アレキサンダー・アブラハム家での隔離, ルーシー・モード・モンゴメリ

アレキサンダー・アブラハム家での隔離


私は最初に頼まれたとき、日曜学校のクラスをもつことを断った。日曜学校で教えるのがいやだったわけじゃない。むしろその反対で、教えることは気に入ってたくらい。でも頼んだのが、アラン牧師だったから。私の主義として、男性に頼まれたことは絶対にしないことにしているのだ。私はそのことで有名だった。そのおかげでたくさんのトラブルを避けられて、物事は実に簡単になる。ずっと前から男性は嫌いだった。生まれながらにちがいない。というのも思い出せる限り過去にさかのぼっても、男性と犬に対する嫌悪は、私の中ではっきりと大きな部分をしめていたから。私はそのことで有名だった。今までの人生経験も、ただそれを強めたにすぎなかった。男性のことを知れば知るほど、猫が好きになったものだ。

だから、もちろんアラン牧師が日曜学校のクラスをもってくれないかと頼んだ時も、彼のことを正しく矯正してあげるようなつもりで「いいえ」と答えた。もし彼が2回目にそうしたように、最初から奥さんをよこしていたら、より賢明だっただろう。みんなもだいたいがアラン夫人が物を頼むようにすれば、時間が節約できることがわかるというものだ。

アラン夫人は日曜学校の話題に入るまえに、30分ばかりも流暢に話をして、私のことをいくつか誉めた。アラン夫人は如才がない人で、如才がないというのは、目的に向かってまっすぐ行く代わりに廻り道ができる能力のこと。私は、自分がそうではないことを分かっている。アラン夫人の話が日曜学校のことになりそうになるとすぐに、私は最初からどうなるかすっかり分かっていたので、率直にこう言った。

「何のクラスを教えましょうか?」

アラン夫人はあまりに驚いて、如才のなさもだいなしだった。そして生まれて始めてじゃないだろうか、はっきり答えを返した。

「先生が必要なのは、二つのクラスで、一つが男の子のクラス、もう一つが女の子のクラス。私が女の子のクラスを教えていたけれど、赤ん坊のために少しばかり休まなければならないし。あなたが選んでくれていいのよ、マクファーソンさん」

「それでは、男の子のクラスを」私はすぐさま決めた。決断には自信がある。「大人の男になる前に、すぐにでもよく鍛えてあげないとね。男の子はきっと、どんなときでもやっかい者になるんだから。でも十分若いうちに世話をしてあげれば、世話をしてあげなかった場合の、ある不幸な女性が引き受けるようなやっかい者にならずにすむかもしれないし」

アラン夫人は疑っているようだった。彼女は私が女の子のクラスを選ぶと思っていたのだ。

「あの子たちは、それはわんぱくな男の子よ」とアラン夫人は言ったが、

「そうじゃない男の子なんていますか」と私は答えた。

「えーと、そうね、私にはあなたは女の子の方がいいと思うけど、」ためらいがちにアラン夫人は言った。もしあることがなかったら、私はアラン夫人には決してそうだと認めなかったと思うけれど、自分でも女の子のクラスを選んでいただろう。でも本当のことを言えば、アン・シャーリーがそのクラスにいたからというのがその理由だった。アン・シャーリーは、私がこの世で唯一恐れている子なのだ。嫌いというわけではない。ただ彼女は奇妙な予想だにしないような質問をするくせがあって、フィラデルフィラの弁護士だってその質問には答えられなかっただろう。ロジャーソン先生が前にそのクラスをうけもっていて、アンはこてんぱんにロジャーソン先生をやっつけてしまった。私としては、そんな生きている疑問符がいるようなクラスを受け持ちたいとは思わなかった。その上、私はアラン夫人にたいしてノーともいいたかったのだ。牧師の夫人などというものは、もし時折きちんと釘をさしておかないと、全てを仕切ってみんなを動かせるんだと思いかねないものだから。

「私がどうしたいかなんて問題じゃありませんわ、アラン夫人」私は非難するように言った。「その男の子たちにとって何が一番いいかが問題です。私が思うには、私がうけもつのが彼らにとってもいいことでしょう」

「もちろんそうですとも、マクファーソンさん」アラン夫人は感じよく答えた。それは嘘だった。牧師の夫人にもかかわらず、彼女は疑っていた。アラン夫人は、私が男の子のクラスの教師をうけもって、惨さんたる失敗に終るだろうと思ったのだ。

