねえ、君はここで自分の人生を破滅させてしまったと思う?なぜ君にコーヒーを飲ませ、たっぷり食べさせる?ねえ何のために食べさせたりする?他の娘なら、正しい娘なら、そんなものは一口ものどを通らない、何のために食べさせるか知ってるからね。君はここに借りがある、なあにいつもいつも借りがあるだろうし、最後の最後まで借りがあるだろうさ、客が君に怖気をふるうようになる、その時までね。でもそれはすぐにやってくる、若さは当てにならないね。ここではねえ、それがいつだって郵便のように飛んでくるんだ。君はそれで放り出される。それもただ放り出すだけじゃない、だいぶ前からまずはあら捜しにかかる、咎めだす、ののしりだす、―言ってみれば君が自分の健康をマダムに捧げ、若さや心を彼女のためにむなしく荒廃させたのではなく、まるで君の方が彼女を零落させ、貧乏にし、略奪したかのように。支え合いを期待しちゃいけないよ。仲間といってもほかの連中は彼女のご機嫌をとるためにやっぱり君を攻撃する、だってここではみんな奴隷状態で、良心も同情もずっと前に失くしてしまってるんだからね。次から次へと、もう彼らの悪態より汚らわしくて卑劣で厭なものは地上に存在しない。そして何もかも君はここになげうつんだ、すべてを、無条件に、―健康も、若さも、美しさも、希望も、そして二十二の年には三十五歳のように見えるだろう、それでもまだいい、病気でなければね、それを神に祈るんだね。おそらく君は今思っているにちがいない、仕事もせずに遊んでられるって!でもこれよりつらく耐え難い仕事はこの世にないし、かって存在したこともない。心一つとっても、涙に溶けて消えてしまうようだろう。それにここから追い出される時だって、君は一言も、ほんの一言もあえて口にせず、悪いことでもしたように出て行くんだ。君は他の場所へ移る、それから三番目、それからさらにどこかへ、そして最後にセンナヤへたどり着く。と、あそこじゃもう何とはなしにぶたれるようになる。それがああいうところの礼儀なんだ。あそこじゃ客がかわいがるにも殴らなくっちゃすまないのさ。君は信じないかい、あそこはそんなぞっとするところなんだぜ?行って見てみるんだね、いつか、自分の目で確かめられるよ。僕は一度新年にあそこへ出かけて戸口にいるのを一人見たよ。いやもうその女、ひどくわめくもんだから、ちょっと寒気にさらしてやろうってんで仲間があざけり半分に放り出して、戸を彼女の後ろで閉めちまった。朝のちょうど九時、彼女はもうすっかり酔っ払い、髪を振り乱し、半裸で、全身無残に殴られていた。白塗りにしているが、目の周りは真っ黒だ。鼻からも歯ぐきからも血が流れている。御者かなんかにたった今焼きを入れられたんだ。彼女は石段に座り、手に魚の塩漬けのようなものを持っていた。彼女はわめき、何か自分の《うんめ》のことを嘆き悲しんでは、魚で階段を叩いていた。そして玄関には御者やら酔っ払った兵隊やらが群がって彼女をからかっていた。君は信じないかな、今に君もまったくそんなふうになるなんて?僕も信じたくはない、でもわからないじゃないか、もしかしたら十年、八年前には、その女、その塩漬けの魚を持ったのだけどさ、どっかからここへ来た時にはケルビムのように生き生きして、純潔で、穢れなかったかもしれないよ。悪いことは知らず、一言言っては赤くなってさ。あるいは、ちょうど君と同じで、誇り高く、怒りっぽく、人とは違っていて、王女様のようで、彼女を愛し、彼女に愛される男を完全な幸福が待ち受けていることを知っていたかもしれない。ね、結局どうなった?それにどうだろう、ちょうどあの瞬間、彼女が酔っ払って髪を振り乱し、あの魚で汚い階段を叩いていた時、どうだろう、あの瞬間の彼女が、かっての穢れない、父親の家にいた頃を思い出していたのだったら。それはまだ彼女が学校に行っていて、隣の息子が道で彼女を待ち伏せして、生涯彼女を愛する、自分の運命は彼女に定められていると誓った頃であり、彼ら二人で、互いを永遠に愛し、大きくなったらすぐに結婚すると定めた頃さ!いや、リーザ、幸福だ、君は幸福だ、どこかあそこらで、隅っこで、地下で、さっきの子のように、肺病で早いとこ死ぬんなら。病院で、って言う?連れてけば結構、だが君がまだマダムに必要だったら?肺病はそういう病気だ。熱病じゃあないから。そうなると最後の瞬間まで人は希望を抱いて健康だって言う。自分自身を慰めるんだ。それにマダムにとっても好都合だ。くよくよしないことだ、これはそうなんだから。心は、そう、やっちまった、そのうえ金を借りている、となると文句を言えるはずもない。死ぬとなったら、みんなが君を放り出す、みんなが知らんぷりだ、だってそうなったら君から何が得られる?いや、その上、君を責める、ただで場所をふさいでる、さっさと死ねばいいのにってね。水をもらおうにも、呪いの言葉とともに与えられるんだ。『やい、いつになったら、この下種女、くたばるんだ。寝ようにも邪魔してうなるし、お客が気味悪がるよ』これは確かだ。僕は自分でそんな言葉をふと耳にしたんだ。くたばりかけた君を押し込む、地下の悪臭のいちばんひどい隅へ、――暗闇、じめじめ。その時君は、一人でそこに横たわりながら、何か考えを変えるだろうか?死ぬ、とあわてて集まる、が、いらいらしてぶつぶつ不平を言う見知らぬ人の手が、――誰一人君を祝福せず、誰一人君を惜しんでため息もつかず、――たださっさと君をおっぽってお疲れさんだ。桶を買い、今日のあの、哀れな娘を運び出したのと同じように、運び出し、居酒屋へ祈りに行く。墓の中にはぬかるみ、くず、ぼた雪、――いったい君のために儀式が必要だろうか?『おろそうかい、ワニューハ。見ろや、ええ、《うんめ》だぜ、ここでもまっさかさまだあ、そういう女だあな。その縄縮めろや、でれすけ』『オーケーだぜ、これだって』『なあにがオーケーだあ?見ろや横倒しだぞ。やっぱり人間だったんじゃねえのか?だがまあオーケーか、埋めろ』罵り合うったって君のためじゃ長くはしたくないってさ。さっさと湿って黒ずんだ青土をまいて、すたこらと居酒屋さ・・・これが地上における君の思い出の終わりだ。他の人は子供たちが墓参りする、父親、だんなも、だが君には、涙も、ため息も、追憶もなく、誰一人、この世界の誰一人として、決して君のところへは来ない。君の名は地表から消えうせる、まるでまったく君など存在したことさえ、生まれたことさえなかったかのように!泥と沼、せめてそこで夜になったら、死人の起きる頃、棺の屋根でも叩くんだね。『どうかご親切な方々、地上で暮らさせて!あたしは生きた――人生を見ずに、あたしのはぼろ雑巾の人生になっちゃった。センナヤの酒場であたしの人生を飲んじまいやがった。どうか、ご親切な方々、もう一度地上で暮らさせて!・・・』」

