宝島 ロバート・ルイス・スティーヴンソン 第三部

島の男


山の斜面はこのあたりでは険しく石がごろごろしていたが、そこから小石がくずれてゴロゴロと木々の間を転がって落ちてきた。僕がはっとしてそちらを向くと、影がものすごい速さで松の幹の後に飛びこんだのが見えた。それが何だったか、熊なのか、人なのか、猿なのか僕には見分けがつかなかった。黒くてけむくじゃらに見えたが、それ以上はわからなかった。ただこの新しい不思議なことで、僕の足は恐怖にすくんだ。

今、僕はどちらに進むこともできなかった。背後には殺し屋ども、前方には得体の知れないものが隠れている。すぐに僕はぜんぜんわからない危険より、まだ正体が分かっている危険の方を選ぶことにした。シルバーだってこの森の化け物にくらべれは、ずっとましだ。そこでくるりときびすを返して、後ろを油断なく振りかえりながらボートの方へ何歩か戻りはじめた。

すぐにまたその化け物が現われ、大きくぐるりとまわって僕の先回りをした。僕はとにかく疲れていて、まあたとえ朝起きた時とおなじくらい元気いっぱいでも、こんな相手にスピードを競ったって無駄だってことはすぐわかった。幹から幹へと化け物は鹿のように軽やかに走り、人間みたいに2本足で走ってはいたが走る時ときたらほとんど体を2つに折りまげていて、僕はそれまでこんな人間は見たこともなかった。ただそれが人であることには間違いなかった。

僕は人食い人種の話を聞いたことがあるのを思い出し、もう少しで助けをよぶところだった。でもとにかく人だということがわかって、どんな野蛮人でもとにかく安心した。それと比較して、シルバーに対する恐れは再び大きくなりはじめた。そこで僕は立ち止まって、急いでなにか逃げる方法がないか見つけ出そうとした。そう考えていると、ピストルをもっていることをはっと思い出した。自分が武器をもってることを思い出し、僕の心に再び勇気が宿った。意を決してこの島の男に正面から向き合うと、そちらにつかつかと歩みよった。

この男はこのとき他の木の幹にかくれていたが、僕をよく観察していたにちがいない。というのも僕がその男の方に歩いて行くと、再び姿をあらわして、僕と向き合うために一歩踏み出したからだ。それからちょっと躊躇して引き返そうとしたが、また前に足を踏み出して、しまいに僕がびっくりしてどきまぎしたことに、ひざまずいて両手を組み合わせ嘆願するように差し出したのだ。

そこで僕はもう一度歩みをとめた。

「君はだれだい?」

「ベン・ガンだ」と答えたその声はしゃがれていて聞き取りにくく、まるでさびた錠前みたいだった。「かわいそうなベン・ガンだ、おれは。キリスト教徒と口を聞いたのは3年ぶりだよ」

その男は僕と同じ白人でその容貌は魅力的といってもいいくらいだったし、肌はむき出しになっているところは日に焼けていて、唇はほとんど真っ黒だった。そしてきれいな目はその汚い顔でもひときわ目立っていた。僕がこの目で見たり想像したことのあるあらゆる乞食の中で、みすぼらしさではこの男こそが一番だった。古い船の帆と古い船員の服で作ったぼろきれを身にまとっていて、そのつぎはぎは、真鍮のボタンだとか、木片、タールまみれの帆をたたむ時の金具だとか、ありとあらゆるぶかっこうな留め方で留めてあった。腰まわりには真鍮のバックルのついた革のベルトをしており、それが着ている物のなかで唯一まともなものだった。

「3年だって!」僕は叫んだ。「難破したのかい?」

「ちがうよ、おまえ」ベンは言った。「置き去りさ」

僕もそれは聞いたことがあった。海賊のあいだではよくある恐ろしい罰で、罰を受けるものに火薬と弾丸を少しだけ持たせて、どこか遠くの無人島に上陸させて置いてくるというものだということだった。

「3年前に置き去りだぁ」ベンは続けた。「それからは、ヤギと野イチゴと牡蠣を食べて生きてきたんだ。人間ってものはどこにいても、そうだ、人間はなんとか自給自足でやってけぇるんだ。でも、あんた、キリスト教徒の食いもんが欲しくてたまんねぇな。あんたはもしかしてチーズを一切れでももってやしねぇか、今だよ? ないって? やれやれ、いく晩も長い夜更けにチーズの夢を見たもんだよ、こんがりと焼けたやつの夢をな、たいがい。ただ目を覚ますと、ここにいるわけだ」

「もし僕がまた船にもどれたら」僕は言った。「たっぷりチーズをやるよ」

このあいだずっと、ベンは僕の上着の材質をさわったり、僕の手をなでたり、僕のブーツをみたりしていた。話をしているあいだも、人間がいることが子供のようにうれしくてたまらないようだった。ただ僕の最後の言葉を聞くと、はっと顔をあげた。その顔はおどろくほどずるそうな顔をしていた。

