ジョージ・オーウェル

ナショナリズムについて


どこだったかでバイロンがLONGEURというフランス語の単語を引いて、この言葉を英語に翻訳しようとしてそれと対応する言葉が無いことに気がついたと書いていた。それが表すは無視できないほど大量に存在するというのにだ。同じように現在、広く蔓延しているある思考の傾向が存在し、それがほとんど全ての物事に対して私たちの思考に影響を及ぼしているというのにそれにはいまだに名前が与えられていない。意味が最も近い既存の言葉で言えば「ナショナリズム」だ。だがそれは本来の意味からすると私がその言葉を使わない場面で観察されることがある。つまり私が言っている感情というのは必ずしも国家と呼ばれるもの……つまり一つの民族や地理的な領域……に結び付けられないのだ。それは教派や階級と結びついているように見える。あるいは単にネガティブな意味で何かに敵対する場合に働き、ポジティブな忠誠心といったものはなんら必要としていないようなのだ。

「ナショナリズム」という言葉で私が言っているのはまず第一に人類は昆虫と同じように分類できると見なす傾向であり、何百万あるいは何千万もの人々の区分全体を自信満々に「善いもの」か「悪いもの」にラベル付けできるという傾向だ[下記の注記を参照]。だがその次に……そしてこちらの方が重要なのだが……私が言っているのは自分自身を一つの国家あるいは組織に基づいて自己定義し、それを善悪の上に置き、その利害の他にはなんら義務を感じないという傾向なのだ。ナショナリズムがパトリオティズム(愛国心)と混同されることはない。二つの言葉はどちらも普通とても曖昧な使われ方をし、その定義には疑問が投げかけられやすい。だが両者ははっきりと区別しなくてはならない。この二つは異なるものだし正反対の概念さえ含んでいるのだ。「パトリオティズム」という言葉で私が言っているのは特定の地域あるいは特定の生活の仕方に対する献身的な愛情だ。それらを世界で最高のものであると信じるがそれを他の人々に強要するつもりは毛頭ないという考え方なのだ。パトリオティズムはその性質からして受動的なものでそれは軍事面に対しても文化面に対しても言える。一方、ナショナリズムは権力に対する欲求と切り離すことができない。全てのナショナリストの変わることのない目標はさらなる権力、さらなる名声を得ることである。その名声とは、自分自身に対するものではなく自分がその人格を埋没させることを選んだ国家あるいは組織に対するものだ。

[注記:国家、あるいはもっと曖昧な存在であるカトリック教会やプロテスタントといったものは一般に人間であるかのように考えられ、ときには「彼女」と呼ばれることさえある。「ドイツは生来、不誠実である」といった明らかに馬鹿げた発言がどの新聞を開いても見つけられるし、国民性に対する無茶な一般化(「スペイン人は生来の貴族である」あるいは「イギリス人は全員、偽善者である」といったもの)はほとんどの人間が口にするところだ。時にはそう言った一般化には根拠が無いと見なされることもあるが、こういった習慣は根強く、一見すると国際性豊かに見える人々、例えばトルストイやバーナード・ショーといった人物などもしばしばこういったことを口にする(原著者脚注)]

これらがたんにドイツや日本といった国の比較的悪名高い特定のナショナリストの動きに使われている場合にはそういったことは十分自明である。ナチズムのような現象に直面し、それをその外側から観察することができれば私たちのほとんどはそれに対して同じことを言うだろう。だがここで私は上で述べたことを再度繰り返したい。ナショナリズムという言葉を私が使うのはそれの他には良い言葉が見つからないからなのだ。ナショナリズムという言葉を私が使う時、そこには拡張された意味が込められ、それには共産主義や政治的カトリシズム、シオニズム、反ユダヤ主義、トロツキズム、平和主義といった運動や動きも含まれている。それは必ずしも政府や国……その者自身の国であっても……への忠誠心を意味せず、さらに厳密に言えば所属する組織さえ実際のところ存在する必要がないのだ。明らかにそれと分かる例をいくつか挙げればユダヤ民族、イスラム教、キリスト教、プロレタリアートまた白色人種といったものは全て熱烈でナショナリスティックな感情の対象である。だがその実在に対してはおおいに疑念を投げかけることが可能であるし、そのどれ一つをとっても普遍的に受け入れられる定義は存在しない。

またナショナリストの意識というものが完全にネガティブなものになり得ることはここでもう一度強調しておく価値がある。ソビエト連邦へのたんなる敵対者へと変わったトロツキストがその一例で、彼らにはそれにともなう何か他の組織への忠誠心が育まれることはなかった。これが意味するところを理解すれば私がナショナリズムという言葉で言っているものの性質がずっと明確になる。ナショナリストというのはひたすら、あるいは主として威信を競い合うという観点からのみ物事を考える人間なのだ。彼はポジティブにもネガティブにもなり得る……言い換えれば自らの精神的なエネルギーを声援にも中傷にも使う……しかしいずれにしてもその思考の向かう先は常に勝利や敗北、歓喜や屈辱なのだ。彼らは歴史、とりわけ現代史を終わりなき大国の盛衰の過程としてとらえ、何か事件が起こればそれは全て自分の側が優勢になり憎むべき敵対者が劣勢になった証拠だと見なす。しかし付け加えておけばナショナリズムとたんなる成功に対する崇拝を混同しないことは重要である。単純に最も強い側につこうという原則にナショナリストは従おうとはしない。それどころか自分のいる側を指してこちらこそが最も強いのだと自らを説き伏せ、あらゆる事実が彼の考えを反証していようともその信念を揺るがさずにいられるのだ。ナショナリズムとは自己欺瞞によって鍛え上げられた権力への渇望なのである。全てのナショナリストは最もひどい嘘であろうと受け入れる能力を持っているが同時に……何か自分自身よりも大きな存在に仕えているのだという意識があるために……自らの正しさに対して揺るぎない確信を持っているのだ。

