宝島 船の料理番, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

僕はブリストルへ


僕らが航海へでる準備が整うまでには、大地主さんが予想したよりずっと時間がかかった。僕たちが最初にたてた計画は、リバシー先生の計画、僕をずっとそばに置いておくというものさえもその通り実行できなかった。先生は自分の代わりになる医者を探しに、ロンドンに行かなければならなかったのだ。大地主さんはブリストルで大忙しだったし、僕は狩猟番のレッドルース爺さんの命令の下、屋敷でほとんど囚人のような暮らしを送っていた。でも航海の夢、まだ見たこともない島々、冒険のことを想像すると胸がいっぱいだった。僕は何時間もあの地図のことを考えてすごし、地図の細かい所にいたるまですっかり覚えてしまった。使用人の部屋の暖炉の側に座って、僕は空想の中でありとあらゆる方向からその島に近づいたものだった。僕はその島の表面をくまなく調査して、望遠鏡山という名前のあの高い山へは千回ほども登ったろうか、その頂上からの眺めはすばらしいもので、さまざまに移り変わってとても楽しめた。ときには島には野蛮人がいっぱいで、僕らは勇敢に戦った。ときには危険な獣たちがたくさんいて、獣たちは僕らを追いかけてきた。でもどれほど僕が想像しても、実際の冒険でおこったほど奇妙で痛ましいことはこれっぽっちも思いつかなかったものだ。

何週間もすぎたある日、一通の手紙がリバシー先生宛に届き、その手紙には「リバシー先生が不在のときには、トム・レッドルースもしくはホーキンズ少年が開封のこと」と付箋がついていた。それに従って、僕らは、というより僕は(というのも狩猟番は、印刷されたもの以外はあまり上手く読めなかったのだ)次の通りの重大な知らせを受け取った。

一七☓☓年三月一日 ブリストルの古錨亭にて

リバシーさん、私はあなたが屋敷におられるか、まだロンドンなのか分からないので、両方にこの手紙を送付します。

船は購入済みで、準備万端です。いつでも海にでられる状態で、停泊しています。これほどのスクーナー船だとはあなたも思いますまい。子供にでも操縦できるほどで、二百トン、名前はヒスパニオーラ。私の古くからの友人、ブランドリーからこの船を手に入れました。彼は本当におどろくほどいいやつだってことが分かりました。この感心な男は、私のために文字どおり身を粉にして働いてくれたんです。というか、ブリストルの誰もが私のために働いてくれたと言っていいでしょう。我々の目指している港、つまり宝物のことですな、のことをかぎつけるやいなやね。

「レッドルースさん、」と僕は手紙を中断して言った。「リバシー先生はこういうことは喜ばないと思うな。結局、大地主さんときたらしゃべっちゃうんだもの」

「でも、他にいい人がいるか?」狩猟番はうなるようにまくしたてた。「大地主さんがリバシー先生に言われたからって話もできないんじゃ、いいとこなしじゃねぇか、と俺は思う」

こう言われて、僕は口をはさむのを一切やめて、ただ手紙を読みすすめることにした。

ブランドリーが自分でヒスパニオーラ号をみつけて、卓越した手腕でとても安く手に入れてくれました。ブリストルでは、ブランドリーのことをひどく中傷するやからもいます。やつらは、あの正直な男をつかまえて、金のためにしか働かないやつだとか、ヒスパニオーラ号はもともとやつの持ち物で、それを私にまったくの高値で売りつけたんだ、とさえいったもんですよ。まったく見えすいた嘘ですがね。ただ、だれもこの船がすばらしいことには、けちはつけられんでしょう。なにひとつ滞っていることはありません。確かに、船の整備工やなんやらの労働者たちが、いらいらさせるほど仕事が遅いんですが、時が解決してくれました。私の悩みは船員です。私は、原住民や海賊、あの憎むべきフランス人に備えてちょうど二十人はほしいと思っていましたが、六人ほど見つけるのにさえ、四苦八苦するありさまでした。ただまったくの幸運にめぐまれ、私のまさに求めている男にめぐりあったのです。私は波止場に立っていたのですが、その時、ほんの偶然から、その男と口をきくようになりました。私はその男が老水夫で、酒場をやっており、ブリストルの水夫という水夫がみな知りあいであるということを知りました。彼は陸で健康を害したので、料理番の職でまた海へ出たいと思っているということで、その朝は波止場まで潮の香りをかぎに、足を引きずってきたということでした。私はまったく心を打たれてしまいました。もしあなたでもそうしたでしょうが、まったくかわいそうに思って、その場で船の料理番として雇い入れました。ロング・ジョン・シルバーという名前で、片足をなくしているのです。ただ私はそれをむしろ推薦状だと見なしています。というのも、あの不朽の名声をほこるホークの下でお国のために働いて、片足をなくしたのですから。でも年金をもらってないんですぞ、リバシーさん。いやはや、われわれはまったくなんてひどい時代に生きてることでしょう!

