宝島 船の料理番, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

僕が林檎の樽で聞いたこと


「いや、わしじゃねぇ、」シルバーは言った。「フリントが船長で、わしは操舵係だったんだ。松葉杖をわきに置いてな。わしが足をなくしたのと同じ一斉射撃で、年寄りのピューもめくらになったんだ。わしの足を切ってくれたのは、腕のいい外科医で大学出だったな。ラテン語もたっぷり知ってたし、とにかくそんなのだったよ。だけどコーソー要塞で犬みたいに首をくくられて、他のやつらと一緒に甲羅干しだ。ロバートの手下だった、確か。でも船の名前を変えたせいだぞ、ロイヤル・フォーチュンとかなんとかだ。だからいったん名前をつけたら、そのままにしておくんだとわしは言っとくぞ。カッサンドラだってそうさ、イングランドがインド諸国の太守を捕らえてから、わしらみんなをマラバーから無事に本国まで送りとどけてくれたな。ウオレスだって同じだぞ。フリントの古い船で、わしは血の海で暴れまわって、金貨で沈みそうになったあの船を見たことがある」

「ほぉー!」と他の声がした。船に乗ってる一番若い水夫の声で、まったく感心しきっている様子だった。「一群の花だったんだ、フリントは!」

「ディビスもそんなやつだって、みんな言ってたな」シルバーは続けた。「わしは一緒に航海したことはないがな。最初はイングランドと、それからフリントと、これがわしの経歴だ。それで今じゃあ、いわば一人立ちといったところだな。わしはイングランドで九百、フリントと別れるときまでには二千は貯めたかな。平水夫としちゃあ上出来だぞ、全部銀行に預けてある。稼げばいいってもんじゃねぇ、肝心なのは貯めることだ。よーく覚えておきな。イングランドの手下たちは今どうしてる? しらねぇな。フリントの手下はどうした? どうしたって、たいがいはこの船に乗ってるがな。プディングをもらって喜んじゃいるが、その前までは何人かは乞食をしてたんだから。年寄りのピューは、もうその時はめくらだったが、恥ずかしく思うどころか、一年で千二百ポンド使いやがった。まるで上院議員みたいにな。やつはいまどこにいる? そう、やつはもう死んで、墓場の陰じゃねぇか。でもその前の二年間ときたら、ぞっとするぜ、飢えていやがったんだ! 乞食はするは、盗みはするは、人殺しはするは、それでも飢えてたんだからなぁ、まったく!」

「じゃあ、結局のところ、金も大して役に立ちゃあしませんね」その若い水夫が言葉をもらすと、

「まぬけにはな。よく聞いとけよ、金だって何だって役に立ちゃしないのさ」とシルバーは声を荒げた。「でも、いいか、おまえは若い、まだな、でも確かにまったく賢い。おまえが最初にわしの目に止まった時から、ちゃんと分かってたんだ。だから一人前の男と同じように話をするんだぞ」

このいやな老いぼれの悪党が、前に僕に使ったのと全く同じおべっかを、別のやつにも使ってるのを聞いた僕の気持ちをわかってもらえるだろうか。できることなら、樽を突き破ってでもこいつを殺してやりたいくらいのものだった。ただその間も、盗み聞きされてるなんて思いもせず、シルバーは話を続けた。

「成金ってものはこういうもんだ。やつらは浮浪生活を送り、いつ首を縄でつられてもおかしくねぇ。でも闘鶏みたいに飲み食いはするし、一航海終えれば、ポケットははした金のかわりに大金が詰まってるといった具合だ。その金の大部分はラムとかやりたい放題で消えちまう、それでまたシャツ一枚で航海にでるといったところだ。でもわしの航海はそうじゃねぇ。わしは金を全部貯めるんだ。それもあちこちに少しずつ、どこかにたくさんってわけにはいかない、疑われるからな。わしは五十だ。それを覚えておいてくれよ。この航海から戻ったら、わしは本当の紳士ってものになるぞ。まだ時間はたっぷりあるって、お前は言うんだろう。でもわしはこれまで十分に気ままに暮らしてきたからな。海にいる時を別にすりゃあ、やりたいことでやれなかったことはないし、ふかふかのベッドでねて、ごちそうを食らってきたからな。でも何から始めたかって? 平水夫からさ、お前みたいにな!」

「ふーむ」相手の男が口をはさんだ。「でも他の金は全部なくなったんだろう? この航海が終わってからブリストルに面をだすわけにもいかないだろうし」

「じゃあ、おまえは金はどこにあると思ってるんだ?」シルバーは、あざ笑うように尋ねた。

「ブリストルだろ、銀行とかいろいろな場所にな」相手は答えた。

「そうだな」料理番は答えた。「錨をあげた時まではな。でも今はわしの女房が全部握ってる。望遠鏡屋も売っぱらった。借地権ものれんも道具も何もかもをな。それで古女房がわしと落ち合うために、そこを離れてるんだ。どこで落ち合うかを言ってもいいな、まあおまえを信用してるしな。でも他のやつらが妬むだろうからなぁ」

