ピーターパンとウェンディ, ジェームス・マシュー・バリー

さらわれたコドモ達


海賊の襲撃は、全く驚くべきもので、無法者のフックが卑怯な手をつかったのは間違いありません。なぜならこれほどインディアン達を驚かすなんて、白人の考えつくことではないからです。

未開の地の戦いでも不文律で、攻撃するのはインディアンと相場が決まっています。種族に特有のずる賢さで、夜明け直前に攻撃するのです。夜明け直前には、白人の勇気は潮がひくようになくなっていることをインディアンは知っていますから。一方白人たちは、向こうの方の起伏のある土地の一番高い所にそまつな柵を作ります。その一番低いところには小川が流れています。水から遠く離れるのは、命取りになりますから。そこで白人たちは猛攻撃をいまかと待ちうけるのでした。戦いの経験のないものは、拳銃を握りしめ小枝の上をうろうろ歩き回っていますが、古株たちは夜明け直前までぐっすり寝ています。長いやみ夜の間ずっと、インディアンの斥候たちは、草の間を葉っぱ一枚動かすことなく、へびみたいに身をくねらせていくのです。彼らの通った後は、モグラが砂に潜るのと同じくらい静かにやぶが元通りになります。斥候たちが、コヨーテの遠吠えそっくりの真似をする時以外は、物音一つしません。遠吠えには他の勇者達が答えます。そしてインディアン達のなかには、本物のコヨーテ以上に上手く遠吠えをするものもいました。そもそも、コヨーテはほえるのがあんまり上手くないのです。冷えこむ夜が過ぎていき、初めてそんな時をすごす臆病者の白人にとっては、長い間どきどきするのはとても落ち着かないことです。ただ鍛えられた古株にとってみれば、身の毛のよだつ遠吠えも、もっとぞっとさせるような静けさでさえ、夜が明けていくことを知らせてくれるものに過ぎません。

これこそがいつものやり方だってことは、フックにとっても先刻承知でしたから、あえてそれを無視したのは、単に知らなかったからなんて言い訳は通りません。

ピカニニ族はフックの道義心を信じて疑わなかったので、その夜の行動はフックのものとは全くといっていいほど対照的でした。ピカニニ族は、種族の評判に劣らぬ用意周到ぶりを発揮しました。この鋭敏な感覚は、文明人にとっては脅威でもあり、憂鬱のもとでもあるのです。その感覚でインディアン達は、海賊たちの1人でも乾いた小枝の1本を踏みつけた瞬間に、海賊が島に上陸したことを知るのです。そして信じられないほどすぐさま、コヨーテの遠吠えを始めます。フックが軍勢を上陸させた場所と木の下のわが家の間はくまなく、モカシン(インディアンのかかとのない靴)を前後逆に履いたインディアンの勇者達が、ひそかに調べました。小川が近くにある丘はたった一つしかありません。よってフックには選択の余地はないわけで、そこに陣をかまえて夜明け直前まで待機するにちがいありません。このように抜け目のない手際の良さでなにもかもを計画し、インディアン達のほとんどは体に毛布をまきつけています。そして彼らにとっては男の中の男といった落ち着いた態度で、コドモ達の家の真上に身を潜め、白人たちを皆殺しにする冷酷な瞬間を待ちうけているのでした。

目はかっと開いているのですが、インディアン達は夜明けにフックをこの上ない拷問にかける夢を見ています。そんな疑うことをしらない未開人たちは、裏切り者のフックに見つかってしまうのでした。全てが終わった後、虐殺を逃れた幾人かの斥候による説明では、薄暗い明かりでフックの目に丘がはっきり見えていたのは確かでしたが、そこで休むそぶりさえ見せなかったとのことです。おめおめと攻撃を待つなんてことは、最初から最後までフックのずる賢い頭には、露ほども思い浮かばなかったようです。フックは夜明けまで待つことすらせず、ただただ戦ってやるという一心で猛攻撃をかけたのでした。あわてふためいた斥候たちになにができたでしょうか、さしもの歴戦の斥候たちでもこんな戦法は初めてだったので、どうすることもできません。フックの後をつけましたが、すぐに見つかってしまい、哀れなコヨーテの遠吠えをあげたのでした。

勇敢なタイガーリリーのまわりは、1ダースもの最強の勇者が取り囲んでいました。裏切り者の海賊たちが急襲してくるのが、突然彼らの目に入りました。目の前での処刑を夢見ていたうすい膜はびりびりと引裂かれ、火あぶりで拷問するどころではありません。自分たちこそが、今や死後の楽園にいるのです。自身でもそれはよくわかっていました。あとはただ先祖の名に恥じぬようにふるまうだけです。その時でさえ、もしあたふたしてすぐに立ちあがったなら、むざむざ踏みにじられないように守りを固める時間はあったでしょう。でもそうすることは、部族の伝統で固く禁じられています。気高いインディアンは、決して白人の前では驚きの表情を見せないものだと部族の本には書かれているのです。だから海賊たちが突然現われたのは、インディアン達にとっても恐ろしいことだったでしょうが、まるで敵を招待したかのように微動だにせず、しばらくじっとしていたのでした。それから雄々しく伝統に従い、武器をつかみました。鬨の声があたりを引裂いたのですが、いかんせん遅すぎました。

闘いというよりは虐殺がどのように行われたかを書くのは、わたしたちの役目ではありません。ピカニニ族の勇敢な戦士たちの多くは、惨殺されました。でも彼らとて反撃しないまま、死んだわけではありません。やせた狼の男は、アルフ・メイソンを倒しました。メイソンは、カリブ海をこれ以上荒らしまわることもないでしょう。殺された他の海賊たちの中には、ジョージ・スカリー、チャールズ・ターリーそしてアルザスのフォガッティーがいました。ターキーは獰猛なヒョウの男のトマホークで殺されて、獰猛なヒョウの男は、タイガーリリーと部族のわずかな生き残りとともに海賊たちが取り囲む中を切り開き、ついには逃げ出したのでした。

