モロー博士の島, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

モローの探索


モンゴメリーが三杯目のブランデーを飲み干すのを見て私はそれを取り上げた。既にだいぶ酔っ払っていたのだ。この瞬間にもモローの身に何か深刻な事態が起きているに違いない、そうでなければもう戻って来ているはずだ、私たちでこの事態がどういうことなのか調べなければならない、と私は彼に言い聞かせた。モンゴメリーは弱々しく反論の声を上げたが結局は頷いた。食事をしてから私たち三人は出発した。

その時は気を張り詰めていたからこそできたことだ。しかし今でも熱帯の午後の暑く静まり返った空気に踏み出した時のことをとても鮮明に思い出すことができる。先頭はミリングだった。肩をすぼめ、あちこちを警戒するように見つめるたびにその奇妙な黒い頭がすばやく動いた。彼は武器を持っていなかった。豚人間に遭遇した時に手斧を落としたのだ。戦うことになれば牙が彼の武器になる。手をポケットに突っ込んだまま、よろめく足どりでうつむくようにしてモンゴメリーが後を追った。ブランデーのせいで私に対して不機嫌になっている。左腕を吊られた状態で(折れたのが左腕だったのは幸運だった)私はリボルバー拳銃を右手に携えていた。私たちは島に生い茂った藪を通る北へ伸びる狭い小道をたどって進んで行った。しばらくするとミリングが立ち止まり、警戒するように身動きを止めた。もう少しで彼にぶつかりそうになりながらモンゴメリーも足を止めた。耳をすますと樹々の向こうから近づいてくる声と足音が聞こえた。

「主は死んだ」低く震えるような声が言った。

「死んでない、死んでない」早口に別の声が言う。

「俺たちは見た、俺たちは見た」複数の声が続く。

「おーい!」突然、モンゴメリーが叫んだ。「おーい、君ら!」

「よせ!」私は言ってピストルを握りしめた。

静寂があたりを包み、それから茂みをかき分けて進むような音が聞こえた。そしてここ、あそこ、そしてむこうといった具合に六つの顔が現れた……奇妙な顔だった。その瞳には妙な光が宿っている。ミリングの喉からうなり声が聞こえた。あの猿人間がいることには気がついていた。既に彼の声を聞き分けることが出来るようになっていたのだ。それにモンゴメリーのボートで見た白い布を体に巻きつけた茶色い姿の連中が二人いた。彼らと一緒にいるのは二人のまだら模様の獣人とあの灰色の恐ろしい奇形の生き物だ。掟を唱えるあいつだ。灰色の髪は頬のあたりまで伸び、濃い灰色の眉が見えた。そのなだらかな額の中央からは灰色の巻き毛が湧きだしている……奇妙な赤い目をした厳めしい顔無しの生き物は好奇心もあらわに周囲の樹々の間から私たちを見ていた。

しばらくの間は誰も喋ろうとしなかった。モンゴメリーがしゃっくりのような調子で話し始めた。「誰が……彼が死んだって言った?」

猿人間が後ろめたそうに灰色の毛に覆われたものを見た。「彼は死んだ」その怪物が言った。「彼らが見た」

ともかくも彼らは中立で恐れる必要は無いように思われた。彼らはおびえ、困惑しているようだった。

「彼はどこだ?」モンゴメリーが言った。

「向こうだ」灰色の生き物が指さした。

「掟はまだあるの?」猿人間が尋ねる。「まだあの色々な決まりはあるの? 主は本当に死んだ?」

「掟はまだあるのか?」白い布を体に巻いた男が繰り返した。「掟はまだあるのか、もう一人の鞭持つ者よ?」

「主は死んだ」灰色の毛で覆われたものが言った。全員が私たちを見つめて立っている。

「プレンディック」モンゴメリーが濁った目を私に向けながら言った。「どうやら彼は死んだようだ」

この会話の間、私はずっと彼の後ろに立っていた。私には何が起きているのかわかり始めた。唐突にモンゴメリーの前に踏み出すと私は声を張り上げた……。「掟の子らよ」私は言った。「彼は死んではいない!」ミリングが鋭い視線を私に向けた。「その姿を変えたのだ。その肉体を変えたのだ」私は続けた。「しばらくの間、彼の姿を見ることは叶わないだろう。彼がいるのは……あそこだ」私は上の方を指さした。「あそこで彼はおまえたちを見張っている。おまえたちに彼は見えない。しかし彼にはお前たちが見えているのだ。掟を恐れよ!」

