シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル

唇のねじれた男


セントジョージズ神学校長、故イライアス・ウィットニー神学博士の弟、アイザ・ウィットニーはひどいアヘン中毒になっていた。私の知るところでは、彼のこの習慣はカレッジ時代の愚かな酔狂が高じたものだった。ド・クインシーの夢と感覚に関する記述を読んだ彼は、同じ効果を引き起こそうとして煙草をアヘンチンキに浸したのだ。彼は多くの人と同様、この習慣が得るは易く、取り除きがたいものと知り、長年にわたって麻薬の奴隷状態を抜けられず、友人や親戚の恐怖と同情の対象になっていた。今の彼は黄色い不健康な顔、うなだれたまぶた、小さな瞳で、全身を椅子に縮こまらせ、高潔さなど見る影もなく落ちぶれ果てていた。

ある晩―89年の六月だった―私の所のベルが鳴った。誰しもあくびを始めて時計に目をやる時刻だった。私は椅子の上で居住まいを正し、妻は針仕事を膝に下ろして小さな顔に失望を浮かべた。

「患者さんよ!」と彼女は言った。「あなた出かけなければならないわ。」

一日疲れて戻ったばかりの私はうめいた。

ドアが開く音、あわただしい短い言葉、それからリノリウムの上を急ぐ足音が聞こえた。私たちの部屋のドアがパッと開き、暗色の生地の服を着、黒いベールをかけた婦人が入ってきた。

「こんなに遅く伺ってごめんなさい」と彼女は話し始めたが、そこで突然自制を失い、妻に駆け寄って首に腕を回し、その肩で涙に咽んだ。「ああ、私とても困ってるの!」と彼女は叫んだ。「どうしても少し助けが必要なの。」

「まあ、」妻が彼女のベールを上げて言った、「ケイト・ウィットニーじゃないの。びっくりするじゃない、ケイト!あなたが入って来た時誰だかちっともわからなかったわ。」

「どうしていいかわからなくて、それでまっすぐあなたの所へ。」いつもそうだった。人々は悲しいことがあると、灯台へ向かう鳥のように妻の所へ来るのだった。

「来てくれて嬉しいわ。さあ、あなた少しワインと、水を飲まなくちゃいけないわ。それからここにゆったりと座って、それを話してちょうだい。それともジェイムズには寝室に行ってもらったほうがいいかしら?」

「ああ、いえ、いいえ!先生の助言と助力も必要なの。アイザのことよ。二日も家をあけてるの。彼のことでひどくおびえてるの!」

彼女が夫の厄介ごとについて私たちに、私には医者として、妻には学校時代からの旧友として話すのはこれが初めてではなかった。私たちは思いつく限りの言葉で彼女をなだめ、慰めた。彼女は夫の居場所を知っていたのか?私たちが彼女の元へ夫を連れ戻すことはできそうだったのか?

そのようだった。彼女は、夫が最近、どうかすると、シティーの東の端のアヘン窟を利用するという確かな情報を持っていた。これまでは彼の乱行も常に一日にとどまり、晩にはひきつり、疲れて戻ってきていた。しかし今度はその魔力は四十八時間に及び、彼はそこで、おそらくドックのくずどもに混ざって横になり、毒を吸い込んでいるか、眠って薬を抜いているのだった。そこで彼は見つかるはず、と彼女は確信していた。アッパー・スワンダム・レーンのバー・オブ・ゴールドである。しかし彼女に何ができる?どうして彼女、若い臆病な女がそんな場所に足を踏み入れ、ごろつきに囲まれた夫を引き連れて出られよう?

その通りだったし、もちろんそれには一つしか方法はなかった。私がその場所まで彼女に付き添ってはいけないだろうか?それから、さらに考えてみれば、いったいなぜ彼女が行かなければならないのか?私は彼の主治医だし、それだけ彼に対する影響力もある。私一人ならうまくやれる。私は彼女に、彼が本当に彼女の言う所番地にいるなら二時間以内に家へ送り届ける、と約束した。それで十分のうちに私はひじかけ椅子と気持ちのよい居間を後にし、東に向け、ハンサム馬車に乗って疾走していた。奇妙な用向きだ、とその時はそのように思ったのだが、これがどれほど奇妙なことになるのか、知る由もなかった。

しかし私の冒険の第一段階に大した困難はなかった。アッパー・スワンダム・レーンは汚い路地で、ロンドン橋の東の、川の北側に並ぶ高い岸壁の裏に隠れている。仕事着の店とジンの店の間を、洞穴の入り口のような黒い割れ目へ続く急な階段を下りていくと、捜していたアヘン窟が見つかった。私は馬車に待つように命じ、絶え間なく酔っ払いが歩くので中央が磨り減ってくぼんだ階段を下まで下りた。そしてチラチラする石油ランプの明かりでドアの掛け金を見つけ、私は長い、天井の低い部屋へ進んでいった。アヘンがもうもうとして茶色く煙り、木のベッドが移民船の船首楼のように段々になっていた。

暗がりの中にぼんやりとうかがえる人々は、肩を丸め、膝を曲げ、頭をのけぞらせ、あごで上を指すといった、奇妙な、異様な姿勢で横たわり、そこここの暗い、どんよりした目が新来者に向けられていた。それぞれの黒い影の中に小さな赤い光の輪が時に明るく、時にほのかにチラチラしていた。金属パイプの火皿の中で、毒の火が燃え上がったり衰えたりしていたのだ。大方は黙って横になっていたが、ぶつぶつひとり言を言う者もあり、奇妙な、低い、一本調子の声で話を交わす者たちもあった。彼らの会話は奔流となり、それから突然消えていって沈黙し、それぞれが自分の考えをつぶやき、隣の言葉を心に留めなくなるのだった。向こうの端には小さな火鉢に石炭が燃えており、そのそばの三脚の木の椅子には背の高い、やせた老人が座り、あごを両のこぶしにのせ、ひざにひじをつき、火を見つめていた。

