帰ってきたシャーロック・ホームズ アーサー・コナン・ドイル

空き家の冒険


きわめて異常な説明のつかない状況で起きたロナルド・アデア卿殺人事件に全ロンドンが巻き込まれ、社交界が震撼させられたのは1894年の春のことだった。警察の捜査で明らかになったその犯罪の顛末は既に世間一般に知られていたものの、証拠をすべて挙げる必要がないほど起訴事実が圧倒的だったので、当時は多くのことが隠された。やっと今、十年近くたって、驚くべき鎖の全体を構成する、それらの欠けている環を埋めることを私は許されている。この犯罪はそれ自体興味深いものだが、想像を絶する後段と比較すると私にとってはその興味も無いに等しく、それは私の冒険に富んだ人生の出来事の中でも最大の衝撃であり驚きであった。長い間を経た今でさえ、気がつくと私はそれを考えてはゾクゾクし、私の心にあふれたあの突然の喜び、驚き、信じられぬ思いの洪水をもう一度感じている。あるきわめて非凡な男の考え方と活動について、時折私が披露した一端に多少とも興味を示してくださった一般の方々に申し上げると、私が知識を共有してこなかったとしても私を責めてはいけない。というのは彼自身の口からはっきりと禁じられているのでなければ、そうすることが私の第一の義務と考えるべきところではあったが、その禁止がやっと先月の三日に撤回されたのである。

想像に難くないことと思うが、シャーロック・ホームズとの親密な間柄から私は犯罪に深く興味を抱き、彼の失踪後も、公になったさまざまな問題は決して読み落とすことなく注意を払い、大成功とはいかなかったものの個人的に満足を得るために一度ならずその解決に彼の方法を用いる試みさえした。さりながらこのロナルド・アデアの悲劇ほど私を惹きつけたものはなかった。未知の人物もしくは人物たちによる謀殺の評決に至った検視審問の証拠事実を読んだ時、私はシャーロック・ホームズの死により社会がこうむった損失をかってなくはっきりと理解した。この奇妙な事件には彼を特別に惹きつけるだろう点がいくつかあり、ヨーロッパ随一の犯罪調査官の訓練を積んだ観察力と油断の無い知性により、警察の努力は補われ、いやおそらく先を越されることになるのは確かだった。終日、往診で馬車を走らせながら私は心の中で事件をあれこれ考えたが、十分と思える説明は見つからなかった。言い古された話をすることになるのは承知の上で、検視審問の結論として一般に知られていた事実を要約することにしよう。

ロナルド・アデア卿は、その頃オーストラリアの植民地の一つで知事をしていたメイヌース伯爵の次男だった。アデアの母親は白内障の手術を受けるためにオーストラリアから戻っていて、彼女、息子のロナルド、娘のヒルダがパークレーンの427に一緒に住んでいた。上流社会に出入りしている青年は、知られる限り敵も無く、特に悪癖も無かった。彼はカーステアスのエディス・ウドゥリー嬢と婚約していたが、その婚約は相互の同意により数ヶ月前に破棄され、それが深刻な感情を後に残した兆候もあまりなかった。その他、男の生活は限られた型通りのサークルへの出入りであり、というのも彼は平穏な習慣、非感情的性質の持ち主だった。それにもかかわらずこののんきな若い貴族に、1894年3月30日の夜、十時から十一時二十分の間に、ひどく奇妙な思いがけない形で死が訪れたのである。

ロナルド・アデアはカードを好み、頻繁に遊んでいたが、困ったことになるような賭けはしなかった。彼はボールドウィン、キャベンディッシュそしてバガテル・カードクラブのメンバーだった。死の当日の夕食後、彼がバガテルでホイストの三番勝負をしていたことが明らかになった。彼はまたその午後もそこで遊んでいた。彼とゲームをした人たち――マレー氏、ジョン・ハーディ卿、モラン大佐――の証言は、ゲームがホイストであり、まずまず互角の勝負だったことを明らかにした。アデアは五ポンド損をしたかもしれないが、それ以上ではない。彼の財産はかなりのものであり、いずれにせよそのぐらいの損失が影響するはずはなかった。彼はほとんど毎日どこかのクラブでゲームをしていたが、慎重なプレイヤーであり、たいてい勝ち組になった。現に彼が数週間前、モラン大佐と組んでゴドフリー・ミルナーとバルモラル卿に対して一勝負で四百二十ポンドほども勝ったことが証言でわかった。検視審問でわかった彼の近況はそんなところだった。

犯罪の夜、彼は十時きっかりにクラブから戻った。母親と妹は外出して親戚と宵を過ごしていた。女中は、普段彼が居間として使っていた三階の正面の部屋に彼が入るのを聞いたと供述した。彼女はその部屋の暖炉に火をつけ、煙っていたので窓を開けておいた。その部屋からは何の音も聞こえなかったが、十一時二十分にはメイヌース伯爵夫人が娘と帰宅した。どうしてもおやすみを言おうと、彼女は息子の部屋に入ろうとした。ドアは内側から鍵がかけられ、叫んでもノックしても答えがなかった。助けを得てドアがこじ開けられた。不幸な青年はテーブルの近くに横たわった姿で見つかった。彼の頭はリボルバーの銃弾により恐ろしい損傷を受けていたが、室内にいかなる武器も見つからなかった。テーブルの上には二枚の十ポンド紙幣と金貨銀貨で十七ポンド十シリングがあり、金は整理されて額面ごとに小さく積み上げられていた。その反対側にはまた何人かのクラブの友人の名とともにいくつかの数字を書いた一枚の紙があり、そのことから彼が死の前にカードでの彼の損失と儲けを書き出そうと努めていたとの推測がなされた。

