グリーン・ゲイブルズのアン, ルーシー・モード・モンゴメリ

物語倶楽部、結成


アヴォンリー小学校の子供達は、これまでの平々凡々とした生活になかなか戻れずにいた。特にアンにとっては、平板で気の抜けた、目的に欠けた日常生活など堪え難かった。ここ何週間も、興奮で泡立った杯を飲み干し続けてきたというのに。あたしは、かつての穏やかな安寧の世界に戻れるのかしら、今やあのコンサートという一大イベントの、遠く彼方に霞んで見えるあの世界に? 始めのうちは、アンがダイアナに語ったように、そんなことは無理に思えた。

「ホントそうよね、ダイアナ、何もかも変わってしまったのよ、あの遠き日々に再び戻ることなどできないんだわ」アンが嘆いた。五十年以上も前の娘時代を振り返るお婆さんのようである。「もしかすると、いつの間にか元の世界を受け入れてしまうのかもしれないけど、コンサートって穏やかな暮らしとは両立しないのね。だからマリラが反対するんだと思う。さすがマリラだわ。マリラみたいにちゃんとした人になれたら、それはそれで大したものなのかもしれないわ。でも、本当にそうなりたいかって考えると、そうは思えないのよね。だって、ちゃんとした人って非物語的アンロマンチックなんだもの。リンドさんは、ちゃんとした人になるわけないから、心配しなくて良いって言うけど、そうとも言い切れないわよ。今のところ、大きくなったらちゃんとした人になれそうな気がしてるわ。でも、もしかして疲れてるからそう思えるだけかもね。昨日の夜なんか、夜遅くまで寝付けなかったわ。ベッドに入ってから、またコンサートのことを何度も繰り返し頭の中に思い浮かべて味わってたの。だからああいうイベントって素晴らしいのよ――思い出すのが楽しくて」

しかし、結局のところ、アヴォンリー小学校もいつしかガタゴトと馴染みの道に戻り、馴染みの遊びも復活してきた。コンサートが後ろに車輪の跡を残したのも確かであるが。ルビー・ギリスとエマ・ホワイトは、演台の席順のことで喧嘩をして、もう同じ机に座わっていない。いつまでも続くと思えた三年間の長い友情も、ついに終焉の時を迎えた。ジョージー・パイとジュリア・ベルは三ヶ月も「挨拶」していない。ジョージー・パイがベッシー・ライトに、暗誦の前にお辞儀した時、ジュリア・ベルがピョコッと頭を動かすから、ニワトリみたいだったと言ったのを、ベッシーがジュリアにばらしたからだ。スローン家の子供達は、ベル家の子供達を無視していた。プログラムにスローンの名前が並び過ぎた、とベル家の子達が文句たらたらだったのだ。スローン側でも、ベルの奴等はちょい役もまともにこなせない役立たずだ、と言い返していた。もう一つ。チャーリー・スローンがムーディー・スパージョン・マクファーソンと大喧嘩をした。暗誦が上手く行ったもんだから、アン・シャーリーが偉そうにしてる、とムーディー・スパージョンが言ったからで、結局ムーディーはチャーリーに「ぼこぼこにされ」た。結局、ムーディー・スパージョンの妹のエラ・メイは、アン・シャーリーとは冬の間ずっと「挨拶」しようとしなかった。こうした些細な衝突があったものの、ステイシー先生の小王国は、いつも通り順調に統治されていた。

一週また一週と、いつしか冬の日々が過ぎて行った。例年にないほどの暖かい冬で、かなり雪が少なかったから、アンとダイアナはほとんど毎日樺小径を通って登校できた。アンが誕生日を迎えた日、二人は樺小径を軽快な足取りで下って行った。おしゃべりの最中でも、目も耳も注意を集中して怠りなく構えていた。ステイシー先生から、「冬の森の散歩」という題で、近々みんなに作文を書いてもらうと言われていたので、作文の題材探しに二人とも一生懸命だったのだ。

「そうなのよねえ、ダイアナ、あたし今日で十三歳なのよ」とアンがかしこまった声で感想をもらした。「何だか信じられない、もうティーンエージャーなんだわ。今朝起きたら、何もかも昨日と違ってるような気がしたの。ダイアナはひと月も前から十三歳だから、あたしと違ってもう珍しいと感じないだろうけど。大人に一歩近づいたんだもの、どんどん面白いことが増えるわね。あと二年もしたら、すっかり大人なんだわ。そしたらひと安心よ、思う存分難しい言葉を使っても、もう笑われなくなると思うわ」