「女房は信用できるのか?」相手が尋ねた。

「成金ってものは、」料理番は答えた。「たいがい他人を信用しないな、それはそれで正しいんだがな。よく聞いとけよ。わしのやり方はこうだ、わしのな。わしのことを知ってる船乗りなら、錨綱の上ですべったりするなんてことは、このジョンがいる限りありえねぇってことだよ、わかるだろ。ピューを怖がっているやつもいれば、フリントを怖がっているやつもいた。でもフリント自身はわしを恐れていたんだ。恐れていながら、自慢の種だったんだがな。フリントの船乗りたちは、海の上では一番乱暴なやつらだったんだ。悪魔だって、やつらと一緒に海に行くのはごめんだったろうよ。さて、言っておこう、わしはこれ見よがしに自慢する男じゃねぇ。でもどれほど簡単にやつらを手なずけたかを見てきただろう。でもわしが操舵係だったときは、フリントの海賊たちは決して『子羊』なんてもんじゃなかったがな。まあこのジョンの船に乗ってれば、おいおい自分で分かるだろうよ」

「うん、今返事をするよ」若者は答えた。「あんたと話すまでは、ぜんぜんこの仕事が気に入らなかったが、ジョン、手を握らせてくれ」

「それでこそ勇敢な若者だ。おまけに賢いときてる」シルバーは樽が揺れるほど喜び勇んで握手をしながら、そう答えた。「わしが見たことがないくらい、成金としちゃあ、立派な船首像みたいでかっこええしな」

この時までには、僕はやつらの使ってる言葉の意味もわかりかけていた。「成金」っていうのは、じつは単に普通の海賊のことで、僕が盗み聞きした一幕は、正直な船員の一人が堕落する最後の一幕だったわけだ。おそらくこの船に残っていた最後の一人だったんだろうが。ただこの点では、僕はすぐにほっとした。シルバーが軽く口笛をふくと、三人目の男がぶらぶらやってきて、二人と一緒に腰をおろした。

「ディックは了解したぜ」シルバーが言うと

「あぁ、ディックが了解するのは分かってたぜ」と答えた声は、舵取りのイスラエル・ハンズのものだった。「こいつはばかじゃねぇ、ディックはな」そして噛みタバコを噛むと、ペッと吐き出した。「だけど、いいかな、」とハンズは続けた。「知りてぇのはな、バーベキュー、いつまでいまいましい物売り舟みたいにやってりゃいいんだってことだ。もうスモレット船長とやらは十分だよ。やつにはもうたっぷりしごかれたぜ、まったく! あのキャビンに押し入って、ピクルスやワインやなんやらが欲しくて欲しくてたまんねぇぞ」

「イスラエル」シルバーは言った。「少しは考えろや、相変わらずだな。耳くらいは聞こえるんだろう。大きな耳だしな。さあ、わしの言いたいことはこれだけだ。水夫の場所で寝て、一生懸命働くんだ。言葉遣いもていねいに、しらふにしてるんだぞ。わしが命令するまではな。言うとおりにするんだ」

「あぁ、いやとは言ってねぇよ」舵取りはぶつぶつこぼしていた。「いつってことだよ。言いたかったのは」

「いつだと! まったく!」シルバーは叫んだ。「さてまあ、知りたいんなら、いつだかを言ってやろう。できるかぎり最後までだな、それがその時だ。スモレット船長は一流の船乗りで、この立派な船をわしらのために動かしてくれてる。あの大地主と医者が地図やらなんやらをもっててくれてる、まあどこにあるかまでは知らんがな。おまえもだろ。そこでだ。あの大地主と医者に宝物を見つけさせて、わしらがそれを船に乗っける手伝いまでさせようじゃないか、まったく。それからが考えどころだな。おまえらが少しでも頼りになるとわしが思えば、スモレット船長に半分まで戻ってもらって、それからやろうじゃねぇか」

「なんだって、おれたちだって全員船乗りだろう、違うのかい」若者のディックが言った。

「おれたちは全員、平水夫っていう意味だな、お前が言ってるのは」シルバーはいなした。「わしらは一つの針路を行くことはできる、だけど誰がその針路を決めるんだ? そこが、おまえらが遅かれ早かれ仲間割れするところなんだよ。わしの方法でやるなら、スモレット船長に少なくとも貿易風のところまでは戻ってもらおうじゃねぇか。そうすればいまいましい計算違いもなければ、一日に一さじの水なんてこともねぇ。まあおまえらがどういうやつらかは分かってるよ。金を積みこんだらすぐに、島でやつらを殺さなきゃなるめぇ、なさけない。でもおまえらときたら、酔っ払いでもしなきゃ幸せになれねぇときてる。笑えるぜ、むかむかしながら、おまえらみたいなやつらと一緒に航海してるなんて!」

