トロイア物語:都市の略奪者ユリシーズ アンドリュー・ラング 第十三章

どうやってユリシーズは木馬の装置を発明したか


パリスが死んだあと、ヘレネーはメネラーオスに戻されはしなかった。パリスの怒りを恐れるばかりに、ヘレネーを返還して和平を結ぶことができなかった聞かされて来た。今やパリスが恐がらせることもなくなったにもかかわらず、ヘレネーがあまりに美しいためか、それとも彼女を残酷な死刑に処すかも知れないギリシア軍に引き渡すのが不面目と思ったためか、町の人々はヘレネーを手放そうとはしなかった。そこでヘレネーはパリスの兄デーイポボスが引き取り、自分の家に住まわせた。デーイポボスはこの頃トロイアのもっとも優れた戦士で総大将であった。

一方、ギリシア軍はトロイアの城壁に攻撃をしかけ、長く大胆に戦った。しかし胸壁の後ろは安全で、小穴から射て、トロイア軍は何人もの損害を与えて撃退した。ピロクテーテースが毒矢を射かけたが、毒矢は石壁にはじかれ、あるいは城壁の上の木の矢来にあたり、徒労におわった。城壁を登ろうとしたギリシア兵は重い石で追い散らされ、あるいは潰された。夜になると、ギリシア軍は船のところに退却し、会議を開いた。そしていつものように予言者カルカースに助言を求めた。鳥を眺めて、何をするか見たことから前兆をとらえるのがカルカースの仕事だった。これはローマ人も使った予言のやり方で、今日でも未開人のなかには同じ方法を使っているものもいる。カルカースは昨日鳩を追う鷹を見たと言った。鳩は岩だらけの崖の穴に隠れた。長い間かかって鷹は穴を見つけ、鳩を追いかけようとしたが、鳩にはとどかなかった。それで鷹は少し離れたところに飛び去り、隠れた。それから鳩が日の光の中で羽ばたいた。すると鷹が襲いかかり、鳩を殺したのだ。

ギリシア軍は鷹の教訓を学び、狡猾な手でトロイアを陥さなければならない、力づくでは何もなしえなかったのだからと、カルカースは言った。そこでユリシーズが立ち上がり、理解しにくい計略を述べた。彼が言うには、ギリシア軍は大きな中が虚ろな木の馬を造り、その馬の中に勇敢な兵を容れなければならない。それから残りのギリシア軍は全員船に乗り、テネドス島へ船出し、島影に隠れなければならない。岩の穴から出て来た鳩のように、トロイア軍は町から出て来て、ギリシア軍の野営地のあたりをうろつき、大きな木馬が造られたのはなぜか、それが残されたのはなぜかと訝しむだろう。木馬に火をつけられると、そこに隠れている戦士たちがすぐに見付かってしまうので、そうならないよう、トロイア軍に顔を知られていない狡猾なギリシア兵を一人野営地かその付近に残しておかなくてはならない。その男がトロイア軍に、ギリシア軍は希望を失い故国へ戻ったと告げ、ギリシア軍は空から降って来た女神パラスの像、トロイアの幸運の宝とよばれたものを盗んだので、女神パラスの怒りに触れるのを恐れていると言うのだ。パラスをなだめ、船に大嵐を見舞われないように、トロイア人は(男はこう言わなくてならない)女神への捧げ物にこの木馬をつくったのだ。トロイア軍はこの話を信じ、木馬を町へと引き入れるだろう。そして夜、王侯たちは木馬を出て、町に火を放ち、闇が訪れるとすぐにテネドス島から戻った軍隊を入れるため城門を開くのだ。

予言者はユリシーズの計画がとても気に入り、二羽の鳥が右の方へ飛び去ったので、この軍略は明らかに吉であると宣した。一方ネオプトレモスは、計略によらず、全くの力押しでトロイアを陥すことを提案した。ユリシーズは、アキレウスにできなかったことは、誰にもできない、それに名高い大工のエペイオスはすぐにも木馬造りにとりかかった方がよいと返答した。

次の日、軍の半数が斧を手に、イーデー山の木を切りに派遣された。そしてその木からエペイオスと職人たちが何千枚もの厚板を切りだし、三日で木馬を完成した。そこでユリシーズはギリシア軍の優秀な者たちに志願して仕掛けに乗り込むよう求めた。また一方、顔を知られていないギリシア兵が野営地に残りトロイア軍を欺くことを買ってでなければならなかった。するとシノーンという若者が立ち上がり、我が身を賭して、トロイア人が彼を信じず、生きながら焼き殺すかもしれない危険を冒そうと言った。シノーンはこれまで勇者とは思われていなかったが、確かにギリシア軍の誰もこれ以上に勇気ある行いをした者はなかった。

シノーンは前面の隊で戦ってきたので、トロイア軍は彼を知っていたはずだ。しかし多くの勇敢な戦士にシノーンが引き受けたことを敢えてしようとする者はいなかった。

それから老ネストールが最初に木馬に乗り込もうと名乗り出た。しかしネオプトレモスが、ネストールは勇敢だが、あまりに老いており、軍とともにテネドスへ出発すべきだと言った。ネオプトレモス自身は木馬に乗り込むつもりだった。というのは、トロイアに背を向けるくらいなら死んだ方がましだったのだ。それでネオプトレモスは武装して木馬に乗り込んだ。メネラーオス、ユリシーズ、ディオメーデース、トラシュメーデース(ネストールの息子)、イードメネウス、ピロクテーテース、メーリオーン、そしてアガメムノーン以外の優れた戦士たち全員が乗り込み、一番最後にエペイオス自身が入った。アガメムノーンはテネドスから戻る軍を指揮しなければならないので、他のギリシア兵が冒険を共にするのを許さなかった。その一方で他の全員は船を進水し船出して行った。

さて、まずメネラーオスはユリシーズを傍らに寄せ、もしトロイアを手に入れたなら(今やトロイアを手に入れるかトロイア人の手にかかって死ぬかどちらかしかないないのだが)その誉れはユリシーズのおかげだと言った。ギリシアに戻ったら、自分の町の一つをユリシーズに与えよう。そうすればお互いいつも近くに居れるだろう。ユリシーズは微笑んで頭を振った。彼は自分の起伏の激しい島の王国イタケーを離れることができなかった。「やがてくる夜を我ら二人とも生き延びれば」とユリシーズは言った。「贈物を一つねだりましょう。それをくだされたからといって、貴殿が貧しくなることはないでしょう。」そこでメネラーオスはゼウスの光輝にかけて、ユリシーズはメネラーオスが喜んで与えるものしか贈物を求めなくてよいと誓った。それで二人は抱擁し、どちらも武装して木馬に乗り込んだ。彼らとともに、行くのを許されなかったネストールと総大将として軍を率いるアガメムノーンを除く大将全員が乗り込んだのだ。彼らはトロイア軍が、もしそれほど愚かで、木馬を町に引き入れたとき、物音を立てぬように自身と武器とを柔らかい絹でくるだ。そうして暗闇の中に座って待った。一方軍隊は小屋を焼き払い、船を進水し、櫂と帆でテネドス島の背後へと進んだのだ。


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