さてここで私は長々しい定義を述べたわけだが私が語っているこの思考の傾向がイギリスの知識人の間に広がっていること、そしてその広がり具合は一般大衆の間のそれを凌ぐものであることは認めていただけるだろうと思う。現代政治に深く関心を抱く人々の間ではそれが威信に関わる問題であるということが影響して特定の話題について純粋に理性的な態度をとることがほとんど不可能になっているのだ。何百もある例の中から一つあげてみよう。この質問について考えてほしい。三つの強大な同盟国であるソビエト連邦、イギリス、アメリカのうちドイツ打倒に最も貢献したのはどの国だろうか? 論理的にはこの質問に合理的でおそらくは納得のゆく回答を与えることができるはずだ。しかし実際にはそれに必要な見積もりをおこなうことは不可能なのだ。なぜなら必然的に威信をかけたものになるそういった質問に頭を悩ませようという人間は一人もいないからだ。まず最初にやることと言えばロシア、イギリス、アメリカのうちのどれを選ぶか決めることだろう。そしてそのになって自分の結論を支持する議論を探し始めるのだ。関係する物事の全てに公平な者から得られるただひとつの誠実な回答に対しては同じような質問が途切れなく浴びせかけられ、それがどのようなものであれ採用されることはないのだ。政治や軍事の分野での予測の大失敗の裏にある事情の一部がこれだ。全ての学派の「専門家」を見渡しても一九三九年の独ソ不可侵条約といったような出来事を予見できた者がただの一人もいなかったという事実は興味深い[下記注記1]。不可侵条約のニュースが発表された時にはそれに対する考え得る限りで最も乱暴で相矛盾する複数の説明が与えられ、またほとんど間をおかずにそれが予測されたものだと捏造された。与えられた説明のほとんどは可能性に関する考察だけでなくソビエト連邦を善良あるいは邪悪であるように見せたい、強者あるいは弱者であるように見せたいという欲求に基づいた物だった。占星術師じみた政治や軍事の解説者たちはまずどのような間違いを犯そうが失脚することはない。なぜなら彼らを熱愛する信奉者たちが求めているのは事実に対する見識眼ではなく、ナショナリスティックな忠誠心に対する刺激だけだからだ[下記注記2]。そして審美的な見解、とりわけ文学的なものもまた政治的な見解と同じようにしばしば腐敗する。インド人ナショナリストにとってはキップリングキップリング:ラドヤード・キップリング。イギリスの作家、詩人。「ジャングル・ブック」、「少年キム」などの著作がある。を読んで楽しむことは難しいだろうし、保守派の人間にとってはマヤコフスキーマヤコフスキー:ウラジーミル・マヤコフスキー。ソ連の詩人。共産党のプロパガンダポスターの制作にも関与した。の価値を理解することは困難を極めるだろう。そしてそれがどのような書籍であろうが、自分の性向に合わないものに対しては、文学的な観点から見て俗悪であると主張したいという衝動が常に存在するのだ。ナショナリスティックな見解を強く持つ人々はその不誠実さを自覚すること無くこの手くだを頻繁に使う。

[注記1:ピーター・ドラッカーなどの保守的な傾向の作家の何人かはドイツとロシアの間の協定を予言したが彼らが予期していたのは恒久的に続く実質的な同盟、あるいは併合であった。マルクス主義あるいはその他の左派の作家にはその傾向を問わずあの条約に近いことでさえ予言した者はいなかった。(原著者脚注)]

[注記2:大衆紙の軍事評論家のほとんどは親ロシアか反ロシア、保守主義か反保守主義に分類できる。マジノラインマジノライン:フランスとドイツの国境を中心に構築されたフランスの対ドイツ要塞線が難攻不落であると信じるという錯誤、あるいは三ヶ月以内にロシアがドイツを制圧するというような予言が彼らの名声を揺るがせることはない。自らが獲得した特定の聴衆が耳にしたいと思うことを彼らは常に発言しているからだ。知識人に最も好まれている二人の軍事評論家がリデル・ハート大尉とフラー少将である。前者は防衛こそが攻撃に勝ると説き、後者は攻撃こそが防衛に勝ると説いている。この矛盾は二人がその道の権威として同じ聴衆に受け入れられることの妨げになってはいない。左派陣営内での彼らの人気の秘密はこの二人が陸軍省と反目していることにあるのだ。(原著者脚注)]

その傾向を持つ者を観察すればイングランドにおいてはナショナリズムの主な形態は昔ながらの好戦的愛国主義であることがわかるだろう。このような考えがいまだにささやかれているのは確かなことだし、さらにつけ加えればほとんどの識者は数十年前にはそれを信奉していたことだろう。しかし私がこの小論で主に問題にしたいのは知識人たちの反応なのだ。ごく少数の者ではそれが復活しているように見えるにせよ、知識人の中では好戦的愛国主義や、あるいは昔ながらの愛国主義さえほとんど死に絶えている。知識人たち限って言えばナショナリズムのとる主な形態は言うまでもなく……非常におおざっぱな意味での……共産主義である。これはたんに共産党のメンバーだけを指しているわけではなく、それへの「共鳴者」とロシア愛好者をも含んでいる。私がここで言いたい共産主義者とはソビエト連邦を祖国と見なし、ロシアの政策の正当化や全ての犠牲を払ってでもロシアの利益を促進することが自らの責務であると感じる者のことである。現在のイギリスにこのような人々が大勢いることは明らかで、彼らの直接、あるいは間接的な影響力はとても大きい。だがそれ以外にも多くのナショナリズムの形態が栄えている。そして異なる思想を持ち、時には最重要の関心事について全く反対の思想を持つことさえあるそれらの間の類似に気がつけば問題点についてよく理解できるだろう。

十年あるいは二十年前、現在の共産主義と対応する最も近いナショナリズムの形態は政治的カトリシズムだった。その最もずば抜けた主導者は……おそらくその種の典型の極端な例であるにせよ……G・K・チェスタートンG・K・チェスタートン:ギルバート・ケイス・チェスタートン。イギリスの作家。カトリック教会のブラウン神父を探偵役とした推理小説で知られる。だろう。チェスタートンは稀有な才能をもった作家の一人だった。ローマ・カトリックのプロパガンダのためにその感性と知的誠実性の両方を押し殺すという才能だ。生涯最後の二十年、あるいはその生涯にわたる彼の主張の全ては実際のところ止むことなく同じ主題の繰り返しだ。そしてその単純さと退屈さにおいてそれは「大いなるかな、エペソ人のアルテミス大いなるかな、エペソ人のアルテミス:新約聖書、使徒行伝の19章28節。アルテミス神殿の模型を売る職人が商売の邪魔になる使徒パウロを排斥しようと人々を扇動した時に扇動された人々が叫んだ言葉。」と唱えるのとさして変わるところがない、こじつけられた策略のもとでおこなわれていた。他愛もない会話で埋め尽くされた彼の作品の全てはプロテスタントや異教徒に対するカトリックの優越性という誤解をはるかに突き進めたものであった。

