トロイア物語:都市の略奪者ユリシーズ アンドリュー・ラング 第十一章

ユリシーズ、アキレウスの息子を探しに船出--エウリュピュロスの勲


アイアースが自刃して倒れ死んでいるのを見つけると、ギリシア人たちはとても悲しんだ。とりわけアイアースの兄弟と妻のテクメーッサは悲嘆にくれ、海岸中にその悲しみの声が響いた。だが誰よりも悲嘆にくれたのはユリシーズだった。彼は立ちつくして言った。「トロイアの息子どもがアキレウスの武具を私にとらさなければ良かったものを。ギリシア全軍にふりかかったこの痛手よりも、アイアースに褒美を与えたほうがどんなにましだったことか。誰も私を誹り、また怒り給うな。なぜというに、私は我が身を富まそうと富を求めたのではなく、ただ名誉を求め、来る時代に人々に覚えられる名声を得たかっただけなのだから。」そうして彼らはアキレウスのことを嘆いたと同じくらいアイアースのことを悲嘆しながら、大きな焚火をたいて、アイアースの死骸を焼いた。

さて、ギリシア軍はトロイアの幸運の宝を得、アマゾーン族とメムノーン軍を打ち負かしたのに、前よりトロイア占領に近づいたようには見えなかった。ギリシア軍はなるほどヘクトールを殺し、その他多くのトロイア兵を屠ってはきたが、ペンテシレイアとメムノーンに殺された王侯たちととともに、偉大なアキレウスやアイアース、パトロクロス、アンティロコスを失い、大将の死んだ兵団は戦いに倦み、故郷へ戻ることを熱望した。大将たちは会合を開いたが、メネラーオスは立ち上がって、己がためにトロイアへと船出した勇者たちがかくも多きに死んだ悲しみで心は萎えていると言った。「この軍勢をそろえる前に、我が上に死の来たらばよかったものを。さあ、残りし我ら、速き船を浮かべ、互いに故国へと戻ろうではないか。」

彼はこのように語って、ギリシア人を試し、その勇気がどれほどのものか知ろうとした。というのも、彼の望みはトロイアの町を焼き尽くし、パリスをその手で殺すことにあったのだから。次いでディオメーデースが立ち上がり、ギリシア人は決して臆病者になることは無いと断言した。否、それどころか剣を研ぎ、戦いに備えよと彼らに命じたのだ。予言者カルカースも立ち上がって、ギリシア人に常々トロイアは包囲十年目に陥落すると予言してきたこと、そして十年目がどう始まり、勝利はほとんどその手にあることを思い起こさせた。つぎにユリシーズが立ち上がり、アキレウスは死に、その部下を率いる王はいないとはいえ、アキレウスには一人の息子があって、スキューロスの島におり、彼をその父の地位に就けようと言った。

「確かに彼は来るであろうし、形見として私が偉大なアキレウスのこの不幸な武具を持って参ろう。これを着けるのは私にはふさわしくなく、またアイアースに対する悲痛を思い起こさせるのだ。だが、これまでの常通り、その息子がこれを着け、ギリシア軍の槍兵の前面にまたトロイアの厚い隊列の中にアキレウスの兜がきらめくだろう。というのもアキレウスは真っ先きって戦うのが常であったから。」このようにユリシーズは語り、ディオメーデースと一緒に五十人の漕ぎ手を引き連れて、速き船に乗り込み、整然と漕ぎ座に座って、灰色の海に波をけたて、ユリシーズは舵をとって、スキューロスの島へと進路を向けた。

さてトロイア軍はしばらく戦を中断し、プリアモスは重い気持で、一番の宝、金の葉と房をつけた黄金の葡萄の木を持って来るよう命じ、鶴や鷺や野性の白鳥の鳴き声がこだまするカイステル川の大きな湿地に住いする民の王エウリュピュロスの母のもとへと運ばせた。というのは、エウリュピュロスの母は、トロイアの古えの王への神々の贈物、黄金の葡萄の木をプリアモスがくれないかぎり、息子を戦にはやらぬと誓っていたからなのだ。

