私の友人はうすい黄色の書物を開いたが、一見この仏書の版木師の忍耐の分る驚くべき文字である。漢字の活版は甚だ便利であろうが、こんな古い木版の美しさに比べると、どんなによくできた物でも、醜その物である。
「珍らしい話があります」
「日本の話ですか」
「いえ、――支那の話」
「何と云う書物ですか」
「その書物の名を日本風に私共は『無門関』と読んでいます。禅宗で特別に研究される書物のうちの一冊です。禅宗のある書物の特色の一つは、――これがよい例ですが――説明のない事です。ただ暗示を与えるだけです。質問が出て居るが、その答は研究者が自分で考え出さねばならない。答を考え出さねばならないが、それを書いてはならない。御承知の通り、禅は言外に思想の到達すべき人間の努力を表して居る物です、それで一たび言語と云う狭い物になって現れたら、禅の特色を失います。……さて、この話は本当の話となって居るのですが、ただ禅の一問としてここに使われています。この支那の話が三通り訳者註に違っていますが、私はその三つの正味を申しましょう」
つぎのように友人は話した、――
訳者註 『類説離魂記』『剪灯新話』等、少しずつ話が違って居る。たとえば蜀にいた年数、子女の数など小さい点に於て。
『類説離魂記』に記され、『正燈録』に物語られ、禅宗の書物である『無門関』に批評されて居る倩女の話、――
衡陽に張鑑と云う人がいた。その人の小さい娘の倩は非常に美しかった。王宙と云う甥もいたが――それも立派な少年であった。この二人は一緒に遊んで、仲が良かった。一度、鑑は戯れに甥に云った。「いつかお前を私の娘に見合せるつもりだ」二人の子供はこの言葉を覚えていた。そして彼等は言名付になったと信じていた。
倩が大きくなった時、ある位の高い人が彼女を娶ろうとした。彼女の父はその要求に応ずる事に決した。倩はこの決心によって非常に煩悶した。宙の方では、余りに怒り、かつ悲んで、家を捨てて他の州に行く事を決心した。その翌日、彼は旅行のために船を用意して置いて、日没の後、誰にも別れを告げないで河を遡った。ところが夜中に彼は自分を呼ぶ声によって驚かされた。「待って下さい――私です」――そして彼は船の方へ、岸に沿うて走って来る一人の少女を見た。それは倩であった。宙はこの上もなく喜んだ。彼女は船に跳び乗った。それからこの二人の愛人は蜀の国に安全に着いた。
蜀の国で彼等は幸福に六年暮らした。二人の子供をもった。しかし倩は両親を忘れる事はできなかった。そして再び両親を見たいと度々思った。とうとう彼女は夫に云った、――「以前、私はあなたとの約束を破る事ができなかったから、――私は両親にあらゆる義務と愛情を負うて居る事を知りながら、――あなたと駆け落ちをして両親を見捨てました。もう両親の赦しを願うようにする方がよくないでしょうか」「心配せんでも宜しい」宙は云った。――「今度は遇いに行こう」彼は船を用意した。それから数日後に妻をつれて衡陽に帰った。
こんな場合の習慣に随って、夫は妻を船に残したままで先ず鑑の家に赴いた。鑑は如何にも嬉しそうに甥を歓迎して云った、――
「どれ程これまでお前に遇いたかったろう。どうかしたのだろうとこれまでよく心配していた」
宙は恭しく答えた、――
「御親切な言葉をうける資格はありませんで、恐縮です。実は私が参りましたのは御赦しを願うためです」
しかし鑑にはこれが分らなかったらしい。彼は尋ねた、――
「お前の云う事は何の事だろう」
「実は倩と逃げて行った事で、怒っていらっしゃると思って心配しました。私は蜀の国へ連れて行ったのですから」
「それはどこの倩だろう」鑑は尋ねた。
「お嬢さんの倩です」宙は答えたが、自分の舅に何か悪意のある計画でもあるのではないかと疑って来た。
「お前は何を云って居るのだ」鑑は如何にも驚いたように叫んだ。「娘の倩はあれからずっと病気だ、――お前が出て行ってからこの方」
「あなたのお嬢さんは病気じゃありません」宙は怒って答えた。「六年間、私の妻になっています。それから子供が二人あります。それで御赦しを願うために二人でここへ帰って来たのです。それですからどうか嘲弄する事は止めて下さい」