だがチェスタートンはその優越性がたんに知性や霊性だけにおけるものであるという考えに満足しなかった。それは国家の名声と軍事力という観点に翻訳され、必然的にラテン諸国、とりわけフランスへの盲目的な理想化を引き起こした。チェスタートンが長期間フランスに滞在したことはないし、彼の思い描くそれ……カトリックの農民たちが赤ワインの満たされたグラスを掲げながら絶え間なくラ・マルセイエーズを歌い続ける大地……は現実味という意味ではチューチンチョウチューチンチョウ:一九一六年にロンドンで公演され人気を博したミュージカル。「アリババと四十人の盗賊」を下敷きとしている。で描かれるバグダッドでの日常生活とさして変わるところがない。そしてそれはフランスの軍事力に対する極端な過大評価だけではなく(一九一四年から一九一八年の前後で彼は変わることなくフランスは独力でドイツよりも強大であると主張し続けた)、戦争の実態に対する馬鹿げた通俗的な賛美をも引き起こした。「レパン」や「聖バルバラのバラード」といったチェスタートンの戦争詩を読むと「軽騎兵旅団の突撃軽騎兵旅団の突撃:アルフレッド・テニスンの詩。クリミア戦争でのバラクラヴァの戦いを題材にしている。」がまるで平和主義者のパンフレットのように思える。それらの詩はおそらく私たちの言語で書かれたものの中で見つけ出すことのできる最も安っぽい大言壮語の寄せ集めと言えるだろう。面白いことに彼が習慣的に書き連ねていたフランスとフランス軍へのロマンチシズムにあふれたくず紙が何者かによってイギリスとイギリス軍についてのものに書き換えられたことがある。おそらくそれを実行した者こそ最初に彼を皮肉った人物と言えるだろう。自国政治について言えば彼は小イギリス主義者だった。好戦的愛国主義と帝国主義を心から憎み、自らの信条に従った民主主義の真の友だった。だが一歩外に出て国際分野に踏み出すと彼は自らの原則を放棄し、しかも自分でそれに気がつくことさえ無かった。従って彼のほとんど不可解とも言えるほどの民主主義的美点への信念は彼がムッソリーニを賞賛することの妨げにはならなかった。ムッソリーニは代議政治と報道の自由を打ち壊した。それらはチェスタートンが自国で粘り強く取り組んできたものだった。しかしムッソリーニはイタリア人で、イタリアを強大にしたのでありそれで問題は帳消しなのだった。また有色人種に対する征服行為や帝国主義に関してもそれがイタリア人やフランス人によっておこなわれた時にはチェスタートンは何の発言もしなかった。彼の抱く現実感や自らの文学の嗜好、さらにはいくばくかの道徳感さえナショナリスティックな忠誠心が関わってくるとすぐさまその場所を明け渡すのだった。

チェスタートンの例によって示されるように政治的カトリシズムと共産主義との間には明らかに多くの類似点がある。またそれら二つと例えばスコットランドのナショナリズム、シオニズム、反ユダヤ主義やトロツキズムとの間にも同様の類似点が存在する。たとえその精神的な傾向においてであっても、ナショナリズムの全ての形態が同じであると言うのは過ぎた単純化ではあるだろう。しかしそこには全てに当てはまる特定の規則性がある。ナショナリストの思想における主な特徴を挙げれば次のようになるだろう。

強迫観念。より正確に言おう。自らの属する権力構成単位の優越性を除いては考察をおこなったり、語ったり、文章を書いたりしようとするナショナリストはいない。ナショナリストにとって自らの忠誠心を内に秘めることは不可能とまでは言えないまでも困難なことなのだ。自らの属する権力構成単位への最もささやかな非難、あるいは敵対する組織への無言の賞賛はどのようなものであれ彼を不安におとしいれ、それに対する痛烈な反論をおこなわずにはその不安を取り除くことはできない。選ばれた構成単位がアイルランドやインドといった実際に存在する国である場合、ナショナリストは一般にその国の優越性を主張する。その対象は軍事力や政治的美徳にとどまらず芸術、文学、スポーツ、言語構造、その国民の肉体的な美しさ、時には気候や景観、料理にさえ及ぶ。ナショナリストは旗の正しい掲揚の仕方、新聞の見出しの相対的な大きさ、異なる国々の名前を挙げる際の順番といったことにひどく過敏な反応を示す[下記の注記]。また命名というものはナショナリストの思想の中で非常に重要な役割を果たしている。自らの独立を勝ち取ったり、ナショナリストによる革命を経験した国々はふつうその名前を変える。そのような強烈な転向を経験した国、あるいはその他の構成単位はどれも複数の名前を持つ傾向があり、その名前のそれぞれが異なる意味を持つ。スペイン内戦で対立した二つの勢力は合わせて九つか十の名前を持ち、その名前はそれぞれ異なる度合いで愛情と憎悪を表していた。そのいくつかの名前(例えばフランコ支持者は「愛国者」、政府支持者は「忠誠者」)は率直に言って疑問を呼ぶもので、またどの一つをとっても二つの敵対する派閥の間で同じ意味で使われたものはなかった。全てのナショナリストは自らの言語を広め、敵対する言語を損ねることを自らの責務だと考えていて、英語話者においてはこの奮闘は方言間の争いというささやか形をとって再び姿を現しつつある。イギリス嫌いのアメリカ人はもしそれがイギリス起源のものとわかれば特定のスラングを使うことを拒絶するだろうし、ロマンス諸語話者とジャーマン諸語話者の間の対立の背後にはナショナリスト的な動機がある。スコットランドのナショナリストはスコットランド語の優越性を主張し、社会主義者の場合にはそのナショナリズムはBBCアクセントBBCアクセント:オックスフォード大学、ケンブリッジ大学などで話されていた英語。BBC(英国放送協会)が採用したことからこのように呼ばれる。に対する階級憎悪的な批判という形をとり、しばしばそれは類感呪術的信仰……政敵の人形を燃やしたり、政敵の写真を射撃練習場の的として使うという広く見られる習慣はおそらくこの信仰に由来する……を思わせるほどである。

[注記:アメリカ人の一部は「英米」という言葉の二語の並びに不満の声を上げている。「米英」とするべきだと言うのだ。(原著者脚注)]

不安定性。ナショナリストの気性の激しさはその忠誠心が変化するのを妨げることはない。すでに私が指摘したとおり、初めのうちは彼らは一つのものに集中できるし、しばしば特定の外国に固執する。それがかなり一般的に見られるのが卓越した国家首脳やナショナリスト運動の創始者である。彼らは自らが賛美している国の国民でさえないこともある。ときには完全な外国人であることもあるし、よくあるのはその帰属性に疑問がある周辺地域の出身である場合だ。例えばスターリン、ヒトラー、ナポレオン、デ・ヴァレラ、ディズレーリ、ポアンカレ、ビーバーブロックがそうだ。汎ゲルマン運動は部分的にはイギリス人であるヒューストン・チェンバレンヒューストン・チェンバレン:ヒューストン・ステュアート・チェンバレン。イギリス人の政治評論家・脚本家。国家主義、汎ゲルマン主義、反ユダヤ主義を支援したことで知られる。の手によって創始された。過去五十年か百年の間、よその集団に対するナショナリズムは文学界の知識人たちの間で一般的に見られる現象だった。その対象はラフカディオ・ハーンの場合には日本だったし、カーライルカーライル:トーマス・カーライル。イギリスの歴史家、評論家。ドイツ文学を研究したことで著名。と多くのその同時代人の場合にはドイツだった。私たちの時代においてはその対象は普通、ロシアである。だがとりわけ興味深いのはその対象が再度変わることがありえるということだ。何年ものあいだ崇拝対象であった国、あるいはその他の構成単位がある時、唐突に憎悪の対象になり、他のものがほとんど間をおかずにその偏愛対象の座を取って代わる。H・G・ウェルズの歴史概要の初版や同時期の彼の著作ではアメリカ合衆国が賞賛されているのを目にすることができる。その様は現在、共産主義者がロシアを賞賛するのと変わるところがない。だがほんの数年でこの無批判な称賛は敵対心へと変わる。頑迷な共産主義者が数週間、時には数日の内に同じくらい頑迷なトロツキストへと変わるのはよく目にする光景だ。大陸ではヨーロッパファシスト運動へと流れ込んだ参加者の多くが元共産主義者だったし、おそらくはその逆の動きがこれからの数年で起きることだろう。ナショナリストの中で変わらないのはその精神の状態であって感情の向かう先は変わりえるし、おそらくはそれは仮想的なものなのだろう。