でも私はそうではなかった。やるときめたときに、ひどく失敗するようなことはない。私はそのことでも有名だった。

「あのクラスをどんなによくしてくれるのか本当に楽しみだ、マクファーソンさん、楽しみだよ」アラン牧師は、数週間後にそう言った。牧師は自分が、男嫌いで知られている未婚女性が上手くやりとげることをどれほどびっくりしているかを示すつもりはなかったのだろう。でもその顔つきはそうではなかった。

「ジミー・スペンサーはどこに住んでいるの?」私は牧師にきびきびと尋ねた。「3週間前の日曜日に来てから、来てないわ。どうしてかを知りたいわね」

アラン氏は咳き込んだ。

「私が思うには、その子はホワイト・サンズ街道に住んでいるアレキサンダー・アブラハム・ベネットにいろいろな雑用をするために雇われているよ」

「じゃあ、ホワイト・サンズ街道のアレキサンダー・アブラハム・ベネットのところに行って、どうしてジミー・スペンサーを日曜学校によこさないのか確かめてくるわ」私は断固として言った。

アラン氏はぱちくりとまばたきをした。私はいつも言ってきたものだけど、この人が牧師じゃなかったら、ユーモアのセンスがあったことでしょうに。

「たぶんベネット氏は君の親切なおせっかいを喜ばないだろうよ! 彼は、うーん、なんていうか、女性が死ぬほど嫌いだからなぁ。彼の妹が20年前に死んで以来、ベネット氏の家のなかに入った女性は一人としていないよ」

「あぁ、彼はそうなの?」私は思い出しながら口を開いた。「彼が女性が嫌いで、女性が彼の家の庭に入ったら、タール用のくまでで追い払おうっていうんなら、いいでしょう、私を追い出してごらんなさい!」

アラン氏はくすくす笑った。牧師らしい笑い方だが、まだくすくす笑いだった。まるで牧師にアレキサンダー・アブラハム・ベネットは私の手には余ると言われているようで、ちょっと気にさわったが、アラン氏にはそのそぶりを見せなかった。男の人に、あなたをいらいらさせることができるんだということを分からせてしまうのは、いつでも大きな間違いだと言える。

次の日の午後、私は自分の月毛のポニーを軽装馬車につないで、アレキサンダー・アブラハム・ベネットのところまで出かけていった。いつも通り、ウィリアム・アドルフが私と一緒に行ってくれた。ウィリアム・アドルフは私の6匹の猫の中でもとくにお気に入りの猫だ。黒い毛並みで胸のところは白くて、白く美しい足をしている。猫は私のとなりにすわり、同じ場所にすわっていたいかなる男よりも紳士っぽく遠くを見つめている。

アレキサンダー・アブラハムの家はホワイト・サンドの道を3マイルほど行った所にあった。そばまで行くと荒れ果てた外観で、私はすぐにそれとわかった。ペンキを塗る必要があったし、ブラインドは曲がっていて引き裂かれ、雑草がドアのとこまで生い茂っていた。明らかにこの場所には女性はいなかった。でもいい家ではあったし、納屋はりっぱなものだった。私の父はいつも言ってたものだ。家より納屋の方が大きければ、稼ぎの方が使うより多い証拠だって。でも納屋が大きいのは確かにその通りだけれども、納屋のほうが草もぼうぼうだったし、ペンキを塗る必要もあったのはどうなんだろう。でも女嫌いにしちゃどうしようもないかと私は思った。

「あら、アレキサンダー・アブラハムは農場の経営の仕方はちゃんと知ってるみたいね。女嫌いとしちゃってことだけど」私は馬車をおりて、欄干にポニーをつなぎながらウィリアム・アドルフにそうもらした。

私はその家の裏口にのりつけたけれど、ベランダに通じるドアの反対側にいた。そこまで行ったほうがいいと思ったので、ウィリアム・アドルフを腕にかかえて、小道を歩いていった。半分くらい歩いていったところで、一匹の犬が急に建物のかげからでてきて、私の方へまっすぐやってきた。見たこともないほどみにくい犬で、ほえもせず、まっすぐ足早にこちらにやってきた。

