ジョージ・オーウェル

チャールズ・ディケンズ 第六章


もしディケンズがたんなる喜劇作家だったのであれば、現在、誰も彼の名前を憶えてはいなかっただろう。あるいは良くて彼の作品のいくつかがフランク・フェアレイスヴァーダント・グリーン氏コードル夫人の寝室説法といった作品と同じようにヴィクトリア朝の雰囲気、牡蠣と茶色のスタウトビールの心地よいかすかな香りを伝える遺物として生き残っただけだろう。ディケンズがリトル・ドリットハード・タイムズといった作品でピクウィックの作風を放棄したことをときどき残念に感じることの無い者がいるだろうか? 人々が人気作家に求めることは彼が同じ作品を繰り返し書き続けることなのだ。しかし同じ作品を二度書くような人間は一度目を書くこともできないということを彼らは忘れている。多少なりとも生気のある作家は放物線を描くような軌道をたどり、その下降曲線は上昇曲線から推し量ることができる。ジョイスはダブリン市民での冷厳な筆致から開始され、フィネガンズ・ウェイクでの夢の言語で終わる。しかしユリシーズ若い芸術家の肖像はその軌道の一部を構成しているのだ。彼にとっては不都合な作風、同時に私たちの記憶に彼を刻み込むその作風へと彼を押しやったのは単純に彼がモラリストであったという事実、「語るべき何事かを持っている」という意識なのだ。彼は常に説教を垂れ、それがその創作力の最後の秘密なのだ。創作できるのは何かを気にかけている時だけだ。スクィアズやミコーバーといった人物像は何か愉快なものはないかと探している三文作家には描き得ないものだろう。笑うに値する冗談は決まってその背後にひとつの思想を持ち、それは普通は転覆的な思想だ。ディケンズが愉快になり得るのは彼が権威に対して反抗しているからであり、また常に笑いの対象となる権威がそこに存在するからなのだ。常に追加のカスタードパイを投げつけるための余地は残されているのだ。

彼の改革主義は極めて曖昧なものだが誰もがその存在に気がつく。これこそモラリストと政治家の間の違いだ。彼は建設的な提案は持ち合わせていないし、非難している社会の性質を明確に理解しているわけでさえない。ただ何かが間違っているという情緒的な感覚があるだけで、最終的に彼に言えるのは「正しい行いをせよ」ということだけなのだ。これは先に私が指摘したように必ずしもその響きほどには浅薄なものではない。ほとんどの革命家は潜在的に保守派である。なぜなら彼は社会の形態を変えれば全てはうまくいくと想像しているからだ。時に見られるように、変化さえ達成されればそれ以外には何も必要ないのだと彼らは考える。ディケンズはこうした精神的粗雑さを持ち合わせていない。彼の不満が曖昧なのはそれが持つ普遍性の証だ。彼が問題にしているのはあれやこれやの制度ではなく、チェスタートンが指摘するように「人間の顔に浮かぶ表情」なのだ。おおざっぱに言えば彼の持つ道徳はキリスト教的道徳だが、英国教会の下で育ったにも関わらず自らの遺書で彼がはっきりと書いたように本質的には彼は聖書キリスト派である。いずれにせよ彼を信心深い人間として描くことは適切ではない。彼が「信心深い」ことは疑いないが、信仰の対象としての宗教が彼の思考に大きく入り込んでいるようには思えない[以下の注記]。彼がキリスト教徒として振る舞うのは抑圧者に対峙する被抑圧者に半ば本能的に味方する時なのだ。当然のことながら彼は決まってどんな場合でも弱者の側に立つ。その論理的帰結として弱者が強者になった時にはその立ち位置を変えることになるが、実際のところディケンズにもそうした傾向がある。例えば彼はカトリック教会をひどく嫌っていたが(バーナビー・ラッジで)カトリック教徒が迫害されるとすぐさま彼らの側に立った。貴族階級のことはさらにいっそう嫌っていたが(二都物語の革命を描いた章で)彼らが実際に打ち倒される時にはその同情心は向きを変えた。こうした情緒的な態度を離れると彼は方向を見失うことになる。よく知られた例がデイヴィッド・コパフィールドの結末にある。この作品を読んだ人間であれば誰しもそこで何かがおかしいと感じるはずだ。おかしいのはその最終章には成功に対する崇拝がそれと気がつかないほどほのかに充満していることなのだ。それはディケンズの教義ではなくスマイルズスマイルズ:サミュエル・スマイルズ。「自助論」の著者。の教義に沿ったものになっているのだ。擦り切れた服を着た魅力的な登場人物は取り除かれ、ミコーバーは金持ちになり、ヒープは牢獄へと送り込まれる……こうした出来事はどちらもまったくあり得ないものだ……さらにはアグネスに道を譲るためにドーラが殺されさえする。もしそう思いたければドーラをディケンズの妻、アグネスを彼の義理の妹と読み替えることもできるだろうが、本質的な問題はディケンズが「相当な方向転換をしていること」、そして自らの性分に背いていることだ。アグネスが彼の描くヒロインの中でもっとも不愉快なもの、ヴィクトリア朝ロマンスの実に優柔不断な天使、サッカレーの描くローラと同じくらいひどい代物になっているのはおそらくこれが理由だろう。