だが知識人にとって転移には重要な機能があることは私がすでにチェスタートンに関連して述べたとおりだ。それによってナショナリストはよりナショナリスティックに……つまりより通俗的で、白痴的で、悪質で、不誠実に……なっていき、よりいっそう自らの生まれた国、あるいは知識を持つ任意の構成単位を利することができるようになる。スターリンや赤軍といったものについて書かれた卑屈な、あるいは自慢げな紙くずを目にし、それが立派な知識人や感性豊かな人々の手によるものだと知ればなんらかの転移が起きでもしなければそんなものを書くことは不可能であるということに気がつくだろう。私たちの暮らすような社会では自らの国に非常に深い愛情を感じている知識人というものはなかなか思い描くことができない。世論……つまり彼が知識人であると知っている世論の一部……がそれを許さないのだ。周囲の人々の多くが懐疑と不満を訴えれば、その模倣からか臆病風からか、彼は周りに同調することを選ぶだろう。その場合、すぐ手の届く場所にあるナショナリズムという形態を彼は放棄し、誠実な国際主義者と見られることにも慎重になるだろう。その上で依然として自分には祖国が必要であると感じれば、彼がどこか国外にそれを求めるのは自然なことではないだろうか。いったんそれを見つけ出せば彼は遠慮することなくまさに自分自身を解放してくれるように思われるそれらの感情に溺れるだろう。神、王、皇帝、ユニオンジャック……打ち倒された全ての偶像は異なる名で再び姿を現す可能性がある。そしてその正体が何であるかを理解されていないがために、何のやましさも感じさせることなく崇拝されるのだ。転移されたナショナリズムは贖罪のやぎを利用するのと同様、自らの行いをなんら改めずとも達成される救済の手段なのである。

現実に対する無関心。ナショナリストであれば誰でも似通った事実の間の類似点を無視する力を持っている。イギリスのトーリー主義者トーリー主義者:伝統的保守主義者。現在のイギリス保守党の前身にあたるトーリー党の党名に由来する。はヨーロッパの自決権を主張する一方でインドの自決権には反対することに何の矛盾も感じないだろう。ある行動は自身の利益、さらには誰によってそれがおこなわれたかによって善にも悪にもなるのだ。そしてそこにはほとんど何の限界もない……拷問、人質の利用、強制労働、大規模な国外追放、裁判無しでの投獄、書類の捏造、暗殺、民間人に対する爆撃……それらは「私たち」の側によっておこなわれる場合には何ら倫理的な問題を生みはしないのだ。リベラルで知られるニュース・クロニクル紙は衝撃的な残酷さの一例としてドイツ人によって吊るし首にされたロシア人の写真を掲載したが、その一、二年後には好意的な承認の声明とともに先のものとほとんど変わらないロシア人によって吊るし首にされたドイツ人の写真を掲載した[下記の注記]。これは歴史の中で変わることなく起き続けてきたことだ。歴史というものの大半はナショナリストの言葉によって考えだされている。異端審問や星室庁での拷問、イギリス海賊(例えばスペイン人虜囚を生きたまま水に沈めたフランシス・ドレーク卿)の功績、フランスの恐怖政治、数百人のインド人を砲で吹き飛ばしたインド大反乱の英雄たち、あるいはアイルランド女性の顔をかみそりで切り刻んだクロムウェルの兵士たちは彼らがそれを「正しい」理由でおこなったと感じられる時には倫理的に何ら問題にされなかったし、時には称賛されることさえあった。この四半世紀を振り返れば世界のどこかから残虐行為が報道されなかった年が一年たりとも無いことに気がつくだろう。イギリスの知識人は総じてそれらの残虐行為……スペインで、ロシアで、中国で、ハンガリーで、メキシコで、アムリツァルで、スミュルナでそれは起きた……に対してまじめに受け取ることも非難の声を上げることもなかった。そのような行いが非難に値するかどうか、あるいはそれが起きたかどうかということさえ政治的な趣味嗜好によって決められるのが常だったのだ。

[注記:ニュース・クロニクル紙は処刑の全容を間近で目にすることができるように処刑の首謀者たちにニュース映画会社に行くよう勧めた。スター紙はほとんど裸同然の敵国協力者の女性がパリの群衆に小突き回されている写真を好意的な態度で紹介した。それらの写真とナチスによって撮影されたベルリンの群衆に小突き回されるユダヤ人の写真の間には明らかに類似が見てとれた。(原著者脚注)]

残虐行為が自分たちの同胞によって引き起こされた時、ナショナリストはそれを否定するどころかそれについて聞こえなくなるという驚くべき能力を持っている。六年もの間、イギリスのヒトラー崇拝者たちはダッハウ強制収容所とブーヘンヴァルト強制収容所の存在から意図的に目をそらし続けた。また声を大にしてドイツの強制収容所を非難する人々はそれと同じものがロシアにあるということを全く知らないか、よくて耳にしたことがあるかどうかという始末なのだ。何百万もの人々が死んでいった一九三三年のウクライナ大飢饉にイギリスのロシア愛好者のほとんどは全く関心を払わなかった。今回の戦争の間、イギリスの人々の多くはドイツやポーランドでのユダヤ人絶滅運動についてほとんど何も耳にしないままだった。彼ら自身の反ユダヤ主義がこの途方もない悪事をその意識から弾き出したのだ。ナショナリストの思考の中では真実と虚偽、既知と未知が両立するのだ。あまりに我慢ならない事実を知るとそれは決まって脇に押しやられ、論理的な思考に影響を与えることを許されない。だが同時にそれは決して事実としては認められないまま全ての思考に入り込む。これが一人の人間の頭の中で起きるのだ。

