ジョージ・オーウェル

イギリス風殺人の衰退


日曜日の午後、できれば戦争戦争:第二次世界大戦のこと前のことだと思って欲しい。妻はすでに肘掛け椅子で眠っていて、子供たちは楽しい遠足へと送り出された後だ。あなたはソファーに足を伸ばし、眼鏡を掛けてニュース・オブ・ザ・ワールドニュース・オブ・ザ・ワールド:イギリスのタブロイド紙。ザ・サンの日曜版という位置づけのいわゆるゴシップ紙。紙を開いている。ローストビーフとヨークシャー、あるいはローストポークとアップルソース、その後にはスエットプディング、そしてもちろんマホガニーブラウンの色をした紅茶が続き実にいい気分だ。パイプからは甘い香りが立ちのぼり、体の下のソファークッションは柔らかく、暖炉では気持よく火が燃えていて空気は温かく停滞している。この心地良い状況であなたは何について読みたいと思うだろうか?

そう、もちろん殺人事件についてだ。しかしどんな殺人事件がいいだろう? イギリスの人々に最も大きな喜びを与えてきた殺人事件について調べたとしよう。そのおおよそのあらましをほとんど全ての人間が知っていて、小説にされたり日曜日の新聞に繰り返し焼き直し記事が載るような殺人事件だ。調べてみるとそれらの多くに通底する非常に大きな共通点があることに気がつくだろう。私たちのエリザベス女王時代は大いなる殺人の時代だと言われるが、その期間はおおよそ一八五〇年から一九二五年の間であるように思われ、時の試練に耐えて評判を勝ち得ている殺人犯にはルージリーのパーマー博士ルージリーのパーマー博士:ウィリアム・パーマー。イギリスの医師で殺人犯。友人、兄弟、義母、自身の子供を毒殺したとされる。、切り裂きジャック切り裂きジャック:イギリスの連続殺人犯。犯人は捕まっていない。、ニール・クリームニール・クリーム:トーマス・ニール・クリーム。スコットランド出身の連続殺人犯。アメリカ、イギリスで複数の人物を毒殺したとされる。、メーブリック夫人メーブリック夫人:フローレンス・エリザベス・メーブリック。夫を毒殺したとされる。、クリッペン博士クリッペン博士:ハウリー・ハーベイ・クリッペン。妻を毒殺したとされる。、セドンセドン:フレデリック・セドン。下宿人の女性を毒殺したとされる。、ジョセフ・スミスジョセフ・スミス:ジョージ・ジョセフ・スミス。複数の女性と結婚を繰り返しては水死させていたとされる。、アームストロングアームストロング:ハーバート・ローズ・アームストロング。イギリスの事務弁護士。妻を毒殺したとされる。、そしてバイウォーターズとトンプソンバイウォーターズとトンプソン:フレデリック・バイウォーターズとイーディス・トンプソン。イーディスに示唆されたフレデリックがイーディスの夫を殺害したとされる。といった人物がいる。加えて一九一九年近辺にはこれらとは異なる非常に有名な事件があり、それも一般的なパターンに当てはまりはするがこれについては名前を出して言及しないほうが良いだろう。容疑者が無罪となっているためだ。

先に言及した九つの事件のうち少なくとも四つの事件はそれに基づいた小説が成功を収め、ひとつは大衆向けの通俗劇として公演がおこなわれている。さらにその周囲には多くの文献が存在する。新聞記事、犯罪学の論文、弁護士や警察官の回顧録といった形式のそれらはちょっとした図書館を作ることができるほどである。最近のイギリスで起きた犯罪のどれをとってもこれほど長い間、詳細に記憶され続けると考えることは難しい。国外で起きる暴力が殺人事件を矮小に見せるからというだけではない。広く起きている犯罪のタイプが変化しているように思えるのだ。戦時における有名事件CAUSE CÉLÈBREでまず挙げられるのは割れ顎殺人と呼ばれた事件で、これは今では大衆向けのブックレットにまとめられている。また裁判を一語一句追った記録が昨年のいつだったかにメイザース・ジャローズによって出版されていて、序文はベックフォッファ・ロバーツベックフォッファ・ロバーツ:C・E・ベックフォッファ・ロバーツ。イギリスの文筆家、ジャーナリスト。氏が書いている。この事件は犯罪学とおそらくは法的見地から以外は全く興味をそそられるものではないが惨めで卑しむべきこの事件を取り上げる前に、日曜新聞の読者が苛立ちながら「最近はいい殺人事件がめっきりありませんね」と言う時に彼らが何を言っているのかについて定義を試みておこう。

