宝島 僕の海の冒険, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

僕が海賊旗を引き下ろす


僕が船首斜檣にとびつくとすぐに、吹流しの三角帆がはばたき、帆の反対側に風をうけ、大砲のような音をたてた。スクーナー船はその反転で、竜骨のところまで震えた。次の瞬間、他の帆はまだ風をうけていたので、三角帆は再びはばたきだらんとぶらさがった。

このため、僕はもう少しで海へとはねとばされそうになった。僕はぐずぐずせずに、船首斜檣をはって船の方へ戻り、甲板に頭から転がりこんだ。

僕は前部上甲板の風下の側にいて、メインマストはまだ風をうけていた。そのため、後部甲板の一部は僕からは見えず、人の姿は見当たらなかった。反乱以来、一度も磨かれていない甲板は足跡だらけで、首のところが割られている空き瓶が一本、甲板排水口を行ったり来たりまるで生き物のようだった。

とつぜん、ヒスパニオーラ号は風をうけた。僕の背後の三角帆は大きな音をたて、舵はぎしぎしときしんだ。船全体が、気味が悪いくらい上下動して振動した。それと同時に、メインマストの下げたが船の方にまわってきて、帆が滑車のところでミシミシと音をたて、僕は風下の後甲板が見渡せた。

二人の見張りが、たしかにいた。赤帽の男が仰向けになり、てこ棒のように固まって両手を十字架の像のように伸ばし、開いた口から歯が覗いていた。イスラエル・ハンズは船べりにもたれかかり、あごを引き、両手はだらんと甲板に垂らし、顔色は日に焼けているにもかかわらず油脂ろうそくみたいに蒼白だった。

しばらく船は暴れ馬のように飛び跳ね、横に動いたりした。帆は片側から風を受けたと思えば、また別の側から風をうけ、下げたはあちこちにゆれ、マストがひっぱられてぎしぎしと音をたてた。そしてまた僕は船べりを越えて水しぶきをあびたし、船首が波につっこんだりもした。手製のバランスの悪いコラクル舟より、よっぽどこの大きな万全の装備の船のほうが荒天でひどくゆれた。まぁ、コラクル舟はもう海の底だったが。

スクーナー船が飛び跳ねるごとに、赤帽の男があちこちに滑っていった。でも、見ていて何が恐ろしいって、その男の姿勢も歯をみせたにやにや笑いの表情もそんなにあちこちを滑っても全くかわらなかったことだ。船が飛び跳ねるごとに、ハンズはだんだん甲板にずりさがっていき、両足を前へ全身が船尾の方へ傾き、その顔はだんだん僕の方から見えなくなった。そしてとうとう僕には、片耳と頬ひげのすり切れた巻き毛しか見えなくなった。

同時に、僕は二人の周りの甲板に黒ずんだ血が飛び散っているのに気づき、やつらは酔っ払って怒りにまかせて同士討ちしたんだろうと考え始めた。

僕がそうやって見つめて迷っていると静けさが訪れ、船がじっとしていると、イスラエル・ハンズは少しこちらにむきなおり、低いうめき声をだして体をねじり、最初に僕がみた格好に戻った。うめき声は、痛みに満ちていて今にも死にそうなほど衰弱していた。そしてそのあごをあげる様子は、僕の心に訴えかけた。ただ僕はりんごの樽の中で聞いた話を思い出したので、かわいそうに思う気持ちはすっかりなくなっていたが。

僕はメインマストのところまで、船尾の方へ歩いていった。

「乗船したよ、ハンズさん」僕は皮肉っぽく言ってやった。

ハンズはつらそうに僕の方をみた。ただ驚きを顔に出すには、あまりに弱っていた。やつにできるのはせいぜい一言、言うだけだった。「ブランデーを」

僕もぐずぐずしている場合じゃなかった。再びがたんと揺れた下げたをよけながら、甲板を横切り船尾の方へ行き、船室昇降口から船室へと降りていった。

船室の中ときたら混乱のきわみだった。カギをかけてあった場所も全て、地図を探したために、開けっ放しで壊されていた。床はごろつきどもがキャンプをした周りの沼地でうろつきまわった後に、座り込んで酒盛りしたか相談でもしたんだろう、どろだらけだった。金色のビーズが飾られていた真っ白に塗られた壁には、どろだらけの手の跡がついていた。何十本もの空ボトルが船がゆれると、隅の方でガチャガチャと音を立てていた。先生の医学書の一冊がテーブルの上に開いたままになっていて、ページの半分くらいはびりびりと破かれていた。パイプに火をつけるのにでもつかったんだろう。そうしている真ん中で、ランプがくすぶったぼんやりした茶色い光をはなっていた。

僕は貯蔵庫に入っていった。酒樽は全部なくなっていて、驚くほどの数のボトルがからっぽになり、ほったらかされていた。確かに、反乱以来、しらふでいたやつは一人もいなかったことだろう。

ごそごそ探し回って、ハンズのために少しブランデーが残っているボトルを一本見つけた。あと自分用にビスケットとピクルス漬けの果物とレーズンをたっぷり、そしてチーズを一切れ揃えた。これらをもって、僕は甲板に戻ってきた。といっても、自分のものは船首の舵のところに隠しておいて、ハンズには手の届かないようにはしたが。それから僕は水の入った樽のところまでいって、水をたっぷり飲んで、それから、そうしてようやく、ハンズにブランデーをやった。