全てのナショナリストは過去が改変可能であるという信念にとり憑かれている。自分の時間の一部をファンタジーの世界で過ごし、そこでは物事はあるべき姿……例えばアルマダの海戦は成功裏に終わり、ロシア革命は一九一八年に粉砕されたという具合……で実現される。そして可能な場合にはいつでもナショナリストはその世界の断片を歴史に刻み込もうとするのだ。プロパガンダの書き手によって書かれた現代史はたんなる虚偽と変わらない。重要な事実はもみ消され、日付は差し替えられ、引用された言葉はその意味を変えるために文脈から切り離されて改ざんされている。起きるべきではないと感じられた出来事は取り除かれて無視され、完全に消し去られる[下記の注記]。一九二七年、蒋介石は数百人の共産主義者を生きたまま釜茹でにしたが、それから十年も経たない内に彼は左派の英雄になった。国際政治の再編が彼を反ファシスト陣営に引き込み、それによって共産主義者の釜茹では「無効」扱い、あるいは存在しないことになったのだ。プロパガンダの第一の目的はもちろん同時代の世論に影響を与えることであるが、歴史を書き換える人々はおそらく頭のどこかで本当に過去に事実を差し挟むことができると考えているように思われる。ロシア内戦でトロツキーは重要な役割を果たしていないと示すために入念に作り上げられた偽造資料をよく検討したことがあれば、偽造をおこなった人々がたんに嘘をついているだけだとは感じられないだろう。それよりも自らが書き記したことこそが天地に誓って実際に起きたことであり、自分はそれに従って記録を再編集し、正しているのだと思っていると見たほうがいい。

[注記:一例が独ソ不可侵条約だ。これは考え得る限りで一番早く人々の記憶の中から消え去っている。ロシアにいる知人が私に教えてくれたところによれば不可侵条約はすでに近年の政治的な出来事がまとめられたロシアの年鑑からは削除されているそうだ。(原著者脚注)]

世界の一部を他から切り離して封じ込めるこの行為によって客観的真実に対する無関心さは促進され、本当に起きたことが何なのかを知ることはどんどん難しくなっていく。最重要の出来事に対してさえ強い疑念が生まれることもしばしばである。例えば今回の戦争の死者の数が数百万かあるいは数千万か見積もることさえできないのだ。悲惨な事件……戦争、大量虐殺、飢饉、革命……が常に報道され、一般の人々はそれが現実かどうかわからなくなっていく。それが真実か確認するすべを持たず、実際に起きたことなのかどうかさえ確信が持てないまま常に異なる情報源から全く異なる説明を示されるのだ。一九四四年の八月のワルシャワ蜂起で起きたと言われることの何が正しくて何が間違っているのだろうか? ポーランドにあったと言われるドイツの手によるガス室の話は真実なのか? ベンガル飢饉の責任を問われるべきなのは本当は誰なのか? おそらく真実を見つけ出すことは可能だろうが、ほとんど全ての新聞はそれらの出来事に対してあまりに不誠実な説明を与えている。一般読者が嘘を信じこんだり、意見を組み立てられずにいるのも無理からぬことなのだ。本当に起きたことが何なのか確実なことが何も言えない状況で人は容易に狂った信念を抱く。疑いのない確証や反証が得られなければ最も明白な事実であっても臆面もなく否定され得るのだ。さらに言えば権力や勝利、敵の打倒、報復について際限なく思い悩んでいるにも関わらず、ナショナリストはたいてい現実の世界で起きていることに対してどこか無関心である。彼が求めているものは自分が属する構成単位が他の構成単位を圧倒していくという気分なのであって、それを得るには敵対者を貶める方が事実が自らの思った通りなのかどうか検証するよりも簡単なのだ。ナショナリストの論争ときたらどれもディベート大会でおこなわれている程度のものと大差なく、議論はいつも堂々巡りである。それぞれの論者が決まって自らが勝利していることを信じて疑わないためだ。一部のナショナリストの中には統合失調症とほとんど変わらない者もいる。彼らは物質的な世界とは何らつながりを持たない、権力と征服の幸せな夢の中で暮らしているのだ。

さて私はナショナリストの全ての形態に共通する精神的な傾向に関して可能な限り詳しく検討した。次に必要なのはその形態の分類であるが、これを完璧に成し遂げることが不可能なのは明らかである。ナショナリズムは非常に大きなテーマなのだ。この世界は無数の妄想と憎しみによって苦しめられているが、そのそれぞれは互いに複雑に絡み合い、その最も邪悪なものの一部はいまだヨーロッパ世界の視界にとまっていない。この小論で私はイギリスの知識人の間で見られるナショナリズについて取り上げている。一般のイギリス人と比較して彼らの中ではナショナリズムとパトリオティズムの混じり合っている度合いが低く、より純粋な研究が可能なためだ。以降は現在、イギリス知識人の間で盛んなナショナリズムの種類をリストにしたもので、必要に応じて論評を付け加えてある。便宜のためにポジティブ、転移的、ネガティブの三つの見出しをつけているが、いくつかのものは複数の分類に当てはまるだろう:

ポジティブなナショナリズム

(ⅰ)新トーリー主義。これはエルトン卿、A・P・ハーバート、G・M・ヤング、ピックソーン教授といった人々、トーリー党改革委員会のパンフレット、またニュー・イングリッシュ・レビュー一九世紀とその後といった雑誌に例示される。新トーリー主義の強い原動力はイギリスの権力と影響力の衰えを認めたくないという欲求で、これこそがそのナショナリスティックな性格を特徴づけ、それを通常の保守主義と異なるものにしている。イギリスの軍事的立場にかつての面影が無いことを実際には十分に承知している者であっても「イギリスの理念」(普通それが何なのかは曖昧なまま捨て置かれる)は世界に広がると主張する傾向がある。新トーリー主義者は全員、反ロシアであるが、ときには反アメリカこそが関心の主眼である者もいる。この学派が若い知識人の間に広がっているように見えることは重要な点だろう。時にはそれが共産主義に幻滅して目を覚ますというありがちな経験を経た元共産主義者の場合もある。またイギリス嫌いだった人間が突然、熱烈なイギリス支持者になるのはかなり一般的に見られる光景だ。こういった傾向を示している作家にはF・A・ボイト、マルコム・マッグリッジ、イーヴリン・ウォー、ヒュー・キングスミルがいる。また心理学的に見て同様の変化過程がT・S・エリオット、ウインダム・ルイスと大勢のその追従者に見られる。

(ⅱ)ケルト・ナショナリズム。ウェールズ、アイルランド、スコットランドのナショナリズムにはいくつかの異なる点があるものの反イングランドな傾向がある点は共通する。この三つの運動のメンバーは今回の戦争に反対する一方で自分たちはロシアを支持すると宣言し続け、その狂信的な分派に至ってはロシアとナチスを同時に支持するという離れ業までやってのけている。だがケルト・ナショナリズムとイギリス嫌悪は同じものではない。その原動力は過去と未来におけるケルトの人々の偉大さへの信念であり、それは人種差別主義の色合いを強く帯びている。ケルト族はサクソン族よりも精神的に優れている……簡単に言えばより創造的で、洗練されていて、高慢なところが少ないなど……と見なされるが、一方でその表面下には常に権力への飢えが存在する。その現れの一つがイギリスによる保護がなくともアイルランド、スコットランド、さらにはウェールズさえもが自らの独立を保つことができるという妄想である。作家の中でのこの学派のいい例がヒュー・マクダミックとショーン・オケーシーだ。ナショナリズムの残滓から逃れられている近代的なアイルランドの作家は一人たりともいない。イェイツやジョイスといった偉大な作家も例外ではない。

