昔々ある所に一人の面白いお婆さんがありました。笑うのと米の粉団子を拵えるのが好きだったのです。
ある日、お婆さんはお昼ごはんにしようとお団子を拵えに掛っていましたが、一つ取り落してしまいました。その団子は小さい台所の土間にあった穴の中に転がり込んで見えなくなったのです。お婆さんは穴に手を突っ込んで拾おうとしました。するとたちまち土が崩れて、お婆さんは落ち込んでしまいました。
ずいぶん深い所まで落ちたのですが、ちっとも怪我はしませんでした。再び起き上った時、お婆さんは自分が道路に立っているのに気が付きました。自分の家の前のと同じような道なのです。そこは大層明るくて、お婆さんの眼には稲田が一面に見えました。でもどの田にも人っ子一人居ないのです。こんな事になったのは全体どうした訳か、私には解りません。しかしどうもお婆さんは他所の国に落ち込んでしまったらしいのです。
お婆さんの落ちた道は大分急な坂でした。それで、団子を探しても見付からなかったものですから、お婆さんはきっと団子が坂の下の方へ転がって行ったに違いないと思いました。
お婆さんは、
――「団子や団子。私の団子はどこ行った」
と言いながら、道を駆け下りて探しに行きました。
間もなくお婆さんは石地蔵が一つ路端に立っているのを見て、声を掛けました――
――「これはこれはお地蔵様、私の団子をお見掛けになりましたか」
地蔵は答えました――
――「うむ、団子が私の側を通って下の方へ転がって行くのを見たよ。だがお前はもう先へ行かない方がいい。そこを下りた所には、人を食べる悪い鬼が住んでいるのだから」
しかしお婆さんはただ笑ったばかり、――「団子や団子。私の団子はどこ行った」と言いながら先へ駆け下りて行きました。やがてお婆さんは別の地蔵が立っている所にやって来て、尋ねました――
――「これはこれはお優しいお地蔵様。私の団子をお見掛けになりましたか」
すると地蔵さんは言いました――
――「うむ、団子がほんの今さっき転がって行くのを見たよ。だがお前はもう先へ行ってはいけない。そこを下りた所には、人を食べる悪い鬼が住んでいるのだから」
しかしお婆さんはただ笑ったばかり、相変らず――「団子や団子。私の団子はどこ行った」と言いながら駆け下りて行きました。やがてお婆さんは三つ目の地蔵の所に来て尋ねました――
「これはこれはおなつかしいお地蔵様。私の団子をお見掛けになりましたか」
ところが地蔵は言いました――
――「団子の事など言っている場合ではない。今鬼が来る所だ。さあ、ここへ来て私の袖の陰にしゃがんでおいで、少しも音を立ててはいけないよ」
間もなく鬼がすぐ近くまでやって来ましたが、立ち止って地蔵にお辞儀をして、こう言いました――
「こんにちは、地蔵さん」
地蔵も「こんにちは」を大層丁寧に言いました。
そうすると鬼はにわかに空気を二三遍不思議そうな様子をして嗅ぎましたが、大きな声で言いました――
――「地蔵さん、地蔵さん。どこかに人間の臭いがしますね」
――「いや」と地蔵は言いました――「それは多分お前の思い違いだよ」
――「いえ、いえ」と鬼はまたも空気を嗅いでから言いました。「人間の臭いがしますよ」
その時お婆さんはもう堪え切れなくなって――
「テ、ヘ、ヘ」と笑いました――そうすると鬼はすぐに大きな毛むくじゃらの手を地蔵の袖の後ろに伸ばして、なおも「テ、へ、へ」と笑い続けているお婆さんを引っ張り出しました。
――「あー、はー」と鬼は大声を出しました。
その時、地蔵はこう言いました――
――「お前はそのよいお婆さんをどうしようとするのだ。いじめてはならんぞ」
――「いじめやしません」と鬼は言いました。「ただ家へ連れて行って私らのおさんどんをして貰おうと思うのです」
――「テ、ヘ、ヘ」とお婆さんは笑いました。
――「それならよろしい」と地蔵は言いました――「だが本当にお婆さんに優しくしなくてはならんぞ。もししなかったら、私はひどく腹を立てるよ」
