メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第十一章


「クレディ・スイスに訴訟の専門家が?」

ハッカーバーグは大柄な男だったが普段はその猫背のせいで実際の体格よりも小柄な印象を与えた。だが背筋を伸ばすとまるで頭の真上から糸で釣られて地面から浮いているかのようで今にもデスクを飛び越えて相手の喉元に食いつかんばかりだった。彼の下顎が左右に揺れた。

「いるさ。サミー。どんな投資銀行にも一人はいる。私たちの取締役会の議長もそうだ。彼は大株主だ」

サミーは緊張してつばをのみ込んだ。「だがやつらは我々と同じくらい軍資金を得たんだ……戦って勝てばやつらからその金を奪い取ることができるでしょう?」

「勝てればな」

責任追及の矛先をかわすチャンスをサミーは見逃さなかった。「優秀な法律家の助言に従って振る舞えば勝つのは明らかだ。そうですよね?」

ハッカーバーグがゆっくりと息を吸い、アイスクリームスーツがはじけ飛ばんばかりにその胸が膨れあがった。彼の顎が左右にかちかちと揺れる。だが彼は何も言わなかった。その冷ややかな眼差しにサミーはなんとか向かい合おうとしたが相手をにらみつけることはできなかった。沈黙がおち、そこでサミーは相手の言わんとしたいことに思い当たった。これは法務部が始めた案件ではない。自分が始めた案件なのだ。

サミーは目線をそらした。「こいつにどう対処したらいいでしょう?」

「訴訟にかかるコストを上げる必要があるな。サミュエルくん。この戦法が可能なのはひとえに私たちに対する訴訟の費用対効果が高いからだ。訴訟のコストを上げればそいつの収益性を減らすことになる」

「どうやって訴訟のコストを上げるんです?」

「君は豊かな想像力を持っている。サミー。この目標を達成するための方法を君が無数に思いつくだろうことを私は信じて疑わないよ」

「なるほど」

「君には期待している。本当に期待しているよ。さもなければ訴訟の費用を上げる代わりに別のことをしなければならないからな」

「なんです?」

「従業員を一人か二人、犠牲にしなくちゃならん」

サミーは自分のコップを取り上げ、それからそれが空なのに気がついた。彼は浄水器から水をそそぎにデスクから立ちあがった。戻ってきた時には弁護士はもういなくなっていた。まるで砂のように口が乾き、指先が震えた。

訴訟のコストを上げるだって?

彼は自分のラップトップをつかんだ。匿名でメールアカウントを作る方法があるらしいがサミーはその方法を知らなかった。調べるには午後いっぱいかかりそうだ。FAQをいくつか呼び出しながら彼は思った。

サミーのように変化に富んだ野心的なキャリアを歩んでいると知り合いでもないし連絡をとる気もない誰かのメールアドレスを手に入れるということは珍しくない。そして頭の回る計画的な者であれば不測の緊急事態への備えは万全におこなっているものだ。

サミーはそういうメールアドレスを書き留めず、頭のなかに収めていた。


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