僕は熱中のあまり、自分でものどが痙攣を起こしそうになっていて、そして・・・突然僕は中断して、ぎょっとして身を起こし、恐る恐る頭を傾け、胸をどきどきさせながらじっと聞き耳を立て始めた。あることで狼狽してしまったのだ。

すでにだいぶ前から、彼女の心をすっかり転倒させ、胸を引き裂いてしまったことを、僕は予感していたが、それで、そのことを確かめるほどに、なおさら早いとこ、できるだけ強烈に目的を達成したいと望んでいた。お芝居、お芝居が僕を夢中にした。それでも、お芝居だけではなく・・・

僕の話し振りが不自然で、とってつけたようで、読み物めいてさえいて、要するに、僕には『まるで本を読む』ようにしかできないのはわかっていた。だがそれでまごつくことはなかった。とにかく僕にはわかっていた、予感があった、僕は理解されている、まったくこの読み物めいたところがなおさら事をうまく運ぶかもしれない、と。だが効果を得た今、僕は突然怖くなった。ああ、今まで一度だって、一度だってあのような絶望の目撃者になったことはない!彼女は顔を枕に強く押し付け、両手でつかみ、うつぶせになっていた。彼女は胸も張り裂ける思いだった。彼女の若い体は全身、痙攣するように震えていた。胸にこみあげるむせび泣きが彼女を押しつぶし、引き裂き、突然わめき声、叫び声となって外へ解き放たれた。その時彼女はなおさら強く枕に自らを押し付けた。彼女はここの誰にも、一人の人間にも、その苦しみ、涙を知られたくなかったのだ。彼女は枕を噛み、自分の手を血が出るほど噛み(僕はそれを後で見た)、また指で髪をほどいてはつかみながら、そのまま息を殺し、歯を食いしばって懸命にじっとこらえていた。僕は彼女に何か言って、気を落ち着けてもらいたかったが、とてもできないと感じ、突然自分も、なんだかすっかり寒気がして、ほとんどもう恐ろしくなって、あわをくって何でもいいから手当たり次第に、帰る身支度に取り掛かった。暗かった。それでどんなにがんばってもすぐには終えられなかった。不意に僕はマッチ箱とまるまる使ってないろうそくのついた燭台に触れた。明かりが部屋を照らすやいなや、リーザはいきなり飛び上がり、座って何だかゆがんだ顔に半分気が違ったような笑みを浮かべ、ほとんどうつろに僕を眺めた。僕は彼女の横に座って彼女の手を取った。彼女は正気に返り、僕に身を投げかけ、僕を抱きしめたいと思ったのだが、勇気がなく、黙って僕の前に頭を垂れた。