私は彼らを真正面から見つめた。彼らがたじろいだ。

「あの方は偉大だ。あの方はすごい」猿人間が怯えたような目付きでうっそうとした樹冠の上を見上げながら言った。

「それでもう一方の相手は?」私は聞いた。

「血だらけで泣き叫びながら走っていた方も……死んだ」灰色の生き物がまだ私の方を見たまま言った。

「それは良かった」モンゴメリーが低くうなるように言った。

「もう一人の鞭持つ者は……」灰色の生き物が話し始めようとした。

「何だ?」私が言った。

「彼が死んだと言った」

私がなぜモローの死を否定しようとしているのか十分理解できるほどにはモンゴメリーの酒も抜けてきたようだった。「彼は死んでいない」ゆっくりと言った。「死んだなんてとんでもない。私より元気なくらいだ」

「何人か」私は言った。「掟を破った者がいる。彼らは死ぬことになるだろう。もう死んでいる者もいる。さあ、私たちに彼の古い肉体が横たわっている場所を見せろ……もはや彼にとって必要なくなったから彼はその肉体を捨て去ったのだ」

「この道だ。海の中を歩く者よ」灰色の生き物が言った。

案内の六人の獣人と共に私たちはシダと蔓と樹々の幹が生い茂る藪を通り抜けて北西へと向かって行った。その時、わめき声と物がぶつかり合うような音が枝の向こうから聞こえ、小さなピンク色の合成人間が金切り声を上げながら走りこんできた。次の瞬間、返り血で汚れた追手の怪物が頭から突っ込んできた。相手は私たちに囲まれてもすぐには走るのを止められなかった。灰色の生き物が脇に飛びすさる。ミリングはうなり声を上げながら飛びかかったが脇に跳ね飛ばされた。モンゴメリーは銃を撃ったが狙いが外れ、頭を下げると武器を放り出して逃げ出した。私も撃ったが相手はお構いなしに進んできたのでもう一度、まっすぐに狙いを定めてその醜い顔に銃弾を撃ち込んだ。閃光の中にその顔が消えるのが見えた。顔に命中した。しかし相手は私の横を通りすぎてモンゴメリーに手を伸ばした。彼を捕まえると頭から彼の横に倒れこみ、死の苦しみの中で彼を自分の方へ引きずり倒したのだ。

気がついた時にはミリングと死んだ獣とうつぶせに倒れたモンゴメリーの他には誰もいなくなっていた。モンゴメリーは自分でゆっくりと体を起こし、虚ろな目で自分の横の死んだ獣人を見つめた。酔いもだいぶ醒めたようだった。彼はなんとか立ち上がった。その時、好奇心で戻って来た灰色の生き物が樹々の間に見えた。

「見ろ」私は死んだ獣を指差して言った。「これでも掟は生きていないというのか? これが掟を破った者に起きることだ」

彼は死体をじっと見つめた。「主は死の火を送る」低い声で彼は祈りの一節を唱えた。他の者も周りに集まって来ると距離を置いてしばらく見つめていた。

結局、私たちは島の西の端近くまで行った。そこで私たちはボロボロになってちぎれかかったピューマの死体を見た。肩の骨は銃弾に撃ちぬかれていた。そしてそこから二十ヤードほど離れた所で私たちは遂に探していた者を見つけたのだった。籐の茂みの中、草を踏み倒した場所でモローはうつぶせに倒れていた。片方の手は手首の所でほとんどちぎれかけていて白髪は血まみれだった。頭にはピューマの拘束具で殴りつけられた跡があった。彼の下敷きになって倒れた籐のあたりは血だまりになっている。彼のリボルバー拳銃は見当たらない。モンゴメリーが彼を仰向けにした。少し休んでから七人の獣人たちの手を借りて(彼はとても重かったのだ)、私たちはモローを囲い地まで運んだ。夜が迫っていた。私たちの小さな集団の後ろで姿の見えない何者かが吼え、金切り声を立てるのが二度聞こえた。一度、小柄なピンク色のナマケモノ人間が姿を現して私たちを見つめ、また姿を消した。しかし私たちが再び襲撃されることは無かった。囲い地の門の所で一緒に来た獣人たちは立ち去り、ミリングも彼らについて行った。私たちは鍵を掛けて中に閉じこもるとモローのずたずたにされた体を庭の枯れ枝の山の上に安置した。それから研究室へと入り、そこで見つけた生き物の全てを殺して処分した。


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