私は、ほえない犬とは立ち止まってあれこれしようとはしない。私はいつ慎重なのが勇気に必要かも分かっていた。ウィリアム・アドルフをしっかりだきしめて、ドアではなく、というのも犬は私とドアの間にいたから、家の裏手の方の低く枝を垂らした大きな桜の木の方へかけていった。私はぎりぎり間に合ってその木にたどりついた。最初にウィリアム・アドルフを頭の上の枝にのせて、アレキサンダー・アブラハムがたまたま見ていたらどう見えるかしらなんて思うひまもなく、そのすばらしい木に登った。

私が落ち着いて考えることができたのは、ウィリアム・アドルフをわきにおいて、木の半分ほどのところに腰かけたときだった。ウィリアム・アドルフはすっかり落ち着いて、冷静だった。私もそうだったとは正直言えない、というかその反対で、私はかなり取り乱していたことをみとめざるをえない。

犬はすっかり腰を地面におろして、私たちをにらみながら座り込んでいた。そのゆうゆうとした様子からは、今日はいそがしくないのは明らかなようだ。私と目があると歯をむいてうなりごえをあげた。

「いかにも女嫌いの飼う犬だわ」私はその犬にいってやったが、皮肉のつもりが、犬はおせじと受け取ったようだった。

それから自問自答してみた。「この苦境からどうやってぬけだせばいいかしらね?」

簡単には答えがでそうにはなかった。

「叫んでみようかしら、ウィリアム・アドルフ?」そのかしこい猫にきいてみたが、ウィリアム・アドルフは首をふった。確かに。そうよね。

「えぇ、叫ぶのはやめるわ、ウィリアム・アドルフ」私は言った。「たぶんアレキサンダー・アブラハム以外にその声がきこえる人もいそうにないし、彼にやさしい慈悲の心があるかはかなり疑わしいしね。さぁ、上に登って行くのはだめかしら。あら、ウィリアム・アドルフ、上に登れそうじゃない」

上を見上げると、頭の真上に窓が開いていて、まあまあ太い枝がその窓のところまでのびていた。

「これはいけそうじゃない、ウィリアム・アドルフ?」私はたずねた。

ウィリアム・アドルフは一言もいわなかったけど、木をのぼりはじめ、私はその後についていった。犬は木のまわりをくるくる走って、ほえてもどうしようもない状況を見守った。もしほえるのがその犬の主義に反していなかったら、ほえればたぶん気休めになっただろうに。

しごく簡単に私は窓から家に入ると、そこは寝室で、今まで見たこともないほどちらかって、ごみだらけで、一面身の毛もよだつようなものだった。しかしたちどまって、細かいことまで関わりたいなんて思わなかった。ウィリアム・アドルフを腕にかかえて、誰にも会わないようにと強く祈りながら、私は階下へどしどしと下りて行った。

誰にも会わなかった。一階の通路にはだれもいなくて、ほこりまみれだった。行き当たった最初のドアをあけて、堂々と中に入っていった。窓のそばに一人の男がすわっていて、不機嫌そうに外を見ていた。その男がアレキサンダー・アブラハムだってことは、彼がどこにいてもわかったにちがいない。アブラハムは家と同じで、ほったらかしのぼろぼろの身なりだった。でも家と同じで、少し身なりを整えれば、アブラハム自身はそれほど悪くない風貌だったろう。髪はまるで一回もくしをいれたことがなかったようだったし、ほおひげときたら荒れ放題に荒れていた。

私をみると、アブラハムはぽかんと口をあけて驚いたようだった。

「ジミー・スペンサーはどこです?」私はたずねた。「ジミーに会いに来たんです」

「あいつがどうやっておまえを中にいれたんだ?」その男は私をにらみつけてたずねた。

「あいつは中に入れようとはしませんでしたよ」私は答えた。「私を庭中追いまわしたあげく、木に登って、かみ砕かれるのをようやく逃れたんですから。あんな犬を飼ってるなんて訴えられるべきですわ! ジミーはどこなんです?」

アレキサンダー・アブラハムは答える代わりに、このうえなく不愉快に笑いはじめた。

「女なんてものはそうと決めたら、男の家に入ってくるもんだからな」アブラハムは不愉快にいいはなった。

私を怒らせようとしていると思ったので、落ち着いて勇気をふるいおこした。

「あら、好き好んであなたの家なんかに入るもんですか、ベネットさん」私はおだやかに言い聞かした。「私には選択の余地がなかったの。中にはいらなきゃ、もっと悪いことになっていたから。私が会いたいのはあなたやあなたの家なんかじゃなくて、まぁどれほど散らかすことができるかって知リたければ、見る価値はありますけどね、私が会いたいのはジミーなんです。三回目で最後ですけど聞きますよ。ジミーはどこなんです?」