「リーザ、ねえ君、僕はわけもなく・・・ごめんよ」と僕は言いかけた、が、僕の手を締め付ける彼女の指の力強さに、これは違うな、と察し、やめた。

「これが僕の住所だ、リーザ、訪ねてきてくれ」

「行くわ・・・」とささやいた彼女の声は決然としていたが、それでも顔を上げなかった。

「それじゃ、僕は行くよ、さよなら・・・またね」

僕が立ち上がり、彼女も立ち上がって不意にすっかり赤くなって、びくっとして、椅子の上にあったショールをつかみ、肩に引っ掛けてあごまで覆った。そうした後、彼女はもう一度なんだか病的に微笑み、赤くなって僕を奇妙な目で見た。僕には苦痛だった。僕は立ち去ろう、消えよう、と急いだ。

「待って」と、もう玄関のドアというところで突然彼女はオーバーに手をかけて僕を引き止めながら言い、あたふたとろうそくを置いて走り去った―どうやら何か思い出し、持ってきて僕に見せたかったのだ。走り去る彼女はすっかり真っ赤になり、目を輝かせ、口元に笑みを浮かべていた、―いったいどうしたというんだ?僕は仕方なく待っていた。と、彼女は一分後、何か許しを請うような目つきをして戻ってきた。それはまったくもう、さっきの、むっつりした、疑り深い、強情なあの顔つき、あの目つきではなかった。今の彼女はすがるような、おとなしい、と同時に信じやすい、優しい、はにかんだ目つきをしていた。子供が大好きな人を、何かお願いしようとする人を見るように。彼女の目は明るい茶色で、美しい、生き生きした、愛も、陰鬱な憎悪も映し出すことのできる目だった。

僕に何も説明することなく、―まるで僕が、何かより高等な存在のごとく、説明なしですべてを知らなければならないかのように、―彼女は僕に紙を差し出した。彼女の顔全体はその瞬間、まったく純真な、ほとんど子供のような得意の色にそれはそれは輝いていた。僕は開いた。それは医学生だかなんだかそんなものからの彼女への手紙で、非常に大げさで華麗だが、きわめて敬意に満ちた愛の告白だった。一つ一つの表現は今思い出せないが、上ずった文体を通して偽りならぬ真実の感情が感じられたことはとてもよく覚えている。読み終えた僕は、僕を見る彼女の熱っぽい、好奇心に満ち、子供のようにじりじりする目に出会った。彼女は目を僕の顔にくぎづけにしてじりじりしながら僕が何を言うか、待っていた。言葉少なに、せきこんで、けれども嬉しそうに、いかにも誇らしげに、彼女は僕に説明した、どこかの舞踏会へ行ったことを、ある家庭で、それはもう『とってもとってもいい人たちがいて、家族の人たちがいて、そこではまだ何も知らなくて、まったく何も』―というのも彼女がここに来たのだってまだほんの最近で、ほんのそれは・・・・・それに決してまだとどまると決めたわけじゃないし、借金を払ったらすぐ、間違いなく出て行くんだし・・・・・『それでそこにこの学生がいて、一晩中踊って、彼女と話をして、それでわかったのが、彼がまだリガにいた、まだ子供の頃彼女と知り合いで、一緒に遊んだってこと、ただもうずっと前のことだけど、―そして彼女の両親のことも知っているけど、このことについてはなんにもなんにもなんにも知らないし、疑ってもいない!それでここに、ダンスの翌日(三日前のこと)彼は、彼女がパーティーに一緒に出かけた女友達を通してこの手紙を送ってよこした・・・・・それで・・・・・ええとそれで全部』

話し終えた彼女は何か恥ずかしそうにそのきらきら光る目を伏せた。

かわいそうに、彼女はこの学生からの手紙を宝物のようにしまっておいたのだ。そして彼女も誠実に、心から愛されていることを、彼女だって敬意を持って話しかけられることを知らずに僕が立ち去ってしまうのがいやで、このたった一つの自分の宝物のために走ったのだ。おそらくこの手紙は何事もなくそうして箱の中で眠っているはずだった。だがまったく同じことだ。彼女が生涯それを宝物のように、自らの誇り、自らに罪のない印としてしまっておいただろうことは間違いないと思う。それで今、こういう瞬間に、単純に僕を前にして自慢し、自分に対する僕の考えを新たにさせるために、僕にも見せるために、僕にも褒めてもらうために、この手紙のことを思い出して持ってきたのだ。僕は何も言わず、彼女の手を握り、外へ出た。僕はまったく逃げ出したかったのだ・・・・・僕は道中ずっと歩いた、なおもぼた雪がやむことなくはらはらと落ちていたけれども。僕は疲れ果て、押しひしがれ、当惑していた。だが真実はもう当惑の陰から光りを放っていた。忌まわしい真実が!


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