鰐 フョードル・ドストエフスキー

第三章


そして、それでもやはり、それは夢ではなく、本当の、疑う余地のない現実だった。そうでなかったら、こうしてお話ししていたろうか!しかし続けよう。

私がショッピングセンターに着いたのはもう遅く、九時頃であり、その日はドイツ人がいつもより早く店を閉めたので、私は裏口から鰐の部屋に入らなければならなかった。彼は、油染みた古いフロックコート姿にくつろぎ、ぶらぶら歩いていたが、朝と比べると三倍も満足気だった。もう何の心配もないこと、『見物たくさん来たです』となったことは明らかだった。かあさんは後から、明らかに私を見張るために現れた。ドイツ人とかあさんはしきりにひそひそ話し合っていた。店は既に閉まっていたのに、やはり彼は四分の一ルーブリ私から取った。こんなきちょうめんさは無用だ!

「あなたも毎回払うです。皆さん一ルーブリ払うですが、あなたたったの四分の一。あなたあなたの親友の親友ですし、私友人尊敬するですから・・・」

「生きているかい、生きているかい、教養豊かな友よ!」私は、鰐に近づきながら、遠くから私の言葉がイワン・マトヴェーイチに届き、彼の自尊心をくすぐることを期待して、大声で叫んだ。

「生きているし元気だ」と彼は答えたが、彼のすぐ横に立っているのに、遠くから、というかベッドの下からのように聞こえた。「生きているし元気だが、そのことは後で・・・どうなってる?」

わざと質問が聞こえなかったふりをして、私は興味もあるのでせかせかと自分から質問をしかけた。具合はどうか、鰐の中でどんなふうにしているのか、そもそも鰐の内部はどうなってるんだ?これは友情と通常の礼儀の要求するところである。しかし彼は気難しそうに苛立ちを表しさえぎった。

「どうなってる?」と彼は叫んだが、例によって命令口調の尖った声が、この時は特別不快に響いた。

私はチモフェイ・セミョーヌイチとの会話の一部始終を細大漏らさず彼に伝えたが、気を悪くしたということを声音に表すようにしながら話した。

「老人が正しい」イワン・マトヴェーイチは普段私と話をする時と同様に、ぶっきらぼうに決め付けた。「現実的な人間は好ましいし、優柔不断な追従屋は我慢できない。しかしまあ、そうだな、君の出張という思いつきはまんざらばかげてもいないかな。実際、科学的、及び精神的観点から、いろいろと報告できるんだ。だが今や事件全体が新たな、思いがけない様相を帯びてきたので、給料のことなんかであくせくするのは意味もない。よく注意して聞きたまえ。君、座っているのかい?」

「いや、立っているよ」

「床でもなんでも、どこかに座って、よく注意して聞いてくれ」

私はかっとして椅子を取り、怒りにまかせて床にドンと置いた。

「聞きたまえ」彼は偉そうに話を始めた。「今日はまったく大変な数の見物人が来た。夕方には中に入りきれなくて、整理するために警察が出たくらいだ。八時には、つまりいつもより早く、亭主は店を閉めて展示を終えなければならなかった。集まった金を数えなきゃならんし、明日の準備の都合もあるからだ。明日は縁日のようになるにちがいない。そういうわけで、首都の文化人たち、上流社会の貴婦人たち、外交官たち、法律家たちといったところがとやって来るものと思わねばなるまい。それだけじゃない。この広大な、物見高い帝国のあちこちからも人が来るようになる。その結果、僕は万人注目の的となり、姿は見えなくても、皆が言うことを聞く。遊んでいる群衆相手に講演を始めるんだ。経験に学び、偉大な、運命に対する忍従の模範となるのだ!言わば自ら説教壇となり、そこから人類に教えを垂れるのだ。自然科学ひとつをとってもいまや住処となったこの怪物に関して貴重な情報を報告できる。だから、この出来事に不平を言うどころか、最も輝かしいキャリアになると強く期待しているんだ」

「退屈しないだろうか?」私は毒のある意見を言った。

何より腹が立つのは、彼が《僕》という代名詞を使うのをほとんどやめてしまったことだ。いい気になっているのだ。それでも、こういうことは私を当惑させるばかりだった。『まったくどうしてまた、この軽薄な男はいばりくさってるんだ?』私は歯をぎりぎり言わせながら小さな声でひとり言を言った。『いばりくさっている場合じゃない、泣くところだろうに』