「ジミーはここにはいない」ベネット氏はつっけんどんだが、それほど自信なさげに答えた。「先週でてって、ニューブリッジの男に雇われた」

「そうなら、」私は、軽蔑するようにその部屋をさぐりはじめていたウィリアム・アドルフを拾い上げて、こう言った。「これ以上おじゃましませんわ、行きますから」

「あぁ、それがいいと思うよ」アレキサンダー・アブラハムは今度は不愉快というわけではなく、まるでなにか心配事があって懸念しているような口調でそう言った。「裏口から出してあげましょう。そうしたら、えへん、あの犬にも会わないですむでしょうし。足音をたてずにさっさと行ってください」

アレキサンダー・アブラハムは、私が叫び声をあげながら帰るとでもおもってるんだろうか? でも私は何も言わずに、その方が威厳のある態度だとおもったので、アブラハムのあとをついて、彼のねがってる通りに足音をたてず、すばやく台所をぬけていった。

アレキサンダー・アブラハムは鍵のかかっていたドアをあけたちょうどそのとき、2人の男をのせた馬車が庭にはいってきた。

「遅かった!」アブラハムは残念そうに声をあげた。私にも何か恐ろしいことが起きたにちがいないということがわかったが、私には愚かにも自分には関係ないと気にしなかった。私はアブラハムをおしのけた。アブラハムときたらまるで強盗をはたらいたところを捕まりでもしたかのように、悪いところをみられたといったふうだった。そして、馬車からとびでてきた男の一人と私ははちあわせた。それはカーモディの老ブレア医師で、私が万引きでもしているところをみつけたように私をみつめた。

「ピーターさん」医師は深刻そうに言った。「こんなところで会うとは残念しごくですな、とても残念です」

こう聞いていらいらしたことは認めよう。そのうえどんな男だろうと、かかりつけの医者でも、私のことを「ピーター」なんてよぶ権利はない!

「そんな大声で残念なんて言わなくてけっこうです、先生」私はきっぱり言った。

「一人の女性が、48にもなって、長老派教会の正規の正会員なのに、日曜学校の生徒の家をたずねるのが礼儀に反しているっていうんなら、何才になればいいんです?」

医師は、私の質問には答えなかった。その代わりに責めるようにアレキサンダー・アブラハムを見つめた。

「これが約束を守ったんですか、ベネットさん?」医師は言った。「だれも家の中にいれないっていう約束を守っていただけると思ってたんですがな」

「私は中に入れてない」ベネット氏は大きな声でいった。「とんでもない、先生、この女が木をのぼって二階の窓からはいってきたんだ。巡査が一人と犬が一匹、わたしの農場にいたにもかからわずね! こんな女にどうしろっているんです?」

「私には、なにがなんだかさっぱりわかりませんが」医師の方を向き、アレキサンダー・アブラハムはすっかり無視して、私は言った。「私がここにいるとみなさんにご迷惑がかかるみたいですから、ご安心ください、すぐに行きますから」

「非常に残念ですが、ピーターさん」医師は言い聞かせるように言った。「そうさせるわけにはいかないんです。この家は天然痘で隔離されているんです。あなたもここに留まってもらわなければなりません」

天然痘ですって! 男の人にあれほど開けっぴろげに腹をたてたのは、私の人生で最初で最後だった。

「なぜいってくれなかったんです?」私は大声をあげた。

「いってくれなかっただって!」アブラハムは私の方をみて言った。「最初にあんたの姿を見たときは、言うにはおそすぎたんだ。一番いいのはだまって、なにも知らないまま行かせることだと思ったんだ。これで男の家を強襲することがどういうことだか分かっただろうよ、ご婦人!」