状況を詳細に調査しても事件をますます複雑にするだけで役にたたなかった。まず第一に、青年が内側から鍵をかけなければならなかった理由を挙げることができなかった。殺人者がそれをして、その後窓から逃げた可能性はあった。しかし落差は少なくとも二十フィートあり、下には今が盛りのクロッカスの花壇があった。花にも土にも乱れた痕は無く、家を道路と隔てる狭く細長い草地にも跡は何もなかった。従って、明らかに青年自身がドアを閉めたのである。しかし彼はどのようにして死んだのか?跡を残さずに窓までよじ登ることができる者などなかったろう。誰かが窓越しに撃ったとすると、リボルバーでそれほど致命的な傷を負わせるとは実際驚くべき射撃手だ。そのうえ、パークレーンは人通りが多く、家から百ヤードもないところに客待ちの馬車の待機所がある。誰も銃声を聞かなかった。それなのにそこには死体があり、リボルバーの銃弾があった。それは先端の柔らかい銃弾らしく、きのこ型に広がり、それがきっと即死を引き起こしただろう傷を負わせたのだ。このような状況のパークレーンのミステリーをさらにわかりにくくさせたのがまったく動機が無いことだった。というのはすでに述べたようにアデア青年に敵がいるとは知られなかったし、部屋の金や貴重品を持ち去る試みもなされていなかったからだ。

一日中私はこれらの事実を頭の中でひねくり回し、すべてを一致させられる考えを何か思いつかないか、そして今は亡き私の友がすべての調査の出発点であると断言していた最も楽な線を発見できないかと懸命に努めた。白状するがほとんどはかどらなかった。夕方、私は公園をぶらぶらと歩き、気がつくと六時ごろにはパークレーンのオックスフォード通りの側の端に来ていた。ある一つの窓をそろって見上げている舗道の怠け者の群れが、私が見に来た家を教えてくれた。背が高くやせて色眼鏡の、私がにらむところ私服の刑事の疑いの濃い男が何か自分の説を言って聞かせると、他の連中は回りに群がって彼の言うことに耳を傾けていた。私はできるだけ彼の近くに寄ったが、彼の意見がばかげたものに思えたのでちょっと嫌気がさして引き返した。その時私は背後にいた年配の醜い男にぶつかり、彼の持っていた本を何冊かはたき落としてしまった。それらを拾い上げた時に見るとそのうち一冊は『樹木崇拝の起源』という題で、この男は、商売にしろ趣味にしろ、世に知られない書物を収集する貧しい愛書家か何かにちがいないという考えが心に浮かんだのを私は覚えている。私はその出来事の謝罪にこれ努めたが、私が実に不運にも酷い目にあわせてしまったこれらの本が持ち主の目には極めて貴重な物であるのは明らかだった。侮蔑のののしりとともに彼はぷいと立ち去り、私は彼の曲がった背中と白い頬髯が群集の中へ消え行くのを見ていた。

パークレーン427を観察したものの、私は興味ある問題をほとんど解けなかった。その家はせいぜい高さまる五フィートの低い壁と柵により通りと隔てられていた。従って誰でも庭に入り込むのはまったく容易だったが、いかに活発な人間でもよじ登る助けとなる水道管のようなものも無く、あの窓に近づくことは到底不可能だった。ますます当惑して私はケンジントンまで来た道を引き返した。書斎に入って五分もしないうちに女中が来て誰だか私に会いたがっていると言った。驚いたことにそれは他でもない、あの本の収集家の見知らぬ老人で、白い毛の縁取りの中にとがったしわくちゃの顔がのぞいており、そして貴重な書物は、少なくとも一ダースはあろうか、無理やり右脇に押し込まれていた。

「私を見てびっくりしたでしょうな」と奇妙なしゃがれ声で彼が言った。

私はそうだと認めた。

「どうも、あなた、気が咎めましてね、で偶然こちらにお入りになるのを見まして、いやよたよたとあなたについてきましてな、心のうちで考えました、ちょっとお邪魔してあの親切な紳士にお目にかかろう、そして私の態度がちいと無愛想だったとしても少しも悪意はなかった、あの人が本を拾ってくれたことに深く感謝している、と言おうと。」

「ささいなことで大げさですよ」と私は言った。「私が何者かご存知のわけをお尋ねしてもよろしいですか?」

「それはまあ、あなた、私はあなたのご近所といってもあまり失礼にはあたらんと思いますがね、というのもチャーチ街においでになれば角に私の小さな本の店がをありまして、いやほんとにあなたにお目にかかれてとても嬉しい。ことによるとあなたご自身も収集されてますかな。ここにありますのは『英国の鳥類』と『カタラス』と『聖戦』――どれも特価品で。五冊あればちょうどあの二段目の棚の隙間を埋めることができますよ。だらしなく見えますな、そうじゃないですか、あなた?」

私は背後の飾り棚を見ようとして頭を動かした。私が向き直ると書斎机の向こう側にシャーロック・ホームズが私に微笑みながら立っていた。私は立ち上がり、すっかり仰天して数秒間彼を見つめ、それからどうやら生涯後にも先にも一度きりの卒倒をしたようだ。確かに私の目の前には灰色の霞が渦を巻き、それが晴れた時、気がつくと私の襟の端が緩められ、唇の上のブランデーの名残がひりひりしていた。ホームズは小瓶を手に私の椅子にかがみこんでいた。

「ワトソン君、」とよく覚えている声が言った、「本当にすまないことをした。君がそんなに動揺するとは思わなかったんだ。」

私は彼の腕をつかんだ。

「ホームズ!」私は叫んだ。「ほんとに君か?まったく君が生きているなんて。あの恐ろしい奈落の底から登りおおせることが可能なのか?」

「ちょっと待って」と彼は言った。「もう話をして本当に大丈夫なのかね?必要もないのに芝居がかった再登場をして君にひどいショックを与えてしまったからね。」

「大丈夫だ、いやほんとに、ホームズ、自分の目が信じられないよ。何とまあ、君が――こともあろうに君がだよ――私の書斎に立っているなんて!」もう一度私は彼の袖をつかみ、その下の細く、筋骨たくましい腕に触れた。「やれやれ、とにかく幽霊ではないね」と私は言った。「ねえ君、君に会えて大感激だ。座って話してくれ、どうやってあの恐ろしい深い裂け目から生きて戻ってきたんだい?」

彼は私の向かいに座り、例の無頓着なやり方でタバコに火をつけた。彼は書籍商のみすぼらしいフロックコートの装いでいたが、あの人物を示す残りのものはテーブルの上に白い毛と古書が積まれていた。ホームズはかってよりさらにやせて鋭くなったように見えたが、彼の鷲鼻の顔には死人のような白さがあり、それは最近の彼の生活が健康的なものではなかったことを物語っていた。

