閉ざされたドア イーディス・ウォートン

第七章


気がつくと、グラニスはすばらしい場所にいた。同情に満ちた多くの顔が自分に向けられていて、自分の話を聞かせるのはここしかない、という思いはかつてないほど強くなってくる。

最初、自分が殺人で逮捕されたわけではないとわかったときには少なからぬショックを受けたが、駆けつけたアスカムが、彼には休息が必要なんです、それから自分の声明を「再検討する」ための時間も、と説明してくれた。話を繰り返していると、ちょっとした混乱と矛盾が生じてくる。そのため、グラニスは広くて静かな建物、空き地もあって、周囲には木も植えてある場所に移ることを喜んで同意した。そこには自分のように知的な話し相手がたくさんいて、同じように自分の事件に対する声明を用意したり、書き直したりしている者もおれば、グラニスが読み上げるのを、興味を持って聞く用意がある人々もいる。

しばらくの間、グラニスも満足して、ここでの毎日の流れにゆったりと身を任せていた。熱心に話を聞いてくれる人々は励みになったし、なかには非常に聡明で役に立つ助言をしてくれる人もいたが、徐々に、あのおなじみの猜疑心が頭をもたげて来た。もし聞き手が誠実でもなく、自分で言うほど力も持っていなかったら。延々と続けてきた話し合いもなんにもならず、この長い休養のおかげで、意識はどんどんはっきりしていき、何もしないでいることはますます耐えがたいものになっている。

ある一定の期間が過ぎて、ようやく外の世界からの訪問者が、グラニスの隠遁所を訪れることが認められることになった。そこで自分の犯行を、長文かつ論理的構成を持った文書にして、人目を忍んで、希望の使者の手に滑り込ませることにしたのだった。

この仕事を実行するために、グラニスは改めて忍耐を強いられたが、いまや訪問日を待つためにのみ生きていた。風に押し流される雲間から見えたり消えたりする星を探すように、目の前を過ぎてゆく訪問者の顔を確かめる。

ほとんどが見知らぬ人ばかりで、自分の友人に較べて知的な感じがしない。けれどもそうした人々が、外界と自分を結ぶ最後の手段、紙の小舟を不思議な潮の流れに乗せて、人生という外洋へと押し出すように、自分の「声明」を浮かべる秘密の水路なのだ。

ある日、グラニスの注意を引くものがあった。見慣れた輪郭、明るい飛び出した目と、剃り残しの目立つあご。飛び出して、ピーター・マッカランの行く手を遮る。

マッカランはいぶかしげにグラニスを見たあと、握手の手を差し出しながら、驚かされたのをとがめるように言った。

「なんでまた……」

「私がわからないのか? そんなに私は変わったかね?」相手の驚きが伝わって、グラニスもためらった。

「とんでもない。ただずいぶん穏やかになった……楽になったような感じがしますよ」と笑顔になる。

手がぶるぶる震えて、ポケットから折り畳んだ紙を取り出すのもむずかしいほどだった。そうしているうち、マッカランには背の高い連れがいて、深い、同情心にあふれた目をしていることに気がついた。これこそは自分が待ち望む人物だ、という確信で、胸の鼓動が速くなる……。

「差し支えなければ……マッカラン氏のご友人ですね?……これを見てください……もしお時間があれば、事件について若干まとめたものなのです」声もその手と同様に、激しく震えていた。もしこのチャンスを逃せば、自分の望みは永久に絶たれてしまう。マッカランと連れは顔を見合わせ、それからマッカランは腕時計を見た。 「もうしわけないんですが、いまここで話しているわけにはいかないんですよ、グラニスさん。友人には約束があるし、時間がないんです……」

グラニスは紙を差し出している手を引っ込めない。「もうしわけないが……きちんと説明できているはずなんです。どうかお受け取りください」

連れは優しくグラニスを見た。「わかりました……お預かりしましょう」受け取ると手を離した。「では、ごきげんよう」

「ごきげんよう」グラニスも繰り返した。

二人が長く明るい廊下を遠ざかっていくのをじっと見送っているうちに、ほおを涙が伝った。だがその姿が見えなくなると、グラニスはくるりと向きを変え、自室に向かって足取りもせわしなく歩き出す。ふたたび希望が芽生え、すでに新しい声明の構想が練られつつあった。

建物の外では、二人の男が立ったままでいた。マッカランの連れは、鉄格子のはまった、どこまでも単調につづく窓の列を、物珍しげに見上げた。

「で、あれがグラニス?」

「そうだよ――グラニスだ。かわいそうなやつ」

「まったく奇妙な事件だな。こんなことは前代未聞だろう。まだ自分がやったと信じているのかい?」

「もちろんだよ」

連れは考えこみながら言った。「それを裏付ける証拠もないんだろう? だれもどこから手をつけていいのかさえわからなかったんだろう? 穏やかで昔気質の人間のようだが――そんな思いこみをどこで拾ってきたんだろう。何かひとつでも証拠が見つかったのか?」

マッカランはポケットに手を突っ込んで立ったまま、頭を上げて鉄格子の窓をじっと見つめていた。それから明るい目に厳しい色を浮かべて、連れの方に向き直った。

「それがこの話の奇妙なところなのさ。いままで誰にも言ったことはないが……ぼくは証拠を握ってるんだ」

「なんだって? そりゃすごい。何だ?」

マッカランは赤い唇をすぼめて口笛を吹いた。「ま……思いこみじゃなかったってことだよ」

そのことばに連れはひどく驚いた――マッカランに向き直って、薄い色の目を大きく見開いてじっと見つめる。

「確かにやつはじいさんを殺したのさ。ひょんなことからほんとうのことがわかったんだ、ほとんど手を引きかけたときに」

「ほんとうに殺したのか――自分の親戚を」

「間違いない。ただ密告なんてしないでくれよ。こんな奇妙な事件にはお目にかかったことがない……。で、どうにかしたのかって? いや、だけど、どうしろって言うんだよ。気の毒なおじさんを縛り首にするなんてこと、できるわけないだろ。まったく。だけど、まぁやっこさんが収容されていて良かったよ。とにかくあそこにいりゃ、安全なんだからな」

連れの長身の男は、手の中でグラニスの声明を握りしめたまま、深刻な顔つきでその話を聞いていた。

「だったら――これはそっちで収めておいてくれ。気分が悪くなる」ぶっきらぼうにそう言うと、マッカランに紙を押しつけた。ふたりの男は向きを変えると、無言で門を出た。


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