アメリカ大統領就任演説

ジョージ・ブッシュ大統領就任演説


1989年1月20日

最高裁判所長官、大統領、副大統領のクエール氏、ミッチェル上院議員、ライト議長、ドール上院議員、マイケル下院議員、アメリカ国民、近隣、友好諸国のみなさん。

われわれの心と歴史に永遠にのこる地位を獲得した一人の人がここにいます。レーガン大統領です。われわれの国民を代表して、あなたがアメリカのためになしとげてきた数々の偉業に対して感謝をささげたい。

私は、ジョージ・ワシントンが200年前に誓ったのと同じ誓いの言葉をさきほど繰返しました。私が手をのせた聖書は、ジョージ・ワシントンがその手をのせたのと同じ聖書です。ワシントンのことが今日でもわれわれの記憶にあるのは、今日が建国200年の大統領就任演説だからというわけではなく、ワシントンがわれわれの祖国の父であるからなのです。そして私が思うに、この日がきたことはワシントンを大変よろこばせるでしょう。なぜなら今日こそが、われわれの国が建国以来200年続いてきたという輝かしい事実の実例にほかならないからである。

われわれは民主主義の玄関、隣人としてや友達として話すにはよい場所にいる。なぜなら今日はわれわれの国が、お互いの違いはしばらく置いておいて、一つになるときだからだ。

そして私の大統領としての最初の行動は、祈ることだ。あなたがたにも頭をたれてほしい。

天にまします神よ、頭をたれてあなたの愛に感謝します。今日もたらされた平和への感謝と、それがいつまでも続くようにしてくれる信仰を共有していることへの感謝を受け入れてください。神の意志を注意して聞き逃さずに、神の仕事ができるようわれわれを強くしてください。そしてわれわれの心にこの言葉をきざんでください。「人を助けるために力をつかいなさい」われわれは自身の目的に向かって前進するために力を与えられているわけではないし、ましてや世界中にみせびらかしたり、名をあげたりするために力を与えられているわけではない。力の使い道はたった一つしかない、それは人に仕えるためである。それをわれわれが忘れないようにしてください、神よ、アーメン。

私はあなたがたの前で、約束に満ちている時に大統領の職責を担います。われわれは平和な、繁栄している時代に生きているかもしれませんが、もっとよくすることができるでしょう。新たな風がふいています、そして自由によって新しくなった世界は生まれ変わったかのようです。人の心の中では、たとえ事実はそうでなくても、独裁者の時代は終っています。全体主義の時代は過去のものです、その古い考え方は、死んでしまった老木の木の葉のように吹き飛んでしまいました。新しい風がふいています、そして自由によって新しくなった国は、前進するのをいまかと待ち構えています。新たな土地を耕し、新たな行動をおこしましょう。未来が霧につつまれていた時期もありました。あなたたちは、霧が晴れて正しい道がわかる希望をもちながら、座りこんで待っていました。今こそが、未来が明日と呼ばれる部屋への正しい道へ続くドアであるような時です。

世界の大多数の国は自由へのドアをくぐり、民主主義へと歩んでいます。世界中の男女が、繁栄へのドアをくぐり、自由市場へと歩んでいます。世界中の人々が、自由だけに許される道徳的にも知的にも満足することへのドアをくぐり、表現の自由と思想の自由を要求して運動しています。

われわれは何が有効に働いているか知っています。自由です。われわれは何が正しいか知っています。自由です。われわれはどうすれば、より公正で繁栄した生活をこの世で人がおくることができるか知っています。自由市場、言論の自由、自由な選挙、州の制約を受けない自由な意思の行使によってです。今世紀で初めて、全ての歴史を通じてもおそらく初めて、われわれは生きるための仕組みを作り上げる必要がありません。われわれはどんな政府の形態がよいか夜遅くまで話し合う必要もありません。われわれは国王の手から正義をとりあげる必要もありません。われわれはただ自身の中から、正義をふるいおこさなければなりません。われわれは自分で知っていることに基づいて行動しなければなりません。私はある聖人の希望を手本にしたいと思います。きわめて重大なことには団結してあたり、重要なことには多様性をみとめ、全てのことに寛容であることと。

今日アメリカはすばらしい自由の国で、礼儀正しく秩序だっており、われわれが愛さざるをえない国です。われわれは大きな声で誇らしげに語ったりしませんが心の中では、シンプルな事実として、この国がわれわれが思っているよりはるかに重要であり、われわれの力が善なるものを目指す力であることを知っています。しかしこの時代においても、国としてわれわれは変わらなければならないのでしょうか? われわれは物質的なものに熱狂し、仕事や犠牲の尊さの真価をよくわからなくなっているのではないでしょうか?