私が入っていくと、黄ばんだマレー人の案内係が私のためのパイプと必要な麻薬を持って急ぎ、空のベッドに私を手招きしていた。

「ありがとう。客で来たんじゃないんだ」と私は言った。「友人がここにいてね、アイザ・ウィットニーさんだが、彼と話がしたいんだ。」

私の右手に動きがあり、叫び声がして、暗がりを覗き込むと、青ざめ、やつれ、だらしなくなったウィットニーが私を見つめているのが見えた。

「なんと!ワトソンじゃないか」と彼は言った。彼は哀れな無気力状態で、体中の神経を震わせていた。「ねえ、ワトソン、何時だい?」

「十一時近くだ。」

「何日の?」

「金曜日だ、六月十九日の。」

「しまった!水曜だと思った。水曜だよう。どうして脅かしたりするんだ?」彼はがっくりと顔を腕の上に垂れ、甲高い声ですすり泣きを始めた。

「いいかね、君、金曜日なんだ。奥さんは二日間君を待っていたんだ。恥ずかしいじゃないか、君!」

「まったくだ。でも君は混ぜこぜにしてるよ、だって僕はほんの数時間ここにいただけだよ、パイプ三服か四服―いくつか忘れた。でも君と家に帰ろう。ケイトをびっくりさせるつもりはなかったんだ。かわいそうなケイト。手を貸してくれ。馬車はあるかい?」

「ああ。待たせてある。」

「じゃあそれに乗ってこう。だがいくらか借りがあるにちがいない。いくら借りてるか調べてくれ、ワトソン。すっかり気分が悪いんだ。自分じゃ何もできない。」

私は二列の段ベッドの間の狭い通路に沿って歩き、不愉快な、ぼうっとさせる麻薬の煙を吸わないように息を殺し、支配人を探した。火鉢のそばに座る背の高い男の横を通った時、突然服の裾を引かれ、低い声が『通り過ぎたら振り返ってこっちを見るんだ』とささやいたように思われた。その言葉は明白に私に向けられていた。私はチラッと見やった。それは傍らの老人から聞こえたにちがいなかったが、けれども彼は相変わらず忘我の境で座り、やせ細り、しわだらけで、年で腰が曲がり、アヘンのパイプは極度の倦怠で指から落ちてしまったかのように、膝の間からぶら下がっていた。私は二歩前へ進んで振り返った。私は驚きの叫び声を急に上げないよう、全力で自制した。彼が背を向けていたので私のほか誰も彼が見えなかった。その姿が大きくなり、しわが消え、鈍い目に輝きを取り戻し、火のそばに座り、驚く私ににやりとしたのは、ほかでもない、シャーロック・ホームズだったのだ。彼はかすかな合図で私を近寄らせ、直ちに、顔を再び皆のほうへ半ば振り向け、同時によぼよぼした、唇にしまりのない老いぼれに落ち込んだ。

「ホームズ!」私はささやいた。「いったいこのアヘン窟で何をやっているんだ?」

「できる限り小声で」と彼は答えた。「僕は耳はすごくいいんだ。すまないが君、あの君の愚かな友達を追い払ってしまって、ちょっと君と話ができたらとても嬉しいんだがね。」

「外に馬車がある。」

「ではどうかそれで彼を家に帰してやってくれ。あの男は信用して大丈夫だよ。あれだけぐったりしていたら悪さはできそうもないからね。君も御者に奥さんへの手紙を届けさせてね、僕と運命を共にするからって言ったほうがいいと思うよ。外で待っていてくれたら五分で一緒になるよ。」

シャーロック・ホームズの頼みはいつも非常にはっきりしたものであり、穏やかな支配的態度で持ち出されるので、断るのは難しかった。といっても、ウィットニーを馬車に閉じ込めさえすれば私の使命は終わったも同然である、と私は思った。それにそれさえなければ友と一緒に風変わりな冒険ができるのは私にとって何よりのことだった。彼にはそれがあたりまえの状態だったが。数分で私は短い手紙を書き、ウィットニーの勘定を払い、彼を馬車まで連れて行き、闇を走り去る彼を見送った。まもなくよぼよぼの人影がアヘン窟から現れ、私はシャーロック・ホームズとともに通りを歩いていた。通り二つ分、彼は背中を曲げ、引きずる足どりも心もとなく歩いた。それから彼はすばやくあたりに目をやり、からだをまっすぐに伸ばし、腹の底から笑い出した。

「たぶん君は、ワトソン、」彼は言った、「僕がコカインの注射やら、君が医学的見解を聞かせてくれた、ほかにもあるちょっとした欠点すべてに加えてアヘンまで吸い始めたと思ったろうね。」

「確かに君があそこにいるのを見つけて驚いたよ。」

「だが君を見つけた僕ほどじゃあないさ。」

「私は友人を捜しに来たんだ。」

「僕は敵を捜してだ。」

「敵?」

「そうだ。僕の天敵、というか、僕が天敵というべきかな。手短に言うと、ワトソン、僕は非常に驚くべき調査の真っ最中でね、あの飲んだくれどもの支離滅裂なとりとめのない話の中に手がかりを見つけようと思って今までそうしていたんだ。あそこで正体がばれていたら僕の命も一時間ともたなかったろう。今まで自分の都合で利用していたあそこだがね、その経営をしている悪党のインド人水夫は僕に復讐を誓ったことがあるんだ。あの建物の裏にはポールズ・ウォーフの角近くにはねぶたがあって、闇夜にそこから出て行ったものが何かについては奇妙な話がいくつかあるんだ。」

「何だって!死体だって言うんじゃないだろうな?」

「そうだ、死体だよ、ワトソン。あのアヘン窟で殺されているかわいそうなやつ一人につき千ポンドもらっていたら、金持ちになってるんだがね。川沿い全体を見てもあれは最も凶悪、危険な落とし穴で、ネヴィル・セントクレアはあそこに入ってもう二度と出てこないんじゃないかと思うんだ。しかし僕たちもここで馬車に乗ったほうがいいな。」彼は人差し指二本を歯の間にくわえ、鋭い口笛を鳴らした―その合図に同様の口笛が遠くから答え、まもなく車輪のがらがらいう音と馬のひづめの金属音が続いた。

「さて、ワトソン」とホームズが言った。背の高い二輪馬車は闇の中を突進し、側灯から放たれる黄色い光が二本の黄金のトンネルになっていた。「一緒に来てくれるね?」

「私が役に立つなら。」

「おお、信頼できる仲間は必ず役に立つ。記録者とあればなおさらだ。スギ屋敷の僕の部屋は二人用だし。」

「スギ屋敷?」

「そう。セントクレア氏の家だよ。調査をする間、そこに泊まっているんだ。」

「それでどこにあるんだ?」

「ケント州のリーの近くだ。これから七マイルの遠乗りだよ。」

「しかし私には何もわからないよ。」

「そりゃそうだろう。すぐにすべてわかるさ。こっちに飛び移れ。もういいよ、ジョン。君は必要ない。さ、半クラウンだ。明日十一時ごろ僕を捜してくれ。彼女の言うことを聞いてやるんだね。じゃ、また!」

