気のよい連中のための学術的寓話 マーク・トウェイン 第三部


大きな川の岸辺で、科学者たちはやがて、次のような碑文のある、巨大で均整のとれた石碑を発見した。

一八四七年春、川が氾濫して郡区全域が水没した。水深は二フィートから六フィートに達した。九百頭以上の牛が失われ、多数の家屋が破壊された。市長の命により、この事件を永遠に記念するためこの記念碑を建立した。

際限なく苦労を重ねたあげく、ワラジムシ教授はこの碑文を翻訳することに成功した。この翻訳が故郷に送られると、すぐにそれをめぐって異常なまでの興奮がまきおこった。それは、驚くべきやり方で、古代の心に留めるべき伝承を確証したのだ。翻訳は二、三の翻訳不能な言葉でやや損なわれているものの、意味の全般的な明晰さを減ずるものではなかった。ここにそれを掲げておこう。

一千八百四十七年前、(火事?)が全市域を襲い焼き尽くした。わずか九百人の命が救われ、それ以外は皆死滅した。(王?)はそれが繰り返される...(翻訳不能)...ようこの石に命じた。

これが、絶滅した人間がその後に残した謎の文字からの、最初のうまくいった満足のいく翻訳だった。それによってワラジムシ教授は高い評判を得て、それでその故国のどの学府もただちに彼に最高位の学位を授けたし、それに彼が兵士で、その優れた才能を爬虫類の遠縁の種族の絶滅に振り向けていたとしたら、彼は王様から爵位を授けられ金持ちになっていたろうにと思われた。またこのことが、人間と呼ばれる絶滅鳥類の古代の記録の判読を専門とするヒト学派という科学者の学派の起源ともなったのである。[というのは、現在では人間は爬虫類ではなく鳥類とされているのだ。]それで、ワラムシ教授はこの学派を開くとともに、その指導的地位にとどまり続けた。というのは、彼がやったような誤りのない翻訳は存在しないと思われたからである。ほかの者たちは誤りをしでかしたが、彼はそんなことはありそうにはなかった。失われた種族の記念物は、その後に多数発見されたが、「市長の石」ほど有名で崇敬を集めたものはなかった。この石はその中の「市長」という言葉からそう呼ばれたが、その言葉が「王」と翻訳されたことから「王の石」とも呼ばれた。

また別の時に、探検隊は大きな「発見」をした。それは巨大な丸くて平たい集積で、直径が十カエル幅、高さが五から六カエル幅であった。カタツムリ教授は眼鏡をつけて周囲からそれを調査し、それからよじ登って頂上を丹念に調べて、こう言った。

「この等周長の隆起を汎査究考した結果、塚作り族が残した珍しくもすばらしい創作物の一つだと思う。これが単にその形態では弁鰓類であるという事実は、わしらが科学上の記録から読み取るものならなんであれ、異なる種類のものであってもよかったはずなのにという興味をかき立てるものではあるが、とはいえ、それが本物であることをいささかなりとも損なうものではない。巨鳴バッタに一発鳴かせて、やる気もなしにふらふらしておるタマオシコガネをここへと呼び出して、発掘作業をやり遂げさせて、学問に新たな財宝を加えようではないか。」

タマオシコガネは持ち場にいなかったので、塚は働きアリが発掘した。何も発見されなかった。高貴なるメクラグモ卿が事態を説明しなかったら、大いに失望するところだった。彼はこう言った。

「今、私に明らかなのは、塚作り族という謎の忘れ去られた種族がこうした大建造物を、いつも霊廟として建てたのではないということだ。さもなくば、この場合も、それ以前のあらゆる場合と同じように、ここでもその遺骸がみつかり、それにともなって、その生き物が生前に使った粗雑な道具も出てきたことだろう。それは明らかではないだろうか?」

「そうだ!そうだ!」とみな口をそろえた。

「さて、我らはここで特別の価値のある発見を成し遂げたのだ。この生き物が消え去った地でその生き物についての知識を大いに増やす発見を。この探検の成果の輝きを増し、世界中の学者からの称賛を勝ち得る発見を。ここには通例あるはずの遺骸がないということで、次のことを意味しないということにはなりえないのだから。すなわち、塚作り族が、我らが教えられたきたような無知で未開な爬虫類ではなく、その種の偉大さと高貴さにふさわしい偉業をちゃんと評価できるだけでなく、それを賛美するだけの能力のある洗練された高い知性を持つ生き物だったのだ、ということを。学者諸君、この堂々たる塚は墓所ではない。記念物であったのだ!」