「身体を伸ばせて嬉しいよ、ワトソン」と彼は言った。「背の高い男が何時間も続けて身長を一フィートも縮めているのはつらいよ。さて、ねえ君、これを説明するについては僕たちの前にはだね、君に協力をお願いできるなら、つらく危険な夜の仕事が待ち受けているんだ。たぶんその仕事が終わってから君にすべての事情を話すほうがよかろう。」

「好奇心でいっぱいだよ。今すぐにも聞きたくてたまらないところだが。」

「僕と一緒に今夜来るかい?」

「いつでもどこへなりと。」

「まったく昔と同じようだね。行く前に夕食を一口食べる時間はあるだろう。ところであの裂け目だがね。あそこから脱出するのはたいして難しいことではなかったんだ、というのは実に簡単な理由だが僕はあの中にはいなかったんだ。」

「あの中にいなかったって?」

「そうなんだ、ワトソン、あの中にいなかった。君への僕の手紙はまったく本物だよ。狭い小道の向こうは安全だったが、そこに立つ故モリアーティ教授のどこか不吉な姿を認めた時には僕の生涯も終わりに来たことをほとんど疑わなかった。僕は彼の灰色の目の中に冷酷な意図を読み取った。そこで僕は彼と少々言葉を交わし、彼の礼儀にかなった許可を得て、君が後で受け取ったあの短い手紙を書いたのだ。僕はそれをタバコ入れとステッキとともに残し、そのままモリアーティを後ろにして小道に沿って歩いた。行き止まりに着き、僕は追い詰められた。彼は武器も取り出さず、僕に向かって突進し、長い腕で組みついてきた。彼は自身も万事休したことを知って、僕に復讐することだけを望んだのだ。僕たちは滝の縁でよろめいた。だが僕は日本の格闘技の柔道をちょっと知っていてね、これがすごく役立ったことが何度もあるんだ。僕が彼の腕をすり抜けると、彼は恐ろしい叫び声を上げて数秒間狂ったように足をばたばたさせ、両手で虚空をかきむしった。しかしどんなにがんばっても彼は平衡を取れず、落ちていった。がけっぷちから顔を出して僕は彼がずっと遠くまで落ちていくのを見た。それから彼は岩にぶつかり、跳ね返り、水の中へとしぶきを上げた。」

私はホームズがタバコを吹かす合間に語ったこの説明を驚嘆しながら聞いた。

「だが足跡は!」私は叫んだ。「私はこの目で見たんだ、二人が小道を下りていって誰も戻らなかった。」

「こういうことだったんだ。教授が見えなくなった瞬間に僕はまったく驚くほどの幸運を運命が僕の行く手に用意してくれたことに気づいた。僕の死を誓うのはモリアーティだけではないのを僕は知っていた。首領の死により僕への復讐心をいや増すばかりの連中が他にも少なくとも三人はいたからね。彼らは皆、最も危険な男たちだ。誰かが間違いなく僕をやっつけたろう。ところがもし世間が皆、僕が死んだものと確信したら、彼らは、この連中は勝手な事をする、彼らは自分をさらけ出す、そして遅かれ早かれ僕は彼らを全滅させられる。そうすれば僕がまだこの世にいることを発表する時がくる。頭はすばやく働き、モリアーティ教授がライヘンバッハの滝の底に着く前に僕はこういうことすべてを考え終えたと思う。

僕は立ち上がり背後の岩壁を調べた。それについては君の生き生きした記述を数ヵ月後に非常に興味深く読ませてもらったが、君は切り立った崖であると力説しているね。これは文字通り真実とはいえないな。いくつか小さな足場が見えていたし、岩棚もありそうだった。崖はとても高くて登りきるのは明らかに不可能だし、後を残さずにぬれた小道に沿って行くのも同じように不可能だった。なるほど同じような場合に何度かやったように靴を逆に向けてもよかったんだが、一方向に足跡が三組見つかっては間違いなくごまかしとわかってしまうだろう。そこですべてを考えあわせると、最善は危険を覚悟で登ることだった。それは愉快な仕事ではなかったよ、ワトソン。滝は足元でうなりをあげていた。僕は徒な想像をするような人間ではないけれども、誓って言うが奈落の底から僕に向かって叫ぶモリアーティの声を聞くような気がしたよ。一つのミスが致命的なものになったろう。何度も、手につかんだ草の束が抜けたり濡れた岩のくぼみに足を滑らせたりして僕はもうだめだと思ったよ。しかし僕はやっとのことで登り、とうとう数フィートの奥行きがあり柔らかな緑のコケに覆われた岩棚に着き、そこで僕は見られないようにしてまったく申し分なく快適に横になることができた。僕はあそこで手足を伸ばしていたんだよ、君や、ねえワトソン、君の連れてきた連中みんなが同情あふれる無能なやり方で僕の死の状況を調査していた時。

とうとう君は例のごとくまったく間違った結論を作り上げるばかりでホテルへと去っていき、僕は一人残された。僕の冒険も終わりになったかと思っていたのだが、まったく予期せぬ出来事により、まだなお驚くべきことが僕を待ち構えているのが明らかになった。巨大な岩石がね、上からドーンと落ちてきて僕の前を過ぎ、小道にぶつかり、裂け目の中へとはね飛んでいったんだ。瞬間、僕はそれを事故と考えた。しかし一瞬の後、見上げると、暗くなった空をバックに男の頭が見え、石がもう一つ、僕が手足を伸ばしているその岩棚の僕の頭から一フィートもないところにぶつかった。もちろん、このことの意味は明らかだ。モリアーティは一人ではなかったんだ。共謀者は――そして一目見ただけでもその共謀者がどれほど危険な男か僕にはわかった――教授が僕を襲う間ずっと見張っていたんだ。遠くから、僕に見られずに、彼は彼の友人の死と僕が免れたことを目撃していたのだ。彼は待っていた、そしてそれから、回り道してがけの頂上に行き、僚友のしくじったところをやり遂げようと努めていたのだ。

それを考えるのに長くはかからなかったよ、ワトソン。再びあの冷酷な顔が崖の上にのぞくのが見え、それがもう一つの石の前ぶれだと僕はわかった。僕は小道へと這い下りた。それは平気でできることではなかったよ。登るよりも百倍も難しいんだ。だが危険を顧みている暇はなかった。岩棚の端に手をかけぶら下がった時、別の石がうなりを上げて通り過ぎていったからね。途中まで下りて僕は滑った、しかし神の御加護により僕は裂き傷で出血しながらも小道に着地した。僕は逃げた、山々を越え十マイルも暗闇の中を、そして一週間後、僕はフローレンスにいて、世界中誰も僕がどうなったのかを知らないと確信していた。