彼は馬に鞭を入れ、私たちは果てしなく続く、薄暗く、人のいない通りを飛ばしていった。通りは次第に広くなり、やがて私たちは下を濁った川がゆっくりと流れる、欄干の支柱の間隔の広い橋を飛ぶように越えた。その向こうにはまた単調なレンガとモルタルがごたごたと続き、その静けさを破るのは警官の重い、規則正しい足音か、宵っ張りの酒盛りの一行か何かの歌声、叫び声だけだった。沈滞したちぎれ雲が空をゆっくりと流れ、星はそこここに一つ、二つ、雲の切れ目からかすかにきらめいていた。ホームズは無言で馬を駆り、首を深く垂れ、物思いにふける様子だったが、私のほうは彼の隣に座り、彼の能力にそれほどの負担をかけているらしいこの新たな探求がどんなものなのか知りたくてたまらなかったけれども、彼の思考の流れに口をさしはさむ勇気はなかった。私たちが既に数マイル走り、郊外の住宅地帯の外べりに達しようという時、彼はからだを揺すり、肩をすくめ、自分のしていることが最善であると確信した、といった様子でパイプに火をつけた。

「君には沈黙というすばらしい才能があるね、ワトソン」と彼は言った。「だから君は仲間としてきわめて貴重なんだ。まったく、話しをする人がいて僕は実にありがたいよ。僕の考えていることはあまり愉快じゃないんでねえ。今夜玄関で会った時にあのかわいい女性に何と言ったものかと思っているんだ。」

「私が何も知らないのを君は忘れているよ。」

「ちょうどリーに着くまでに事件に関する事実を話す時間がある。ばかげているほど単純に見えるんだが、それなのに、どういうわけか、少しもはかどらない。確かに糸はたくさんあるんだが、その端をこの手につかむことができないんだ。では、君に事件についてはっきりと簡潔に話すよ、ワトソン、もしかしたら僕には真っ暗な所に君は火花を見るかもしれない。」

「続けてくれたまえ。」

「数年前――はっきり言うと1884年の五月――リーにネヴィル・セントクレアという金持ちらしい紳士がやってきた。彼は大きな家を手に入れ、立派な庭を造り、大体において上等な暮らしぶりだった。次第に近所に友達もでき、1887年には地元の醸造業者の娘と結婚をし、今では二人の子供がいる。彼は無職だったが、いくつかの会社に関与し、通例、朝ロンドンへ出かけ、毎晩キャノン街から五時十四分発で戻った。セントクレア氏は現在三十七歳で、節制家で、よい夫で、子供にはとても優しく、誰にも好かれている。付けくわうるに、現時点で彼の借金は、確認できた限りで、総額八十八ポンド十シリングになるが、彼にはキャピタルアンドカウンティーズに二百二十ポンドの預金がある。従って金銭の問題が彼の心の重荷になっていたと考える理由はない。

去る月曜日、ネヴィル・セントクレア氏は、大事な仕事を二つやらなければならない、男の子に積み木の箱を持って帰る、と出かける前に言って、いつもよりやや早く市中に入った。さて、まったく偶然に、ほかならぬこの月曜日のこと、彼が出かけてまもなく、彼の妻も、待っていた価値ある小包がアバディーン汽船の事務所に届いているという電報を受け取った。ところで、君がロンドンに精通していればわかるだろうが、その会社の事務所はフレズノ街にあるが、この通りは君が今晩僕を見つけたスワンダム・レーンのところで分岐する。セントクレア夫人は昼食を取り、シティーへ出発し、いくつか買い物をし、それから会社の事務所に行き、小包を受け取り、きっかり四時三十五分には駅への帰り道、スワンダム・レーンを歩いている、ということになった。ここまではわかるね?」

「きわめて明瞭だ。」

「覚えてるかな、月曜日は非常に暑い日で、セントクレア夫人はゆっくり歩いていたが、あの界隈にいるのがいやだったので、馬車が見あたらないかとまわりに目をやっていた。そうやってスワンダム・レーンを歩いていた時だ、彼女は突然叫び声のようなものを聞き、三階の窓から夫が彼女を見下ろし、彼女を差し招くかのように見えた時にはぞっとした。窓は開いていて、彼女は彼の顔をはっきりと見たが、それはひどく動揺していたそうだ。彼は半狂乱で彼女に向かって手を振り、それから突然窓から見えなくなったので、彼女には彼が何か後ろからの力に抵抗できずに引き剥がされたように思えた。敏感な女性の目に強く感じられた奇妙な点は、彼がロンドンに出る時と同じような黒っぽい上着を着ていたにもかかわらず、カラーもネクタイも着けていないことだった。

彼に何かまずいことがあったと確信し、彼女は階段を駆け下り――というのもその家はほかでもない、今晩君が僕を見つけたアヘン窟だったのだ――正面の部屋を駆け抜け、二階へ行く階段を昇ろうとした。しかし階段の下で彼女は僕が今さっき話したインド人の悪党に出くわし、そいつが彼女を突き戻し、それからそこで助手をやっているデンマーク人に手伝わせて彼女を表に追い出した。狂わんばかりの疑念と恐怖でいっぱいになり、彼女があの横丁を駆けていくと、まったく幸運なことに、フレズノ街を警部一人を含む多数の警官が区域の巡回に向かうところに出会った。警部と警官二人が付き添って彼女は戻り、経営者が抵抗し続けたけれども、彼らはセントクレア氏が最後に見られた部屋まで通った。彼は影も形もなかった。それどころか、その階全部を見ても誰一人見つからず、ただ、ひどく醜い顔の哀れな不具の男がいたが、これはそこを住まいにしていたらしい。この男もインド人もその午後はずっと表側の部屋にほかに誰一人いなかったと頑強に主張した。彼らの否定があまり断固としていたので、警部の気持ちもぐらつき、セントクレア夫人が思い違いをしていると信じかけた時だった。叫び声とともに彼女がテーブルの上に置いてあった小さなモミでできた箱に飛びつき、そのふたをもぎ取った。そこから転がり出たのは子供の積み木だった。彼が土産にすると約束したおもちゃだ。