「いや!」彼は私の意見に鋭く答えた。「だって、偉大な思想があふれているところへ、やっと今、人類の運命を改善することを夢想する余裕ができたのだ。この鰐から今、真理と光が生まれ出るのだ。間違いなく新しい経済用語による新しい独自の理論を創案し、それを誇りとするだろう――今まで仕事や付き合いでするくだらない娯楽に時間を取られてできなかったことだ。あらゆることの誤りを正し、新たフーリエになってやる。ところで、チモフェイ・セミョーヌイチに七ルーブリやったかい?」

「自腹を切ってね」私は自腹を切って返したことを声に表すように努めて答えた。

「清算しよう」彼は横柄に答えた。「間違いなく給料は上がると思うよ、だって僕のを上げずして誰のが上がる?今や僕がもたらす利益は無限だ。ところで彼女はどうしてる?」

「君はきっと、エレナ・イワノヴナのことを訊いてるんだろうね?」

「彼女は?!」彼はもう一度、金切り声で叫んだ。

どうにもしようがない!おとなしく、とはいえまたもや歯ぎしりをしながら、私は残してきたエレナ・イワノヴナの様子を話した。彼は最後まで聞こうともしなかった。

「彼女についても特に考えがあるんだ」彼はせかせかと話し始めた。「こちらで有名になるだろう、そうしたら彼女にもあちらで有名になってもらうのだ。科学者、詩人、哲学者、鉱物学者、政治家が、僕との朝の討論を終えてから、夕べには彼女のサロンを訪れることになる。来週から彼女の所で、毎晩、サロンを開かなくてはならない。給料も倍になって、もてなしをする金もできるだろうし、もてなしと言ってもお茶と、召使を雇う程度に限定することになるから――それで解決だ。あちこちで僕のことを話すようになる。みんなが僕のことを話すようになる機会をずっと待ち焦がれていたんだが、重要な役目、ふさわしい地位を与えられないがために思うようにならず、果たせなかったのだ。ところが今、それがすべて、何のことはない鰐のひと飲みで達成されたんだ。僕のひとことひとことが傾聴され、警句のひとつひとつが考え抜かれ、みんなに知られ、印刷されるのだ。そして僕は自らを知らしめてやる!最後にはわかるだろうよ、どれほどの才能を鰐のはらわたの中に葬ろうとしていたか。『この人なら外務大臣になり、王国を統治することもできた』とある者は言う。『そしてその人が海外の王国を統治することはなかった』と別の人たちは言う。いったいどこが、え、僕のどこが、ガルニエ=パジェスとか何とかに劣るんだ?・・・妻にも一致協力してもらわなければならない。僕には知性があり、彼女には美貌と魅力がある。『彼女は美しい、だから彼の妻なのだ』とある人は言う。『彼女は美しい、それは彼の妻だからだ』と別の人たちが正す。念のため、明日エレナ・イワノヴナに、アンドレイ・クラエフスキーの編集した百科事典を買わせるんだ。どんな話題にも対応できるようにね。何よりまず、『ペテルブルグニュース』の社説を読ませて、それを毎日『声』と対照させること。亭主も時々は、輝かしい妻のサロンに僕を鰐と一緒に連れていくことを承知してくれると思うんだ。すばらしい客間の中央に据えた水槽の中に僕は横になり、朝のうちから選んでおいた名言を放つ。政治家には僕の政策を伝える。詩人とは韻を踏んで話をしよう。貴婦人たちを楽しませ、精神的に愛される。なにしろ夫たちにとってまったく安全だからね。残りのすべての連中には、運命と神の意志に対する服従の模範として役立つだろう。彼女はすばらしい女性文学者に仕立てるのだ。僕は彼女を強力に売り込んで、彼女を大衆に理解させる。僕の妻として彼女はこの上ない美徳にあふれていなくてはならない。アンドレイ・アレクサンドロヴィチを我がロシアのアルフレッド・ド・ミュッセと呼ぶことが当を得ているなら、彼女をロシアのユージェニー・ツールと呼ぶのはなおさら正しいことになる」

実を言うと、こうしたたわごとはすべて、どちらかといえばイワン・マトヴェーイチのいつもの流儀でもあるのだが、それでもやはり彼は今、熱のせいでうわごとを言っているのではないかと私は思った。日常、普段のイワン・マトヴェーイチと同じではあるのだが、拡大鏡で見たように二十倍に増幅されているのだ。