「ルビー・ギリスは、十五歳になったらすぐ恋人を作るんだって」とダイアナ。

「ルビー・ギリスって、それしか考えてないもの」と軽蔑するアン。「あの子、誰かに『気になる二人』って自分の名前が書かれると、本当は嬉しいのよ。怒ったふりしてるだけ。でも、こんなこと言ってるようじゃ、心が狭いわ。アランさんに、心無い発言は絶対避けるようにっていつも言われてるもの。だけど、思わず言っちゃってから気がつくって、有り勝ちじゃない? ジョージー・パイの話をすると、絶対何か心無いことを言いそうだから、あの子の事は言わないようにしてるの。気がついてたかもしれないけど。アランさんみたいになれるように、これでも一生懸命気を使ってるのよ。アランさんって完璧な人だもの。アラン牧師もそう思ってるわ。リンドさんが言ってたけど、牧師さんが自分の奥さんを大切にし過ぎるなんて、牧師の在るべき姿じゃないだって。奥さんは神様じゃないんだから、あんなに入れ込んじゃいけないんだそうよ。でもね、ダイアナ、牧師さんだって人間だもの、ちょっとした悩みの種くらいしょうがないわ、誰にでもあることよ。先週の日曜の午後に、アランさんと悩みの種のことで面白い話をしたの。日曜日向きの話題って少ないけど、この話は日曜向きだったわ。あたしの悩みの種は、想像し過ぎることと、言いつけられた仕事をすぐ忘れること。頑張って直そうとしてるんだけど、今日で十三歳になったんだし、たぶん少しはましになるでしょうね」

「あと四年したら、あたし達も髪をアップにできるのよ」とダイアナ。「アリス・ベルはまだ十六歳なのにアップにしてるわ。だけど、あんなのおかしいわよ。あたしは十七歳まで待つつもり」

「アリス・ベルみたいに曲がった鼻だったとしても」とはっきり言うアン。「きっとあたしなら――あ、いけない! これ以上言うの止めておこう。思いやりとはかけ離れた話になりそうだもの。それに、自分の鼻と比べたりしたら、自惚れてることになるわ。自分でも鼻の格好ばかり気にしすぎだと思う。随分前に鼻のことで褒められてからずっとだもの。今でも鼻が格好良いって考えると、気が休まるのよ。あ、ダイアナ、見て、兎だ。森の作文を書く時のために、覚えておいて損はないわね。夏も良いけど、冬の森も素敵だと思うな。真っ白な雪に覆われてしんとしてるでしょ。眠りについた森が、気持ち良く夢を見てるみたい」

「森の作文なら、取りあえずその場で書けちゃうと思うわ」と溜め息をつくダイアナ。「森について書くならなんとかなるけど、月曜日のが問題よ。ステイシー先生ったら、自分で物語を考えなさい、なんて言うんだもの!」

「え? そんなのあっという間よ、簡単じゃない」とアン。

「そりゃあアンには簡単でしょう、想像力が有る人は良いわよね」と、言い返すダイアナ。「でも、もともと想像力が無い人はどうしたら良いのよ? もう作文書いちゃったんでしょう?」

アンがうなずいた。謙遜してみようとしたが、顔がにやけて全然うまくいかなかった。

「こないだの月曜日、夕方のうちに書き上げたわ。タイトルは『恋敵のジェラシー』、サブタイトルは『死んでも離れない』っていうの。マリラに読んで聞かせたら、ああ下らないって言われたわ。そのあと、マシューに聞かせたら、上出来だって。マシューみたいな批評家なら歓迎よ。悲しくて物語的ロマンチックなお話なの。書きながら、子供みたいに泣いちゃったわ。二人の美しい乙女が登場するのよ。名前はコーデリア・モンモランシーとジェラルディン・シーモア。二人は同じ村に住んでて、強い絆で結ばれていたの。浅黒い肌のコーデリアは威厳に溢れて、闇夜の黒髪があたかも小冠のような、黄昏時の夕陽のように閃く瞳の持ち主。ジェラルディンは女王のように色白で、紡いだ黄金のような髪に、ビロードのように光沢のある紫色の瞳」

「スミレ色の目の人なんか見たことないわよ」と、半信半疑のダイアナ。

「あたしも見たことない。想像しただけ。何処かに平凡じゃない所が欲しかったの。ジェラルディンは、アラバスターの額をしてるのよ。今ならアラバスターの額がどんなだか分かるわ。十三歳になって良かったことの一つね。たったの十二歳だと分からなかったことも、どんどん解決されていくもの」