重い気持でプリアモスは黄金の葡萄の木を送ったのだが、エウリュピュロスはそれを見て悦び、部下全員に武装を命じ、戦車に馬をつけさせた。そして道に沿って曲がりくねりながら町に入って来る新たな軍隊の長い隊列を見てトロイア人は喜んだ。それからプリアモスは自分の妹アステュオケーの息子、甥のエウリュピュロスを歓迎した。エウリュピュロスの祖父はこの世に生きし者のうち最強の男、名高いヘーラクレースであった。そこでパリスはエウリュピュロスを我が家へと連れて行った。そこではヘレネーが四人の部屋就き小間使いと一緒に座って刺繍をしていた。エウリュピュロスは彼女を見て驚いた。それほどまでにヘレネーは美しかった。一方エウリュピュロスの民キター族はトロイア人に混じって、燃え上がる大きな炬火の光と管笛の楽でもてなされた。ギリシア軍は火を見、楽しげな楽曲を聞いて、トロイア軍が夜明け前に船に攻撃せぬよう、夜通し見張った。夜明けにエウリュピュロスは眠りから覚め、武具を着けると、大盾を帯で首から吊した。この大盾には様々な色の金と銀とで祖父ヘーラクレースの十二の冒険、怪物や巨人それに死者の館を護るハーデースの猛犬と戦ったその不思議な所業が細工してあった。それからエウリュピュロスは全軍を率い、ヘクトールの兄弟たちとアガメムノーン率いるギリシア軍に突撃した。

戦いでは、エウリュピュロスはまずニーレウスを殺した。このニーレウスはアキレウスが倒れた今ではギリシア軍で一番の美しさであった。横たわるニーレウスは、富裕な人の果樹園で風で吹き倒された赤や白の花でおおわれた林檎の木のようだった。それからエウリュピュロスはニーレウスの武具をはぎ取ろうとしたが、マカーオーンが突進してきた。ヘクトールが船に火をかけようとしたあの勲の日に傷を負ってネストールの小屋へと運ばれたあのマカーオーンだ。マカーオーンはエウリュピュロスの左肩を槍で突いたが、エウリュピュロスは肩を剣で刺し、血が流れた。それでもマカーオーンは立ち止まって大石をつかむと、エウリュピュロスの兜めがけて投げつけた。エウリュピュロスはぐらついたが、倒れはしなかった。そして胸当てを貫いてマカーオーンの胸を槍で突き刺し、マカーオーンは倒れ死んだ。マカーオーンは最後の息で言った。「汝もいずれ倒されよう。」と。エウリュピュロスはそれに答えて「さよう、そうなろうて。人は永遠に生きることはかなわないし、それが戦の宿命だろう。」と言った。

こうして戦いは音を響かせ、燃え上がり、攻守を変じ、ギリシア軍はメネラーオスとアガメムノーンのもとにいる者達を除いては、しっかりと立っている者はほとんどないまでになった。というのも、ディオメーデースとユリシーズはアキレウスの息子をスキューロスから連れてくる途中ではるか海上にあったのだから。とはいえテウクロスは、ヘクトールにトロイアの城中に戻るよう警告したポリュダマースを殺し、またメネラーオスはデーイポボスに傷を負わせた。プリアモスの息子は多くが倒れたので、今なお軍中にある息子のかでは彼が最も勇敢であった。そしてアガメムノーンはトロイアの槍兵を幾人か倒した。エウリュピュロスの周りではパリスとアエネースが戦い、アエネースはテウクロスに大石を投げて兜を打ち割って傷を負わせたが、テウクロスは戦車で船へと駆け戻った。メネラーオスとアガメムノーンはトロイアの大軍の中で一人立って戦い、あたかも槍をもつ狩人の円陣に囲まれた二頭の猪のようで、ひどい窮地に立たされていた。二人とも倒れたが、イードメネウスとクレータのメーリオネース、ネストールの息子トラシュメーデースが救援に駆けつけ、戦いは一層激しくなった。エウリュピュロスの望みはアガメムノーンとメネラーオスを殺して戦を終らせることだったが、しかしフロッデンの野でスコットランド人の槍で囲まれたジェームズ王がイギリスの将軍の槍の届くところにまで逃げ込んだ時のように、クレーテとピュロスの兵は二人の王を槍で護ったのだ。