「ねえ君」私は彼に尋ねた。「長く生きられると思っているのか?そもそも教えて欲しいんだが、元気なのかい?どうやって食べ、どうやって寝て、どうやって呼吸するんだ?友達じゃないか、こんな不思議な出来事だし、そりゃあ僕が好奇心を持つのも当然のことだろう」

「無益な好奇心以外の何物でもない」彼は説教をするように答えた。「だが満足させてやるよ。怪物の内臓の中にどう適応したかって訊くんだね?まず第一に、鰐はね、驚いたことに、完全に空っぽだった。内部は弾力性のあるものでできた巨大な空袋のようなもので、ゴロホヴォヤ街とか、モルスカヤ街とか、確かヴォズネセンスキー通りにもあるじゃないか、あのゴム製品みたいなものだよ。そうでなけりゃ、考えてもみろよ、どうして中にいられるものか?」

「本当かい?」私は驚きもあらわに叫んだ。「まさか鰐が完全に空っぽだなんて!」

「完全にだ」イワン・マトヴェーイチは厳然と、力強く断言した。「そしておそらく、自然法則でそのようにできているんだ。鰐には鋭い歯を備えたあごがあり、そしてあごに加えて、かなりの長さの尾、それで全部だ、本当の話。この両端の間の中央部分は、何かゴムの類のもので囲まれた何もない空間だ、たぶん本当にただのゴムだよ」

「でも肋骨は、胃は、腸は、肝臓は、心臓は?」私は腹まで立ってきたのでさえぎった。

「いや無いよ、そんなものはまったくないし、おそらく最初から無かったんだろう。それはすべて軽薄な旅人の無意味な空想だ。空気枕を膨らませるように、僕は今、自分の身体で鰐を膨らませている。信じられないほど広がるんだ。いや本当に、君ねえ、家族同様の友人としてだね、広い心があるなら、僕の隣に入ったらいい、君と一緒でもスペースは取れるよ。いざとなったらエレナ・イワノヴナを寄こしてもらおうとさえ思っってるんだ。しかし、鰐の空っぽ同然の構造は、自然科学とまったく一致する。だって、たとえばだよ、新しく鰐を作ることになったとしよう。すると当然、疑問が生じる。鰐の基本的な特質とは何か?答えは明らかだ。人間を飲み込むこと。鰐がどのような構造であれば人を飲み込むことができるか?答えはますます明らかだ。空洞を作ること。自然が真空を嫌うということは既にずいぶん前から物理学の定説となっている。これも同じで、真空を嫌うがゆえに、常に手近にあるものを何でも飲み込んで満たす、そのために、鰐の内部は空洞でなければならないのだ。そしてそれこそが、鰐というものが我々を飲み込む、ただひとつの論理的理由だ。人間の構造はそうではない。たとえば、人間の頭は空っぽになればなるほど、それを満たそうという渇望を感じなくなるが、これは一般則の唯一の例外だ。今やこうしたことすべてが僕にとって白日のごとく明らかであり、これをすべて、僕は僕自身の頭脳と経験から、いわば、自然のはらわたの中で、そのレトルトの中で、その鼓動を聞きながら理解したのだ。語源学さえも僕と一致する。なぜなら鰐という言葉そのものが大食を意味する。鰐、Crocodillo、はおそらく古代エジプトのファラオの頃からあるイタリア語であることは明らかであり、また明らかにフランス語のcroquerに由来する。その意味は、食べる、がつがつ食う、一般に食物を取ることだ。こうしたことすべてをエレナ・イワノヴナのサロンに集まった人々に対する最初の講義とするつもりなんだ。そこへ水槽ごと連れて行ってもらった時にね。」

