アメリカ大統領就任演説

ビル・クリントン第一期大統領就任演説


1993年1月21日

今日、われわれはアメリカの再生の神秘を祝おう。

この就任式は冬の最中に行なわれるが、われわれが語る言葉と世界に向ける顔で春を呼びよせようではないか。

春は、世界でもっとも古い民主主義において再生する。その民主主義こそがアメリカを再創生するためのビジョンと勇気を生み出すのである。

われわれの国の創立者たちが、世界に向けてアメリカの独立を、神に向けてわれわれの目的を力強く宣言したとき、創立者たちはアメリカが続いていくとともに、変化しなければならないだろうということを分かっていたのだ。

それは変化のための変化ではなく、アメリカの理想、つまり生命、自由、幸福の追求を守るための変化である。われわれは時代の音楽に合わせて歩んでいくが、われわれの使命は時代を超越しているのである。

アメリカの全ての世代は、アメリカ人であるということの意味を定義しなければならない。

私はわが国を代表して、前任者のブッシュ大統領、その半世紀にわたるアメリカへの献身に敬意を表したい。

そして何百万もの男女にその堅実さと犠牲で、不況、ファシズム、共産主義を乗り越えてきたことに感謝したい。

今日、冷戦の影響下で育った世代は、新しい責任を引きうけている。それは自由の日ざしで暖められてはいるが、まだ過去の憎しみと新しい災いに脅かされている世界においてである。

比類なき繁栄の下で育ち、われわれはまだ世界で最強の経済を受け継いでいる。しかしそれは、経済での失敗、賃金の伸びの鈍化、増大する不公平性、そしてわれわれの間の深い溝によって弱体化している。

ジョージ・ワシントンが、私が誓い終わったばかりの宣誓を最初に行ったとき、そのニュースは陸では馬で、海上では船でゆっくりと伝播していった。しかし今、この宣誓式の模様と音声は、世界中の何十億という人々に即座に放映される。

コミュニケーションと経済はグローバル化し、投資は世界を駆けめぐり、テクノロジーはもはや魔法と区別がつかず、よりよい生活を送りたいという思いは今や世界共通のものとなっている。われわれは、世界中の人々との平和裏に行なわれる競争を通じて生計をたてなければならない。

より深いところからの強い力がわれわれの世界をゆりうごかし、注意をうながしている。われわれの時代の火急の問題は、われわれの敵ではなく味方に変化をもたらすことができるかどうかということである。

この新しい世界ではすでに何百万ものアメリカ人が、競争して勝ち取ることで豊かな生活を送っている。しかし多くの人々が仕事はきびしくなり収入はいよいよ少なくなっていて、一方では全く働けない人もいる。ヘルス・ケアの負担が家族にのしかかり、多くの大企業、中小企業を破綻させようとしている。犯罪の恐怖が法を遵守する国民から自由をうばい、何百万もの貧しい子供たちが、われわれが送ってほしいとよびかけている生活を想像することすらできない。そのようなとき、われわれは味方に変化をもたらすことができていない。

われわれは現実に向き合い、力強く歩んでいかなければならないことを知っている。しかしこれまでは、そうしてこなかった。その代わりに、われわれはただ漂流してきた。その漂流はわれわれの資源を食いつぶし、経済を腰折れさせ、われわれの自信をゆるがせてきた。

われわれのチャレンジはひどいものだったかもしれないが、チャレンジこそがわれわれの力である。そしてアメリカ国民は常に歩みをとめず、何かを捜し求め、希望にみちていた。われわれは、目前にいる人々のビジョンや意思を今日のわれわれの任務としなければならない。

アメリカ独立戦争から、冷戦を通じて、世界大恐慌、公民権運動に至るまで、われわれ国民はいつもこれらの危機から、われわれの歴史を支える柱を打ち立てる決意を奮い起こしてきた。

トーマス・ジェファーソンは、われわれの国のまさに基礎となるものを守るためにこのことを信じていた。われわれには時折大きな変化が必要なのである。さて国民のみなさん、われわれの番だ。これを受け入れようではないか。

われわれの民主主義は決して世界の羨望の的ではなく、われわれ自身の再生のための原動力でなければならない。アメリカにとって正しいことで、癒すことが出来ないほど悪いところはどこにもない。

そして今日、行きづまりと漂流の時代の終わりをわれわれは誓う、新しいアメリカの再生が始まったのだ。

アメリカを再生させるために、われわれは大胆にならなければならない。

われわれは、いかなる世代もかつて義務として課せられたことがないようなことに取り組まなければならない。われわれは、われわれ自身に、その職務に、そしてその将来に、もっと投資しなければならない、そして同時にわれわれの大規模な負債を切りつめなければならない。われわれはあらゆる機会に競争しなければならない。そして世界においても同じことに取り組まなければならない。

それはたやすいことではない。それには犠牲が必要となる。しかしそれは実行可能である。犠牲のためではなく、われわれのために犠牲が払われ、適切にそれは実行されるだろう。われわれは、わが国を家族が子供たちを養うように養わねばならない。

われわれの国の創立者たちは、自身を後世の目を通してみていた。われわれも同じ行動をとることができる。眠りにまどろむ子供のまなこを見たことがある人ならだれでも、後世の目がどのようなものかは知っているだろう。後世の目は来るべき世界であり、われわれがそのためにわれわれの理想を持ちつづける世界であり、われわれの地球を借りている世界であり、われわれが果たすべき責任を負うべき世界である。