「もし船にもどれたら、って言ったな?」ベンは繰り返した。「どうして、だれが邪魔するんだい」

「君じゃないことはわかってるんだけどね」僕はそう答えた。

「それは間違いないよ」ベンは叫んだ。「ところで、おまえは、おまえはなんて名だい?」

「ジムだよ」僕は答えた。

「ジム、ジム」ベンは全く大喜びで、その名前を口にした。「さて、いいかい、ジム。おれは人には聞かせられないような放浪生活をしてきたんだ。それでたとえば、おれには敬虔なおふくろがいたなんて信じられるかい、おれをみてさ?」ベンは尋ねた。

「いや、べつに、信じられないこともないよ」僕は答えた。

「まぁ、とにかく」ベンは言った。「おれにはとても敬虔なおふくろがいたんだよ。で、おれも礼儀正しい敬虔なぼうやだったんだ。それで次から次へとものすごい速さで教義問答に答えたりしたもんだよ。それがこの始末だ、ジム。ぜんぶあのいまいましい墓石にファーシング銅貨を投げたことからはじまったんだ! あんな風にはじまって、こんな風になっちまった。おふくろはそうおれに言ってたよ。ぜんぶお見透しだったんだ、おふくろはな、敬虔な人だったよ! おれがここに来たのも神のおぼしめしなんだろうなぁ。こんなことを全部この島で一人っきりで考えてたんだから、また敬虔になったんだよ。もうおれがラムをたっぷり飲むとこを見ることもなかろうな、まあ最初の一口くらいは景気づけにやらせてもらうがな。おれはいい人にならなくちゃいけないんだ。その方法もわかっちゃいるんだがな。それにな、ジム」とあたりをうかがい、ひそひそ話をするくらい声を小さくするとこうつづけた。「おれは金持ちなんだ」

僕がその時思ったのは、かわいそうにこんなところに一人で取り残されて気が狂ったに違いないということだった。僕はたぶんそう思ったことを顔に出してしまったんだろう。ベンはむきになってその言葉を繰り返した。「金をもってるんだ! 金を! そう言ってるんだ。どうしてか説明するよ。おまえを男にしてやらぁ、ジム。あぁ、ジム、運に感謝しなよ、そうだ、おまえはおれを見つけてくれた最初のやつだもの!」

そしてこの時とつぜんベンの顔がくもり僕の手を強くにぎると、人差し指を脅すように僕の目の前につきだした。

「なぁ、ジム、本当のことを言ってくれよ。あれはフリントの船じゃねえよな?」とベンは尋ねた。

そして僕はいいことを思いついた。僕は味方を一人みつけたということに思い当たって、すぐに答えた。

「フリントの船じゃないさ、それにフリントは死んだんだよ。でも君が聞いたから、本当のことを言う。フリントの手下が何人か船にのってるんだ。僕らとしては運が悪いことにね」

「一本、足の、男はいねぇだろうな」ベンはあえぎながら尋ねた。

「シルバーのことかい?」僕は尋ねた。

「あぁ、シルバーだ!」ベンは言った。「それがやつの名前だよ」

「やつは料理番で、反乱のリーダーだ」

ベンはまだ僕の手首をにぎっていたが、そのときはそれに力をこめた。

「ロング・ジョンに言われて来てるんなら、」ベンは言った。「おれはなんにもできないブタも同然だな、わかるんだよ。だけどおまえはどういう立場なんだい? どうするつもりなんだ?」

僕はすぐに心を決めて、それに答える代わりに僕らの航海の話を全部と僕らがはまりこんだ苦しい立場について話した。ベンは僕の話を興味ぶかく聞いていたが、話し終わると僕の頭をぽんぽんとたたいた。

「おまえはいい子だ、ジム」ベンは言った。「あんたらは徳利結びにみたいに困ってる立場ってことだな? よしよし、ベン・ガンを信じてくれ、ベン・ガンはやる男だよ。さて、大地主さんっていうのは人を助ける時には心の広い人かな、特に自分も困った立場の時にな、ジム、おまえの意見はどうだい?」

僕は、ベンに大地主さんはすごく心の広い人だと教えてやった。

「そうかい、でもわかるだろ」ベン・ガンは答えた。「おれが言ってるのは、門番にしてもらったりとか仕立てのいい服をくれたりとかそんなことじゃねぇ。そういうことを言いたいんじゃねえんだ、ジム。おれが言いてぇのは、大地主さんはある男のものになってるも当然のお金から大金を、そうだなぁ、1000ポンドばっかり分けてくれそうかってことだよ?」