「ねえ君、せめて下剤ぐらい飲むべきじゃないかね?」私は思わず叫んだ。『熱があるんだ、熱が、熱病だ!』私は心配のあまり、心のうちで繰り返していた。

「ばかな!」彼は人をばかにするように答えた。「その上、こんな状態ではそりゃまったく不都合だ。もっともね、君が下剤のことを言い出すのはだいたい察しがついてたよ。」

「ねえ君、どうやって・・・じゃあどうやってそれでものを食べるんだ?今日は食事したかい、え?」

「いや、だが腹はすいていないし、きっとこれからはもう二度とものは食べないだろう。そしてそれがまたきわめて自然なのだ。つまり、鰐の内部全体を僕の体で満たしていることで、僕は永久に彼を満腹させているわけだ。今後数年は彼にえさをやる必要はない。一方、僕によって満腹している彼は、生命の維持に必要な滋養液のすべてを自分の体から、自然に僕に分け与えてくれる。これはね、ある種のいい女が夜の間、全身を生肉で覆っていて、それから朝起きて風呂に入ると、ピチピチで、弾力があって、みずみずしくて、うっとりするような女になる、それと同じだ。そうやって自分で鰐に栄養を与え、僕も、お返しに鰐から栄養を得る。結果として我々は相互に栄養を与え合っているんだ。しかし鰐にとっても、僕みたいな、人間のようなものを消化するのは難しいから、それはもうもちろん、そのために胃が少し重いと感じているにちがいない―とはいえ胃はないんだが―というわけだから、怪物によけいな苦痛を与えないために、僕はめったに左右には動かない。動けるにしても、人道的理由でそうしないのだ。これが現在の僕の状況ではただひとつの不満だが、そういう意味でチモフェイ・セミョーヌイチが、僕がごろごろしていると言ったのは、文字通りではなく比喩ということになる。しかし僕はごろごろしていても、いやそれどころか、ただごろごろしているだけで、人類の運命をひっくり返せることを証明するよ。新聞や雑誌の偉大な思想や潮流はすべて、明らかに、ごろごろ怠けているところから生まれている。それゆえそういうものは机上の空論と言われるが、かまうものか、言わしておけ!僕はここで社会のシステム全体を考案するのだ。君には信じられんだろうが、実にたやすいことなんだ!どこかできるだけ隅に閉じこもるか、あるいは鰐の中に入ってもいいが、そうして目をつぶるだけで、たちまち全人類のための楽園創出を思いつくのだ。さっき君が帰ってからすぐに僕は創案に取り掛かり、すでに三つのシステムを案出し、今四つめを創っている。なるほど、初めにあらゆることの誤りを正さなければならないが、鰐からなら誤りを正すなど実にたやすいことだ。その上、鰐からだと、すべてが明白になってくるようだし・・・もっとも、この状態にも、小さなものとはいえ、いくつか不満もある。鰐の内部はちょっとじめじめしていて粘液のようなもので覆われているんだ。その上、ゴムというか、ちょうど僕の古いオーバーシューズのようなにおいがちょっとする。それだけだ、他に不満はない。」

「イワン・マトヴェーイチ」私はさえぎった、「こんなことはみんな奇跡で、僕にはとても信じられない。それにほんとに、一生食事をしないつもりなのか?」

「ああ、何てつまらんことを心配してるんだ君は、のんきで、空っぽだなあ、頭が!僕が偉大な思想を語っているのに君は・・・いいかい、僕を取り巻く夜の闇を照らす偉大な思想で僕はもう満腹なんだ。でもね、人のいい怪物の飼い主が実に親切なかあさんと打ち合わせをしてさっき二人で決めてくれたんだ。毎朝、怪物の口の中へ曲がった金属の管、らっぱようなものを差し込んでね、それで僕はコーヒーやらスープやらスープに浸したパンやらを吸いこむことができるわけだ。らっぱはすでに近所に注文をしたんだが、これは余計なぜいたくだと思うよ。少なくとも千年は生きていたいねえ、鰐がそのぐらい長生きするというのが本当なら。そのことでね、思い出してよかったよ、君ね、明日、博物学か何か調べて僕に報告してくれたまえ、もしかして僕が間違えて何かほかの生きた化石と混同してしまってるかもしれないから。ただ一つ、ある考えにちょっと困惑しているんだ。というのは、僕は服を着て、ブーツを履いている。明らかに、それで鰐は僕を消化できない。その上、僕は生きているから、全意志をもって消化に抵抗している。だってあらゆる食物の末路を考えると、それは僕にとってあまりに屈辱的だから、そんなものに変わりたくないというのは当然だろ。しかしひとつ心配なんだ。千年のうちには僕のコートの布地も、あいにくロシア製だからね、朽ちてしまうかもしれない。そうすると、裸になってしまうから、いくら憤慨したところで、たぶん消化が始まるだろう。昼の間は絶対にそんなことは許さず防ぐにしても、夜、寝ている間、意志が人間から離れる時には、ジャガイモやパンケーキや子牛の肉と同じ、きわめて屈辱的運命が僕を襲うかもしれない。そう考えると腹が立つんだ。これ一つ理由にとっても、関税を改正し、英国製の繊維製品の輸入を奨励すべきだ。あれは丈夫だから、たとえ鰐の中に入った場合でも、長期間、自然の作用に抵抗するだろう。さっそく誰か政治家に、それからペテルブルグの日刊新聞の政治記者たちにもこの考えを伝えるつもりだ。広く喧伝させるのだ。彼らが今僕から取り入れるものはこれだけではないと思うよ。毎朝彼らが編集局からの二十五ルーブリを手に大挙してきて、前日の外電についての僕の考えを取材するために群れをなすのが見えるようだ。要するに僕の未来はばら色に輝いているんだ」

