メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第四十九章


運転するサミーは上機嫌だった。ギニョールの方はまるで車をどこかにぶつけたかのような雰囲気だ。「これは計画になかったぞ。サミー」彼が言った。「計画ではデータを取り戻して話し合いを……」

「どんな戦争でも最初に犠牲になるのは計画だ」観光バスや通勤カーで混みあう道を縫うように進みながらサミーは言った。

「最初に犠牲になるのはたしか真実だったと思うが」

ライドに時間を使いすぎたせいで彼らはマイアミの午後のラッシュアワーに捕まっていた。「それもだ。このベンチャーにDiaBから得た利益の一割をつぎ込むことを僕は申し出た。他の場合だったら発注書を出していただろう。大きな取引というのは常に……」

「こいつは我が社を破滅に追い込むのに十分な法的責任をもたらすぞ。サミー。ハッカーバーグの言うことを聞いていなかったのか?」

「僕がまだディズニーで働いているたったひとつの理由はこの会社では必ずしも法律屋の決めた方針に従わなくていいからだ」

ギニョールがダッシュボードをドラムのように叩いた。サミーはガソリンをいれるために停車した。隣の給油機にはカンザスのナンバープレートをつけたミニバンが停まっている。父親はずんぐりとした韓国系の男、母親はこれまたずんぐりとした中西部風の白人でカントリー・アンド・ウエスタン製のデニムのジャケットを着ている。後部座席は騒ぐ子供たちで満席だった。女の子が二人に男の子が一人。子供たちはわめき声を上げて取っ組み合いをしていた。少女たちが少年の顔にキャンディーフレーバーのリップスティックと子供用マスカラをつけようとしている。少年は激しく身を捩りながら自分のゲームボーイで少女たちを叩いていた。

給油しながら父親と母親はなにやら激しく言い争っている。安くて遅くなる道の代わりに有料道路を選んだ父親の判断が正しかったかどうかについて言い争っているのがサミーの耳に聞こえた。子供たちの大きなわめき声にも負けないほどの大声だ……。

「このまま進むんだ。僕らはディズニーワールドに行くつもりはないんだからな!」

それは魔法の一言、ディズニーの人気を試すリトマス試験だった。パークの盛衰のたびにその危険な徴候を的確に捉えてきた言葉だ。できることならサミーはその言葉がつぶやかれるごとに起きる結果をビデオで記録したいくらいだった。

子供たちは父親を見て肩をすくめた。「だから?」姉の方が言って再び少年につかみかかった。

サミーはギニョールの方を向くと眉を動かしてみせた。車の中に戻ると彼は言った。「わかっているだろう。どんなことをするにしてもリスクはある。だけど一番リスクが高いのは何もしないことなんだ」

ギニョールは頭を振ると自分のコンピューターを引っ張りだした。

サミーが交通渋滞と格闘している間、彼はずっと見積もり書を眺めて過ごしていた。ようやくコンピューターを閉じると頭を背もたれに落ち着かせて彼は目を閉じた。サミーは運転を続けた。

「うまくいくと思っているのか?」ギニョールが聞いた。

「何が?」

「君はもしあいつらを買収したら……」

「ああ、それか。大丈夫。朝飯前さ。安いもんだ。言っただろう。訴訟を取り下げるだけでマニアどもを全員味方に引き戻せる。難しいのは売却するよう彼らを説得することだ」

「それとハッカーバーグだ」

「それは君の役目だ。僕じゃない」

ギニョールはシートをベッドのように水平になるまで倒した。「オーランドについたら起こしてくれ」


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