トロイア物語:都市の略奪者ユリシーズ アンドリュー・ラング 第八章

アキレウスの残虐行為とヘクトールの身請け


夜、アキレウスが寝ていると、パトロクロスの亡霊が現れて言った。「なんで私を焼いて埋葬しないのか?他の死者の影が側によるなと私を苦しめ、私は一人ぼっちでハーデースの暗い舘のまわりをさまよっているのだ。」そこでアキレウスは目が覚め、人をやって木を切り倒させ、小枝の束と丸太で大きな薪の山を作らせた。その上にパトロクロスをよこたえ、白い亜麻布で覆って、それからたくさん牛を殺し、アキレウスは、パトロクロスの名誉のため彼と一緒に焼くつもりで、十二人のトロイアの戦争捕虜の喉を切り裂いた。これは不面目な行ないだが、アキレウスは友の死の悲しみと怒りで常軌を逸していたのだ。それから三十ヤード[二十七m]の長さと幅の大きな薪の山に葡萄酒を注ぎ、火をつけた。火は一晩中燃えさかって、朝には消えた。みんなはパトロクロスの白い骨を棺にいれ、アキレウスの小屋に置いた。アキレウスは、自分が死んだら、死体を焼き、その灰を友達の灰と混ぜ、その上に石室を建て、石室を土の墳丘で覆い、その上に石の柱を立てるように言った。これはトロイアの平原の丘の一つだが、柱はずっと昔に墓から倒れ落ちてしまっている。

それから、習わし通りに、アキレウスは戦車競走、徒歩競走、ボクシング、レスリング、弓術などのパトロクロスを讃える競技会を催した。ユリシーズは徒歩競走とレスリングで賞をとった。だからその頃には傷が癒えていたにちがいない。

だがアキレウスは、パトロクロスの墓として積み上げられていた丘のまわりを毎日、ヘクトールの死体を引きずり回し続けた。それは天上の神々が怒り、テティスに命じてその息子にプリアモスに死体を返し、身請金をもらうように言わせるまで続いた。それから神々はプリアモスに使者を送って、彼の息子の死体を身請けするように命じた。プリアモスはアキレウスのところへ行き彼の前に平伏するのが恐かった。アキレウスの手は自分の息子の血で真っ赤に染まったのだ。けれどプリアモスは神々に背かなかった。彼は金庫を開け、二十四着の美しい刺繍を施した着替えを取り出し、十本の重たい金の延べ棒または金貨の重さを計り、美しい金杯を選んだ。そしてパリス、ヘレノス、デーイポボス他の九人の息子たちを呼んで「行け。お前たち不肖の息子、我が恥よ。ヘクトールが生きて、お前たちが全部死ねばよかったのじゃ。」こう言ったのは悲しみで怒り狂っていたからなのだ。「行って荷車を用意し、それにこの宝を積み込め。」そうして荷車に騾馬を付け、荷車に宝を乗せ、祈りを捧げた後、プリアモスは夜通しアキレウスの小屋へと駆けたのだ。行って、誰も見ていないときに、アキレウスにひざまづいて、その恐ろしい死をもたらす手に口づけた。「私を哀れみ、神々を畏れたまえ。そうして死んだ我が子を返したまえ。」と彼は言った。「そして父上のことを思い出され、私を哀れみたまえ。かって誰もなさなかったこと、我が子を殺した手に口づけをすることにたえている私を。」

そこでアキレウスは遠く離れている、今では年老いて弱ってきた自分の父親を思い出した。そしてアキレウスは泣き、プリアモスも彼と一緒に泣いた。それからアキレウスはひざまづくプリアモスを立ち上がらせ、プリアモスが老年でもまだどんなに美しいか褒め讃えて、やさしく話しかけた。プリアモス自身もアキレウスの美しさに驚いていた。アキレウスは、プリアモスが自分の父親のペーレウスと同じように長い間富み幸せだったのに、今では二人とも老年と衰弱と悲しみとがのしかかっているのだと思った。なぜなら、アキレウスは自分の死ぬ日が間近にせまり、もう戸口にきているとさえいえる程だということがわかっていたのだ。そこでアキレウスは女たちに言いつけて、ヘクトールの遺骸に埋葬の支度をさせ、女たちはヘクトールに、プリアモスが持ってきた白い外套を着せ、荷車に乗せた。それから夕食が用意され、プリアモスとアキレウスは一緒に食べて飲んだ。女たちはプリアモスのために寝床を広げたが、プリアモスは長くは留まるつもりはなく、アキレウスが寝ているうちにこっそりトロイアに戻って行った。

女たちは皆プリアモスを出迎えて、ヘクトールを悼んだ。女たちは遺骸をアンドロマケーの家に運び、ベッドの上に横たえた。そして女たちはそのまわりに集まって、かわるがわる偉大な死んだ戦士に歌を歌いかけた。ヘクトールの母はヘクトールとその妻のことを嘆き悲しんだ。美しい手のヘレネーは、暗い色の喪服を着て、白い腕を伸ばして言った。「ヘクトールよ。パリスが私をここに連れてきてから、トロイアの同胞のなかであなたが一番いとおしかった。この日が来る前に死ねばよかった!これで私が来てから二十年目となるが、この二十年の間あなたから一度たりとも辛辣で不親切な言葉を聞いたことがなかった。他の人達は私を非難したのに。あなたの姉妹やあなたの母上も。というのもあなたの父上が我が父のように私によくして下さったから。でもそのとき、あなたは、心からの好意とやさしい言葉で、悪く言う者達を制止して下さった。ああ、あなたのことが悲しい。我が身も悲しい。だれもが私のことを身震いするほどいやがっている。今ではトロイアの国広しといえど、あなたのような友達は誰もいないのだから。我が兄弟にして我が友よ!」

そんなふうにヘレネーは嘆いたが、今や人のなすことはすべてなされた。大きな薪の山が築かれ、ヘクトールは焼かれた。そしてその灰は金の骨壷に入れられて、空洞のある丘の中の暗い石室に置かれた。


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