たった一人にだけ打ち明けた――兄のマイクロフトだ。君には大変すまないと思ってるよ、ワトソン君、だが僕が死んだと思わせることが極めて重要だったし、まったく確実なところ、君自身が真実と思わなかったら僕の不幸な最後の顛末を説得力十分に書くことはなかったろう。この三年間、君に手紙を書こうと何度もペンを取ったが、いつも僕が恐れたのは君が僕に対する優しい心づかいから何か秘密を漏らすような無分別をする気になるのではないかということだった。そういうわけでさっき君が僕の本をひっくり返した時、僕は踝を返して君から離れたんだ。あれは危険な瞬間で、君が少しでも驚いたり感激したりする様子を見せたら僕の正体に注意を引き、ひどく嘆かわしく取り返しのつかない結果になったかもしれないのだ。マイクロフトには必要な金を得るために秘密を打ち明けざるをえなかった。ロンドンでのことの成り行きは僕の望んだようには進まず、モーリアティ一味の裁判ではもっとも危険なメンバーが二人、僕にとっても最も執念深い敵が自由のままとなった。それで僕は二年間チベットを旅してラサを訪れ、ダライラマと数日過ごして楽しんだ。君はシゲルソンというノルウェー人の非凡な探検記を読んだかもしれないが、友人の近況を受け取っているとはきっと思いもつかなかったことだろうね。それから僕はペルシャを通り、メッカに立ち寄り、それからハルツームにハリファを訪ねたのは短期間だがおもしろかった。その結果は外務省に伝えたよ。フランスに戻った僕は数ヶ月をコールタールの誘導体の研究に費やした、南フランスのモンペリエの実験室でね。これに満足な結論を得た僕が今ロンドンにいる敵は一人だけであると聞き知って、まさに帰ろうとしていた時に僕の行動をせきたてるようにこの非常に注目すべきパークレーンのミステリーのニュース、というわけだが、これはこれ自体の真価が僕を引きつけるだけでなく、ここでしか得られないある個人的な好機を提供してくれるように思えたのだ。直ちに僕はロンドンにやってきて自らベーカー街を訪ね、ハドソン夫人をひどいヒステリーに陥らせ、マイクロフトが僕の部屋と書類を正確にいつもあったとおりに保存していてくれたことを知った。そういうわけで、ワトソン君、今日の二時には僕は懐かしい自分の部屋の懐かしい肘掛け椅子に座って、あとはただ懐かしい友のワトソンが昔そうだったようにもう一方の椅子に納まった姿が見られたらと思うばかりだったよ。」

あの四月の宵に私が聞いた驚くべき物語はこのようなものだった――再び見られるとは思いもしなかった背の高いやせた姿、鋭く熱意に満ちた顔を現に見て確かめられることでなかったら、まったく信じられなかったであろう話だ。どこからか私自身の悲しい死別の事を聞いていた彼は、言葉よりむしろ態度で同情を示した。「仕事は悲しみの最良の解毒剤だよ、ワトソン君、」と彼は言った、「そして僕には一つ、今夜我々二人でするべき仕事があり、それを成功裡に終わらせることができれば、それ自体この惑星の上の一人の男の人生を正当なものとすることになる。」私はもっと話してくれと求めたがむだだった。「朝までには十分見聞きできるよ」と彼は答えた。「僕らには三年分の積もる話があるじゃないか。九時半まではそれを満足させようよ。それから世にも稀なる空き家の冒険を始めるんだ。」

その時刻に、昔とまったく同じように、僕は辻馬車のホームズのそばに座り、リボルバーをポケットに、冒険に心をわくわくさせていた。ホームズは冷静で人を寄せつけぬ顔をして黙っていた。街灯の薄明かりが彼の厳しい顔の上にひらめいた時に見ると、もの思いに眉は寄せられ、薄い唇は固く結ばれていた。私は、犯罪の闇のジャングル、ロンドンで私たちがどんな野獣を捕らえようとしているのか知らずとも、この狩猟の名人の態度からこの冒険が極めて重大なものであることを十分確信したが、彼の苦行者のような陰鬱の中に時おり垣間見える皮肉な笑みは私たちの追求の対象にとってよい兆しではなかった。

行く先はベーカー街と私は思っていたが、ホームズはキャベンディッシュスクエアの角で馬車を止めた。彼が外に出る際左右に非常に鋭い目配りをし、その後も通りの角に来るたびに最大限、心を砕いてつけられていないことを確かめているのに私は気づいた。私たちのたどった道筋は確かに奇妙なものだった。ホームズのロンドンのわき道に関する知識は並外れたものであり、彼はこの際、すばやく確かな足取りで、私がその存在すら知らなかった網目状の路地や厩舎を通りぬけた。最後に私たちは古く陰気な家の並んだ狭い道へ出て、そこを通りマンチェスター街、そしてブランドフォード街へと着いた。そこで彼はさっと狭い抜け道へ曲がり、木の門を通り荒れ果てた庭に入り、それから鍵で一軒の家の裏口のドアを開けた。私たちは一緒に中へ入り、彼が背後の戸を閉めた。

そこは真っ暗だったが、その家が空き家であることは明らかだった。足元のむき出しの床板がきしんだり裂けたりして音を立て、さし伸ばした手に触れた壁からは壁紙が破れてぶら下がっていた。私の手首を締め付けるホームズの冷たく細い指に導かれて進み、長い玄関ホールに着くと、ドアの上の陰気な明かり取りがぼんやりと見えた。ここでホームズが不意に右手に折れると、私たちは、隅はすっかり陰になっているものの中央は向こうの街路の明かりにかすかに照らされた大きな、四角い空き部屋にいることに気づいた。近くにランプもなく窓は厚いほこりにおおわれていたので、その中で私たちはかろうじて互いの姿を認められるだけだった。私の友はその手を私の肩に置き、唇を私の耳に近づけた。