「落ち着けよ、ロング・ジョン」イスラエルは叫んだ。「おまえに逆らったやつがいるかい?」

「おい、どれだけの立派な船が切りこむために横付けにされたのを、わしが見てきたと思ってるんだ? どれだけの威勢のいい若者が、処刑波止場で天日にさらされたと思ってるんだ?」シルバーは叫んだ。「それもみんな急いで、急いで、急いだからさ。聞いてるか? わしはちょっとは海のことを見てきてるんだぞ。おまえらは今のままにしてるだけで、追い風に乗ってりゃ、馬車にのれるんだがなぁ、間違いなく。でも、だめなんだ! おまえらをよくわかってるからな。おまえらは明日にでもラムをかっくらって、首吊りだな」

「みんなあんたが牧師さんみたいなやつだってことは知ってるよ、ジョン。でもおまえと同じくらい上手く帆や舵をあつかえるやつもいるんだぜ」イスラエルは言った。「やつらは確かに、ちょっとはおふざけもしたさ。やつらはそんなにお高くとまってなかったし、冷たくもなかったぞ。ともかく、やつらは好き勝手やったもんさ、みんなが陽気に仲良くな」

「それで?」シルバーは続けた。「いいだろう、やつらは今どこにいる? ピューもそんなやつだったよ、やつは乞食として死んだな。フリントもそうだ。やつはサバンナにてラムで命運が尽きたな。あぁ、やつらはすばらしい船乗りだったとも、やつらは! ただ、やつらは今どこにいるんだい?」

「で、」ディックが口をはさんだ。「やつらを裏切るとして、それからやつらをどうすればいいんです、いったい?」

「わしと気が合うな!」料理番は感心したように叫んだ。「それこそわしがいうところの仕事ってやつだ。さて、どうしたらいいと思う? 島流しみたいに島に置き去りにするか? それはイングランドのやり方だったな。それとも、豚肉みたいに切り刻むか? それはフリントのやり方だよ。ビリー・ボーンズもそうだったな」

「ビリーはそういうやつだったよ」イスラエルは言った。「『死人は噛みつくこともねぇ』なんて言ってたな。ただ今となっちゃあ、やつぁ死んでるんだから、結局のところ、自分でよく分かっただろうよ。とにかく港に乱暴なやつがいたとすれば、それはビリーだったよ」

「そのとおりだ」シルバーは言った。「乱暴で、すばやいやつだったな。でも覚えておけよ。わしは寛大な男だ、本当の紳士だとおまえらは言うだろう。でも今度のことは真剣にやらなくちゃな。やるべきことはやるぞ、おまえら。わしは死刑に投票するぜ。わしが議会で馬車を乗り回している時に、キャビンにいるあのこうるさいやつらに一人だって帰ってきて欲しくはないからな、それもお祈りの時の悪魔みたいに思いがけなくなんてごめんだな。待てというのがわしの言いたいことだ。ただ時がきたらおもいっきりやるんだ」

「ジョン」舵取りが叫んだ。「おまえは男だ!」

「その目で見てから言うんだな、イスラエル」シルバーは言った。「わしが欲しいのは、一つだけだ。わしはトレローニーをもらうぞ。やつのぼんくら頭をこの手ですっぱり切り落としてやる。ディック!」一息ついてこう続けた。「いいやつだよな、ちょっと立ちあがって、林檎をひとつ取ってくれねぇか、のどが渇いたんだ」

そのとき僕が感じた恐怖が想像できるだろうか! もし少しでも力がはいれば、飛びあがって逃げ出していただろう。でも手足も心も僕のいうことをききはしなかった。僕にはディックが立ちあがろうとするのが聞いて取れた。そのとき誰かが彼を押しとどめたようで、ハンズがこう叫ぶのが聞こえた。「おい、やめとけよ! あんな樽の物をしゃぶることはねぇ、ジョン。ラムを一杯といこうじゃねぇか」

「ディック」シルバーは言った。「おまえを信用しよう。わしの小さい樽の上に枡があるからな、気をつけろよ。これが鍵だ。なみなみついで持ってくるんだぞ」

僕は恐怖で震えていたけれど、アローさんが身をほろぼした強いお酒を手に入れたのもこのようにしてだったに違いないということに思い当たった。

ディックはほんのしばらくの間行っただけだったが、その間もずっとイスラエルは料理番の耳にひそひそ話をしていた。僕が聞き取れたのは一言、二言だったが、それでも僕は重要なことをいくつか知ることができた。というのも他にも同じような意味のことがいくつか聞こえたが、こういう言葉をそっくり耳にしたからだった。「もう味方になるやつはいねぇよ」ということは、船にはまだ正直な男が残っているということだ。

ディックが帰ってきて、三人はかわるがわる酒を飲んだ。一人は「幸運に」、もう一人は「フリントに」、シルバーは歌でも歌うかのように、こう言って飲んだ。「われわれに乾杯、舵を握ってろ、ごほうびもプディングもたんまりだぞ」

ちょうどその時、樽の中にいる僕の上に明るい光がさし、見上げると月が真上にあり、第三マストの頂上を銀色に光らせ、前の帆の端に白く輝いていた。それとほぼ同時に見張り番の声が響き渡った。「陸だぞー!」


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