さて、きみ、私は料理番を一人確保したぞと思っていたのですが、なんと乗組員全員をみつけだしていたのです。シルバーと私で、数日でこのうえなく頑強で老練な水夫の一団を確保しました。見た目は好ましいとはいいがたいですが、やつらの面構えといったら不屈の精神そのものといったぐあいです。フリゲート艦とでさえ戦えますよ。ロング・ジョンは、私が雇い入れた六、七人のなかから二人を解雇さえしてくれたんです。彼は、すぐさまその二人が大事な冒険では避けなければならない新米ののろまだってことを私に教えてくれました。

私は心も体もすばらしく充実していて、牡牛のように食い、丸太のように寝ていますが、わが水夫たちがキャプスタンのまわりを回っている足音を聞くまでは、少しも楽しむ気持ちにはなれやしません。さぁ、海へ。宝物なんてどうでもいい! 海の輝きこそが私をのぼせ上がらせてるんです。さあ、リバシーさん、急いで来て下さい。もし私のことを尊敬しているなら、一時間たりとも無駄にしないでください。ホーキンズ少年は、レッドルースを護衛にして、すぐに母親のところにやってください。それから大急ぎで二人をブリストルへよこしてください。

ジョン・トレローニー

追伸

書きもらしたが、ブランドリーは我々が八月の終わりまでに戻らない場合、われわれを追って船をだすつもりだということでした。おまけに船長としてすばらしい人を見つけてきてくれました。堅苦しい人なのが残念ですが、その他のあらゆる点で掘り出し物です。ロング・ジョン・シルバーは、航海士としてまさに適任の男、アローという名前の男を見つけ出してくれました。号笛をふく水夫長もいます、リバシーさん。ヒスパニオーラ号では、物事は全て軍隊式にやりましょう。シルバーが資産家であることも書き忘れていました。私が知る限りでは、彼は借り越したことがない銀行口座をもっています。宿屋は奥さんにまかせるみたいです。そして奥さんは黒人なので、あなたや私のような独身者が勘ぐるのを許してもらえれば、彼が海へ戻るのは健康のためばかりではないということだろうかね。

J・T

追追伸

ホーキンズ君を一晩母親の所に泊まらせてやりたまえ。

J・T

この手紙が僕をどれほど興奮させたか想像できるだろうか。僕はうれしさのあまり我を忘れるありさまだった。そして僕が人を軽蔑したことがあるとすれば、このときぶつぶつ不平を言って不運を嘆いているばかりのトム・レッドルース爺さんに他ならない。狩猟番の下働きのだれでも喜んで、彼と立場を交換したことだろう。でもそれでは大地主さんが喜ばず、大地主さんが喜ぶことこそが、そのまま彼ら全員の間の法律のようなものなのだった。レッドルース爺さん以外は、あえてぶつぶつ言ったりするものさえいなかったことだろう。

翌朝、レッドルース爺さんと僕は徒歩でベンボウ提督亭に出発した。そして僕は母親が健康で元気であることをこの目で確認した。長いあいだ悩みの種だった船長も、悪人でもトラブルを起こさないようなところへ行ってしまったし、大地主さんが宿の全てを修繕してくれていて、ラウンジや看板も塗りなおされていた。いくつか家具が加わっていて、おまけに母親のために美しいひじかけ椅子が一脚、酒場に備え付けられていた。大地主さんは、僕が不在の間母親に手助けが必要ないように、男の子を一人見習として見つけておいてさえくれたのだった。