「僕たちがどこにいるかわかるかい?」彼はささやいた。

「もちろんベーカー街だ」と私はほの暗い窓越しにじっと見つめながら答えた。

「その通り。僕たちは懐かしい我らが住み処の反対側に立つカムデンハウスにいる。」

「しかしなぜここに?」

「あの絵のような建築物のすばらしい見晴らしが望めるからさ。すまないが、ワトソン君、姿を見せないようあらゆる注意を払い、少し窓に近づいて、僕たちの懐かしい部屋を見てくれないか――数多くの僕たちの小さな冒険の出発点を。三年の不在が僕から君をびっくりさせる力をすっかり奪ってしまったかどうか見てみようよ。」

私は這うようにして進み、見慣れた窓を通り越しに見た。そこに目を向けた私は息を呑み驚きの叫びをあげた。ブラインドは下りていたが、室内は強烈な灯りが輝いていた。中の椅子に座った男の影が、窓の明るいスクリーンにくっきりとした黒い輪郭として投影されていた。その頭のバランス、角張った肩、鋭い顔つきを見間違えようがなかった。顔は半ば振り向けられ、私たちの祖父母が好んで額縁に入れたシルエットの一つといった印象だった。それはホームズの完璧な複製だった。すっかりびっくりした私はその人本人がそばにいることを確かめるためあわてて手を伸ばした。彼は小刻みに揺れながら声を殺して笑っていた。

「それで?」と彼は言った。

「何とまあ!」私は叫んだ。「信じられん。」

「僕の変幻自在が歳月により衰え、習慣により生気を失わないよう期待するよ。」と彼は言ったが、私は彼の声の中に芸術家が自分の創造に抱く喜びと誇りを認めた。「本当にずいぶん僕に似ているじゃないか?」

「あれは君だと誓ってもいいところだ。」

「制作の名誉は何日もかけて型を造ったグルノーブルのムッシュ・オスカー・ムーニエに与えるべきだろう。あれは蝋でできた胸像だ。あとは僕が今日の午後ベーカー街を訪ねたときに自分で準備したんだ。」

「だがなぜ?」

「それはね、ワトソン君、実際は別の場所にいる僕をそこにいるとある人たちに思ってもらいたい極めて強い理由があるんだ。」

「では部屋は監視されていると考えたんだね?」

「監視されている事を知っていたんだ。」

「誰に?」

「古い敵たちだよ、ワトソン。その首領がライヘンバッハの滝に眠っている素敵な集団だ。僕がまだ生きていることを彼らが知っていたことを、そして彼らだけが知っていたことを忘れてはいけないよ。いずれ僕が自分の部屋に戻るものと彼らは信じた。彼らはずっと監視を続け、今朝僕が到着するところを見たのだ。」

「どうしてわかった?」

「窓から外をちらっと見て彼らの歩哨に気づいたんだ。これはまったく害のないやつだ、パーカーと言う名の強盗稼業の奴で、優れた口琴の演奏家だがね。彼の事はどうでもよかった。しかし僕が大いに腐心したのは彼の背後にいるはるかに恐ろしい人物、モリアーティの腹心の友であり、崖の上から岩を落とした男であり、ロンドンで最も狡猾で危険な犯罪者だ。その男は今夜、僕の追っ手であり、そしてねワトソン、その男は僕たちが彼の追っ手であることにまったく気づいていないのだ。」

私の友人の計画は次第にその姿を現してきた。この手ごろな隠れ家から監視者が監視され、追跡者が追跡されているのだ。向こうの骨ばった影はえさであり、私たちが狩人なのであった。私たちは沈黙して暗闇の中に並んで立ち、私たちの前を一人また一人と速足に通り過ぎる人影を見張っていた。ホームズは無言で身動きしなかった。しかし彼が鋭い注意を払っていること、そして彼の真剣な目が通行人の流れにじっと向けられていることはわかった。それは寒く、荒れた夜で、長い街路に沿って風が激しくうなりをあげていた。たくさんの人々があちらへこちらへと動き、その多くはコートやマフラーに身を包んでいた。一、二度、私は前と同じ人影を見たように思い、とりわけ通りをかなり行った家の戸口に風を避けて隠れたらしい二人の男が目についた。私は友の注意を彼らに向けようとしたが、彼はいらだたしげに小さな叫び声をあげ、街路を凝視し続けた。一度ならず彼は貧乏揺すりをしたり、せわしく指で壁をたたいたりした。彼が不安を感じ始め、彼の計画が必ずしも思ったとおりにいってないことは明らかだった。とうとう真夜中が近づき、次第に人通りがなくなると、彼は動揺を抑えきれずに部屋を行ったりきたり歩き始めた。何か彼に意見を言おうとしかけて明るい窓の方へ目を上げた私はまたもや前に劣らぬ激しい驚きを感じた。私はホームズの腕をつかみ、上を指差した。

「影が動いた!」私は叫んだ。

実際、それはもう横顔ではなく、背中が私たちの方に向けられていた。

どうやら三年という月日が、彼の辛らつな気性や自分より知性の働きの劣るものに対する苛立ちを静める事はなかったようだ。

「もちろん動いたさ」と彼は言った。「僕はそんなへまをするような間抜けかね、ワトソン、明らかに人形とわかるものを立てておいてヨーロッパで最も抜け目のない男たちの中に騙される奴がいると思うほど?僕たちはこの部屋に二時間いるが、ハドソンさんはあの人影に少しずつ八回変化をつけている、すなわち十五分ごとに一度ずつ。彼女は自分の影が決して見えないように正面からやってるんだ。ああ!」彼が興奮して鋭く息を飲む音がした。ほの暗い光の中、彼が首を前に伸ばし、全身をこわばらせて注意を傾けるのが見えた。外はまったく人通りがなかった。例の二人の男はまだ戸口にしゃがんでいるのかもしれなかったが、もう私からは見えなかった。すべてが静かで闇の中にあり、ただ私たちの正面の、中央に黒く人影を描き出すスクリーンだけが黄色く輝いていた。再びまったくの静寂の中、私は押し殺した激しい興奮を物語るかすかなシューという音を聞いた。その直後に彼は私を部屋のいちばん暗い隅に引き寄せ、私は唇に警告を与える彼の手を感じた。私をつかむ指は震えていた。かって私の知らぬほど友は心を動かされていたが、それなのに暗い通りは依然として寂しく何の動きもなく私たちの前に伸びていた。

