炭坑の中では、アルフレッドは惨めではなかった。彼は炭坑夫たちのあいだでは評判がよく、たいそう好かれていた。彼と他の男共との違いを意識しているのは、ただ彼自身だけだった。彼の汚辱は、誰にも気づかれていないようだった。だが、どうしても彼は、自分が炭坑夫たちに男として劣った卑小な奴と見られて、蔑まれていないとは、信じることができなかった。ともかく、ただ一人見せ掛けの男である彼は、他の男共がその見せ掛けに容易く欺かれるのを、不穏に思っていた。しかし、やがて彼は自然な快活さを取り戻し、仕事に、喜びを見出すようになった。炭坑の中では、彼は自分らしくあることができた。腰まで裸になり、労働で身体は熱れ、炭まみれになり、そして息休めの折には、彼らは、踵の上にしゃがんで、安全灯の光りで、互いの薄ずんだ姿を見交わしながら、言葉をかわすのだった──周りに石炭の漆黒が、重なり聳え、或いは木の支柱が、黒々としたひどく暗い神殿の小さい列柱のように、低く、四囲に据えられているなかで。そうするうちに、第七号炭坑からの伝言を持った、ないしは、水桶から汲んだ飲み水の瓶や、上の世界の知らせ等を持った、使いの少年が、子馬と一緒にやって来る。そんな風にして日々は愉しく過ぎていった。地下での労働の毎日は、気楽な、勝手気侭な心地よさに充ち、剣呑な場所に閉じこもった、世界から切り離された男たちの間には、明朗な同胞意識が通い、そして仕事は、穴を掘る、石炭を積む、木を組む等さまざまで、また、呼吸する空気には危難と神秘の魅惑的な味わいがあり、──やがて彼が、戸外の空気や広々した海原への、痛切な欲求に悩まされなくなった頃には、そんな炭坑での日々を、つまらないなどとは思わなくなっていた。
さて、十二月のこの日、デュラントはおびただしい仕事に追われて、何の言葉も口に出す気になれないほどだった。彼は口を噤んで、午後まで働き通した。
そしてようやく「お務め終わり」の時刻になり、彼らは坑底まで重い足取りで下りて行った。白漆喰を塗られた地下の事務所は、明るく輝いて見えた。男たちはみなランプを消した。それから、黒々した水の滴りが、切れ目なく、激しく水溜めを打つ、昇降機の縦坑の底のまわりに、十人前後の組になって、坐った。電光が、中央の坑道を下方へと掠めて過ぎた。
「雨が降ってるのかな?」とデュラントは訊ねた。
「雪だよ、」と年嵩の男が言うと、若者は顔をほころばせた。雪が降っている時に、地下から地上へ出るのが、彼は楽しみだった。
「まさに、クリスマスを見計らって降って来たな、」と老人は口にした。
「そうだね、」とデュラントは応えた。
「クリスマスに雪が降らなきゃ、教会墓地は大繁盛!(諺:暖冬は疫病が広がり、死者が多い)」と、別の男がしかつめらしく言った。
デュラントは、小さい、鋭く尖った歯をみせて笑った。
昇降機の籠が下りて来て、十人の余の男たちが乗った。弓なりの、鎖の網でできた屋根の上に、雪が積もっているのに気がついて、デュラントは嬉しくなった。
見慣れぬ地下世界に遠出したことを、この雪の群れは、どんなにびっくりし、また喜んでいるだろうかと、彼は想像してみた。しかし雪は、黒い水に打たれて、すでに湿深くなっていた。
そんなものを見てさえ、彼は好もしく思うのだった。彼の顔には微笑が浮んでいた。しかしこの時は、それだけでなく、何かしら奇妙な予感も、彼の内で波立っていた。
地上の世界は、雪の微光におおわれ、燦然と顕れ出るように見えた。雪の坂を急ぎ足で歩いて行き、事務所でランプを手渡すと、彼はあらためて、あたり一面ほの光る雪に埋もれた、戸外の空気に触れたことが嬉しく、知らず識らず笑みを浮べていた。左右の丘は、黄昏の下に薄青く浮び、巡らされた生垣は小暗く、荒涼として見えた。鉄道線路のまわりの雪は踏みしだかれていたが、更にその先、家へと帰って行く坑夫たちの、黒い影の群れより向こうの雪は、まっさらなままで、雑木林の暗い連なりをも覆って、遠く広がっていた。
西の空には桃色の靄がかかり、密やかな、大きな星が現れはじめていた。より低いところでは、炭坑の放つ鮮鋭で黄色い光が、建物の暗い影の上に映り、そして青の深い薄明に圧し伏された、オールドクロスの村の家並みは、ちらちら灯りを点していた。
雪のために色めきたち、にぎやかに言葉を交わしている坑夫に雑じって、デュラントは、生気を得たような喜びで歩いて行った。ほの白い晦冥の世界も、こうして仲間と連れ立って歩くことも、彼には好もしかった。庭へつづく柵戸のところで立ち止まって、下方の、沈黙して青い雪の上に仄めく、家の灯りを目にすると、彼は、胸の底から湧き上がる、微かな戦慄を感じた。