パリスは槍で太腿に負傷し、それで少し退却して、ギリシア軍に矢を雨のように射かけた。イードメネウスは大石を持ち上げ、エウリュピュロスめがけて投げつけると、石は槍に当たって手からはじきとばしたので、エウリュピュロスは槍を探しにもどり、メネラーオスとアガメムノーンは戦の最中、一息つくことが出来た。しかしすぐにエウリュピュロスは戻って来て、部下を叱咤し、部下たちは踵を接してかけ戻りアガメムノーンの周りを槍で取り囲んだ。そしてアエネースとパリスはクレーテ人とミュケーナイ人を屠り、ギリシア軍は野営地の周りの塹壕にまで押しやられた。ギリシアの防壁の胸壁や塔からトロイア軍やエウリュピュロスの民に重い石や槍や矢が雨のように降り注いだ。こうして夜となり、エウリュピュロスは暗闇の中では防壁を陥とすことはできぬと知り、兵を退き、大きな焚火を焚いて平原に野営した。

ギリシア軍の状況は、今やヘクトールの死後のトロイア軍のようであった。マカーオーンやその他の戦死した大将たちを埋葬し、塹壕と防壁の内にひきこもった。というのは平原に打って出ようという勇気はなかったのだ。彼らはユリシーズとディオメーデースが無事にスキューロスに着いたのか、それともその船が難破したり見知らぬ海に行ってしまったりしたのかわからなかった。そこでギリシア軍はエウリュピュロスに使者を送り、死者を集めて焼き、またトロイア軍もキター族もその死者を埋葬できるよう休戦を乞うたのだった。

一方、ユリシーズの速き船は海を押し渡ってスキューロスに着き、リュコメーデース王の宮殿に到着した。そこで戸口の前の庭でアキレウスの息子ネオプトレモスを見つけたのだ。ネオプトレモスはその父と背丈も同じ程で、姿形はそっくりで、的にめがけて槍投げの練習をしていた。ユリシーズとディオメーデースはすっかり喜んで彼を見つめた。それからユリシーズはネオプトレモスに自分たちが何者でなぜやって来たかを告げ、ギリシア軍に同情して助力してくれるよう懇願した。

「我が友はアルゴスの王ディオメーデース。」とユリシーズは言った。「そして私はイタケーのユリシーズ。我らと共に来たまえ。さすればギリシア軍は数え切れぬ贈物を贈りましょう。そして私はそなたの父の武具を差し上げよう。これは他の死すべき人が身につけるのは相応しからぬもの。黄金造りで神の手で造られしもの。その上、トロイアを陥とし、故郷に戻れば、メネラーオスはたくさんの黄金をつけて、娘御の美しきヘルミオネーをそなたの妻にくださるのじゃ。」

そこでネオプトレモスは答えて言った。「ギリシア軍が我が剣を必要としているということで十分だ。明日我らはトロイアに向け船出しましょう。」彼は二人を宮殿に案内して正餐に招いた。そこで喪服に身を包んだ母親の美しいデーイダメイアに出会った。彼女は二人が息子を連れ去りに来たと聞いて泣いていた。しかしネオプトレモスはトロイアの戦利品とともに無事に戻って来ると約束して母親をなだめ、「たとえ戦死するとしても、父の名に相応しい手柄をたててからです。」と言った。こうして翌日彼らは船出したが、デーイダメイアは、巣を蛇に見つけられ雛を殺された燕のように、悲しみの内に取り残され、嘆き悲しみながら家の中を言ったり来たりした。船は暗い波をけたてて忽に帰路を走り、ユリシーズはネオプトレモスに彼方のイーダ山の雪の頂やトロイアのそばのテネドス島を示した。アキレウスの墳墓の立つ平原を過ぎたが、ユリシーズは息子にそれが父親の墓であることを言わなかった。