「それは絶対だよ」僕は言った。「だって、みんなに分け前があるんだから」

「あと故郷にも帰れるよな?」ベンは抜け目ない顔でつけくわえた。

「もちろん」僕は叫んだ。「大地主さんは紳士だよ。それにやつらを追っ払えれば、帰る手伝いもしてもらわなきゃならないし」

「あぁ」ベンは言った。「そうかい」そしてとても安心したようだった。

「さて、どうして金持ちかを言わなきゃな」ベンは続けた。「これだけしか話さないし、後は何一つ言わない。おれはやつが宝物を埋めたときに、フリントの船にのってたんだ。やつとあと6人でな、6人の強ぇえ水夫だ。やつらは一週間は上陸して、おれらはウオレス号にのって岸につけたり離れたりしてたんだ。ある天気のいい日に合図があって、フリント一人が小さなボートに乗って帰ってきた。頭を青いスカーフでくるんでな。日が昇るときで、船首の水切りのところのやつの顔は真っ青だったな。ただやつだけがいたんだ、いいかい、6人はみんな死んだんだ、死んで埋められたんだな。どうやって殺したんだか、船の連中には全然わからなかったよ。争いがあって、殺して、突然の死だったんだろうな、ともかく。6対1だぜ。ビリー・ボーンズが航海士で、ロング・ジョンが操舵係だ。みんな宝物はどこだか尋ねたよ。“あぁ”やつはいったな。“陸に行くんだな。そうしたけりゃな、そのままいりゃあいい”なんて言ったな。“でもこの船はもっとぶちのめすんだよ、こん畜生!”たしかそんな風にいってたな」

「それで、おれは3年後に他の船に乗ってたんだ。この島を見て、“おい”おれは言ったよ。“ここにはフリントの宝物があるんだぜ”陸に上がって探そうじゃねぇか」船長はそれにいい顔しなかったが、船員仲間は大賛成で上陸したんだ。12日間は探したな、毎日ひでぇことは言われるし、ある朝に全員船にもどっちまったんだ。“おまえはな、ベンジャミン・ガン”やつらは言ったよ。“マスケット銃を置いとくぜ”で、こう続けた。“それで鋤とつるはしだ。おまえは一人ここに残って、フリントの金をさがすんだ”そう言ったんだ」

「で、ジム、3年もここにいるわけだ。その日から今日まで、キリスト教徒が口にするものは一口だって食べちゃいない。でもここを見ろよ、おれだよ、おれを見ろよ。平水夫に見えるかい? 見えないだろ。まあ、平水夫じゃなかったからな」

そういうとベンはめくばせをして、僕をひどくつねった。

「大地主さんにはこう言ってくれよ、ジム」ベンは続けた。「この男はそうじゃないんです、断じてね。そういうんだぞ。3年もこの島にいたんです、昼も夜も、晴れた日も雨の日も。時々はたぶんお祈りもしてたと思いますぜ(そう言うんだよ)。時々はたぶん年取ったおふくろのことも考えてたようですよ、まるでおふくろが生きてるとき、そうしたみたいにね(そう言えったら)。でもたいていの時はガンは(確かにこう言うんだぞ)、たいていの時は別のことをしてたんです。それでおれがやったみたいに大地主さんをつねるんだ」

それで、僕をまたひどく気安い態度でつねった。

「それから」ベンは続けた。「つねるのはやめて、こう言うんだ。ガンはいい人です(こう言うんだぞ)、それでガンは貴いお方を信じてますよ。貴いお方をね、いいかい、自分も昔はそうだった成金より、生まれながらの紳士をね」

「いいよ」僕は言った。「僕には一言も何をいってるのかわからないけどね。でもたいしたことじゃないよ。どちらにしても僕はどうやって船にもどったらいいんだい?」

「あぁ」ベンは言った。「それは問題だな、確かに。そうだ、おれのボートがあるぜ、おれが作ったんだ。あの白い岩の下にあるぜ。最悪のときは、暗くなったらボートを使おうじゃねぇか。おい!」ベンは突然叫んだ。「あれは何だ?」

ちょうどその時、日が沈むまでは1,2時間はあったが、島中に雷鳴のような大砲の音がとどろき鳴り響いた。

「やつらが戦いを始めたんだ!」僕は叫んだ。「僕についてきて」

僕は停泊場所に向かって、恐怖もすっかり忘れて走りはじめた。僕のすぐそばを島に置き去りにされた男がヤギの皮をきて、楽々と軽やかに駆けていた。

「左、左だよ」ベンは言った。「左の方を行くんだよ、ジム! あの木の下のほうだ! はじめておれがヤギを殺したところだ。もうこんなところには降りてこないんだよ。ベンジャミン・ガンを恐れてみんな山の方へ行っちまったんだ。あぁ! ここには、はかはがあるぞ」はかばっていうつもりだったんだろう。「盛り土しているところが見えるかい? ここに来てお祈りしてたんだ、ときどきな、日曜だと思った時にね。確かに教会じゃねぇが、儀式っぽい感じがするだろ。ただ、こういうんだぞ。ベン・ガンは人手不足でしたってな、牧師はいないし、それどころか聖書の一冊や国旗の一本もなかったんです。って言うんだ」

僕が走っている間もベンは話しつづけていて、別に返事を期待するふうでもなかったので、僕もとくに返事をしなかった。

大砲の音につづいて、かなり間があってから、小銃の一斉射撃があった。

また間があり、それから僕の前の四分の一マイルも離れてないところで、英国国旗が森の上にたなびくのが見えた。


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