『熱病、熱病だ!』私は小声でつぶやいた。

「でも君、自由は?」私は彼の考えを完全に知ろうと思って言った。「だって言ってみれば、君は牢の中だ、ところが、自由を喜びとするのが人間じゃないか」

「君はばかだ」と彼は答えた。「野蛮人は独立を愛し、賢人は秩序を愛する。だが秩序がなければ・・・」

「イワン・マトヴェーイチ、勘弁してくれよ、頼むよ!」

「黙って聞け!」私がさえぎったことにいらついて彼はキーキー声で言った。「今ほど精神が高みに昇ったことはないんだ。狭い隠れ家の中でただ一つ僕が恐れているのは月刊誌の文学評論と、風刺新聞の口笛だ。軽薄な見物人、愚か者、嫉妬深い連中、それからニヒリスト一般が僕を笑いものにするんではないかと心配しているんだ。だが僕は策を講じるよ。明日の世間の反応が待ちきれないよ、特に新聞の意見が。明日新聞が何て言ってるか教えてくれよな」

「わかった。明日は新聞を全部そろえてここへ持ってくるよ」

「明日はまだ新聞の論評を期待するのはちょっと早すぎるな。新聞発表になるのは早くて四日目だろうから。だがこれから毎晩、中庭から裏口を通って来てくれたまえ。君を秘書として使うつもりでいるんだ。君には新聞、雑誌を読んでもらって、僕は自分の考えを口述して君に書き取らせ、指示も出す。特に外電は忘れないように。毎日ヨーロッパからの外電がすべてここにあるようにすること。だがたくさん。たぶん君はもう眠いだろう。家に帰って、それから僕が今言った批評のことは考えるな。僕は心配してない。だって批評そのものが危機的状況にあるんだから。ただ賢く、善行に努めさえすれば、必ず台座に上ることになる。ソクラテスでなければ、ディオゲネス、あるいは両方一緒だ。それが人類の中の未来の僕の役割だ」

まるで尻軽女のように、実に軽薄に、しつこく(確かに熱のせいもあったろうが)イワン・マトヴェーイチは、せかせかと意見を述べ立てた。それに、鰐に関する彼の報告はすべて私には非常に疑わしく思われた。どうして鰐が完全に空洞だなんてことがあるだろうか?かけてもいいが、彼はうぬぼれと、少し私をばかにしてやろうというのもあってほらを吹いたのだ。確かに彼は病気であり、病人は大事にしなければならない。しかし、正直言うと、私はいつもイワン・マトヴェーイチが我慢できなかった。子供の頃からずっと、彼の後見人気取りから逃れたかったのにできなかったのだ。何度となく彼とは完全に絶交しようという気になったのだが、そのたびに、彼に何かを証明してやるまでは、彼に何か仕返ししてやるまでは、ということで、再び彼に引き寄せられるのだった。これは奇妙な友情だった!私の彼に対する友情の九割方は怒りから成り立っていたとはっきり断言できる。しかしこの時は、私たちは心を込めてさよならを言った。

「あなたの友たち、ひじょに利口な人です!」ドイツ人が私を見送るつもりで来て小声で言った。彼はこの間ずっと私たちの話に熱心に聞き耳を立てていた。

「それはそうと」私は言った。「忘れないうちに。あなたの鰐を買いたいと言われたら、値はいくらにつけますか?」

イワン・マトヴェーイチも質問を聞き、興味津々で答えを待っていた。どうやら、ドイツ人が安く言わないよう望んでいるのだった。とにかく、私の問いに彼はなんだか妙な咳払いをした。

初めドイツ人は聞こうともせず、むしろ腹を立てた。

「誰にも私の大事な鰐買う言わせない!」彼は猛烈な叫び声をあげ、ゆでエビのように赤くなった。「私、鰐売りたい思わないです!私百万ターレルいらない、鰐取るです。私百三十ターレル今日客からもらたです。明日は一万ターレル集まる、後は毎日十万ターレル集まるです。売りたい思わないです!」