この発見と不具の男が見せた明らかなろうばいが、警部に事は重大であると認識させた。部屋は入念に調査され、その結果はことごとく極悪非道な犯罪を示していた。表側の部屋は質素な家具のある居間で、船着場の裏側に面した小さな寝室に通じていた。船着場と寝室の窓の間には狭い、細長い地面があり、干潮の時は乾いているが満潮になると少なくとも四フィート半の水に覆われる。寝室の窓は広く、下から邪魔するものはない。調べると窓敷居の上に血の痕跡が見られ、寝室の木の床の上にもいくつか点々と落ちていた。表側の部屋のカーテンの後ろにはネヴィル・セントクレア氏の着ていたものが上着を除いてすべて押し込まれていた。靴、ソックス、帽子、時計―すべてそこにあった。これらの衣類に暴力の痕跡はなく、またほかにネヴィル・セントクレア氏のいた形跡はなかった。ほかに出口が発見できないから、どうやら彼は窓から出て行ったにちがいなく、敷居の不吉な血痕を見ると、彼が泳いで助かったという見込みはあまりなさそうだ。悲劇の時間、潮は最高に満ちていたからね。

さてそこで事件に直接関係があると思われる悪党たちだ。インド人の素性がひどいものであることはわかっていたが、セントクレア夫人の話によれば、彼は彼女の夫の姿が窓に見えてからほんの数秒のうちに階段の下にいたことがわかっているので、従犯以上のものではありえなかった。彼の言い分はまったく何も知らないの一点張りで、間借りしているヒュー・ブーンのしたことについても何も知らないし、行方不明の紳士の衣類がある理由もどうにも説明ができないと主張した。

インド人の経営者についてはそのくらいにしよう。今度はアヘン窟の三階に住み、間違いなくネヴィル・セントクレア氏に最後に目を向けた人間である、悪そうな不具の男だ。彼の名はヒュー・ブーンで、その見るも恐ろしい顔はシティーによく行く人なら誰でもなじみのものだ。彼はこじきを仕事にしているが、警察の取締りを避けるためにロウのマッチの小商いを装っている。スレッドニードル街を少し行って左側に、君も気づいたかもしれないが、壁に小さな天使がある。そこにこの男は毎日座り、あぐらをかき、わずかなマッチの在庫を膝の上に置く、すると男の哀れな見てくれに、ちょっとした施しの雨がそばの歩道に置いた油じみた革の帽子の中にふりそそぐわけだ。僕は何度かやつに注目したことがあって、それであの職業にも精通しようと考えたのだが、あの男が短い時間に上げた収穫には驚いたものだ。びっくりするような外見だからねえ、誰だって通り過ぎる時見てしまうんだ。オレンジ色のもじゃもじゃした髪、青白い顔を醜くしている恐ろしい傷、それが引きつれて端がめくれ上がった上唇、ブルドッグのようなあご、髪の色と奇妙な対照をなす非常に鋭い、黒い目、彼が普通のこじき連中の中で目立っているのは、それらすべてと、それから彼の機知のためだ。というのは、彼は通行人の投げかけるあらゆるからかいに対していつもさっと言葉を返すんだ。これがあのアヘン窟に間借りしていて、僕たちが捜している紳士を最後に見た人間、とわかっている男だ。」

「しかし不具じゃないか!」と私は言った。「壮年の男を相手にしてその男一人で何ができる?」

「不具と言っても片足を引きずって歩くという意味だ。だがほかの点では力もあり、よく発達している男に見える。きっと医学的経験から知ってるだろう、ワトソン、四肢の一つに弱点があると、ほかが異常に強くなって補うことがよくあるのを。」

「どうぞ話を続けてくれ。」

「セントクレア夫人は窓の血を見て卒倒してしまい、警察が馬車で家まで送った。彼女がいても彼らの調査の役には立たないからね。事件を担当したバートン警部はきわめて入念にその建物を調査したが、問題に光明を投じることを何も発見できなかった。一つ犯した誤りは直ちにブーンを逮捕しなかったことで、彼には数分、仲間であるインド人と話をする間があり、それでもこの失敗はすぐに正され、彼は捕まって捜索されたが、彼を有罪にできるものは何も発見できなかった。確かに彼のワイシャツの右袖にいくらか血のしみがあったけれども、彼は爪の近くが傷ついた薬指を示し、そこから出血したと説明し、少し前に窓の所へ行ったので、見つかったしみは間違いなく同じ所から出たものだと付け加えた。彼は懸命にネヴィル・セントクレア氏を見たことはないと否定し、部屋に衣類があったのは警察同様、彼にとっても謎だと主張した。セントクレア夫人が本当に窓の所に夫を見たと断言していることについて彼は、彼女は気が狂っていたか夢を見ていたにちがいないと言い放った。彼は大声で抗議しつつも警察署へ移され、一方、警部は引き潮が何か新たな手がかりが与えないかと期待して建物の上に残った。

で、そうなったものの、彼らが泥の土手に発見したものは、彼らが見つけるのを恐れていたものとはだいぶ違った。潮が引いてあらわになったのは、ネヴィル・セントクレアの上着で、ネヴィル・セントクレアではなかった。そして彼らがポケットに何を発見したと思う?」

「見当もつかないよ。」

「いや、君に当てられるとは思ってないよ。ポケットというポケットにペニーと半ペニーの硬貨が詰め込まれていたのだ―421枚のペニーと270枚の半ペニーだ。潮に押し流されなかったのも不思議ではなかった。だが人間の死体となると話は別だ。船着場と家の間では激しい渦が巻く。重みのついた上着は残り、服をはがれたからだは川に飲み込まれる、ということもまったくありそうに思えた。」

「だが、ほかの服は全部部屋で発見されたんだったね。死体は上着だけを着けていたんだろうか?」

「いや、だがね、もっともらしい説明はつくよ。このブーンという男がネヴィル・セントクレアを窓から突き落とし、その行為を見ていた者はいない、としよう。それから彼はどうするだろう?もちろんすぐに彼の心に証拠となる衣類を処分しなければならないとの考えが浮かんだはずだ。彼は上着をつかみ、それから、外に投げようという時になって、それは沈まずに浮かんでいるだろうと思い至る。時間はわずかだ、彼は夫人が強引に上がってこようとした時の階下の争いを聞いているし、たぶん既にインド人の共謀者から警察が急いで通りを近づいてくると聞いていただろうからね。一刻の猶予もない。彼はこじきで得た収益をためている秘密の収蔵場所へと急ぎ、つかめるだけのコインをすべてポケットに詰め込み、確実に上着を沈める。それを投げ出し、下の殺到する足音が聞こえなかったらほかの衣類も同じようにしていただろうが、ちょうど警察が現れた時窓を閉めるだけの時間しかなかったのだ。」