(ⅲ)シオニズム。ナショナリズム運動としては独特の特徴を持つが、アメリカでのこれの変種はイギリスでのそれと比較してより暴力的で有害に見える。私がこれを転移的なナショナリズムではなく直接的なものに分類したのはそれが広がるのがほぼ完全にユダヤ人の間でだけであるためだ。イングランドにおいてはいくつかの非常に不条理な理由から知識人たちのほとんどはパレスチナ問題においてユダヤ人側を支持しているが、それに関して彼らに何か強い思い入れがあるわけではない。善意のイギリスの人々もまたみな、ナチスによる迫害に対する非難の意味からユダヤ人を支持している。しかし実際的な意味でのナショナリスティックな忠誠心や生得的なユダヤ人の優越性という信念に関しては非ユダヤ人の間ではめった目にすることはない。

転移的ナショナリズム

(ⅰ)共産主義

(ⅱ)政治的カトリシズム

(ⅲ)肌の色に対する意識。「原住民」に対する昔ながらの軽蔑の態度はイギリスでは衰え、白色人種の優越性を主張するさまざまな偽科学の理論は放棄されていっている[下記の注記]。知識人の間では有色人種への差別は反転された形でのみ起きる。つまり有色人種は先天的に優れているという考えとして起きるのだ。これは現在、イギリスの知識人の間で次第に一般的になっている考えで、おそらくその多くはマゾヒズムと性的な欲求不満のためであって、東洋人や黒人のナショナリスト運動に触れたことはさして影響していない。有色人種差別に対して関心の無い者の間でさえ、その上品ぶった模倣的な態度は強い影響力を振るっている。白色人種は有色人種より優れているという主張を聞けばイギリスの知識人はほとんど誰であっても憤るだろうが、一方でそれを反対にした主張に対しては同意していない時であっても反対の声を上げることはない。有色人種に対するナショナリスティックな肩入れは普通、有色人種の性生活は自分たちよりも優れているという考えと混交していて、そこには黒人は性的に優れているという巨大な隠れた神話が横たわっている。

[注記:いい例が日射病に関する迷信だ。最近まで白色人種は有色人種よりも日射病にかかりやすいと信じられ、探検帽無しで白人が熱帯の日光の下を安全に歩くことはできないと言われていた。これを裏付けるような証拠は何も無いが、この理論は「原住民」とヨーロッパ人の間の違いを際立たせるのに一役買っていた。戦争中、いつの間にかこの理論は放棄されて全ての陸軍は探検帽を着けずに熱帯での作戦を実行に移すようになった。この日射病に関する迷信が信じられていた頃にはインドでもイギリス人の医者は素人と同じようにそれを信じているようだった。(原著者脚注)]

(Ⅳ)階級意識。上流階級、中流階級の知識人の間で、転移した形で……つまりプロレタリアートの優越性という信念として……のみ存在する。ここでも知識人の内面には世論の圧力が強く働いている。プロレタリアートへと向かうナショナリスティックな忠誠心やブルジョアジーに対するひどく悪意ある仮想的な憎しみは多くの場合、普段の上品ぶった日常生活となんら矛盾することなく共存することができるようだ。

(Ⅴ)平和主義。平和主義者の大多数は宗教的組織に控えめに属している者か、生命を奪うことに反対するがそれ以上は思想的追求をしようとはしないわかりやすい人道主義者だ。だがごく少数、自分では決して認めようとはしないが西側の民主主義を憎悪して全体主義を称賛する知識人の平和主義者たちがいる。普通、煎じ詰めれば平和主義者のプロパガンダは争っている両方の側が同じくらい悪いのだと言っているものだが、比較的若い知識人の平和主義者の書いたものをよく調べてみると彼らが必ずしも公平な非難をおこなっているわけではなく、その非難のほとんど全てがイギリスとアメリカ合衆国に向けられていることに気がつく。さらに言えば彼らが非難しているのはそれに値する暴力でなく、西側諸国の自衛のための暴力だけである。イギリスとは異なりロシアが軍事的な手段を使って自衛をおこなってもそれが非難されることはないし、この種の平和主義者のプロパガンダでロシアや中国が言及されることはまず間違いなくない。またインドはイギリスとの戦いにおいて暴力を放棄すべきだといったことも決して主張されない。平和主義者による文学作品はあいまいな記述で満ちているが、それが何を意味しているにせよ、どうやらヒトラーのような政治家の方がチャーチルのような政治家よりも好ましいと言っているように見える。おそらく暴力も十分に暴力的であれば許容されるのだろう。フランスの陥落後、フランスの平和主義者たちはイギリスの平和主義者たちがせずに済んだ現実的な決断を迫られ、そのほとんどはナチスの軍門へと下った。そしてイギリスにおいてもピース・プレッジ・ユニオンと黒シャツ隊の間でそのメンバーの一部が重なっているということが見受けられる。平和主義の作家はカーライルを褒め称えるが彼はファシズムの思想的な生みの親の一人である。上で述べた知識人のように、結局のところ平和主義は権力と成功をおさめた残虐行為への称賛に密かに触発されているのではないかと感じずにはいられない。ヒトラーへの彼らの感情は誤りだったわけだがこの誤りもまた簡単に書き換えられるだろう。

ネガティブなナショナリズム

(ⅰ)イギリス嫌悪。イギリスに対する冷笑的態度や控えめな反感は多かれ少なかれ知識人にとって義務的なものだが、それが偽りのない感情である場合も多い。戦争の間、敗北主義的な知識人の間ではそれが明白に示された。そしてそれは枢軸国の勝利が不可能であると明らかになった後まで続いたのだ。多くの者はシンガポールが陥落した時やイギリスがギリシャから敗走した時に喜びの態度を隠そうとしなかったし、例えばエル・アラメインの戦いやブリテンの戦いで多数のドイツ軍航空機が撃墜されたというニュースを聞いてもそれが吉報であるとは信じたくないという態度がありありと伺えた。もちろんイギリスの左派知識人たちが本当にドイツや日本の戦争勝利を望んでいたというわけではないが、彼らの多くは自らの国の敗北を目にする快感に抗えず、最終的に勝利するのはロシア、あるいはアメリカであってイギリスではないだろうと感じていたのだ。国外の政治において、多くの知識人たちはイギリスの支持を受けた党派は場違いな存在であるという原則に従った。その結果として「見識ある」意見の大部分は保守党の政策を反転したものになった。イギリス嫌悪は常に逆転現象を起こす傾向がある。そのせいである戦争での平和主義者が次の戦争では好戦論者になるという光景も珍しくない。