イワン・マトヴェーイチは満足そうにくすくす笑っていた。

自分を抑え、冷静に、合理的に、―真の友人として義務を果たしているのだから―私は無謀なドイツ人に、彼の計算がそれほど正しくはないことをほのめかした。毎日十万も集まるとすると、四日のうちにはペテルブルグ中の人がやってきてしまう、そうなるともう誰からも集まらなくなる、生きるも死ぬも神様次第だし、鰐はそのうち破裂するかもしれないし、イワン・マトヴェーイチは病気になって死ぬかもしれない、などなど。

ドイツ人は考え込んでしまった。

「私、薬屋の水薬、あの人に飲ませるです」思いついて彼は言った。「それであなたの友達死なないでしょう」

「薬は薬として」私は答えた。「ところでですね、裁判になるかもしれませんよ。イワン・マトヴェーイチの奥さんは自分の夫を召喚するかもしれない。あなたは金持ちになるつもりだが、エレナ・イワノヴナに年金のようなものを支給するつもりはありますか?」

「いいや、つもりあらないです」とドイツ人は断固、厳しい調子で答えた。

「いいええ、つもりあらないです」かあさんは敵意さえ見せて調子を合わせた。

「そうすると、当てにならないものを信じるより、今、一度に、ほどほどではあっても、確実で相当な何がしかを受け取った方がよくはないですか?僕が尋ねるのはただ無益な好奇心からじゃないってことは言っとかなきゃなりませんが。」

ドイツ人はかあさんをつかまえて二人で隅に引っ込んで相談を始めた。そこにはコレクションの中で最も大きく、最も醜い猿の檻があった。

「まあ、見ていたまえ!」とイワン・マトヴェーイチが言った。

私はと言えば、その瞬間ある欲求に燃えていた。一つ目はドイツ人をひどくぶん殴ってやること、二つ目はかあさんをさらにひどくぶん殴ってやること、三つ目は際限ないうぬぼれ屋のイワン・マトヴェーイチをいちばんひどくぶん殴ってやることだった。しかしこんなことは欲張りドイツ人の答えに比べればかわいいものだった。

かあさんとの相談を終えた彼は鰐と引き換えに、最新のくじ付き内国債で五万ルーブリ、ゴロホヴォヤ街に薬局がついた石造りの家、それに加えてロシア軍大佐の地位を要求した。 「そら見ろ!」イワン・マトヴェーイチが勝ち誇って叫んだ。「言った通りだろ!いちばんおしまいの大佐の地位などというばかげた望みは別として、彼はまったく正しい、だって彼は怪物を見せるということの現在の価値を完全に理解しているからね。経済の原則が何より優先だ!」

「あきれた!」私はかっとしてドイツ人に向かって叫んだ。「いやどうしてあなたが大佐になるんです?どんな手柄を立てたんです、どんな任務についていたんです、どの戦争で名を上げたんです?これじゃあまったく正気のさたじゃない!」

「正気のさたじゃない!」とドイツ人も立腹して叫んだ。「いや、私ひじょに賢い人間です、あなたひじょにばかです!私大佐にふさわしです。中に生きた役人いる鰐、見せるですから。ロシア人できない、中に生きた役人いる鰐見せる!私はすごく賢い人間、ひじょに大佐なりたいです!」

「じゃあさようなら、イワン・マトヴェーイチ!」私は怒りに震えながら叫び、走るようにして鰐の部屋を飛び出した。私はもう少しいたら自分に責任が持てないと感じた。この二人のあほうの異常な期待には我慢がならなかった。冷たい空気は私をさわやかにし、いくぶん憤りをやわらげた。結局、左右に五十回も思い切りつばを吐き、馬車をつかまえ、家に帰り、服を脱ぎ、ベッドに飛び込んだ。何より不愉快なのは私が彼の秘書になってしまったことだ。毎晩あそこへ行って真の友人としての義務を果たすなんて、もう退屈のあまり死ねってことだ!それで私は自分を殴りたくなり、実際、ろうそくを吹き消して毛布をかぶり、頭や体のいろいろな場所に何度も拳固をくらわせた。それで少しは楽になり、結局、非常に疲れてもいたので、かなりぐっすりと寝入った。一晩中猿の夢ばかり見ていたが、明け方近くなってエレナ・イワノヴナが夢に現れた・・・


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