「まあ、まあ、喧嘩はやめてください、あなたたち」医師は心配して割って入った。でもその目がきらりと光ったのを私はみた。「あなたがたは、同じ屋根の下でしばらく過ごさなきゃならんのですから、いがみあってても状況は改善しないでしょう。わかるでしょう、ピーター、こういうわけなんです。ベネット氏は昨日、町で食事をした。あなたも知ってるとおり、町では天然痘がはやっているんですよ。そしてベネット氏は、給仕の一人が病気にかかったまかない付きの下宿で夕食をとったんです。昨晩、給仕はまぎれもない天然痘の兆候が現れました。保健課は、すぐに昨日その下宿にいた人を全員、わかるかぎりでつきとめて、隔離したんです。今朝私はここにきて、事態をベネット氏に説明しました。私はジェレミア・ジェフリーをつれてきて、この家の前を見張らせました。そしてベネット氏には裏口からはだれも入らせないと誓わせて、私はもう一人警官をつれてくるのと、他のすべての手はずを整えるためにその場所を離れました。私はトマス・ライトをつれてきて、ベネット氏の納屋仕事をする男をもう一人確保して、いろんな支給品をもってきました。夜はジャコブ・グリーンとクレオファス・リーが見張ってくれるでしょう。私が思うにベネット氏が天然痘にかかる危険はそんなにないと思うが、われわれが確信するまでは、ここにいてもらわなければなりません、ピーター」

医師のいうことをきいているあいだ、私はずっと考えていた。人生でこれほど悩ましい状況に陥ったことはなかったが、その状況を悪化させてもしょうがない。

「よくわかりました、先生」私はおだやかに言った。「えぇ、私は天然痘がはやってるときいた1ヶ月前にワクチンを打っています。帰りにアボンリーを通るときに、どうかサラ・パイのところによっていただいて、私がいないあいだ家にすんでもらって、留守をよろしく、特に猫の世話をと、お願いできないでしょうか。猫に日に2回ミルクと週に一回バターを一切れあげるように言ってください。黒いプリント地の部屋着を2着とエプロンをいくつかと、下着のかえを何着かを私の三番目に上等なスーツケースにつめて、届けるように言ってください。私の乗ってきたポニーは、そこの柵のところにつないでいます。家につれてかえってください。それだけだと思いますけど」

「だめだ、それだけじゃない」アレキサンダー・アブラハムは不機嫌そうに言った。「あの猫もつれてかえってもらおう。ここらで猫なんて見かけたくないね、それなら天然痘の方がましなくらいだ」

私はアレキサンダー・アブラハムを、いつも私がやるように、つまさきから頭の先までじっくりと全身眺めてやった。じっくり時間をかけて。それから落ち着きはらった声でこう言った。

「両方ともかもしれないわ。とにかく、ウィリアム・アドルフはここにおいてもらいます。私やあなたとおなじように隔離されないとね。あなたは、私が自分の猫がアボンリーで自由にうろつきまわって、天然痘の病原菌を罪のない人々にばらまくままにしておくなんて思ってるの? 私もあなたの犬に我慢しなきゃいけないんですから、あなたにもウィリアム・アドルフに我慢してもらいます」

アレキサンダー・アブラハムはうめきごえをあげた。でも彼を眺めてやったことで、彼は十分にこりたようだった。

医師は帰っていって、私は家の中に入った。ぐずぐず外にいてトマス・ライトににやにや笑われるのはまっぴらだった。廊下でコートを脱いで、帽子をていねいに居間のテーブルの上においた。ただ置く前に、ハンカチでその場所のほこりを払ってからだが。すぐにでもこの家で掃除にとりかかってきれいにしたかったが、医師が部屋着をもってかえってきてくれるまで待たなければならなかった。新しい上着とシルクのブラウスで、掃除にとりかかるわけにはいかなかったから。

アレキサンダー・アブラハムは椅子にすわって、私をみていた。

「別に興味があるわけじゃないが、どうしてあんたのことをあの先生はピーターと呼んでいたのかおしえてくれないか?」

「私の名前だからだと思いますけど」と私はウィリアム・アドルフのためにクッションをふって整えたが、それで何年分ものほこりがまった。

アレキサンダー・アブラハムはかるくせきこんだ。

「女として、ごほん、もっとましな名前はなかったのか?」

「あるわ」私はいったいこの家にはせっけんが、あったなら、どれくらいあるのかしらと思いながら答えた。

「別に興味があるわけじゃないんだが、」アレキサンダー・アブラハムは言った。「どうしてピーターって呼ばれるようになったのか教えてくれないかい?」

「もし私が男の子だったら、私の両親は私のことをお金持ちのおじにあやかって、ピーターにするつもりだったの。でも幸運にも、私が女の子だってわかったから、母親がアンジェリーナにしましょうと言ったの。それで両親は両方の名前をつけて、アンジェリーナってよぶことにしたの。でも私は大きくなって、ピーターってよんでもらうことにした。いいとは言えないけど、アンジェリーナほどは悪くないでしょう」