(ⅱ)反ユダヤ主義。現在これはめったに見られなくなっている。ナチスの迫害によって思慮ある人物であれば必ずユダヤ人の側に味方し、迫害者と敵対するようになっているためだ。「反ユダヤ主義」という言葉を耳にしたことがある程度に教養のある者であれば当然のようにそんなものに囚われてはいないと主張するだろうし、反ユダヤ的な記述はあらゆる分野の文学作品から慎重に取り除かれている。だが実際のところ反ユダヤ主義はささやかれ続け、知識人の間でもそれは同じことである。その広く見られる静かな共謀は反ユダヤ主義を悪化させる助けになっているように思われる。左派的意見を持つ人々も無関係ではない。トロツキストとアナーキストにユダヤ人が多いという事実に彼らの態度はときおり影響を受けている。だがそれでも反ユダヤ主義は保守的な傾向を持つ人々に対しての方がより自然に受け入れられていると言える。彼らはユダヤ人に対して国民の士気を弱体化させ、国民文化を薄めているという嫌疑をかけている。新トーリー主義者と政治的カトリシズム主義者は常に、あるいは少なくとも定期的に、反ユダヤ主義への敗北の発端となっている。

(ⅲ)トロツキズム。この言葉はとてもあいまいに使われていてその中にはアナーキスト、民主社会主義者、リベラリストが含まれている。ここでは私はこの言葉をスターリン体制に敵対することが主な目的となっている教条的マルクス主義者という意味で使っている。トロツキズムについては、決して一つの見解だけを持っている人間ではなかったトロツキー自身の著作よりもむしろありふれたパンフレットやソーシャリスト・アピールと言った新聞の方が詳しく知ることができる。トロツキズムは例えばアメリカ合衆国といった複数の場所で非常に多くの支持者を引き寄せて、現在のそれよりもずっとよく組織された運動へと発展していく可能性があるが、それにも関わらずその思想は本質的にネガティブなものである。トロツキストはスターリンに不支持の声を上げ、その様子はちょうど共産主義者がスターリンを支持しているのと対になっている。共産主義者の大多数と同じようにトロツキストも外部世界に何らかの変化をもたらそうとするよりはむしろ名声を争うことこそが重要なのだと考えている。どちらの場合でもある一つの事柄に対して脅迫的なまでの固執があり、可能性に基づく純粋に理性的な意見を形作る能力が欠如しているという点は同じだ。トロツキストがどこでも迫害される少数派であるだとか、常に彼らに向かって非難の声……例えばファシストと共謀しているといった明らかに間違った非難……が上げられているという事実はトロツキズムが知的にも倫理的にも共産主義より優れているという印象を作り出しているが、その二つの間に大きな違いがあるかどうかは多いに疑問である。どのような場合でも最も典型的なトロツキストは元共産主義者であり、左派的な運動を経ずにトロツキズムへと到る者は一人もいない。長年の戒めによって自分の党に縛り付けられでもされない限り、共産主義者であれば誰しも突然トロツキズムへと道を逸れる可能性があるのだ。それに比べるとその反対の動きが起きることはめったに見られないが、なぜそれが起きないのかについての明確な説明はない。

上で私が試みた分類は誇張され、過度に単純化され、不確かな前提を置いたりもっともらしい通常の動機の存在についての説明を置き去りにしているように見えることだろう。もっともなことだ。なぜならこの小論で私が試みているのは私たちの頭の中に存在する私たちの思考を倒錯させる傾向を分離し特定することだからだ。それらの傾向は必ずしも純粋な状態や連続的な作用によって起きているわけではない。この点において私が過度に単純化して描かざるを得なかったものを正しておく必要があるだろう。まず初めに言っておきたいのは全ての人、あるいは全ての知識人についてさえ彼ら全員がナショナリズムに感染しているなどと見なす権利は誰にも無いということだ。二番目に言っておきたいのはナショナリズムは食い止め、封じ込めることができるということだ。馬鹿げていると自分でわかっている思考に半ば屈服しそうになっても、知性ある人であればそれを長い間、頭の中から締め出すことができる。思い起こすにしても怒りや感傷に駆られた時か、自分が重要な問題には関わっていないとわかっている時だけという状態にできるのだ。三番目はナショナリスティックな信念は非ナショナリスティックな動機に基づく誠実な思いによって選択されるということだ。四番目はナショナリズムのいくつかの種類はたとえそれが互いに相反するものであっても同じ人物の中で共存し得るということだ。

極端な例を示すために「ナショナリストはこうする」、「ナショナリストはああする」と私はずっと言い続けているが、これは頭のなかに中立な領域を持たず、権力闘争の他には関心ごとのない、あけすけで純正のナショナリストについてのことだ。このような人々が広く一般に見られるのは間違いのないことだが彼らには何らかの労力を払うだけの価値もない。エルトン卿、D・N・プリット、ヒューストン婦人、エズラ・パウンド、バニシュタット卿、カフリン神父やその他のぞっとするような一群の人々には対抗する必要があるが、彼らの知性の欠如に関しては指摘するまでもないだろう。偏執狂には興味もわかないし、数年の月日を置いて脱臭した後で読むに足る価値のある著作を書くことのできる頑迷なナショナリストなど一人もいない。ナショナリズムは全ての場所で勝利を収めているわけではないし、欲望のままに判断を下すことのない冷静な人々もいるということは認めよう。しかし猶予のない問題が存在するという事実は変わらない……インド、ポーランド、パレスチナ、スペイン内戦、モスクワ裁判、アメリカの黒人差別、独ソ不可侵条約、あるいは合理的なレベルでの議論にならないか、少なくともいままで議論されたことの無いような問題だ。エルトン、プリット、カフリンのそれぞれは飽きることなく大声で同じ嘘を繰り返し続けている。彼らが極端な例であることは明らかであるが、無防備な一瞬においては私たちも彼らと全く変わりないということを自覚しなければ自らを欺くことになるだろう。常に警鐘を鳴らし、そういった陳腐なもの……これまで思いもよらなかったものがその陳腐なものなのかもしれない……を踏み越えていくのだ。この上なく公正な判断をする温和な人物が突然、悪意に満ちた人間へと変貌し自分の敵対者よりもどれだけ「優れているか」だけに心を悩ませ、自分がどれだけの嘘をつき、どれだけの論理的な誤りを犯しているか気にしなくなる人物へと変わることもある。ボーア戦争に反対していたロイド・ジョージロイド・ジョージ:デビッド・ロイド・ジョージ。イギリスの旧自由党議員。第一次世界大戦中には首相を務めた。が議会下院でのイギリスの公式声明の発表で、それがほんの付け足しの言葉であったにせよ、ボーア人国家の総人口を超える数のボーア人が殺害されていることを主張した時、アーサー・バルフォアアーサー・バルフォア:アーサー・ジェイムズ・バルフォア。保守党議員。一九〇二年から一九〇五年まで首相を務めた。は立ち上がって「恥知らず!」と叫んだ。その記録は今でも残っている。白人女性に相手にされない黒人、イギリスへのアメリカ人の無知な批判を耳にしたイギリス人、アルマダの海戦の記憶を掘り返されたカトリック護教論者。こういった人たちはみな、よく似た反応をする。ナショナリズムを発達させていくのだ。知性的な慎み深さは消え失せ、過去は改変可能なものになり、最も明白な事実も否定されるようになる。