ハンズはボトルを口につけると、いっきに一ジル(〇・一六リットル)ほども飲み干した。

「ぐはぁー、こんちくしょうめ、こいつがやりたかったんだ!」

僕も腰をおろして、もぐもぐやりはじめた。

「けがはひどいのかい?」僕は尋ねた。

ハンズはうなり声をあげた、というか、ほえたといった方がいいかもしれない。

「もし医者がいれば、」ハンズは言った。「少しでも手をかけてくれれば平気だったろうよ、運がねぇんだな。こんなもんだよ。あいつは死んじまってるだろう」ハンズは、赤帽の男を指差してつけ加えた。「どちらにせよ、船乗りなんかじゃなかったがな。おまえは、いったいどうやって来たんだ?」

「うん」僕は言った。「この船を乗っ取りにきたんだよ、ハンズさん。で、次に通告するまでは僕を船長として認めてもらおうか」

ハンズは顔をしかめて僕を見たが、何も口には出さなかった。ほおに血の気が戻ったが、ひどく具合が悪く見え、船がゆれるたびにずり落ちては姿勢を直していた。

「ついでに」僕は続けた。「ああいう旗は嫌だな、ハンズさん。失礼だけど、捨てさせてもらうよ。ない方がまし」

僕はまた下げたをよけて、旗のポールのところまで走っていって、のろわれた黒い旗を降ろし海へ投げ捨てた。

「国王陛下ばんざい!」僕は帽子をふってさけんだ。「シルバー船長もこれで終わりだ!」

ハンズは、ずっとあごを胸につけて、するどい目でじろりと僕をにらんだ。

「俺は思うんだ」ハンズはとうとう口を開いた。「俺には考えがある、ホーキンズ船長、着岸したいんだろう。話し合おうや」

「うん、いいよ」僕は言った。「喜んで、ハンズさん。それで?」そして僕は、がつがつと食べ物を腹に詰め込んだ。

「この男は、」ハンズは、死体をあごでさして話しはじめた。「オブライエンって言うんだが、下品なアイルランド人でな、こいつと俺とで帆をあげて、船をもとの場所へ戻そうとしたんだ。うん、こいつは死んだ。船底のあかみたいに完全にな。で、だれがこの船をうごかせばいい? 俺はわからんな。俺が助けてやらなきゃ、おまえさんはあいつみたいにはできんぞ。俺が教えないとな。そら、見ろよ、おまえさんは、俺に食べもんと飲み物、それから傷をしばる古いスカーフでもハンケチでも持ってきてくれ、そんで俺はおまえにどうやって航行するか教えてやる。五分五分の取引だろ」

「ひとつ言っとくよ、」僕は言った。「キッド入り江の停泊所には戻らない。僕は北の入り江に行って、そこにこっそり停泊するんだ」

「おまえの言うとおりにしよう」ハンズは大きな声でいった。「俺は悪魔の水夫ってわけじゃねぇ。俺は分かってるんだよ、そうだろ? 俺はちょっとやってみたけど、だめだったしな。おまえの方に風はふいてるみたいだ。北の入り江か? 俺には選択の余地はねぇな、俺にはな! 処刑波止場までだって行くぜ、全く! やるよ」

そこで、僕にしてみればいい取引に思えたので、すぐに話をまとめた。三分後には、僕はヒスパニオーラ号を操って、風をうけ宝島の岸ぞいに走らせていた。僕が思うには、昼前に北の岬をまわって、満潮にならないうちに北の入り江まで急いでいけそうだった。それで僕らは船を無事に着岸させ、潮が引くのを待って上陸するまで待てばいいわけだ。

それから僕は舵を固定すると、僕の衣装箱のところまで行って、母親のやわらかいシルクのハンカチを取り出した。それで、僕が助けてやりながら、ハンズが太ももに負った大きな血の流れている傷をしばった。そして少し食べ物を口にして、もう一口、二口ブランデーを流しこむと、みるみるハンズは調子がよくなりはじめた。まっすぐ座りなおし声も大きく明瞭になり、まるで別人みたいだった。

風はいうことなしだった。僕らは鳥みたいに軽やかに水面をすべり、島の岸を飛ぶように後にして、景色はめまぐるしく変わっていった。すぐに高台を通り過ぎ、小ぶりな松が点在する砂の低地の横にさしかかった。そこもまたすぐに通り過ぎて、岩山の角をまわり、島の北の端までやってきた。

僕は自分の命令に大得意になっていた。そして天気もよくさんさんと輝くような天候で、陸の風景が次から次へと変わるのも楽しかった。僕は水も食べ物もたっぷりあって、小屋を見捨ててきたことでひどく痛んでいた良心も、この占領で帳消しといった具合だった。ただ思うに、水夫長の目だけをどうにかしたかった。やつはあざけるように甲板にいる僕をみて、その顔はいつも奇妙なにやにや笑いが浮かんでいた。その笑いには痛みと疲れが感じられ、やつれた老人のそれだった。でもそれにくわえて、あざけるような、裏切り者のような表情があった。そんな表情で、抜け目なく僕が働いている姿をじっとじっと見守っているのだった。


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