「確かにもっともらしく聞こえるね。」

「では、ほかに適当なのもないからこれを実際的仮説とみなそう。ブーンは既に話した通り、逮捕され、署に連れていかれたが、これまで彼に不利なことは何も明らかにされていない。彼のこじき稼業は長年知られていたが、暮らしぶりは穏やかで罪のないもののようだった。そういった現状だが、解くべき問題は――ネヴィル・セントクレアはアヘン窟で何をしていたのか、そこにいた時何が起きたのか、今彼はどこにいるのか、ヒュー・ブーンは彼の失踪にどんな関係があるのか――すべて依然、解決には程遠い。実を言うと、一見とても簡単に見えるのにこれほど困難を呈した事件は経験した覚えがないんだ。」

シャーロック・ホームズがこの奇妙な一連の出来事を詳しく語っている間、私たちは大都会の郊外を疾走し、ようやくそのはずれのまとまりなく広がる家々を後にし、両側のいなかの生垣に沿って飛ばしていた。しかし彼が話し終えた時にはちょうど、私たちはまだいくつかの窓に明かりがチラチラ光る、散在する二つの村の間を走っていた。

「リーの郊外にいるんだ」と連れは言った。「僕たちは短いドライブでイングランドの三つの州に触れたわけだ。最初がミドルセックス、サリーを通り過ぎ、最後がケントだ。あそこの木の間に明かりが見えるだろう?あれがスギ屋敷で、あのランプのそばには女の人が座って、心配でもう僕たちの馬のひづめの音を聞きつけているのは疑いないと思うよ。」

「しかしなぜベーカー街にいて事件を処理しないんだい?」と私は尋ねた。

「多くの調査をここでしなければならないからだ。セントクレア夫人はまったく親切にも二部屋自由に使わせてくれるし、僕の友人や同僚なら歓迎してくれるに決まっているから君も安心して休めるよ。彼女と顔を合わせるのがいやでね、ワトソン、夫の消息を持ち合わせないとなると。さあ着いた。どう、それ、どう!」

私たちは庭の中に立つ大きな家の前に止めた。馬丁の少年が馬の正面に走り出、私はホームズに続いて家に至る狭い、曲がりくねった砂利道に飛び降りた。私たちが近づくと、ドアがパッと開き、その開いた所に小柄なブロンドの、襟と手首に小さなふわふわしたピンクのシフォンがついた、軽い絹モスリンのようなものを着た女性が立っていた。彼女の立ち姿の輪郭を背景のあふれる光が描いていた。一方の手はドアに、他方は待ち焦がれて半ば持ち上げ、からだはわずかにかがめ、頭と顔を突き出し、真剣な目つきをして唇は開き、立ったまま質問していた。

「それで?」と彼女は叫んだ。「それで?」それから、私たちが二人であるのを見て希望の叫びを上げたが、それは私の連れが首を振り、肩をすくめるのを見てうめき声に変わった。

「いい知らせはないんですの?」

「一つも。」

「悪い知らせは?」

「ありません。」

「それはよかったわ。でもお入りになって。お疲れでしょう、大変な一日だったのですから。」

「これは友人のワトソン博士です。これまでいくつかの事件で非常に力になってくれていまして、幸運にも連れ出してこの調査を一緒にできることになりました。」

「お会いできて嬉しいですわ」と彼女は、熱心に私の手を握りしめて言った。「何かと行き届かないところもあるでしょうがお許しくださいますわね、何しろこんなふうに突然打撃に見舞われたんですもの。」

「奥さん、」私は言った、「私は老兵ですから、それにそうでないとしてもそんなご心配はまったく無用ですとも。私が何かあなたやこの友人のためにお役に立つなら、本当に嬉しいです。」

「さあ、シャーロック・ホームズさん、」と、テーブルに夜食の用意された明るいダイニングルームに入った時、婦人が言った、「どうしてもあなたに一つ、二つ率直な質問をしたいんですの、どうかあなたも率直にお答えいただけませんかしら。」

「いいですとも、奥様。」

「私の気持ちは気になさらないで。私はヒステリーでもないし、しょっちゅう気絶するわけでもないですから。私はただあなたの本当の、本当のご意見を聞きたいんです。」

「何についてです?」

「心の底ではどうです、ネヴィルは生きているとお思いでしょうか?」

シャーロック・ホームズはこの質問に困ったように見えた。

「さあ、隠し立てなさらずに!」と、彼女は敷物の上に立ち、枝編み細工の椅子の背にもたれた彼を鋭く見下ろして繰り返した。

「では率直に申しますが、奥様、そうは思いません。」

「彼が死んでいるとお思いですの?」

「そうです。」

「殺されたと?」

「そうは申しません。あるいは。」

「それで彼が死んだのは何日でしょう?」

「月曜日です。」

「ではよろしければ、ホームズさん、どうして私が手紙を彼から、今日、受け取ったのか、説明していただけませんか。」

シャーロック・ホームズは電気に打たれたかのように椅子から飛び出した。

「何ですって!」彼は大声で言った。

「ええ、今日です。」彼女は微笑んで立ち、小さな紙片を空中に掲げた。

「見てもいいですか?」

「もちろん。」

彼は待ちきれないように彼女からそれをひったくり、テーブルの上でしわをのばすと、ランプを引き寄せ、一心になって調べた。私は椅子を離れ、彼の肩越しにそれを見つめた。封筒はごく粗末なもので、グレイヴズエンドの消印と、当日の、というより、とうに真夜中を過ぎていたので、前日の日付が押してあった。

「粗野な字だ」とホームズはつぶやいた。「きっとご主人が書いたのではありませんね、奥様。」

「ええ、でも中のものは。」

「それと誰が宛名を書いたにせよ、住所を訊きに行かなければならなかったこともわかります。」

「どうしてそれがわかるんですの?」

「名前のインクはほら、真っ黒ですから、自然に乾いたものです。ほかの部分は灰色がかっていて、吸い取り紙が使われたことを示しています。続けてすらすら書かれたものなら、その場で吸い取って、濃い黒の色合いの所はないはずです。この男は名前を書いたものの、宛先を書く前に間があったわけで、その意味するところはその男が住所をよく知らなかったというほかにありえません。もちろんささいなことですが、ささいなことが何より重要なのです。それでは手紙を見てみましょう。ほう!何か同封されてますね!」

