メイカーズ 第一部, コリイ・ドクトロウ

第十章


朝食ルームで彼女がコーヒーを飲み終わると同時にティジャンは現れた。今のところフレディの姿は目にしていなかった。

「今日訪問できるプロジェクトを五つ用意しました」彼女のかたわらの席に滑りこみながらティジャンが言った。面白いことに肌寒い東北部にいるというのに彼はフロリダの人間のようにブルージーンズを履いてパイナップルとオスカーメイヤー社のウィンナー型自動車の派手な絵柄が散りばめられたバーククロス地のハワイアンシャツを着ていた。フロリダではそっけないナイロン製のスラックスと襟にアイロンのかかったワイシャツを好んでいたはずだ。

プロジェクトは魅力的でよく見慣れたものだった。ニューイングランドのニューワークとフロリダのニューワークとを隔てる文化の違いはわずかだったが確かに存在した。たとえばニューイングランドでは木工の割合が比較的高かった。多くの人が祖父の木工作業場で育ってきたという州独特の事情のためだろう。また少しだけ奇抜なところが少なかった。まるでバイオモニタリング用ベビーベッドに組み込まれた鋭敏な耐水耐衝撃モニターの周りを行進する飼いならされた子猫や子犬のようだった。

四番目の場所で彼女は思いがけない盛大な抱擁を受けた。腕をスザンヌの首にまわす力強い若い女性の体重に彼女が倒れ込みそうになるのを見ながらティジャンが笑った。「あなたに会えるなんて最高!」

スザンヌは体を引き離して抱きついてきた女性を見た。短いねずみ色の髪、きらめく青い瞳、オーバーオールとかわいらしい花がらのブラウスを着て、磨り減ったワークブーツと染みのある穴が空いた作業用手袋を身につけている。「ええっと……」彼女は言ってそこで気がついた。「フィオナ?」

「そうよ! ティジャンは私がここにいることを言わなかったの?」最後に彼女がこの女性を見たとき、彼女はピザを食べながらすすり泣き人生に絶望しかけていたのだ。今では本当に元気そうだった。

「ええ、まったく」彼女はティジャンをにらみながら答えた。彼は仏のほほえみを浮かべながら、かかとに埋め込まれた車輪をジャイロスコープで制御できる靴を調べているふりをしていた。

「数カ月前からここにいるの! あなたが言ってくれたようにオレゴンに戻ったんだけどウェスティングハウスの求人広告を見て履歴書を送ったってわけ。そうしたらビデオ会議での面接が受けられてそれで決まり。ロードアイランドへの飛行機に飛び乗ったのよ」

スザンヌは目を瞬かせた。が彼女にオレゴンに戻れと言った? ああ、たぶん言ったのだろう。ずいぶん昔のことだ。

その作業場はショッピングモール跡地にあった。蹄鉄のような形のフロアは薄いプラスターボードで区切られている。ウェスティングハウスはその壁を石壁用ナイフで切り抜いて全ての店舗を繋ぎあわせていた。あたりには電子レンジに入れたサランラップのような懐かしい3Dプリンター独特の匂いが立ちこめていた。駐車場はいくつかの巨大な器具と風変わりな子供用ジャングルジムに占領されていた。バロック様式風のジャングルジムはまるで尖塔が突き出た海賊の砦といった風情で、優美な曲線の小塔や螺旋を描く空中回廊、表面を飾り立てられたアーチ状の飛梁や不気味なガーゴイルが取り付けられている。そこに子供たちが蟻のように群がって歓声を上げているのだ。

「そう。でも本当に元気そうね、フィオナ」スザンヌは言った。まだ人とのコミュニケーションは苦手みたいだけどと彼女は思った。とはいえフィオナは確かに元気そうで喜びに満ち溢れていた。シリコンバレーの企業で憶えた厚い化粧も、ヘアケア用品も使っていなかった。顔はピンク色に火照っている。

「スザンヌ」彼女と肩を組み目を覗き込みながら今度は真剣な顔でフィオナは言った。「感謝してもしきれない。これが私の命を救ってくれたの。生きる目的を与えられたわ。人生で初めて誇りに思えることをやっている。毎晩、ここに来られたことに感謝しながら幸せな気持ちで眠るの。ありがとう。スザンヌ、本当にありがとう」

スザンヌは身をよじらないように努力した。もう一度フィオナは彼女と長い抱擁をした。「全部、あなたがやったことよ」ようやくスザンヌは言った。「私はただ話をしただけ。あなたは自分でこれを成し遂げた。OK?」

「OK」フィオナは答えた。「だけどあなたがいなければ私はここにいなかった。愛してるわ。スザンヌ」

やれやれ。スザンヌはもう一度おざなりに彼女を抱きしめるとすばやくその場を後にした。


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