さてその間中、ギリシア軍は防壁の中に閉じこもり、搭から戦をしかけながら、背後の海を見渡してユリシーズの船を熱心に見張っていた。それは荒れ小島に難破した人が来る日も来る日も沖合いに帆影を見張って、船乗りがその島に立ち寄り、自分たちを哀れんで故郷まで送り届けてくれのではと望みを託すようなものであった。かくしてギリシア軍はネオプトレモスを乗せた船を見張り続けた。

ディオメーデースも岸辺を監視していたが、ギリシア軍の船が見えたとき、ギリシア軍がトロイア軍に包囲され、全軍が防壁の中に閉じ込められ、搭から戦をしているのがわかった。それで彼はユリシーズとネオプトレモスに、「友よ、急げ。上陸する前に武装しよう。というのはギリシア軍に大きな禍がふりかかっているのだから。トロイア軍が我が防壁に攻めかかり、すぐにも船を焼こうとしている。そうなれば我らには取り返しがつかぬ。」と大声で叫んだ。

そこでユリシーズの船の全員が武装し、父親の豪華な武具をまとったネオプトレモスが一番に岸に飛び降りた。ギリシア軍は防壁から出迎えに来ることができなかった。というのはエウリュピュロスとその部下たちと激しく白兵戦を戦っていたのだから。しかし彼らは肩越しにちらりと返り見て、槍と剣を手にしたアキレウスその人が助太刀に突進して来るのを見たと思った。ギリシア軍は大きな鬨の声をあげ、ネオプトレモスが胸壁につくと、彼とユリシーズとディオメーデースは平地に飛び降りた。ギリシア軍は彼らに続いて直ちに構えた槍でエウリュピュロスの部隊に突撃し、防壁から駆逐した。

そのときトロイア軍はおののいた。というのはディオメーデースとユリシーズの盾と知り、またアキレウスの武具を着けた背の高い大将はアキレウスその人でアンティロコスの仇討ちに死者の国から戻って来たと思ったのだ。トロイア軍は逃げ出してエウリュピュロスのまわりにあつまった。それはまるで、嵐のなかで小さな子が稲光と物音を恐がって、父親の所に駆けて身を寄せ、その膝に顔を隠すかのようだった。

ネオプトレモスは、夜、海上の小舟で火のついた松明を持つ人が炎の輝きに引き寄せられて群れ寄る魚を銛で突くように、トロイア軍を槍で突き殺した。無慈悲にも彼は父の死の仇を多くのトロイア人に晴らし、アキレウスが率いた部下たちがその息子につき従い、左右を屠り、駆けてはトロイア兵の肩の間を槍で突いた。こうして日のある間は戦っては追ったが、夜になると、ネオプトレモスを父親の小屋に案内し、そこで女が彼を風呂で洗った。それから彼はアガメムノーンやメネラーオスや王侯たちと宴をひらいた。みな彼を歓迎して、すばらしい贈物、銀の束の剣、金と銀の杯を贈った。そしてみな上機嫌だった。というのもトロイア軍を防壁から追い払い、明日にもエウリュピュロスを殺し、トロイアの町を陥落させる希望がでてきたからだ。

しかしその希望は実現しなかった。というのは、翌日エウリュピュロスは戦場でネオプトレモスに立ち向かい、殺されたが、ギリシア軍がトロイア軍を追撃してその町へ入ろうとしたとき、稲光と雷鳴と雨の大嵐が襲いかかり、ギリシア軍はまた野営地へと退却したのだ。ギリシア軍は主神ゼウスが彼らを怒り給うたのだと信じた。そして日々は過ぎ、トロイアは今だ征服されぬまま建っていた。


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