宝島 ロバート・ルイス・スティーヴンソン 第五部

潮が引いていく


コラクル舟は、乗り込む前にもよく分かっていたことではあるが、僕くらいの背丈や体重なら十分安全な乗り物で、荒海でも浮かんでいたし、敏捷だった。ただその舟はかなり扱いにくく、操縦するにもつりあいが取れていなかった。どうやっても風下へと行ってしまうし、ぐるぐる回ってしまうのがその舟のお得意だった。ベン・ガンでさえ、その舟が「癖がつかめるまでは実に扱いにくい」ことを認めていた。

確かに、僕にはその癖が分かっていなかった。その舟は、僕が行きたいと思ってる方向以外ならどの方向でも向かっていった。ほとんど横向きになってばかりだったので、潮の流れがなければ船までたどり着くことはとうてい無理だったろう。でも運にもめぐまれてどう漕いでも、潮が僕の舟を流していったのだ。僕の行く手にはちょうどヒスパニオーラ号があり、たどり着きそこねることはなかった。

最初、船は暗闇のなかで何かもっと黒いもののようにぼんやりと姿を現したが、マストや船体が形をとりはじめ、次の瞬間には船の錨綱の横にいるように思えたので(というのも僕はすいぶん押し流されて、潮の流れはどんどん速くなっていたから)僕はさっとそれをつかんだ。

錨綱は弓の弦ほどにぴんと張っていた。船の錨綱は、それほど錨を強く引っ張っていたのだ。船体のまわりはまっ暗闇だったが、さざなみをたてた潮の流れが、山の小川のように泡をたててさらさらと流れていた。僕の一太刀で、ヒスパニオーラ号は潮に流されていってしまうことだろう。

ここまでは問題なかった。でも次に思い当たったのは、こんなにぴんと張った錨綱を急に切ったりするのは、馬に跳ね飛ばされるくらい危険なことだということだ。ヒスパニオーラ号を錨から断ち切ったりしたら十中八、九、ひどいことになり、僕とコラクル舟は空中に跳ね飛ばされてしまうことだろう。

そう考えて思いとどまったのだが、再び僕に幸運がめぐってこなかったら、この計画はすっかりあきらめたことだろう。でも南東南からふきはじめていた微風は、夜がふけてからは風向きがかわり、南西からの風になっていた。ちょうど僕が悩んでいるときで、風向きがかわり、ヒスパニオーラ号がその風をとらえ潮の流れにのった。そして僕にとってうれしかったことに、握っていた錨綱がゆるみ、つかんでいた手が少し水のなかにもぐった。

このことで僕は決心した。ナイフをとりだし歯で開き、よりあわされた綱を一本づつ切っていった。そして船は2本の縒りでゆれてるまでになった。それから一息おいて、一陣の風がふいてまた綱がゆるんだときに切ってしまおうと待ち構えた。

こうしているあいだも、僕の耳には船室から大きな声が聞こえていた。ただ本当のことをいえば、僕は他のことにすっかり気をとられていたので、ほとんど耳にはいらなかった。ただもうすることもなくなったので、注意をむけてみた。

聞こえてくる声の一つは、舵手のイスラエル・ハンズで以前はフリントの砲手だった男の声だ。もう一つの声は、もちろん、わが友たるあの赤い帽子の男のものだった。2人は明らかに酔っ払っていたが、まだ酒をくらっているようだった。なぜなら僕が耳をかたむけているあいだも、そのうちの一人が酔っ払った叫び声をあげ、船尾の窓をあけて何かを放り出したからだ。たぶん、あきびんかなんかだろうと思う。でもやつらは単なる酔っ払いではなかった。明らかに激怒していたのだ。悪態がひょうのように降り注ぎ、ときどき間違いなく殴りあいになるに違いないと思うほどの騒ぎようだった。でもそのたびに口げんかはおさまり、声もしばらくおちついて、また次の叫び声があがり、喧嘩にはなることなくおさまるといった具合だった。

岸の方には、大きなキャンプの焚き火の明かりが、浜辺の木立ちを通してめらめらと輝いているのが見えた。単調な退屈なふしの船乗り歌を歌っているものがいて、一節の終りごとに声を低くしてふるわせていた。まるで歌い手があきるまでは、その歌には終わりがないかのようだった。僕はこの航海でその歌を何度となく聞いていたので、この歌詞の文句を思い出した。

生き残ったのはわずかに一人、 75人で船出をしたのに

そして僕はこの短い歌が、悲しみに満ちていて、今朝あれほど打ち負かされたやつらにはぴったりだと思った。実際には、僕がみたところによれば、海賊たちはみなまるで海とおなじくらい無神経なやつらだったんだが。