先に名前を上げた九つの殺人事件について考えるにあたって、まず切り裂きジャック事件は除外することができる。これはそれ自身でひとつの分類をなすものだ。他の八つのうち六つは毒殺事件であり、十人の犯罪者のうち八人は中流階級の人間だ。またさまざまな仕方ではあるが二つの事件を除いた全てでセックスは強い動機になっていて、少なくとも四つの事件で世間体……実生活において安楽な地位を得たいという欲求、あるいは離婚のようなスキャンダルで社会的地位を犠牲にしたくないという欲求……が殺人を犯す主要な理由のひとつになっている。事件の半分以上で遺産か保険契約書といったようなある知られた額の金銭を手に入れることが犯行目的になっているが、事件に絡むその金額はほとんど全ての場合で少額だ。事件のほとんどで犯罪行為は隣人や親類縁者による疑惑をきっかけとした注意深い調査の結果としてごくゆっくりと解明されていく。そしてほとんど全ての事件で何か劇的な偶然が起きるのだ。それはまるで神の導きの御手がはっきりと見えるかのようであり、小説家も思いつかないであろう物語のひとつを見るかのようだ。例えば少年に変装した愛人と一緒に大西洋を横断しようとしたクリッペンの高飛びや、隣室で妻の一人が溺れ死のうとしている真っ最中にオルガンで「主よ 御許に近づかん」を演奏していたジョセフ・スミスがそれだ。ニール・クリームの事件を除けばこれらの犯罪の全ては原則として家庭内におけるものだ。十二人の犠牲者のうち、七人は殺人犯の妻か夫だった。

これらの事実を頭にいれるとニュース・オブ・ザ・ワールド紙の読者の観点から見た「完璧な」殺人事件がどのようなものであるかを描き出すことができる。殺人犯は……歯科医師や事務弁護士と言った……知的職業階級の平凡な男で、郊外のどこかでごくまっとうな生活を送っていなければならない。さらに言えば一棟二軒の家屋に住んでいると好ましいだろう。隣人が壁越しに怪しい物音を聞くことができるからだ。また保守党の地方支部の委員長、あるいは非国教徒で強力な禁酒支持者でなければならない。自分の秘書かライバルである知的職業階級の男の妻に対して許されざる熱情を抱いたことで道を踏み外し、自らの良心との長く恐ろしい格闘の末、ついに殺人に手を染めたのでなければならない。人を殺す決心をした彼は最大限の狡猾さでもって計画を立て、その上でほんの小さな予期せぬささいな点で失敗を犯さなければならない。選ばれる手段はもちろん毒薬である。つまるところ彼が殺人を犯すのは不義密通がばれたためというよりはむしろ不名誉を軽減するため、自らのキャリアへの損害を減らすためである。こういったたぐいの背景を持つことで犯罪はドラマティックで悲劇的な色合いさえ帯びるようになり、それが印象的で、犠牲者と殺人犯の両方に対する大きな同情を誘うものになるのだ。先に述べた犯罪のほとんどにはこういった雰囲気の色合いがあり、私が言及しながらも名前を伏せたひとつを含む三つの事件は私が説明してみせた概形ほとんどそのままの筋書きになっている。