[注記:彼の末息子への手紙から(一八六八年):「宗教上の慣習やささいなしきたりについてとやかく言われなかったことをおまえは憶えていることだろう。そうしたものに敬意を払うだけの思慮が育まれる歳になる前に、そうしたもので子供たちをうんざりさせないよう私は常に気を払ってきた。だからおまえはよく理解していると思う。私が今、一番おまえに伝えたいことはキリスト自身によってもたらされたキリスト教の真理と美、そして謙虚に心からそれを敬えばおまえの状況がひどく悪いものになることは決してないということだ……朝夕に自分の心の内で祈るという健やかな行いを決してやめてはいけない。私は一度もそれをやめたことはないし、それによる安らぎを理解している」(原著者による脚注)]

成人した人間であれば誰しもディケンズを読めば彼の限界を感じずにはいられないが、しかしそれでもそこには彼の生まれ持った心の寛容さがはっきりと見て取れる。それはちょうど錨のように振る舞い、ほとんどいつでも彼が属している場所に彼を繋ぎとめている。おそらくはこれこそが彼の人気の中心にある秘密なのだ。ディケンズ的類型というよりはむしろ気立ての良い無律法主義こそが西洋大衆文化の特徴のひとつなのだ。それは民話や戯れ歌、ミッキーマウスや水夫のポパイといった空想上のキャラクター(どちらも巨人殺しのジャックの変種だ)、労働階級による社会主義の歴史、帝国主義への大衆の抗議行動(決まって無力だが全てが見せかけというわけではない)、金持ちの車が貧しい者を轢いた時に法外な損害見積もりの賠償を課そうとする傾向に見て取ることができる。決まって不利な弱者の側、強者と対峙する弱者の側に立つという感覚があるのだ。ある意味でそれは五十年ほど時代遅れな感覚かもしれない。一般の人々はいまだディケンズの精神世界を生きているが、現代の知識人のほとんど全てが何らかの形で全体主義へと走っている。マルクス主義者やファシストの立場から見れば、ディケンズが支持するもののほとんど全てが「ブルジョア道徳」で片付けられることだろう。しかし道徳的態度においてイギリスの労働階級以上に「ブルジョア的」な者はいない。西洋の国々では精神面において一般の人々は決して「現実主義」の世界や権力政治に足を踏み入れてはいない。いずれディケンズが辻馬車と同じように時代遅れなものになった時には彼らもそう振る舞うことだろう。しかし彼が生きた時代、そして私たちの時代において彼が人気を博しているのは主として、愉快で単純化され、それゆえ記憶に残る形で、彼が一般の人間の生まれ持った良識を表現することができたからなのだ。そしてこの観点に立った時にさまざまに異なるタイプの人々を「一般の」として表現できるということには重要な意味がある。イングランドのような国には、その階級構造にも関わらず、ある種の文化的調和が確かに存在するのだ。キリスト教の時代を通して、そしてとりわけフランス革命以来、西洋世界は自由と平等という思想に取り憑かれてきた。これはひとつの思想に過ぎなかったが、社会のあらゆる階層に浸透した。とりわけひどい不公正、残虐行為、嘘、高慢があらゆる場所に存在したが、それらを例えばローマ時代の奴隷所有者と同じ無関心さで眺めることのできる人々はそう多くはなかった。大富豪さえもが、ちょうど盗んだ羊の足を食べる犬のように漠然とした罪悪感に苦しんだ。その実際の振る舞いはどうあれ、ほとんど全ての者が人類の同胞愛という考えに対して情緒的な責任を感じていたのだ。ディケンズはそこに存在し、また全体的にはいまだ信じられていた規律を表明したのだ。例え人々がそれに反していようとそれは関係なかった。もしそうでなければ彼が労働者に読まれながらも(名声を得ながらもそれをなし得た小説家は他にいない)ウェストミンスター寺院に葬られた理由を説明することは難しい。

それが何であれ、一人の人間が書いたものを詳細に読めばページの背後のどこかにその顔が浮き出てくるように思えるものだ。それは必ずしも作家の実際の顔ではない。スィフトやデフォー、フィールディング、スタンダール、サッカレー、フローベールにたいして私はそれを強く感じる。しかしそのうちの何人かについて言えば私は彼らがどんな姿をしているのか知らないし、知ろうとも思わない。そこに見えるものはその作家が持っているに違いない顔なのだ。そしてディケンズの場合に私に見えるものはディケンズの写真にある顔そのものではなく、それに似た別のものなのだ。それは四十歳くらいの男の顔で小さなあごひげを生やし肌の血色がいい。彼は怒りを漂わせた笑顔を作っているが、そこには勝利の喜びも悪意も無い。それは常に何かと戦っている、公の場で恐怖することなく戦う男の顔、穏やかな怒りに燃える男の顔だ……言い換えればそれは十九世紀のリベラル、自由な知性、今まさに私たちの魂と戦っている悪臭を放つ矮小な正統派から等しく憎まれる種類の顔なのだ。

1940年3月11日
Inside the Whale and Other Essays

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