しかし不意に私は彼の鋭敏な感覚が既に識別していたものに気づいた。低い、ひそかな音が私の耳に達したが、それはベーカー街の方からではなく、私たちが潜んでいるその家の裏からであった。ドアが開き、そして閉じた。一瞬の後、足音が廊下を忍び寄った――音を立てまいとした歩みではあったが、耳障りな音が空き家に響き渡った。ホームズは壁を背にうずくまり、私もリボルバーの柄に手を伸ばしながら同じようにした。じっと暗がりを凝視すると、ぼんやりした男の輪郭、開いた戸口の黒よりさらに黒い陰影が見えた。彼は一瞬立ち止まり、それからかがみ、威嚇するようにして、部屋の前方へそっと進んだ。私たちから三ヤードもないところにこの不吉な姿はあり、私は彼の跳躍に対処するために身を引き締めたが、すぐに彼が私たちの存在を知らないことに気づいた。彼は私たちのすぐそばを通り、窓に忍び寄り、それをそっと音を立てぬように半フィートほど持ち上げた。彼がこの隙間の高さまで身を沈めると、それまでほこりだらけのガラスにかすんでいた街路の光がまともに彼の顔にあたった。男は興奮して我を忘れているようだった。その二つの目は星のように輝き、顔の造作は痙攣するようにひきつっていた。彼は初老の男で、やせて突き出た鼻、高くはげた額、そして大きな白髪交じりの口ひげがあった。オペラハットは後頭部に押しやられ、夜会服のシャツの胸がコートからのぞいていた。やせて日に焼けた顔には深く、残忍なしわが刻まれていた。手にはステッキと思われるものを持っていたが、それを床に置いた時には金属製のガチャンという音がした。それから彼はコートのポケットからかさばる物を引き出し、何かせっせとやっていたが、バネかボルトがぴったりはまったような、カチッという大きな鋭い音でそれは終わった。なおも彼が床にひざまずいたまま前かがみになり、全体重と力を何かのレバーにかけると、長々しい、ぐるぐる回ってうすを引くような物音が、それから最後にもう一度力強くカチッと鳴る音がした。そして彼が身体を伸ばすと、彼がその手に抱えているのは奇妙な格好の台尻のついた一種の銃であるとわかった。彼はその銃尾のところを開け、何かを入れ、遊底をぱちりと鳴らした。それから彼がかがみこみ、開いた窓の棚に銃身の端を載せると、私には銃床に垂れかかる長い口ひげと、照準を凝視してきらめく彼の目が見えた。彼が銃の台尻を肩に抱き、あの驚くべき標的、すなわち彼の前景の先にくっきりと立つ黄色い下地に浮かぶ黒い男を見た時の小さな満足のため息を私は聞いた。一瞬、彼はこわばり、静止した。それから彼の指がぴんと張って引き金にかかった。高い、不思議な音が風を切り、長い、銀鈴のようなチリンチリンという音を立てガラスは壊れた。その瞬間ホームズが虎のように狙撃手の背に飛びかかり、彼をばったりうつぶせに投げ倒した。すぐに男は起き直り、必死に力をふりしぼってホームズののどをつかんだ。しかし私がリボルバーの台尻で彼の頭を打つと、彼は再び床に倒れた。私が彼の上にのしかかり、彼を取り押さえると、我が友が鋭く合図の呼子を吹いた。ガタガタと舗道を走る足音がして、二人の制服の警官と私服の刑事が表玄関から部屋に駆け込んできた。

「君かい、レストレード?」ホームズが言った。

「ええ、ホームズさん。私自ら乗り出したんで。あなたがロンドンに戻られてよかったです。」

「君たちにはちょっと私的な助力が必要だと思ってね。年に三件も殺人を見逃してはいけないよ、レストレード。だが君、モルゼイのミステリーはいつもの君に似合わず――つまりなかなか君はよくやったね。」

私たちは皆立ち上がっていたが、我らが捕虜は両側をたくましい巡査に挟まれ荒い息をしていた。すでに通りには暇人が少し集まり始めていた。ホームズは窓に歩み寄って閉め、ブラインドを下ろした。レストレードがろうそくを二つ取り出し、巡査たちはランタンの覆いをはずした。やっと捕虜がよく見えるようになった。

恐ろしく力強いけれども邪悪な顔が私たちに向けられていた。上には哲学者の額、下には好色漢のあごを持つこの男は、善行にせよ悪行にせよすばらしい能力を与えられていたにちがいない。しかし冷笑的なまぶたの垂れかかるその冷酷な青い目、凶暴で攻撃的な鼻、険悪なしわの深い額を見れば、誰でも自然が与えた明々白々な危険信号を読み取らざるをえなかった。彼は私たちの誰にも注意を払うことなく、ただ憎しみと驚きが等しく入り混じった表情でホームズの顔にじっと目を据えていた。「この悪魔!」彼はつぶやき続けていた。「この賢しい、賢しい悪魔!」

「ああ、大佐!」とホームズは乱れた襟を整えながら言った。「昔の芝居にある『旅路の果ては恋人同士の出会い』だな。ライヘンバッハの滝の上の岩棚に横になっていた時にあのような親切を賜って以来、拝顔の光栄には浴さなかったようだね。」

大佐はなおも催眠術にかかったように我が友の顔を見つめていた。「この悪賢い、悪賢い悪魔!」と彼はやっとそれだけを言った。

「まだ君を紹介していなかったな」とホームズは言った。「諸君、セバスチャン・モラン大佐です、かっては女王陛下のインド陸軍に属し、我が東方の帝国がこれまでに生んだ猛獣狩りの最高の射撃手であります。これは間違っていないと思うが、大佐、君が獲物にしたトラの数はいまだに並ぶものがなかったね。」

凶暴な老人は何も言わなかったが、なおも我が友をにらみつけていた。残忍な目と逆立つ口ひげの彼自身が驚くほどトラに似ていた。

「僕の極めて単純な策略がこのように老練な狩人を騙せたのは不思議だな」とホームズは言った。「君にはまったくなじみのものじゃないか。子ヤギを木の下につないでその上で銃を手に、えさがトラを呼び寄せるのを待ったことはないかね?この空き家が僕の木で、君が僕のトラさ。あるいは君もトラが複数いる場合や君の狙いがはずれるのではないかという万一に備えて複数の銃を用意しただろう。この人たちが、」彼は周囲を指した、「僕の複数の銃だ。まったくよく似ているじゃないか。」