「で、コーデリアとジェラルディンがどうなったの?」と、せっつくダイアナ。二人の運命がだんだん気になりだしたのである。

「二人は美しく成長し、仲睦まじく過ごしました。そしてそろって十六歳を迎えた年、あるとき、二人が生まれ育った村にバートラム・ドヴィアがやって来て、美しきジェラルディンと恋に落ちました。ジェラルディンの馬が暴れて、ジェラルディンを乗せたまま馬車が暴走して命が危なかったところを、助けてあげたからです。バートラムは、気を失ったジェラルディンを腕に抱いて、三マイルも向こうの家まで連れ帰りました。何故って、分かるでしょ、馬車がばらばらに壊れていたからよ。

プロポーズの場面を想像するのが、かなり大変だったわ。だってそんな経験無いんだもの。ルビー・ギリスにも聞いてみたのよ。プロポーズってどんな風にするのか、知ってるんじゃないかと思って。こういう事なら、やっぱりルビーが一番だろうと思ってね。結婚してるお姉さんが何人もいるし。ルビーが話してくれたのは、マルコム・アンドリューズがお姉さんのスーザンにプロポーズした時の事。台所に隠れて聞いてたんだって。マルコムが、お父さんが自分名義で農場を残してくれた話をして、それから『なあ、どうだろう、今年の秋に一緒になっちまうってのは』って言ったの。そしたらスーザンがこう答えたんだって。『いいわ――やっぱりダメ――どうしよう――ちょっと待って』――で、ご覧の通り、さっさと婚約しちゃったってわけ。だけど、こんなプロポーズじゃ物語的ロマンチックな場面に全然相応しくないわ。結局、できるだけ想像で頑張ることにしたの。なるたけ華麗に詩的な場面にしてみたわ、バートラムに膝をつかせてね。ルビー・ギリスには、今時そんなことしないって言われたけど。

それで、ジェラルディンはプロポーズを受け入れたんだけど、その台詞が長くて一ページもあるのよ。これを書きあげるの本当に苦労したわ。五回も書き直してるんだから、あたしの代表作と言って良いわね。

婚約のしるしに、バートラムはダイアモンドの指輪とルビーのネックレスを贈って、こう言いました、僕たちの新婚旅行はヨーロッパにしよう。バートラムは大金持ちだったのです。しかし、そうこうしているうちに、嗚呼、二人の将来に不吉な陰が差し始めます。コーデリアが、実は秘かにバートラムを慕っていたのです。コーデリアは、ジェラルディンから婚約の話を聞かされて、大変腹を立てました。特に、贈られたネックレスとダイアモンドの指輪を見ると哮り狂ったのです。愛していたはずのジェラルディンは、今や憎い恋敵になってしまいました。コーデリアは誓いました。決してジェラルディンをバートラムと結婚させるものか。でも、見かけはいつも通りで、相変わらずジェラルディンの友達を装います。

ある日の夕方、二人がたまたま波立つ激流に渡された橋を通りかかった時のこと、二人だけだと高をくくっていたコーデリアが、ジェラルディンを橋から突き落としてしまいます。そして無情にも高笑いをするのでした。『ハッハッハッ』

ところが、バートラムは事の始めからずっと見ていたので、すぐさま流れに身を投じました。『我、汝を救い出さん、我が君、ジェラルディンよ』と叫びながら。けれども、哀れバートラム、自分が泳げないことを忘れていたのです。そうして、しっかり抱き合ったまま、二人とも溺れてしまいました。その後しばらくして、川岸に二人の遺体が流れ着きました。二人は一緒に一つのお墓に葬られて、立派なお葬式が執り行われました、とこういうお話よ、ダイアナ。

結婚式で終わるよりお葬式で終わる話の方が、ずっとずっと物語的ロマンチックだわ。その後のコーデリアの事だけど、良心の呵責に嘖まれて狂気に陥ってしまい、精神病院に閉じこめられてしまったの。絵に描いたような因果応報よね、犯した罪に見合ってるもの」

「すっごく素敵だわ!」と溜め息をつくダイアナ。批評家としてはマシュー派だった。「良くこんなゾクゾクする話を考え出せるわね、アン。あたしの想像力もアンと同じくらいあれば良かったのに」

「きっとそうなるわ、養えばいいだけなのよ」と励ますアン。「良いこと思いついた、ダイアナ。二人で自分たちだけの物語倶楽部を作って、物語を書く練習をするのよ。自分で書けるようになるまで手伝ってあげる。各自想像力を養うべしってね。ステイシー先生がそう言ってるもの。要は正しい方向に進むように気をつければ良いのよ。呪いヶ森のことを話したら、間違った方向に進んだって言われたわ」

物語倶楽部は、こういう経緯で結成されたのだ。始めはダイアナとアンだけの倶楽部だったが、すぐに会員が増えて、ジェーン・アンドリューズとルビー・ギリス、他に一、二人、想像力を養うべきだと感じた子が仲間に入った。男の子は倶楽部に入れてもらえなかった――ルビー・ギリスの見立てでは、男の子を入れてあげればもっと刺激的な会になるとのことだった――会員全員が、週に一度物語を書き上げることに決まった。