われわれの友よ、われわれは自らの所有物を集めただけの存在ではありません。所有物はわれわれの人生の尺度ではないのです。心の中では、われわれは何が重要か分かっています。われわれは子供達により大きな車や、より残高の多い銀行口座を残すことだけを望んでいるわけではありません。われわれは子供達に忠実な友や愛に満ちた両親や、自分の家庭や近所や町をよりよいものとする市民であろうとする意識を与えなければなりません。われわれはともに働く男女が、われわれが一緒にいないときに何を語ることを望むでしょうか? われわれが、周りのだれより成功することに駆られていると語ることでしょうか? もしくはわれわれが立ち止まって病気の子供の具合が良くなったかどうか尋ね、そこでしばらく友情に満ちた言葉をかわすためにとどまったことを語ることでしょうか?

大統領も、政府も、われわれ自身がどうなれば一番いいかを思いなおすことを教えることはできない。しかし、もしあなたがたが選挙で選び、この政府を率いることにした人物が違いをもたらすことができれば、もしその人物がより寡黙なより深いところからの、金や絹ではなく、もっとよい心やもっとよい魂から作り上げられる成功を祝うことができれば、もしその人物がこれらのことができるならば、その人物は実行しなければならない。

アメリカは高い道徳観をもっていなければ、完全なアメリカとはいえない。われわれは人民として今日そういう目標をもっています。その目標はこの国の顔をやさしくし、世界の顔をおだやかなものにします。わが友よ、われわれにはなすべき仕事があるのです。なにもかも失ってうろつくホームレスがいます。なにも持たず、愛もうけず、ふつうに育てられていない子供たちがいるのです。薬や福祉やスラムを支配する堕落させるものに中毒になることに隷属し、拘束されている人々がいます。克服すべき、通りでの乱暴な犯罪があります。十分に世話ができなかったり、愛を与えられないかもしれない母親になろうとしている若い女性を助けなければなりません。われわれが若い女性の選択した人生を祝福しようとも、若い女性はわれわれのケアを、導きをそして教育を必要としているのです。

古い解決法、古いやり方は、公的資金だけがこれらの問題を解決できると考えていたが、われわれはそうではないことを学んできました。どちらにせよ、われわれの資金は潤沢ではないのです。われわれは赤字額を減少させてきました。われわれは予算以上に意思をもっています。意思こそがわれわれに必要なものなのです。われわれは厳しい選択をしなければなりません、つまりわれわれが持っているものをみつめ、たぶんその配分を変えなければならないでしょう、われわれの決定は本当に必要なもの、将来の安全に基づいて下さなければなりません。そしてそれからわれわれは、全ての中でもっとも賢明な方策をとらなければならないでしょう。われわれが頼りにできる唯一のリソースは、必要なときにはいつでも増えるもので、それはアメリカ人の良心と勇気です。

私は人々の人生についての約束について話しています。それは現場に赴いて、自らかかわり、仕事をなしとげる新しい実践主義です。われわれは、老人の使われていない才能や、若者の焦点のあってないエネルギーを活用し、さまざまな世代に参加してもらわなければなりません。なぜなら指導者が世代から世代へと受け継がれるだけではなく、執事職もそういうものだからです。第二次世界大戦後に生まれた世代もそういう年代に到っている。

私は多数の明るい見通しについて、この国中に星のように広がり、よいことをしている全てのコミュニティの組織について語ってきました。われわれは手に手をとって、励ましながら、時には導き、時には導かれながら、そして報酬を与えながら、働かなければなりません。われわれはこういうことにホワイト・ハウスや、大統領顧問団で取り組まなければならない。私はより明るい見通しをもっている人々や問題のところにでかけていって、私の政府のすべてのメンバーがかかわれるように頼むでしょう。古いアイデアは再び新しくなります。というのもそれらは古くはないからです、それらは時代を超越しています。義務や犠牲やコミットメントや愛国心は、参加し協力することで表現されるのです。

われわれには行政官と議会の間の新しい約束も必要です。われわれの目の前の問題には、ホワイト・ハウスと上院で徹底的に話し合いましょう。われわれは連邦予算を均衡させなければならないのです。そしてわれわれはアメリカが世界の目の前で、一致団結して、強く、平和で、財務上も健全であることを確実としなければなりません。しかしもちろん事態は困難であるにちがいない。われわれには妥協も必要です。われわれには意見の食い違いもあったから。われわれには調和が必要です。われわれには一斉に争っている声が聞こえてきたから。

また議会もわれわれの時代に変わらなければならないのです。議会では確かにあつれきが生じてきたが、われわれは、お互いのアイデアではなくお互いの目的が問題になる、困難な状況を目にしたり声明を耳にしたりしてきました。そしてわれわれの大政党は、お互いにあまりにしばしば距離をおいたり相互不信をいだいてきました。それはベトナム戦争以来続いています。その戦争はわれわれをまだ引き裂いています。しかし友人よ、その戦争は25年ほども前に始まったものであり、時効になっていて、これが事実です。ベトナムの最終的な教訓は、いかなる大国も記憶によって分断されたままではいられないということです。新たな風がふいています。そして古くからの二党体制は、再び新たにならなければなりません。