モラン大佐は憤怒のうなり声を上げて前に飛び出したが、巡査たちに引き戻された。その顔に浮かべた怒りは見るも恐ろしかった。

「実を言うと一つちょっと驚いたことがある」とホームズは言った。「君自身がこの空き家、このおあつらえ向きの正面の窓を使うのは予期していなかった。僕は君が通りから作戦行動をとると想像していたものだから、友人のレストレードと彼の愉快な仲間たちは通りで君を待っていたんだ。それを除けばすべてが期待通りに運んだよ。」

モラン大佐は公職の探偵に顔を向けた。

「君に私を逮捕するだけの根拠があるにせよないにせよ、」彼は言った、「少なくともこの人物の愚弄を私が甘受しなければならん理由はなかろう。私が法の手にあるのならことは法律にしたがってやってもらおう。」

「そりゃあまったくもっともです」とレストレードは言った。「おっしゃるべきことはもうありませんか、ホームズさん、我々が行く前に?」

ホームズは強力な空気銃を床から拾い上げ、その仕組みを調べていた。

「見事かつ独特な武器だね」と彼は言った。「音もなく、すさまじい力を持つ。フォン・ヘルダー、盲目のドイツ人技師で、故モリアーティ教授の注文でこれを組み立てた男のことは知っていたよ。長年その存在には気づいていたんだが手に取る機会はこれまでなかったんだ。これに注意を払うよう、特別にお願いするよ、レストレード、それからこれにつめる銃弾にも。」

「それには気をつけますから大丈夫です、ホームズさん」とレストレードが言った時には全員がドアに向かっていた。「何か他には?」

「あとは何の罪で告訴するつもりか聞くだけだ。」

「何の罪ですって?なに、もちろん、シャーロック・ホームズ氏殺害未遂です。」

「そうじゃないよ、レストレード。僕はこの問題で顔を出すつもりはまったくないんだ。君の、君だけのものだ、この君が成し遂げたすばらしい逮捕の栄誉は。そうだ、レストレード、おめでとう!いつものように君の狡猾さと図太さが運良く重なり合って彼を捕らえたのだ。」

「彼を捕らえた!誰を捕らえたんで、ホームズさん?」

「全警察がむなしく捜索していた男――セバスチャン・モラン大佐、彼は先月三十日、パークレーン427の三階正面の開いている窓越しに空気銃の広がる銃弾でロナルド・アデア卿を撃った。それが容疑だ、レストレード。さてと、ワトソン、壊れた窓からのすきま風を我慢できるなら、僕の書斎で三十分ばかり葉巻を楽しむのも何か得るところがありそうじゃないか。」

私たちの懐かしい部屋はマイクロフト・ホームズの管理と直接的にはハドソン夫人の世話によりそのまま残されていた。入ってみると、なるほどかってなく整頓されていたものの、目につくものは皆、昔の場所にあった。化学の一角と酸のしみのあるモミ板のテーブル。棚の上に並んだ膨大なスクラップブックや参考図書は喜んで焼いてしまいたいという市民も我が街には少なくないことだろう。いろいろな図式、バイオリンのケース、パイプ立て――タバコの入ったペルシャの室内履きまで――すべてが周りを見渡す私の目に入ってきた。部屋には二人の人がいた――一人はハドソン夫人で、中に入る私たち二人にほほえみかけた。もう一人はこの夜の冒険で非常に重要な役割を演じた不思議な替え玉人形である。その蝋色の我が友の模型は見事なできばえで、完璧な複製であった。小さなテーブルの台座に立ち、ホームズの古い部屋着をまとっていたので、通りから錯覚することは絶対に間違いなかった。

「最大限、用心してくれましたね、ハドソンさん?」

「ひざをついて近づきましたよ、おっしゃったとおりに。」

「結構。非常にうまくやってくれました。銃弾がどこへ行ったか見ましたか?」

「ええ、ええ。惜しいことに立派な胸像をだめにしてしまいましたわ、まっすぐ頭を貫通して壁にぶつかってぺしゃんこですから。じゅうたんから拾い上げておきました。さあこれよ!」

ホームズはそれを私に差し出した。「柔らかい拳銃の弾だ、わかるだろ、ワトソン。これぞ天才だ、だってこんなものが空気銃から発射されたなんて誰が発見できるものかね。結構ですよ、ハドソンさん、あなたの助力に深く感謝します。さてと、ワトソン、もう一度懐かしい椅子に座ったところを見せてくれないか、いくつか君と話し合いたい点もあるし。」

彼はみすぼらしいフロックコートを脱ぎ捨て、今は彫像から取ったねずみ色の部屋着を着て、昔のホームズであった。

「老狩人はそのゆらぎない神経も鋭い目も失っていないね」と彼は胸像の粉砕された額を調べて笑いながら言った。

「垂直に後頭部の中央に、そしてまともに脳を貫いて。彼はインド随一の射撃手であり、ロンドンでも彼に勝る者はほとんどいないと思うよ。名前は聞いたことがあるかい?」

「いや、聞いたことがないね。」

「おやおや、名声なんてそんなものか!だがそれにしても、確か君は今世紀の偉大な頭脳の一人、ジェイムズ・モリアーティ教授の名を知らなかったな。ちょっと棚から僕の人名索引をとってくれたまえ。」

彼は椅子の背にもたれ、葉巻の煙をもうもうと吹かしながらけだるそうにページをめくった。

「僕のコレクションのMの部は見事なものだ」と彼は言った。「モリアーティその人だけでどの部に入れようとそれを輝かしいものにするし、ここには毒殺者のモーガン、いまわしい思い出のメリデュー、そしてマシューズ、これはチャリングクロスの待合室で僕の左の犬歯を折った男だ、そして、最後に、ここに今夜の僕たちの友人がいる。」