この場合のフックの戦術がどれくらい非難されるものかは、あくまで歴史家の決めることです。もし丘で決められた時間まで待機していたら、フックと手下どもはたぶん全員切り刻まれたことでしょう。フックをさばくには、その点を考え合わせるのがフェアーというものです。たぶんフックがやるべきだったのは、新しい戦法を使うつもりであることを前もってインディアン達に知らせておくことだったかもしれません。ただもしそうしていたら、相手を驚かせる効果はなくなって、フックの戦術は役には立たなかったでしょう。だから問題は、全てを考えあわせると、なかなか難しいものなのです。少なくとも、このような大胆な計画をたてた知恵とそれを実行に移した恐ろしい才能には、しぶしぶながらでも拍手をおくらずにはいられません。

この大勝利をフック船長はどう感じているのだろう? フックの手下どももそれこそが知りたかったのでした。手下どもは荒々しく息をして、短剣の血をぬぐいながら、ただ右腕のフックが届かないところに集まって、この人並みはずれた男をさぐるような目つきでじっと見つめたのでした。フックの心にも得意な気持ちはあったに違いありませんが、表情にはいっさい表わしません。いつもの暗く寂しげな謎めいた表情で、フックは体だけではなく、心までも手下どもとは距離をおいて立っていました。

その夜の仕事も、これで終わりというわけではありません。フックが皆殺しにしたいとやってきた目的は、インディアンではないのです。インディアンは、はちみつを採ろうとする時に、あぶり出される蜂みたいなものです。フックの目的はピーターパン、そうピーターパンとウェンディとその一団で、もちろんピーターパンが一番の目的なのはいうまでもありません。

ピーターはあんなに小さな男の子なのに、どうしていい大人のフックがこんなにも憎むのか不思議に思われるかもしれません。たしかにピーターが、フックの腕をワニへ放り投げたのは事実です。ただ、このためにワニがいつも跡をつけねらうので、命をますます脅かされるようになったことだけでは、これほどまでに情け容赦ない敵意にみちた復讐心の説明にはなりません。本当のところはこうです。ピーターには、どこかこの海賊の船長をかっかとさせるところがあったのでした。それは勇気でもないし、惹きつけられる外見でもなければ、えーと、遠まわしに言うのはやめましょう。わたしたちはそれがなにかよく知ってるわけですから、言ってしまいましょう。それはピーターの生意気なところでした。

それこそがフックの気にさわるのです。それが右腕の鉄の鉤をぴくぴくさせ、夜には耳元でブーンと音をたてる虫のように眠りをじゃまするのでした。ピーターが生きている限り、この悩める男はこのように感じるのでした。自分はオリに閉じ込められたライオンで、そこにツバメが一匹まぎれこんできたと。

今や問題は、どうやってフックが木を降りて行くかということでした。あるいは、どうやって手下どもを降ろすかといってもいいかもしれません。フックはぎらぎらした目を手下どもに走らせ、一番やせてるのはだれか探りました。手下どもは不安そうに身をむずむずさせています。フックときたら、自分たちを棒で木に詰め込みかねないことを知っていましたから。

その間、男の子達はどうなったでしょう? わたしたちが見たのは、男の子達が最初の武器がかちあうチャリンという音で、まるで石の像みたいに固まってしまったところまででした。みんな口が開いたままで、助けてという風にピーターの方に手を伸ばした姿です。そして今、男の子達の様子をみてみると、口は閉じて、手は両脇に下ろしています。荒々しい一陣の風のように、大混乱は起きた時とおなじくらい突然におさまりました。ただ男の子達は、通りすぎて行く間に自分たちの運命も決まったことを知っていました。

どっちが勝ったんだ?

海賊たちは木の入り口で熱心に耳をすませて、コドモ達一人一人の質問、そして特にピーターの答えを聞いていました。

「インディアン達が勝ったら、太鼓をうちならすよ。太鼓がいつも勝利のしるしなんだ」

スメーはすでに太鼓を見つけていて、今はその上に座っていました。「この太鼓の音を聞くことは、二度とねぇやな」とつぶやきましたが、もちろん聞きとれないぐらい小さな声です。なにしろフックに静かにしろって命令されましたから。スメーが驚いたことに、フックは太鼓を打ち鳴らすよう合図をして、そしてスメーにもその命令の恐ろしいほどのずる賢さがのみこめてきました。たぶんこの頭のまわらない男が、これほどフックを尊敬したこともなかったでしょう。

2回、スメーは太鼓を打ち鳴らし、叩く手を止めると、舌なめずりをするように聞き耳をたてました。

「太鼓だ、インディアンが勝ったんだ!」悪党たちはピーターのさけぶ声を聞きました。

不運が待ち構えてるとも知らず、コドモ達は歓声をあげ、その声は地上にいる悪いやつらには、甘美な音楽の調べのように響きました。そしてすぐにコドモ達は、ピーターに向かってもう一度さようならと繰り返しました。さようならの意味は海賊たちには分かりませんが、敵がいまにも木を登ってくるんだというさもしい喜びで一杯だったので、他の考えは全部そっちのけでした。海賊たちはお互いににやにや笑って、手をこすり合わせます。すばやく静かにフックが命令を下しました。一人一本の木について、その他の者は2ヤード置きに一列に並べと。


©2000 katokt. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。