――「決していじめはいたしません」と鬼は約束しました。「お婆さんは毎日ちょっとばかり私らの為めに働いてくれさえすればよいのです。さよなら、地蔵さん」
それから鬼はお婆さんを連れてはるばる道を下って行きましたが、やがて二人は広い深い川の所まで来ました。そこには一艘の小舟があったのです。鬼はお婆さんをその小舟に乗せて、川を漕ぎ渡って自分の家に連れて行きました。大層大きな家でした。鬼はすぐお婆さんを台所に案内して、自分や自分と一緒に住んでいる他の鬼共に食べさせる御飯の拵え方を教えたのです。それから小さな木で出来た杓文字を渡してこう言いました――
「お前はいつでもお米を一粒だけ鍋に入れるんだよ、その一粒の米を水に浸けてこの杓文字で掻き廻せば、粒はどんどん殖えて終いには鍋一杯になるからね」
そこでお婆さんは鬼の言った通りに、たった一つの米粒を鍋に入れて、その杓文字で掻き廻し始めましたが、掻き廻すにつれて、一粒は二つになり――それから四つ――それから八つ――それから十六、三十二、六十四といった調子でどんどん出来上って行きました。いつでもお婆さんが杓文字を動かす度毎に米の分量は殖えるのです。それでわずかの間に大きな鍋は一杯になりました。
それからというもの、その面白いお婆さんは長い間、鬼の家に留って、毎日、鬼やその仲間達みんなに御飯拵えをしてやりました。鬼は決してお婆さんをひどい目に会わしたりおどかしたりしませんし、お婆さんの仕事は例の魔訶不思議な杓文字のお蔭で大層楽に捗りました――もっともお婆さんはそれはそれはずいぶん沢山のお米を炊かなければなりませんでした。何しろ鬼の食べる事といったらどんな人間の食べるのよりずっと沢山なのですから。
けれどもお婆さんは淋しかったのです。そしていつも自分の小さい家に帰りたくて、団子が拵えたくてたまりませんでした。それである日、鬼共が残らずどこだかへ出掛けた時、お婆さんは逃げて見ようと考えました。
お婆さんはまずあの魔法の杓文字を取って、それを帯の下に挟みました。それから川まで下りて行きました。誰も見ていません。小舟もそこにありました。お婆さんはそれに乗ってせっせと漕ぎ出しましたが、漕ぐのは中々上手でしたから、じきに岸から遠く離れて行ったのです。
けれども川は大変広くて、未だ四分の一も漕ぎ渡らない頃、鬼は、みんな揃って、家に帰って来ました。さあ、おさんどんがいなくなった、魔法の杓文字も無くなったという始末です。みんなはすぐ川まで駆け下りました。見るとお婆さんが大急ぎで向うへ漕いで行くところです。
たぶん鬼共は泳げなかったのでしょう。何しろ舟はありません。だからあの面白いお婆さんが向う岸に着かない内に捕まえるには川の水をすっかり呑み乾すより外に方法はないだろうと考えたのです。そこで鬼共は膝を突いて、大急ぎで呑み始めたのでお婆さんが未だ半分も渡り越さない内に、水嵩はずっと減ってしまいました。
しかしお婆さんはどんどん漕ぎ続けていたのです。その内、水が大変に浅くなったので鬼は呑むのをやめて、踏込んで渡り始めました。するとお婆さんは橈を下ろし、帯から魔法の杓文字を取って、鬼共に向って打ち振りながら、それはそれはおかしな顔付きをしたので鬼共はみんな吹き出しました。
ところが鬼は、笑った拍子に、こらえ切れなくて呑み込んだ水をすっかり吐き出してしまったのです。そこで川はもとの通り充満になりました。鬼共はもう渡れません。それでお婆さんは無事に向う岸に着き、それから出来るだけ道を急いで逃げて行きました。お婆さんは息もつかずに走り続けてとうとうまた自分の家に戻って来ました。
それから後、お婆さんは大層しあわせになりました。自分の思うままにいつでも、団子が拵えられたからです。おまけに、お米の出来る魔法の杓文字を持っていたのです。お婆さんは近所の人達や通り掛りの人達にお団子を売って、ほんのわずかの間にお金持ちになりました。