彼がその本を手渡し、私は読んだ。

「モラン、セバスチャン、陸軍大佐。無職。元ベンガル工兵第一部隊。1840年、ロンドン生まれ。サー・オーガスタス・モラン、バス勲位、元ペルシャ公使の子。イートン及びオックスフォードに学ぶ。ジョワキ戦役、アフガン戦役、チャラシアブ(派遣)、シャプール、カブールで軍務に服す。著書に『西ヒマラヤの猛獣』1881年、『ジャングルの三ヶ月』1884年。コンジューィト街在住。英印、タンカービル、バガテルクラブに所属。」

余白にはホームズの几帳面な字で書き込まれていた。

「ロンドン第二の危険な男」

「これは驚きだ」と私は本を返しながら言った。「この男の経歴は名誉ある軍人のものじゃないか。」

「その通り」とホームズは言った。「あるところまではよくやったのだ。常に鉄の神経を持つ男であり、手負いの人食いトラを追って排水路を這い下りた話はインドではいまだに語り草だよ。木だってそうだ、ワトソン、ある高さまで育って、それから突然見苦しく奇妙な具合に伸びるものがある。人間でもしばしば見られるものだ。僕の考えでは、個人の発育は祖先の歩みのすべてを表し、こうした善もしくは悪への突然の転換は代々血筋に受け継がれた強い影響力の表れなんだ。人は、いわば、一門の歴史の縮図になるのだ。」

「どうみてもかなり奇抜な考えだね。」

「まあ、言い張りはしないがね。原因は何にせよ、モラン大佐は正道を踏み外した。何かあからさまな醜聞があったわけではないが、それでも彼はインドにはいたたまれなくなった。退役して、ロンドンに来て、ここでもまた悪名を得た。この時彼はモリアーティ教授に見出され、しばらくスタッフの長を務めた。モリアーティは彼に気前よく金を与え、一度か二度、普通の犯罪者では請け負いかねる非常に高級な仕事にだけ彼を使った。君は1877年、ローダーのスチュアート夫人の死について何か記憶がないかな。ない?そう、モランが黒幕であるのは間違いないんだ。だが何も証明できなかった。モリアーティ一味が壊滅させられた時でさえ大佐は実に巧妙に隠れていたので、彼を有罪にはできなかった。あの日のことを覚えているかな、僕が君の部屋を訪ねた時、空気銃をひどく恐れてよろい戸を閉めたろう?きっと君は僕の妄想と思ったにちがいない。僕は自分のしていることを正確に知っていた、この驚くべき銃の存在を知っていたし、その背後に世界最高の狙撃手の一人がいることもわかっていたからね。スイスでも彼はモリアーティとともに僕たちを追っていたし、あのライヘンバッハの岩棚で最悪の五分間を僕にもたらしたのが彼であるのも疑いない。

フランス逗留中も彼に足かせをかける機会を求めていささか注意して新聞に目を通していたんだ。彼がロンドンで自由にしている限り僕の人生にまったく生きる価値はなかったろう。夜も昼も影が覆っていたし、遅かれ早かれ彼に好機がめぐってきたにちがいないんだ。僕に何ができたろう?彼を見つけ次第撃つことなどできない、僕自身が被告になってしまうからね。治安判事に訴えても無駄だ。彼らもでたらめに思える容疑をもとに乗り出すわけにはいかない。だから僕は何もできなかった。しかし遅かれ早かれ彼をつかまえなければならないのはわかっていたので僕は犯罪事件のニュースを注意して見ていた。そこへ今度のロナルド・アデアの死だ。やっと僕のチャンスが来たのだ!僕の知っていることからすれば、モラン大佐がやったことなのは確かじゃないか?彼は若者とカードをし、クラブから家まで後をつけ、開いた窓越しに彼を撃った。それはまったく疑いないことだった。弾丸だけでも彼の首に縄をかけるに充分だ。僕は直ちにやってきた。僕は歩哨に見られたが、彼が大佐の注意を僕の存在に向けさせるのはわかっていた。僕の突然の帰還を彼は必ず自らの犯罪と結びつけ、ひどく警戒するにちがいなかった。直ちに彼が僕を片付けようと試みること、そのために殺人兵器を持ってくることは確かだと思った。僕は窓の中のすばらしい標的を彼に残し、そして、警察に彼らが必要になるかもしれないと通告した上で――ところでねえ、ワトソン、君は彼らがあの戸口にいるのを過たず的確に見つけ出したね――監視するのに賢明と思われる持ち場についたのだが、彼が同じ場所を攻撃に選ぶとは夢にも思わなかった。さて、ワトソン君、何か説明すべきことが残っているかな?」

「ああ」と僕は言った。「まだモラン大佐がロナルド・アデア卿を殺すべき動機を明らかにしていない。」

「ああ!それはねえワトソン、推測の域を出ないので、どんな論理的な考えとて間違いかもしれないんだ。現在ある証拠からそれぞれ仮説を立てるとして、君のも僕のと同様正しそうだ。」

「で、君は仮説を立てたんだね?」

「事実を説明するのは難しくないと思う。証言で、モラン大佐とアデア青年の二人でかなりの金額勝ったのが明らかになった。ところでモランは疑いなくいかさまをやる――それにはずいぶん前から僕は気づいていた。殺人の日、アデアはモランが不正をしているのを発見したのだと思う。おそらく彼は内密にモランと話をして自発的にクラブの会員を辞めて二度とカードはやらないと約束しなければ暴露すると脅したのだろう。アデアのような若者がいきなり自分よりだいぶ年上のよく知られた男を暴いて醜いスキャンダルにするのはありそうもないことだからね。たぶん僕の言ったような行動をとったろう。不正なカードでの儲けで暮らしているモランにとってクラブからの排除は破滅を意味する。そこで彼はアデアを殺したのだが、アデアはパートナーのいかさまプレーで儲けるわけにはいかないから、自分がいくら金を返さねばならないかをその時計算していたのだ。ご婦人方が不意に入ってきてこれらの名前とコインで彼が何をしているのか教えろと強要する、そんなことのないように彼はドアに鍵をかけた。話は通るかな?」

「真実を言い当てたのを疑わないよ。」

「裁判で正しいか誤りかがわかるだろう。一方、何にせよ、もうモラン大佐に悩まされることはないだろうし、有名なフォン・ヘルダーの空気銃はスコットランドヤード博物館を飾り、もう一度シャーロック・ホームズ氏はロンドンの複雑な生活がたっぷりと与えてくれる興味ある小さな問題の調査に彼の人生を捧げる自由を得たのだ。」


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