「ええ、指輪が。彼の認印つきの指輪です。」

「そしてご主人の筆跡であるのは確かですね?」

「彼の筆跡の一つです。」

「一つ?」

「大急ぎで書いた時のものです。いつもの彼の字とはまったく違いますが、それでも私はよく知ってますから。」

「最愛の君、怖がらないで。何もかもうまくいくから。とてつもない間違いだが正すには少し時間がかかるかもしれない。辛抱して待っていてくれ。

ネヴィル

本の見返しに鉛筆で書かれている、八つ折版、透かしはなし。フム!今日グレイヴズエンドで親指の汚れた男が投函している。ほう!折り返しを糊付けしたのは、僕のひどい考え違いでなければ、煙草をかんでいる人間です。それで、ご主人の筆跡であることに疑いの余地はないですね、奥様?」

「間違いありません。ネヴィルが書いたものです。」

「そして今日グレイヴズエンドで投函された。そうですね、セントクレアさん、雲は明るくなりましたね、危険が去ったとまでは言いにくいですが。」

「でも彼は生きているにちがいありませんわ、ホームズさん。」

「これが僕たちを間違った手がかりでだまそうという巧妙な偽物でない限りね。何にしても指輪は何の証拠にもなりません。取られたのかもしれません。」

「いいえ、いいえ。これは、これは彼自身が書いたものです。」

「いいでしょう。でも月曜日に書かれて今日になって投函されたかもしれません。」

「それはありえますわね。」

「だとすると、その間に多くのことが起こりえたわけです。」

「ああ、がっかりさせないでください、ホームズさん。私には彼が無事とわかります。私たち二人は強く共鳴していますから、彼に悪いことがあれば私にわかるはずです。私が彼を最後に見たあの日、彼が寝室でちょっとけがをしたんです。私はダイニングルームにいたのに何かあったものと完全に確信してすぐに二階へ駆け上がりました。そんなささいなことに反応する私が彼の死に気づかないとお思いになります?」

「多くのことを見てきた僕は女性の感じる印象のほうが分析的理論家の結論より役立つことがあるのを知っています。それにこの手紙は確かにあなたの考えを裏付ける強い証拠になります。しかしご主人が生きていて手紙を書けるなら、なぜあなたから離れたままでいなければならないのでしょう?」

「見当もつきません。考えられません。」

「ご主人は月曜日に出かける前、何か言いませんでしたか?」

「いいえ。」

「スワンダム・レーンでご主人を見て驚いたでしょうね?」

「大変に。」

「窓は開いていましたか?」

「ええ。」

「その時あなたに声をかけるところだったのでしょうか?」

「そうかもしれません。」

「ご主人はただ、言葉にならない叫び声を上げただけでしたね?」

「ええ。」

「助けを求める叫び、そう思いましたか?」

「ええ。彼は手を振ってました。」

「しかし驚いて叫んだのかもしれませんね。思いがけなくあなたを見てびっくりしたせいで手を振り上げたのでは?」

「ありえます。」

「それからご主人が後ろへ引っ張られたと思ったのですね?」

「それほど突然見えなくなりましたの。」

「後ろへ跳びのいたのかもしれません。部屋の中にほかに誰も見ませんでしたか?」

「ええ、でもあのぞっとするような男があそこにいたと自分で言ってますし、インド人が階段の下にいましたわ。」

「その通りです。ご主人は見たところでは普通に服を着ていましたか?」

「でもカラーとネクタイはなしでした。むき出しののどがはっきりと見えましたから。」

「ご主人が前にスワンダム・レーンのことを話したことは?」

「一度も。」

「アヘンをやっているような様子を見せたことは?」

「一度も。」

「ありがとう、セントクレアさん。完全にはっきりさせたかった主要な点はそれだけです。それでは軽く夜食を取って下がるとしましょう。明日は非常に忙しくなるかもしれませんから。」

大きく、快適な二人用寝室を自由に使えたので、夜の冒険で疲れていた私はすぐにベッドに入った。しかし、シャーロック・ホームズという男は未解決の問題が念頭にある時、何日も、いや一週間でも、休むことなく、説明を見つけるかデータが不十分であると納得するまで、あれこれ思い巡らし、事実を再整理し、あらゆる観点から考察したものだった。彼がその時徹夜の準備をしていることはすぐにはっきりとわかった。彼は上着とチョッキを脱ぎ、大きな青い部屋着を着け、それから部屋を歩き回ってベッドから枕、ソファや肘掛け椅子からクッションを集めていた。これらを使って彼は東洋風のソファのようなものを組み立て、そこに足を組んで座り、刻み煙草一オンスとマッチの箱を目の前に並べた。薄暗いランプの明かりの中に見える彼は、使い古したブライアーパイプを口にくわえ、目は天井の隅をぼんやりと見据え、渦巻く紫煙を立ち昇らせ、静かに、じっと動かずにそこに座り、その力強い鷲のような顔に明かりが当たって光っていた。私が眠りに落ちた時にも彼はそうして座り、突然の叫び声に私が目を覚まし、室内に夏の日が輝いているのに気がついた時にも彼はそうして座っていた。パイプは相変わらず口にくわえられ、煙は相変わらず渦巻いて立ち昇り、部屋中もうもうと煙草のもやが立ちこめ、前夜に私が見た刻み煙草の山はまったく残っていなかった。

「目が覚めたかい、ワトソン?」と彼は尋ねた。

「うん。」

「朝のドライブに行ってくれるかい?」

「いいとも。」

「では服を着たまえ。まだ誰も起きだしていないが、馬丁が寝ている場所は知っているからすぐにトラップ馬車は出せるだろう。」そう言いながら彼は一人でくすくす笑い、目を輝かせ、前夜の陰気な思索家とは別人のようだった。

服を着ながら私は時計を見やった。誰も起きていないのも不思議ではなかった。四時二十五分だった。私が着替えを終えた時には少年が馬をつけているという知らせを持ってホームズが戻った。

「ちょっとした仮説を試してみたいんだ」と、彼は靴をはきながら言った。「ねえワトソン、君は今ヨーロッパ一の大ばか者の前に立ってるんだよ。僕はここからチャリング・クロスまで蹴飛ばされても文句は言えないな。だが今や事件の鍵を握ったと思うんだ。」

「で、それはどこにあるんだ?」私は微笑みながら尋ねた。

「バスルームにさ」と彼は答えた。「ああ、そうなんだよ、ジョークを言ってるんじゃないんだ」と、私の不審の顔つきを見て彼は続けた。「今バスルームに行って、それを持ち出して、旅行バッグに入れたところだ。さあ、君、そいつが錠に合わないものか、見てみようじゃないか。」