暫らく二人は黙って顔を見合せていた。それから鑑は立って、甥について来るように手招きをしながら病人の少女の寝て居る奥の一室に案内した。そこで非常に驚いた事には、宙は倩の顔、――綺麗だが、妙にやせて蒼白い倩の顔を見た。
「自分では口を利く事はできないが、話は分る」老人は説明した。それから鑑は娘に笑いながら云った。「宙さんの話ではお前は宙さんと駆け落ちして、今では二人の子もちだそうだ」
病人の娘は宙を見て微笑した。しかし何も云わなかった。
「今度は私と一緒に河へ来て下さい」途方にくれた婿は舅に云った。「私はこの家で何を見たにしても、――お嬢さんの倩は今丁度、私の船の中に居る事は保証して云う事ができます」
彼等は河へ行った。そして実際そこには若い妻が待っていた。そして父を見て、娘はその前に低頭して容赦を願うた。
鑑は彼女に云った、――
「お前が本当に私の娘なら、私はお前を愛するばかりだが、どうも娘らしくも思われながら、分らない事がある。……一緒にうちへ来て貰いたい」
そこで三人は家の方へ進んだ。そこに近づくと、その病人の娘、――長い間、床を離れた事のない娘、――は大層嬉しそうに微笑しながら、三人を迎えに来るところであった。そこで二人の倩は互いに近づいた。ところがその時――どうしてだか誰にも分らないが――彼等は不意に互いに融け合った。そして一体、一人、一倩となって、前よりも一層綺麗になって、病気や悲哀の何のしるしも残っていなかった。
鑑は宙に云った、――
「お前が行ってからこの方、娘は唖になった。そして大概は酒を飲み過ぎた人のようであった。今考えると魂が留守になっていたのであった」
倩自身も云った、――
「実は私はうちにいた事は知りませんでした。私は宙が怒って黙って出て行ったのを見ました。そしてその船のあとを追かけて行った夢を見ました。……しかし今となってはどちらが本当の私であるのか、――船に乗って行った私か、それともうちに残っていた私か、――分りません」
「それが話の全部です」友人は云った。「ところで『無門関』に君に興味がありそうな註釈がある。その註釈に云う、――『禅宗の五祖(五祖山の法演禅師)かつて僧に問うて云う、――「倩女離魂、那箇かこれ真底」』この話がこの書物のうちに引用してあるのは、ただこの問のためであった。しかしこの問は答えてない。著者無門はただ云う、――『もしどちらが真の倩女であるか決定する事ができるようなら、それなら殻を出て殻に入る事は丁度ただ旅舎に宿するようである事が分ろう。しかしもしこの程度のさとりを開いていないようなら、みだりにこの世界を走らないように警戒するがよい。そうでないと地水火風の四大が突然一散する時になれば、熱湯に落ちた七手八脚の(七転八倒する)蟹のようになるだろう。その時になってその事について聞かなかったと云ってはならない』……さてその事と云うのは」
「その事はもう聞きたくはない」私は遮ぎった、――「それから七手八脚の蟹の事なども。私はその着物の事を聞きたい」
「着物と云うのは」
「二人が遇った時には、二人の倩女は違った、――恐らく余程違った服装をしていたであろう、即ち一人は処女、一方は妻であったから。二人の着物も一緒になってしまったのだろうか。たとえば一方は絹の着物、他方は木綿の着物であったとして、この二つは絹と木綿の交織となっただろうか。一方は青い帯、他方は黄色の帯をしめていたとして、その結果は緑の帯となっただろうか。……それとも一方の倩女はその着物からぬけ出して、それを蝉のぬけがらのように地上に置き去りにしただろうか」
「どの書物にも着物の事を云って居るのはない」友人は答えた。「それだからお話ができない。しかし仏教の見方から云えばその問題は頗る見当違いです。その数理的問題は、私は想像するに所謂倩女の個性の問題です」
「ところでそれが答えてない」私は云った。
「答をしないのが」友人は答えた。「一番よい答になって居るのです」
「どうして」
「個性と云うようなそんな物はないのだから」