われわれはアメリカがベストをつくすことをすべきである。全ての人により多くの機会をあたえ、全ての人に責任を求めよう。

われわれは、政府やお互いに何も提供せずに何かを求める悪い習慣を改める時だ。もっと自分自身や家族だけではなく、コミュニティやわれわれの国に責任をもとうではないか。

アメリカを再生させるために、われわれは民主主義に新しい息吹をふきこまなければならない。

文明の夜明けからのありとあらゆる首都と同様に、この美しい首都はしばしば陰謀と策略のうずまく場所だったりした。権力をもった人々が地位をあやつり、際限なく誰にこの地位を与え、誰から剥奪するか、誰を昇進させ、誰を降格するかで気をもんでいる。それも、その血と汗でわれわれをここに送り込み、自活している人々のことを忘れてである。

アメリカ国民はよりよい待遇に値する。そして今日この首都には、よりよいことをしたいと考えている人々が集まっている。そして私は今日ここにいる全ての人にいいたい。われわれの政府を改革することを決意して欲しい、そうすれば、権力や特権が市井の人々の声をかき消すこともなくなるだろう。個人的な利害は少しわきに置いてほしい、そうすれば痛みを感じることができ、アメリカの約束を理解できるだろう。

われわれの政府をフランクリン・ルーズベルト大統領が“大胆で、未来までつづく実験”とよんだ場所にすることを決意してほしい。われわれの将来のための政府であり、過去のための政府ではない。

この首都をそこに属する人の手に戻そうではないか。

アメリカを新たにするために、われわれは国内同様、海外でも挑戦に直面しなければならない。もはや何が海外のもので何が国内のものか区別することはできない。世界の経済、世界の環境、世界のエイズ危機、世界の武器競争、それらがわれわれ全員に影響を与えるのだ。

今日、古い秩序が過去のものとなり、新しい世界はより自由に、しかしより不安定になっている。共産主義の崩壊は過去の反目と新たな危険を生み出してきた。明らかにアメリカは、今までやってきた以上に世界を導きつづけなければならない。

国内でアメリカを立てなおす一方で、われわれは新しい世界をつくる挑戦にひるむこともなければ、また新しい世界を作るきっかけをつかみ損ねることもないだろう。味方も敵もいっしょに、われわれは変化に飲みこまれることがないよう、変化を方向づけることに取り組みたいと思う。

われわれの生命を左右するような国益がおびやかされたり、国際社会の意思や良心が踏みにじられたとき、われわれはできるかぎり平和的なかけひきをもって、ただ必要なときは武力も辞さず、対処したいと思う。われわれの国で今日、ペルシャ湾、ソマリア、その他どんな場所でも任務についている勇気のあるアメリカ人は、われわれの決意に対する表明である。

しかしわれわれのもっとも偉大な力は、その理想の力であり、それは多くの場所でまだ目新しいものである。世界中でその考えが受け入れられ、われわれもうれしく思う。われわれの希望も心も手も、全ての大陸で民主主義と自由を打ち立てている人の希望と心と手とともにある。彼らの大義はアメリカの大義である。

アメリカの人々は、今日われわれが祝福している変化をすでにもたらしてきた。あなたたちは明らかに声をそろえてあげてきたし、歴史的な数の票を投じてきた。そして議会の顔である大統領、そして政治の手続きそれ自体を変えてきた。そう、あなたたち、アメリカ国民は春の訪れを推し進めてきた。さてわれわれはその季節がもとめる仕事をこなさなければならない。

私はこの仕事に、私の執務室の全ての力をあわせて専念したい。議会にも協力を要請したい。しかし大統領だけでも、議会だけでも、政府だけでもこの仕事に着手することはできない。アメリカ国民よ、あなたがたもだ、われわれの改革において果たすべき役割を果たして欲しい。私は新しい世代のアメリカ国民に奉仕を促したい。困っている子供たちに手を貸したり、必要な時はいつでもそばにいてあげたり、ほころびたコミュニティを再び結びつけることで自分の理想に忠実に行動してみてはどうだろうか。まだまだすべきことはたくさんある。まだ精神的に若く、奉仕する心にもあふれている何百万もの人々にとって本当に十分たくさんなほど、すべきことはある。

奉仕において、われわれはシンプルだが力強い真実に思い当たる。つまりわれわれは、お互いを必要としているのだ。そしてわれわれは、お互いの世話をしなければならない。今日、われわれはアメリカを祝福する以上のことをしなければならない。アメリカのまさにその意義に身を捧げなければならない。

その意義はアメリカ独立戦争で生まれ、2世紀におよぶ挑戦を通じて再び新たなものとなってきた。その意義は、運命がかわっていれば、われわれは幸か不幸かお互いの立場を替えていたかもしれないと考えることによって鍛えられてきた。その意義は、われわれの国は多様性にとても富んでいながらも、もっとも深いところまで一致することがもたらされるという信念によって品位をあげてきた。その意義は、アメリカの英雄的な長旅が永遠に上向きでなければならないという確信を吹きこんできた。

そして、アメリカ国民よ、21世紀を迎えるにあたってエネルギーと希望、そして信念と規律をもって始めようではありませんか。われわれの仕事を終えるまで、仕事に取り組もうではありませんか。聖書にはこうかかれています。「いい行いにうんざりすることはない。なぜなら支払いの時がくれば、われわれは支払いをうけるからだ。もしわれわれが弱気にならなければ」

この就任式の喜びにみちた頂上から、谷での奉仕をもとめる声が聞こえます。われわれにはトランペットの音が聞こえました。われわれは警備を交替しました。そして今われわれそれぞれの立場で、神の助けをかりて、その声に答えなければならない。

ありがとう、そして神のご加護がみなにありますように。


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