さて割れ顎殺人と比較してみよう。この事件には感情的な深みはまったくない。ある殺人事件については二人の人間が犯行を働いた可能性が高いが、幸いにもこの二人は他の数人は殺さなかった。背景にあるのは家庭的なものではなく、ダンスホールでの匿名生活とアメリカ映画の誤った価値観だ。容疑者となった二人は十八歳の元ウェイトレスであるエリザベス・ジョーンズとアメリカ陸軍の脱走兵であり将校を装っていたカール・フルテンだ。二人が一緒にいたのは六日間だけで、本当かどうかは怪しいが逮捕されるまで二人は互いの本名さえ知らなかったという。二人はたまたま喫茶店で出会い、その夜、盗まれた軍のトラックでドライブにでかけた。ジョーンズは自分のことをストリッパーだと説明していた。これは正確には真実ではない(過去に一度だけ不首尾に終わったパフォーマンスをおこなっただけだ)。また「女ギャングになるような」何か危険なことをしたいと宣言していた。フルテンは自分のことをシカゴ・ギャングの大物だと説明していたがこれもまた真実ではない。二人は道路沿いで自転車に乗っていた一人の少女を見かけ、自分がいかにタフであるかどうかを誇示するためにフルテンは彼女を自分のトラックで轢いた。その後で二人は彼女の持っていた数シリングを奪った。さらに別の時にはヒッチハイクで乗せてやった少女を殴りつけ、コートとハンドバッグを奪った後で彼女を川に投げ込んだ。そして最後に、たまたまポケットに八ポンドを入れていたタクシードライバーをもっとも残酷な方法で殺したのだ。それからほどなくして二人は別れた。フルテンが捕まったのは愚かにも死んだ男の自動車に乗り続けていたためで、ジョーンズが警察に自供をした。裁判ではそれぞれの被告人が互いに責任をなすりつけあった。犯罪を犯している間、二人ともが最大限の冷淡さを持って振舞っているように見える。二人は殺したタクシードライバーの八ポンドをドッグレースですっている。

彼女の手紙から判断するとこの少女の事件はある程度心理学者の関心を惹いたようだが、この殺人事件が見出しを飾ったのはおそらくはフランス侵攻の蟻地獄と不安に囲まれた状況から注意をそらすためだったように思われる。ジョーンズとフルテンはV1V1:ドイツのV1飛行爆弾のことに合わせるように殺人を犯し、V2V2:ドイツのV2ロケットのことに合わせるように有罪判決を下された。また……イギリスでは一般的になっていたことだが……男には死刑が、女には懲役刑が下されたことでかなりの騒ぎが巻き起こった。レイモンド氏によればジョーンズに対する減刑は広い義憤を招き、内務大臣への電報の濁流を引き起こしたという。彼女の生まれ故郷では「彼女を絞首刑にすべきだ」という言葉が壁にチョークで書かれ、その横には絞首台に吊るされた人の姿が描かれた。今世紀になってイギリスで絞首刑にされた女性が十人だけであること、女性の絞首刑が消えた大きな理由はそれに反対する大衆感情であったことを考えると十八歳の少女を絞首刑にしろというこの叫び声は部分的には戦時の残忍性によるものではないかと感じずにはいられない。ダンスホールの空気、巨大な映画館、安物の香水、偽名と盗難車に彩られたこのむなしい物語全体は疑いなく本質的には戦争の時代に属しているのだ。

近年に最も話題になったイギリスの殺人事件がアメリカ人と一部アメリカナイズされたイギリスの少女によって引き起こされたものであることにはおそらく大きな意味があるのだろう。しかしこの事件が過去に起きた家庭内での毒殺劇のように長く記憶されるとは考えにくい。これら毒殺事件は安定した社会の産物である。その社会は偽善が広く見られるものであったにせよ、そこでは少なくとも殺人ほどに深刻な犯罪であればその背後には強い動機が必ず存在していたのだ。

1946年2月15日
Tribune

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