とうとう風がふいた。スクーナー船は暗闇のなかで少し動いてこちらに近づいてきた。僕は錨綱が再びゆるんだのを感じて、ぐっと力をこめて残った綱を断ち切った。

風はコラクル舟をまったく動かすことはなかったので、僕はもう少しで本当にヒスパニオーラ号のへさきで押し流されるところだった。それと同時に、スクーナー船は船尾を中心にゆっくりと回転しはじめて、反対向きになって潮の流れにのった。

僕は死にもの狂いだった。というのも、今にも転覆するのではと思ったからだ。そしてコラクル舟を直接遠ざけるのは無理だとわかったので、船尾の方へと向かっていった。なんやかんやで、僕はあぶない船から逃げ出した。そしてコラクル舟にもう一押しをした瞬間に、両手が一本の軽い綱にふれた。綱は船尾の船べりから垂れ下がっていて、僕はその瞬間に綱をつかんだ。

自分でもどうしてそんなことをしたのかは、さっぱりわからない。最初は本能的で、ただ綱を両手ににぎってしっかり結びつけられているのがわかると、好奇心がむくむくとわいてきて、ちょっとばかし船室の窓から覗いてやろうと心に決めた。

僕はその綱をたぐって十分近くまできたと判断したので、危険は危険だったが半身をなげだして、船室の中の天井と一部をのぞいてみた。

このときには、スクーナー船とその小さな伴舟はきわめて速い速度で水の上をすべっていた。実際、すでに焚き火と平行になるくらいまでのところまできていた。船は、船乗りがいう、大声でしゃべっている状態だった。つまり、多くのさざなみが立っている中をたえまなくしぶきをあげ進んでいたわけだ。だから窓の下枠から覗きこむまで、どうして見張りの男たちが警告をあげないのか不思議でならなかった。でもひと目みて、そのわけがわかった。ただその安定しない小舟からではひと目みるだけでもやっとだった。ハンズと仲間がしっかと組み合って、お互いの片手で相手の咽喉をつかんでいたのだ。

僕は再びすぐさま舟に腰をおろした。というのも、もう少しで舟から落ちるところだったから。そのときは、2人の怒って紅潮した顔が、くすんだランプの下でともに揺れている以外はなにも見えなかった。そこで両目をとじて、再び暗闇に目がなじむようにした。

死んだやつの衣装箱に15人 ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1 本! 飲めや、悪魔が残りを飲み干す ヨーホー、ヨーホー、ラム酒を1本!

ちょうどそのときヒスパニオーラ号の船室で酒と悪魔がどれほど大暴れをしているか、僕が考えていたとき、急にコラクル舟ががたんと揺れて驚いた。同時に舟が左右にひどくゆれ、進路を変えたように思われた。その間も加速しつづけていた。

僕はすぐに目を開いた。あたり一面さざなみで、同時に耳をつんざくようなはげしい音とかすかな青い光がみてとれた。ヒスパニオーラ号の進路も変わっているようで、僕の舟はそこから数ヤード後ろで相変わらずくるくる回っていた。そして僕の目には、夜の闇を背景にしてマストが少し動いているのが見えた。いいや、ずっと見ていると、ヒスパニオーラ号も南に進路を変えているのは確かだった。

僕は肩ごしに振り返ると、心臓が飛び出るほどびっくりした。僕の真後ろに焚き火の明かりがあったのだ。流れは直角に曲がり、大きなスクーナー船と小さな踊っているようなコラクル舟を押し流してきたのだ。だんだん流れは速く、泡が大きく、波音は高くなり、流れは狭い所でうずまいて外海へと流れていった。

とつぜん、スクーナー船は僕の目の前で急激に向きをかえ、たぶん20度は方向をかえただろう。それと同時に、船上でひとつの叫び声に続いて、別の叫び声があがった。昇降用のはしごを揺らす足音が聞こえ、2人のよっぱらいもとうとう喧嘩を止めて、自分たちが陥っている災難に気がついたということが僕にもわかった。

僕はこのみじめな小舟に身をふせて、身を神にゆだねた。この海峡の終わりで、僕らは砂州に流れつきこなごなになってしまうだろう。まあ、そこで僕のトラブルも一巻の終わりとなるわけだ。ただ死ぬことは、たぶんなんでもなかったが、迫りくる運命をただ傍観しているのは耐えられなかった。

僕は何時間も身を伏せていたことだろう。常にうねりでゆさぶられ、ときどき飛び散るしぶきをあび、次に突っ込んだら死が待っているんだろうと思っていた。だんだん僕も疲れてきた。僕の心は、こんな恐怖の真っ只中にあって、麻痺し、ときどきはすっかり無感覚になった。そしてついに眠りにおち、波に揺られるコラクル舟で、僕は横たわり故郷のベンボウ提督亭を夢見ていた。


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