ナショナリスティックな忠誠心や憎悪の感情を頭のどこかにでも抱くと、たとえ意識の上では真実であるとわかっている場合でも特定の事実を認めることができなくなる。ここではその例をいくつか挙げたい。以下は五種類のナショナリストのリストで、それぞれに対して各種類のナショナリストが密かにでも受け入れることができない事実を書き加えてある:

イギリス・トーリー主義者:イギリスはこの戦争でその権力と名声を減じることになるだろう。

共産主義者:もしイギリスとアメリカからの支援が無ければロシアはドイツに敗北しただろう。

アイルランド・ナショナリスト:アイルランドはイギリスの保護によってその独立を保つことができている。

トロツキスト:スターリン体制はロシアの大衆に受け入れられている。

平和主義者:暴力を「放棄」した者がそうできるのは他の者が彼らに代わって暴力を行使してくれるからに他ならない。

もし感情的な思い入れが無ければこれらの事実は誰の目にも明白であるが、それぞれの種類に属する人々にとってはどれも容認しがたいものでそれゆえ彼らはこれらの事実を否定せざるを得ない。そしてその否定を前提にすることで誤った論理が構築されるのだ。今回の戦争で軍事的な予測がどれほど外れたかを思い出さずにはいられない。戦争の経過に関しては一般の人々よりも知識人の予測の方が間違いが多かったというのは真実であるように私には思われる。党派心によって惑わされる度合いは彼らの方が大きかったのだ。例えば左派的信念を抱く平均的な知識人は戦争は一九四〇年に敗北で終わるだとか、ドイツは一九四二年にはエジプトを占領するはずであるだとか、占領した島々から日本が撤退することは絶対にありえないだとか、英米による爆撃はドイツになんら影響を与えていないだとかといったことを信じていた。

こういったことが信じられていたのはイギリスの支配階級に対する憎しみが彼らの目を曇らせ、イギリスの作戦が成功するなどということは認めることができなかったためだ。こういった種類の感情の影響下にある時にはどんなに愚かなことでも信じこむことができる。例えば私はこれを間違いなく耳にしたと誓えるのだが、アメリカ軍がヨーロッパにやってくるのはドイツと戦うためではなくイギリスの革命を阻止するためだといったことすら言われていた。間違いなく知識人階層に属する人間がそのようなことを信じていたのだ。一般の人々であればそんな愚かな振る舞いをすることはないだろう。ヒトラーがロシアに侵攻した時、内務省の高官はロシアは六週間以内に崩壊するだろうという警告を「非公式」に発表した。一方で共産主義者は戦争のあらゆる段階でそれをロシアの勝利と結びつけた。ロシアがカスピ海近くまで撤退し、数百万の捕虜を失った時にさえ彼らはそれを勝利と結びつけたのだ。これ以上の例は必要ないだろう。重要なのは恐怖や憎しみ、嫉妬、権力崇拝が絡む時には現実的な感覚はすぐさま不安定になるということだ。すでに指摘したとおり、正しいことと間違ったことを見分ける感覚もまた不安定になる。それが「私たち」の側によって実行される場合には、許されない犯罪など完全に無くなってしまう。その犯罪が実際に起きたことを否定していても、別の場合であれば非難に値する犯罪とそれが全く同じ行為であると理解していても、知性と照らし合わせればそれを正当化することができないと認めていても……それが悪いことだと感じられなくなるのだ。忠誠心が絡めば哀れみを感じることもなくなってしまう。

ナショナリズムの高まりとその広がりの理由はここで取り上げるには手に余る問題である。ここで言えるのはイギリスの知識人の間に見られるナショナリズムの形態は外部の世界で現実におこなわれている恐ろしい戦いが歪んだ形で反映されたものであり、その最悪の愚行はパトリオティズムと宗教的信念が崩壊したことによって初めて可能になったということだけである。もしこの考えを追求すれば保守主義の一種、あるいは政治的静寂主義に捕らわれる危険に直面する。具体的に言えば……それが真実である可能性もあるが……パトリオティズムはナショナリズムに対する抗体であるだとか、君主制は独裁国家への防波堤であるだとか、組織化された宗教は迷信に対する防波堤であるといった考えのことだ。時には、偏りのない立場などというものは不可能であると主張されることもある。全ての信念や大義は等しく嘘と愚行と野蛮を含むというのだ。そしてこういった議論はしばしば、つまるところ政治に関わってはいけないのだという結論へと導かれる。私はこういった議論を受け入れるつもりはない。現代の世界では政治に無関心だから政治に関わりがない知識人であるなどとは言えないというだけでその理由は十分だ。むしろ政治……広い意味での政治……に関わり、政治的指向を持つことこそが必要なのだと私は考える。つまり、もしそれが他のものと同じように不公正な手段で実行に移されている場合であっても、理念のうちのあるものは他のものよりも客観的に優れていることを認めなければならないのだ。気に入るか気に入らないかに関わらず、私が説明してきたようなナショナリスティックな愛や憎しみは私たちのほとんどが持つ生まれ持った性質の一部である。それを取り除くことができるかどうか私にはわからない。しかしそれと戦うことはできると私は確信している。そしてそれには倫理的な努力が必要不可欠なのだ。自らの本当の姿を、自らの本当の感情を見つけ出し、避けがたく起きる先入観を斟酌することがまず何よりも重要な課題になる。もしあなたがロシアを憎み恐れ、アメリカの富と権力に嫉妬し、ユダヤ人を嫌悪し、イギリスの支配階級への劣等感を抱いていたとしよう。頭で考えるだけで簡単にそういった感情を取り除くことはできないだろう。しかし少なくともそれらの感情を自覚し、自らの思考が汚染されないようにすることはできる。感情的な衝動から逃れることはできない。おそらくそれは政治的な行動を起こす場合には必要にさえなるものなのだ。現実の受容とそれらを共存させなければならない。しかし繰り返すがそれには倫理的な努力が必要だ。そしてこれこそが私たちの時代に残る大変な課題であるにも関わらず、現代のイギリス文学を見れば私たちのうちでその備えができている者のなんと少ないことか。

1945年10月
Polemic

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