私たちはできるだけ静かに階下へ下り、明るい朝の陽光の中へ出た。道には私たちの馬と馬車があり、着替えかけの馬丁の少年が口取りして待っていた。私たち二人、飛び乗ってロンドン街道を突進していった。数台の首都へ野菜を運ぶいなかの荷馬車が動いていたが、両側に並ぶ住宅は、夢の中のどこかの町のように静かで生気がなかった。

「いくつかの点でまれにみる事件だったね」とホームズは馬に鞭を当てて疾走させながら言った。「白状すると僕にはまったく見えていなかったが、何も学ばないよりは後で学ぶほうがましだからね。」

ロンドンではちょうど早起きの人々が窓から外を眠そうに眺め始める頃、私たちはサリー側の道々を走らせていった。私たちはウォータールー・ブリッジ街道を通り過ぎ、川を越え、ウェリントン街を駆け、急に右に向きを変えたところはボウ街だった。シャーロック・ホームズは警察によく知られており、玄関で二人の巡査が彼に敬礼した。その一人が馬のくつわを取り、もう一人が私たちを中へ案内した。

「当番は誰かな?」とホームズは尋ねた。

「ブラッドストリート警部です。」

「ああ、ブラッドストリート、どうだい?」ハンチングと飾りボタンのついたジャケット姿の、長身の太った警官が石を敷いた廊下を近づいてきた。「君と内密に話したいのだがね、ブラッドストリート。」

「いいですとも、ホームズさん。こちらの私の部屋へどうぞ。」

それは小さな事務室のような部屋で、テーブルの上に巨大な台帳があり、壁から電話が突き出ていた。警部は机の前に座った。

「どんなご用件ですか、ホームズさん?」

「僕はあのこじきのブーンのことで来たんだ――リーのネヴィル・セントクレア氏の失踪にかかわったとして告発されている男だ。」

「ええ。あれなら連れてこられて、さらに取り調べるために再拘留しました。」

「そう聞いてるよ。ここにいるんだね?」

「独房に。」

「おとなしくしてるのかな?」

「ああ、まったく手数はかかりません。だが汚いやつです!」

「汚い?」

「ええ、手を洗わせるのがせいぜいで、顔は路上暮らしのように真っ黒ですから。ま、事件が解決したら、正規の刑務所で風呂に入るでしょうよ。あなたもあれを見たら、それが必要だと同意してもらえますよ。」

「ぜひ会いたいんだがね。」

「あなたが?簡単なことです。こちらへどうぞ。バッグは置いていけばいい。」

「いや、持っていこうと思うんだ。」

「結構です。こちらへどうぞ、よかったら。」

彼は通路を案内し、かんぬきのかかったドアをあけ、曲がりくねった階段を下り、両側にドアの並んだ、しっくいを塗った廊下へ私たちを連れて行った。

「右側の三番目にいますよ」と警部は言った。「ここです!」彼はドアの上部にあるパネルをさっと引き、中を見やった。

「寝てます」と彼は言った。「やつがよく見えますよ。」

私たち二人は目を鉄格子につけた。囚人は私たちのほうへ顔を向け、ぐっすり眠り込み、ゆっくりと、重苦しい息をしていた。彼は中肉中背で、職業にふさわしく粗末な服を着け、ぼろぼろの上着の裂け目から色つきのシャツがはみ出ていた。彼は、警部の言っていたように、きわめて汚いが、顔を覆う汚れも、そのぞっとするような醜さを隠すことはできなかった。古い傷跡の幅広いみみずばれがその顔を目からのどにかけて横切り、その引きつれによって上唇の片方の端がめくれ上がっているので、絶えず三本の歯をむいてうなっているようだった。もじゃもじゃの明るい赤毛が目や額の上に伸びていた。

「美男子でしょう?」と警部は言った。

「確かに洗う必要がある」とホームズが言った。「そうかもしれないと思ってね、失礼だが道具を持ってきたんだ。」彼は話しながらグラッドストーンバッグを開き、驚いたことに非常に大きな風呂用のスポンジを取り出した。

「ヘ!ヘ!おかしな人だなあ」と警部はくすくす笑った。

「さて、大変お手数だが、ドアをそおっとあけてもらえれば、すぐに彼にもっと見苦しくない姿になってもらえると思うんだがね。」

「いや、そりゃ結構ですな」と警部は言った。「これではボウ街の独房の誉れには見えないですよね?」彼は錠に鍵をするりと入れ、私たち皆、非常に静かに独房に入った。眠っている人は半回転し、それからもう一度深い眠りに落ち込んだ。ホームズは水差しにかがみ、スポンジをぬらし、それからそれで囚人の顔を力強く二度、縦横にこすった。

「ご紹介します、」彼は叫んだ、「ケント州、リー在住のネヴィル・セントクレア氏です。」

生涯見たことのない光景だった。男の顔はスポンジによって木の皮のようにはがれ落ちた。下品な茶の色合いが消えた!顔を横切る傷跡も、ぞっとする冷笑に見えるねじれた唇も消えた!ぐいと引くともつれた赤い髪も取れ、ベッドに起き上がったのは黒い髪、つるつるの肌の、青白い、悲しそうな顔の上品そうな男で、眠気と当惑に目をこすったりまわりをきょろきょろ見たりしていた。それから突然、露見したことを悟り、ワッと叫び、身を投げ出し、枕に顔を埋めた。

「なんてことだ!」警部が叫んだ、「ほんとに行方不明の男だ。写真で知ってるんです。」

囚人はやけになって運命に身を任せるといった様子で振り向いた。「それでいいとしましょう」と彼は言った。「それなら言ってください、私は何の罪で告発されるんですか?」

「ネヴィル・セントクレア氏を亡き者に――おお、やあ、罪には問えないなあ、自殺未遂事件とでもしなければ」と警部は言ってニヤリと笑った。「やれやれ、二十七年警察にいるが、こんなことはほんとに聞いたことがない。」

「私がネヴィル・セントクレア氏だとすると、明らかに何の犯罪も行われていません、従って、私は不法に拘留されているのです。」

「犯罪はない、しかし非常に大きな間違いが犯されています」とホームズが言った。「奥さんに打ち明けたほうがよかったでしょうに。」

「妻はいいんです。子供たちですよ」と囚人はうめいた。「何としても父親を恥じるようなことにしたくなかったのに。ああ!ばれてしまうとは!どうしたらいいんでしょう?」

シャーロック・ホームズは寝椅子の彼のそばに腰を下ろし、優しく彼の肩をたたいた。

「もし君が事を明らかにするために法廷に託せば、」彼は言った、「当然世間に知られずにはすまない。一方君が、君に対してはいかなる訴訟事実もないと警察当局を納得させれば、細かいことまで新聞種になるべき理由はないと思います。ブラッドストリート警部はきっと君の話をすべて記録し、しかるべき筋に提出するはずです。それで事件が法廷に持ち込まれることは決してないでしょう。」