そして友人たちよ、そうだ、私が言いたいのは野党の友人のことだ、そう野党のことを言っている。私は手をさしのべる、私は、下院議長、あなたに手をさしのべる。私は多数党のリーダーのあなたに手をさしのべる。なぜならこういうことだからだ。今が手をさしのべる時代なのだ。われわれは時計の針をもどすことはできない。そして私はそうするつもりもない。しかしわれわれの父親たちが若かったとき、下院議長、われわれの違いは水際で解消されました。われわれは時間の針をもどしたいとは願わない。しかしわれわれの母親が若かったとき、多数党のリーダー、議会と行政府はこの国が上手くやって行く予算を協力して作り上げることができた。すぐにそして熱心に交渉のテーブルにつこう。しかし最後には、作り上げよう。アメリカ国民は行動を待望している。国民はわれわれをここに口論するために送り込んだわけではない。国民はわれわれに単なる党派を克服してほしいと願っている。「きわめて重大なことには団結してあたる」そしてこれこそが友人たちよ、きわめて重要なことだ。

世界に対しても、われわれは新たな約束をし、誓いを新たにする。われわれは平和を守るために強くありつづけるでしょう。さしのべられた手はしぶしぶながらの手であるが、いったんしっかりとさしのべられ、重大な結果をもたらすことができるでしょう。今日自らの意思に反して外国にとどまっている、責任のないアメリカ人がいます。ここには助けがもたらされ、そして長く記憶されるでしょう。よい意思からはよい意思が生じます。よい信仰は永遠にのぼりつづけるらせんのようなものなのです。

偉大な国は偉大な人々のように約束を守らなければなりません。アメリカが何かを言えば、たとえ条約や同意や誓いが大理石の階段で結ばれていようとも、それは本気でなのです。われわれはいつもはっきりと話さなければなりません。なぜなら率直さが大事であるからです。もちろん繊細さもよいものでふさわしい場所があります。世界中でのわれわれの同盟と交友関係を強く、ますます強くする一方で、われわれはソ連の新たな終結に、われわれの安全や進歩を調和させながら、引き続いて対応していきたい。われわれの新たな関係は、一つには希望と力の勝利を経験にもたらしているという人もいるかもしれない。しかし希望はよいものだが、力と警戒もまたよいものなのです。

今日ここには、民主主義に参加して、自身の希望がかなえられるのを目にしてきた人々に当然の満足をおぼえる何万という国民がいる。しかし私の考えはここ数日次のような人々に向いてきた。つまり家にいて年とった男性が国旗が通り過ぎていくときに敬礼したり、自分の息子たちに戦いの賛歌を教える女性をみる人々に。私は、これを感傷的にするつもりはない。私はこのような日々に、われわれもみな、逃れようがなく固く結び付けられたものの一部であるということを憶えておいてほしいのだ。

われわれの子供はアメリカ中の学校においてこの場をみている。そしてその子供たちに私は言いたい。この民主主義の偉大な日を目撃してくれてありがとう。なぜなら民主主義はわれわれみなに属するものだからだ。そして自由は美しい凧のようなもので、風をうけて高く高く舞い上がって行くことができるのです。そして全員に私は言いたい。どんな環境にいようとも、どこにいようとも、あなたはこの日の一部であり、われわれの偉大な国の生命の一部なのです。

大統領は王子でもなければ教皇でもない。そして私は人の魂に窓を捜し求めたりはしない。事実、私はお互いの態度や生き方により寛容で、寛大であることを求めたい。

明らかに社会として結束して立ち上がり、許すことができない分野はごく少ない。現在もっとも明らかなのはドラッグである。そして最初のコカインが船で密輸されたとき、それは致死にいたるバクテリアといってもよかっただろう、バクテリアのように体を傷つけるだけでなく、われわれの国の魂をも傷つけた。そしてもっとやらなければならないことも、言わなければならないことも多いが、この言葉を送りたい。この不幸の元を止めなければならないと。

そして、まだしなければならないことは多い。そして明日仕事は始まる。私は将来を疑っていない。私は将来にあるものを恐れていない。なぜならわれわれの問題は大きいが、われわれの心はより広いからだ。われわれのチャレンジも偉大だが、われわれの意思はより偉大なものである。そしてもしわれわれの欠点が多いなら、それだけ神の愛が本当に限りないということである。

リーダーシップを、トランペットの音が聞こえてくる盛り上がるドラマとみている人もいるだろう。そして時々はそういうものかもしれない。しかし私は歴史とは多くのページがある一冊の本だと思っている。そして日々われわれは希望にみちた意味ある行為でその一ページを埋めていくのである。新たな風がふき、ページをめくり、物語が展開していく。そして今日新たな章がはじまり、短く威厳にみちた、団結と多様性と寛容の物語が、共有して、ともに執筆される。

どうもありがとう、神のご加護があなたがたとアメリカにありますように。


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