モロー博士の島, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

ピューマの叫び


秘密と疑惑に対する私の思索がモンゴメリーによって中断されたのは一時頃だった。彼の後ろからあのグロテスクな従者がトレイを持って姿を見せた。トレイの上にはパンや香草といった食べ物とウィスキーの入ったフラスコ、水差し、それに三組のグラスとナイフが載せられていた。横目であの奇妙な生き物を見ると彼も落ち着きのない目で私を見ていることに気がついた。モンゴメリーが言うには昼食を私ととろうということらしかった。ただしモローは仕事に没頭していて来られないという。

「モロー!」私は言った。「その名前を聞いたことがあります」

「しまった!」彼が言った。「あなたに名前を言うなんて馬鹿なことをした! 考えておくべきだったのに。どちらにしても、これでは私たちの秘密のヒントになってしまいますね。ウィスキーはどうです?」

「いえ、結構。酒は飲みません」

「私もそうしたいんですがね。しかし覆水盆に返らず、ですよ。この忌々しい物のせいで私はここに来るはめになった……それにあの霧の夜のせいです。モローについて来ないかと言われた時は運に恵まれていると思いましたよ。奇妙なことですが……」

「モンゴメリー」外扉が閉まるのを待って私は唐突に言った。「君の使用人はなぜ耳が尖っているんだ?」

「何だって!」彼は食事の一口目を頬張ったまま言った。しばらく私を見つめてから彼はおうむ返しに繰り返した。「耳が尖っている?」

「少しばかり尖っている」私は息を吸い込みながらできるだけ穏やかに言った。「それに耳の先に細かな黒い毛が生えているじゃないか?」

彼は考えこみながらウィスキーと水で息をついた。「私が思うに……髪の毛が耳にかかっていたんじゃないかな」

「このコーヒーをテーブルに置くために彼が屈んだ時に見たんです。それに彼の瞳が暗闇に光るのも」

その時になってようやくモンゴメリーは私の質問に対する衝撃から立ち直ったようだった。「私はいつも思っていたんですよ」彼はその舌っ足らずな口調を強調するようにしてわざとらしく言った。「彼の耳には何かあるに違いないってね。いつも隠すようにしていましたから。それで彼の耳はどんな風でしたか?」

彼の白々しい素振りを見て私は諦めた。面と向かって相手を嘘つき呼ばわりすることはできない。「尖っていたんだ」私は言った。「とても小さくて毛が生えていた……間違いなく毛が生えていた。あの男は私が今まで見た中でも特別奇妙な人間だ」

痛みに喘ぐ鋭いしわがれた鳴き声が私たちの背後にある囲いから聞こえて来た。その鳴き声の様子からあのピューマであることは明白だった。モンゴメリーがたじろぐのが見えた。

「それで?」彼が言った。

「どこであいつを拾ったんです?」

「サンフランシスコで。確かに彼は醜い。認めましょう。あなたの言うように得体が知れません。自分がどこから来たのかも憶えていない。しかしあなたもご存知のように私は慣れていますから。私たち両方ともね。彼のどこが気に触りますか?」

「彼は不自然です」私は言った。「彼には何かある……私に空想癖があるとは思わないでください。しかし彼がそばに来るとどこか不穏な気持ちになって体が強張るのです。実際のところ……悪魔的ですよ」

私が話している間、モンゴメリーは食べるのをやめていた。「そりゃあ厄介だ!」彼は言った。「私にはわかりませんがね」そう言うと彼は食事を再開した。「どうしたらいいか見当もつきません」食べ物を口に詰め込んだまま彼は言った。「あのスクーナー船の乗組員も同じ事を感じたんですな。あのかわいそうな怪物に食ってかかっていた。あの船長を見たでしょう?」

突然、ピューマがまた吠えた。その声は前にも増して痛々しい。モンゴメリーが小さな声で毒づく。私は浜辺にいた男たちについて彼を追求しようかどうか考えた。またあの哀れな野獣が短く鋭い悲鳴を上げる。

「浜辺にいたあなた方の使用人ですが」私は言った。「彼らは何人なんです?」

「すばらしい連中でしょう?」あの獣のわめき声が聞こえた時と同じように眉毛をいじりながら上の空で彼は答えた。

私はもうそれ以上、何も言わなかった。さっきよりもひどい悲鳴がまた聞こえてきた。鈍い灰色の瞳で彼は私を見つめ、それからウィスキーをつぎ足した。彼は盛んにアルコールについて話題にし、これのお陰で自分は生きていられるのだとはっきりと言った。私の命が彼によって助けられたという事実が彼を神経質にしているように見えた。私は半分上の空で受け答えをしていた。

しばらくすると食事も終わり、尖った耳をしたあの奇形の怪物がテーブルを片付けるとモンゴメリーは私を残して再び去っていった。結局、彼はずっと生体解剖されるピューマのたてる音にいらつきながらそれを隠そうと下手な演技をしていたのだった。彼は自分の神経の細さについて話したがそれは私から見ても明らかだった。

私は自分があの叫び声をとてつもなく不愉快に感じていることに気がついた。叫び声は午後になっても続き、だんだんと激しさを増していった。最初は痛々しさを感じたがだんだんと激しさを増していくので最後にはひどく気分が悪くなった。私は読んでいたホラティウスの写本を脇に放り出し、拳を強く握り締めるときつく唇を噛みしめて部屋の中を行ったり来たりした。しばらく耳を指で塞ぐことすらしたのだ。

次第にあのわめき声に対して強い憐憫の情がわき上がり、ついにはこれ以上この狭苦しい部屋の中にいることが耐えられなくなった。私は扉から眠気を誘うような午後の暑さの中に飛び出すとメインゲート……再び鍵が掛けられているようだった……を歩いて通り過ぎ、あの壁際の曲がり角を曲がった。

扉から出るとあの悲鳴が大きくなったように感じられた。まるで世界中の苦痛がこもったような悲鳴だった。あの声さえ無ければ、それが隣室で起きていることを知っていようが十分耐えることができただろう……今でもそう思う。苦しみの悲鳴が上がり、それが私たちの神経をわななかせる時にこそ私たちは憐憫の情に苦しめられるのだ。あの石積みの壁に囲まれた家で起きる音が聞こえない場所にたどり着くまで輝く太陽と穏やかな海風に揺れる木々の緑とは裏腹に世界は混迷し、黒と赤の亡霊がさまよう不鮮明なものへと姿を変えていた。


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