この演説は深い感銘を与えた。

しかし、無作法で嘲るような笑い声がじゃまをして、タマオシコガネが現れた。

「記念物ですと。」と彼は言った。「塚作り族が建てた記念物ね!おっしゃる通り、そうなんでしょう!科学の洞察力のある鋭い眼には、実際のとこ、そうでしょう。だけども、大学なんぞ見たこともない無学で哀れな使い走りにとっちゃ、きっちり言うと、これは塚じゃない。そんなのじゃなくて豪勢で高貴なるお宝ですぜ。閣下のお許しあれば、おいら、こいつからすばらしく優美なる球を作り出すのに取り掛かりまして、そうして...」

タマオシコガネは鞭で追い払われ、それから探険隊の製図工たちがさまざまな場所から見た記念物の眺望画の作成にとりかかった。一方、ワラジムシ教授は、科学熱に取りつかれ、その上を歩き回り、その周囲を跳ね回って、碑文を探し出そうとした。しかし碑文があったにしろ、破壊されたか、遺物として心無い破壊者に持ち去られていた。

眺望画が完成すると、今度は貴重な記念物そのものを最大級のリクガメの背に載せて、故国の王立博物館に運んでも安全だとみなされ、そうしたのだった。それが到着したときは、多大の喝采を受け、何千という熱狂した市民が、その将来の安置所までつき従い、国王ウシガエル十六世ご自身が臨席されて、ことが進む間ずっと、その上に玉座を据えられたのであった。

気候がだんだん厳しくなって、科学者たちは目下の作業を終わらせるころだと悟った。そこで帰還の準備にかかった。しかし洞窟の間で過ごした最後の日にさえ、成果があった。というのは学者の一人が博物館、つまり「埋葬所」の人目につかない隅で、とても奇妙で異常なものを見つけたのだ。それは生来の靭帯によって胸と胸が結びつけられた二重化した人間鳥であり、翻訳不能な言葉で「シャム双生児」と標識が付けられていた。これに関する公式報告書はこう締めくくられている。

「それゆえ、古代においては、この威厳ある鳥類には二つの異なった種があったようである。一つは単体のもので、もう一つは二重体のものである。何事であれ、自然には理由がある。科学の眼には、二重体の人間はもともと危険の多い地域に生息していたことは明らかである。それで一対となって、一方が眠っている間は、もう一方が警戒したのである。同様に、危険が発見されると、一体の力ではなく二体の力でそれに立ち向かったのである。謎を一掃する神の如き科学の眼に栄えあれ!」

そして、二重人間鳥のそばには、薄くて白い素材の無数のシートを綴じ合わせたものに、明らかに彼が記した古代の記録が見つかった。ワラジムシ教授は最初の一瞥で次の文を見つけ、たちまち翻訳すると、震えながら科学者たちの前に置いたが、それは歓喜と驚愕で居合わせたすべての者の魂を震わせた。それにはこうあったのだ。「実のところ、下等動物が理性を持ち互いに会話することを、多くの者が信じている」と。

大部の公式探検報告書が出されたとき、上述の文には次の評注がつけられた。

さて、人間より下等な動物がいるのである!この注目すべき一節にはそれ以上の意味はない。人間自身は絶滅しているのであるが、その下等な動物はまだ存続しているのかもしれない。それはどんなものなのか?どこに生息しているのか?科学に開かれている発見と調査という輝かしい沃野について考えてみると、熱狂というものはあらゆる束縛を突き破るのだ。我々は次のつつましい祈りをもって、その作業を終わろう。陛下がただちに委員会を任命され、神の造りし給うたもののうち今はまだ存在すら知られぬこの種族の探査が成功の栄冠を得るまでは、たゆむことなく犠牲を払うようお命じになることを。

それから、故国を永きにわたり留守にし、誠実な努力を重ねたあと、探険隊は帰還し、大いに歓迎され国をあげての感謝を受けた。もちろん粗野で無知なあら捜し屋もいたが、それはいつもながらのことである。当然その一人はあの忌々しいタマオシコガネであった。彼がこの旅行で学んだことと言えば、科学はスプーン一杯の仮説がありさえすれば、そこから証明された事実の山を築くものだということだけだと語り、将来自分は、自然があらゆる生き物に自由に使わせてくれる知識で満足し、神の荘厳なる奥義を詮索するつもりはないと言ったのだ。


<< 前へ 目次
©2006 Ryoichi Nagae 永江良一. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-継承 2.1 日本