その男の子をみたとき、僕は初めて自分の置かれた立場に思い当たった。そのときまで、僕は自分の前に広がる冒険のことばかりを考えていて、後に残して行くわが家のことなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。そして今、この気のきかないよそ者がここ、母親のそばの、元に僕がいた場所にいることになるのをみて、僕ははじめて涙がこみあげてきた。僕はこの男の子にきびしくあたったかもしれない。というのもその男の子は仕事になれていなかったし、僕は何百回となくその子の行動を正しては叱りつけたからだ。そして僕はそういうことにすばやく目をつけるほうだった。

一晩があけ、次の日の夕食後、レッドルース爺さんと僕は再び徒歩で帰路についた。母親にさようならをいい、生まれてこのかたずっと過ごしてきた入り江や、なつかしきベンボウ提督亭に別れを告げた。まあ、ベンボウ提督亭は塗りなおされていたから、そうなつかしいと言うほどでもなかったが。最後に一つ考えたのは、船長のことだった。船長は、つばが上に曲がった帽子をかぶり、頬には刀傷があり、あの古い真鍮の望遠鏡をかかえ、よく砂浜を闊歩していたものだった。そして僕らは角をまがり、わが家は視界から消えた。

母親にさようならをいい、生まれてこのかたずっと過ごしてきた入り江や、なつかしきベンボウ提督亭に別れを告げた。

日が暮れる頃には、僕たちはヒースの荒野にあるジョージ国王亭で郵便馬車に乗り込んだ。僕はレッドルース爺さんとかっぷくのいい老紳士の間に押し込められた。馬車はかなり早く走っていて、夜気は冷ややかだったにもかかわらず、乗り込んだ当初からすぐにうとうとしはじめたようだ。そして山を越え谷をわたり、宿駅から宿駅に行くあいだぐっすり眠りこけていた。というのもわき腹をひじでつつかれて、ようやく目がさめたくらいだった。目を開けると、街の通りの大きな建物の前にいて、すでに夜はすっかり明けていた。

「どこにいるの?」と僕が聞くと、「ブリストルだ」とトムは答えて「降りるんだ」と続けた。

トレローニーさんはスクーナー船での仕事の監督をするために、波止場から少し離れた宿に居をかまえていた。そこまで僕らは歩いて行かなければならなかったが、とてもうれしかったことに、波止場にはさまざまな大きさのいろいろな装備をつけた各国の船がたくさん停泊していた。その一つでは、水夫達が働きながら歌い、他の船では、僕の頭上はるか高くにたくさんの男たちがいて、くもの糸ほどにも見える細いなわにぶらさがっていた。僕は生まれてこの方ずっと海辺で育ってきたけれど、これまで本当に海の近くにはいなかった気さえするほどだった。タールと潮の香りさえなにかが違っていた。僕は、はるか海を越えてやってきたさまざまなすばらしい船首像を目にした。その上多くの老水兵が耳にわっかをして、ほおひげをカールして巻き毛にしたり、タールまみれの弁髪をして、肩で風をきり不恰好な水兵歩きをしていた。もし僕がこんなにたくさんの王様や大僧正をみたとしても、これほど大喜びはしなかっただろう。

そして僕は出航するのだ。スクーナーに乗り込んで海へ、号笛をならす水夫長や歌を歌う弁髪の水夫たちと一緒に、海へ出るんだ。見知らぬ島に上陸して、埋められている宝物をさがすんだ!

僕がまだこうした楽しい夢にひたっているあいだに、僕たちは突然大きな宿の前にでてきて、大地主のトレローニーさんと出くわした。上から下まで高級船員のような服装をして、丈夫な青い服をきて顔に笑みを浮かべ、水夫の歩き方を立派に真似しながらドアから出てくるところだった。

「やってきたな」大地主さんは叫んだ。「先生も昨晩ロンドンからやってきたよ。ブラボー! 勢ぞろいだ!」

「えぇ、」僕も叫んだ。「で、いつ出航ですか?」

「出航!」大地主さんは言った。「明日出航だよ!」


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