「ありがとうございます!」囚人は熱を込めて叫んだ。「私はこの惨めな秘密を一家の汚点として子供たちに残すぐらいなら、懲役だって、ええ、死刑だって耐え忍んだでしょう。

私の身の上話を聞くのはあなた方が初めてです。私の父はチェスターフィールドで教員をしていましたが、そこで私は優れた教育を受けました。私は若い頃は旅をし、俳優になり、最後にロンドンの夕刊紙の記者になりました。ある日編集者が首都のこじきについての連載記事を求め、私がその役を買って出ました。それが私の冒険すべての出発点となりました。しろうととしてこじきをやってみるしか記事の基になる事実を得られません。俳優だった時、もちろん私は扮装の秘訣を学びましたし、私の腕前は楽屋で有名でした。私はここで芸を役立てたのです。私は顔を塗り、できるだけ哀れっぽく見せるためにうまく傷跡を作り、唇の端をねじり、肌色のしっくいを少し使って固定しました。それから赤い髪の毛とふさわしい服を着け、表面上はマッチ売りですが、実際はこじきとして、シティーのオフィス街の持ち場としました。七時間私は商売に精を出し、夕方家へ帰って見てみると、驚いたことに26シリング4ペンスももらっていたのです。

私は記事を書き、そんなことはもう考えもしなかったのですが、しばらくして友人の手形の裏書をして、25ポンド払えという令状が送達されてきました。私はどこで金を工面したものか困り果てましたが、突然ある考えが浮かんだのです。私は債権者に二週間の猶予を願い、雇い主に休暇を求め、変装してシティーでこじきをして過ごしました。私は十日でその金を得て借金を払ってしまいました。

さて、顔にちょっと絵の具を塗りつけて、地面に帽子を置いて、じっと座っていれば一日で二ポンド稼げるとわかっているのに、週二ポンドで楽じゃない仕事に着いているのがどれほどつらいかおわかりでしょう。長いこと自尊心と金を戦わせましたが、とうとうドルが勝ちを占め、私は記事を書くのをやめ、毎日毎日最初に選んだ隅に座り、ぞっとするような顔で哀れを誘い、ポケットを銅貨でいっぱいにしたのです。一人だけ私の秘密を知っていました。私が宿にしていたスワンダム・レーンの粗末な隠れ家の持ち主で、私はそこから毎朝汚いこじきとして現れ、夕方には都会的な身なりのよい人間に変身しました。あのインド人の男には部屋代をたっぷり払いましたから、秘密を握られていても安全だとわかっていました。

さて、あっという間に私はかなりの金額を蓄えていたのです。ロンドンの街に出たこじきが誰でも年700ポンド稼げる――それでも私の平均収入より少ないのです――とは言いませんが、私には特別な強みとして扮装する能力がある上、当意即妙の応酬をする才もあり、これが実践によって上達し、おかげでシティーでもかなり名の知れた人物になりました。一日中流れるようにペニーが、時には銀貨も含め、注ぎ込まれ、二ポンド得られないのはよほどついていない日でした。

金持ちになるにつれて野心も出てきて私はいなかに家を買い、ついには結婚し、真の職業については誰にも疑われませんでした。妻は私がシティーで仕事をしていることは知っていました。それが何かは知らなかったのです。

この間の月曜日、私が一日を終えてアヘン窟の上の自分の部屋で着替えをしている時です、窓から外を見てぞっとし、びっくりしました。妻が通りに立ってまともに私を見据えていたのです。私は驚いて叫び、顔を隠そうとして両腕を上げ、急いで腹心のインド人を捕まえ、誰も私の所へ上がってこないようにしてくれと頼みました。階下に妻の声が聞こえましたが、上がってこられないのはわかっていました。すぐに私は服を脱ぎ、こじきの服を着け、顔料とかつらをつけました。妻の目にも見抜けないほど完璧な変装です。しかしその時、部屋を捜索されるかもしれない、服で秘密がばれるかもしれないと思い至りました。私はさっと窓をあけましたが、その乱暴により朝寝室で自分で負った小さな傷が再び口をあけました。それから私が、上がりを入れて運ぶ革のバッグから移したばかりの銅貨で重くなった上着をつかんで窓から放り投げると、それはテームズの中へ消えました。ほかの服も同様にするつもりでしたが、その時巡査たちが階段を上がって殺到し、数分後に私は、白状するとむしろほっとしたのですが、ネヴィル・セントクレア氏と見分けられることなく、その殺人犯として逮捕されたのです。

ほかに説明すべきことはないと思います。私はできるだけ長く変装を続けよう、従って好んで汚れた顔でいようと決意しました。妻が恐ろしく心配しているだろうと思い、巡査が見張っていない時に、そっと指輪をはずし、恐れることは何もないと彼女に伝える急いで殴り書きした手紙と一緒にインド人に託しました。」

「その手紙はやっときのう奥さんに届いたのです」とホームズが言った。

「まさか!一週間ひどい思いをしたろう!」

「あのインド人は警察が見張っていましたし、」ブラッドストリート警部が言った、「まったく、手紙一通投函するのも難しかったろうと察しがつきますよ。おそらく客の船員か何かにそれを手渡したところが、そいつが何日もそれをすっかり忘れていたんでしょう。」

「そうだな」とホームズは賛成してうなずきながら言った。「それに間違いない。しかし君はこじきで起訴されたことはないんですか?」

「何度も。しかし私にとって罰金なんか何でもありません。」

「しかしこれでやめなければ」とブラッドストリートが言った。「警察がこの事をもみ消すとなれば、もはやヒュー・ブーンもいてはならない。」

「私はこれ以上はない厳粛な誓いを立てたところです。」

「もしそうなら、たぶんこれ以上、手段が取られることはないでしょう。しかしもしあなたがまた見つかったら、その時はすべてが明るみに出ることになります。本当に、ホームズさん、事件を解決していただいて、私たちは大いに感謝します。どうやって結果に到達したのか知りたいものですね。」

「これにはね、」友は言った、「枕五つの上に座り、刻み煙草一オンスを費やして到達したんだ。どうだろう、ワトソン、ベーカー街へ走らせればちょうど朝食に間に合うんじゃないかな。」


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