タイムマシン ハーバート・ジョージ・ウェルズ

エピローグ


考えずにはいられない。かれはいつか戻ってくるのだろうか? ひょっとするとかれは、過去へとさかのぼって、旧石器時代の血をすする毛むくじゃらの野蛮人たちの手に落ちてしまったのかもしれない。あるいは白亜紀の海の深みにのまれたか。あるいはジュラ紀の巨大な暴虐爬虫類、グロテスクなサウルス類に囲まれたか。今でも――と呼んでよければ――プレシオザウルスのうろつく オーリス珊瑚礁をさまよったり、三畳紀の無人の塩水湖沼のほとりにいるのかもしれない。それともかれは未来へ向かったのだろうか。もっと近い時代、人間がまだ人間ではあるけれど、われわれの時代の謎が解け、その悩ましい問題が解決した時代に? それは人類の成年期だ。というのもこのわたしは、近年のはかない実験や断片的な理論、相互の不協和が人間の最盛期だとはとても思えないからだ! わたしは、自分としてはこう述べる。かれは、人類の進歩についてきわめて暗い考えを持っていたことをわたしは知っている――この問題については、タイムマシンが作られるずっと前にかれと議論したのだ。そしてかれは、山積する文明の中に、いずれ結局はその創造者たちの上に崩れ落ち、破壊することになってしまう、愚かしい山しか見ていなかった。もしそうであるなら、われわれとしては自分がそうした存在ではないかのごとくに生き続けることができるだけだ。 だがわたしにとって、未来は未だに暗く白紙のままだ――広大な無知の領域であり、かれの物語の記憶によって、ほんの数カ所あちこちが照らされているだけだ。そしてわたしは、気休めに、奇妙な白い花を二つ――いまやしおれ、茶色くつぶれてもろくなっているが――手元に持っている。精神と強さがなくなってしまったときでも、感謝とお互いの優しさは、まだ人の心に生き続けていたという証拠として。


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