「最高に面白いのよ」アンがマリラに語った。「めいめいが自分の物語を読み上げて、その後みんなで議論するの。大事に残しておいて、後々まで読まれ続けるようにするつもり。書くときはペンネームを使うの。あたしのペンネームはローザモンド・モンモランシー。みんなとても良く書けてるわ。ルビー・ギリスはかなりセンチメンタルなラブストーリー。恋愛の場面をたくさん詰め込み過ぎるのよ、せっかくの場面も多すぎては効果が台無しよね。逆にジェーンのは全然無いのよ、朗読するとき恥ずかしいんだって。ジェーンの物語は、どれもあまりにも常識的過ぎるわ。それから、ダイアナのは殺人事件を入れ過ぎ。登場人物をどうしたら良いかアイデアが煮詰まると、大概は殺して解決するんだって言ってたわ。あたしはどう書いたら良いか、いつもみんなに教えてあげる役なんだけど、別に大変じゃないのよ、アイデアは次々湧いてくるもの」

「物語を書いて喜んでるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるわ」と、けなすマリラ。「頭の中ががらくたで一杯になって、勉強の時間を無駄にするだけよ。物語なんか読むのも悪いけど、書くのはもっと悪いことだわ」

「でもね、作品には必ず教訓を入れるように気をつけてるわよ、マリラ」と、分かりやすく説明してあげるアン。「そうしようって言ったの。善人はみんな報われて、悪人は悪人にふさわしく罰を受けるのよ。そういう教訓が入ってたら、読んだ人のためになるわよね。教訓こそ重要なのよ。アラン牧師がそうおっしゃってるわ。あたしが書いた物語を一つだけ、牧師さんとアランさんに読んであげたら、教訓が素晴らしいって認めてもらえたわよ。でも二人とも妙な所で笑うのよね。あたしは聞いてる人に泣いてもらえると嬉しい方なのよ。ジェーンとルビーは、悲しい場面になると大概いつも泣いてくれるのよ。ダイアナがジョセフィン叔母さんに物語倶楽部のことを書いたら、ジョセフィン叔母さんが、作品をいくつか送ってくれって書いてきたの。だから、四人の自信作を写して送ったのよ。そしたら、こんなに笑える話は読んだことがないって返事だったわ。みんな、どうしてだろうって考え込んじゃったわよ、だってどれも悲しいお話ばかりだし、大半が死んでしまうのに。だけど、バリーさんが気に入ってくれて嬉しいわ。世の中の役に立ってるってことだもの。アランさんが良く言うの、何をするにしても、世の中に役立つことをしなさいってね。だから、あたし一生懸命努力してるのよ、でも、楽しい時はよく忘れちゃうの。大人になったら、ちょっとでも良いから、アランさんみたいになれたらなあ。あたし、アランさんみたいになれそうだと思う、マリラ?」

「あまり大きな期待はしない方が良いわね」と、マリラから元気が出る返事があった。「アランさんなら、今のあんたくらいの時、きっとこんなお馬鹿さんでも、忘れっぽい子でもなかったでしょうに」

「そうだけど、昔からずっと今みたいな善い人でもなかったのよ」と、アンがまじめに言った。「自分からそうおっしゃったのよ――つまり、小さい頃はとってもいたずらっ子で、よく大ピンチに見舞われたんだって。それを聞いて元気でちゃった。あたしって悪い子なのかな、マリラ、他の人が昔いけない子だったり悪戯好きだったって聞いて、元気が出るんだから? リンドさんは、そんなのいけないことだって言うわ。リンドさん、誰かが昔悪い子だったって聞くと、いつもドキッとするんだって。ほんの小さい時のことでも気になるそうよ。いつかある牧師さんが、子供の頃叔母さんの台所からイチゴのタルトを盗ったって告白するのを聞いてから、その牧師さんを二度と尊敬できなくなったんだって。だけどね、あたしならそんな風に感じたりしないわ。告白する勇気があって、本当に立派な心の持ち主なんだ、と思うだろうし、悪戯ばっかりしてるけど実は後悔してる今時の小さな男の子達だって、きっと元気づけられるわよ。いたずらっ子でも牧師になれるんだって分かってね。あたしはそう感じるの、マリラ」

「今あたしが感じるのはね、アン」とマリラ。「本当なら、あんたは今頃このお皿を洗い終わっているはずだってこと。三十分も余計にかかってるじゃないの、お喋りばかりして。まず、仕事を終えてからお喋りすることを覚えなさい」


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