「まぁそうでしょうなと言っておきましょう」アレキサンダー・アブラハムは私のみるところでは、賛成できないといった風に答えを返した。

「確かにそうね」私はおだやかに賛成した。「私のラストネームは、マクファーソン。アボンリーに住んでます。興味しんしんでもなければ、それだけで私についてあなたが知っておくことは十分でしょう」

「あぁ!」アレキサンダー・アブラハムははっと思い当たったように、「うわさを聞いたことがあるよ、男を嫌いなふりをしているんだろう」

ふりですって。もしちょうどこのとき、気をそらすことがおこらなかったら、アレキサンダー・アブラハムはどうなっていただろうか。でもドアが開いて、犬が入ってきた。あの犬だ。私とウィリアム・アドルフが下りてくるのを、あの桜の木の下で待ってるのにもくたびれたんだろう。外にいるより家の中にいる方がいっそう醜くみえた。

「あぁ、ライリー、ライリー、おまえのおかげでどんなことにまきこまれたか見てごらん」アレキサンダー・アブラハムは非難がましく言った。

ただライリー、それはあの猛犬の名前だが、アレキサンダー・アブラハムには少しも注意をはらわなかった。クッションの上で丸くなっているウィリアム・アドルフを見ると、調べに部屋をよこぎってやってきた。ウィリアム・アドルフは座りなおして、注意をはらった。

「犬を出してください」私は注意するようにアレキサンダー・アブラハムに言った。

「自分でやればいい」アブラハムは答えた。「あんたがその猫をここにつれてきたんだから、守るのもご自分でどうぞ」

「あら、私が言ってるのはウィリアム・アドルフのためじゃないわ」楽しそうに私は言った。「ウィリアム・アドルフは自分で自分の身は守れますもの」

ウィリアム・アドルフは自分の身は自分で守れたし、実際にそうした。背中を丸くし、両耳をねかせて、一回うなると、ライリーにとびかかった。ウィリアム・アドルフはライリーのまだらの背中にしっかり着地してしっかりとしがみついて、うなりごえをあげ、ひっかいてぎゃ―ぎゃ―わめいた。

ライリーほどあわてふためいた犬をみたことはない。恐怖のさけび声をあげ、台所へと逃げ出した。台所を通り抜けて廊下へでて、廊下をぬけて部屋に、そしてまた台所へとくるくる走り回った。1周まわるごとにだんだん早くなって、まるで上の方に白と黒が少し交じったまだらのしまのようだった。あんなさわぎや騒動は聞いたことがないし、笑いすぎて涙がこぼれてきた。ライリーはくるくる飛び回って、ウィリアム・アドルフは断固としてしがみついていた。アレキサンダー・アブラハムは怒りのあまり顔色は真っ赤だった。

「あんた、そのいまいましい猫がわたしの犬を殺しちまう前によびもどせ」アブラハムはその鳴いたり、吠えたりの騒がしい音を上回る声でさけんだ。

「あぁ、殺しはしないでしょう」私は安心させるように言った。「でももしよびかけても、あんなに速く走ってるんですもの聞こえないわ。犬が走るのを止めて下されば、ベネットさん、ウィリアム・アドルフに言って聞かせるけど。でもいなずま相手に議論しようたって無駄でしょう」

アレキサンダー・アブラハムは、まだらのしまへと廻って通り過ぎようとしているところへ狂ったように突進した。その結果アブラハムはぶつかって、バランスをくずして床の上に大の字になってしまった。私は助けようとかけよったが、それはさらにアブラハムを怒らせるだけみたいだった。

「あんた」アブラハムは怒ってひどい言葉でまくしたてた。「おまえとおまえの悪魔の猫のいるべき場所は、」

「アボンリーね」と私はすぐに答えて、アレキサンダー・アブラハムが悪態をつくのをやめさせた。「私も心から同じ気持ちよ。でもそうはできないでしょう。ちゃんとした人たちみたいにがまんしましょう。それから今後私の名前はマクファーソンで、あんたじゃないことはどうか憶えておいてくださいな」

これで一件落着し、私はほっとした。というのも二匹の動物があまりに大騒ぎしたので、警官が天然痘にはかまわずに、アレキサンダー・アブラハムと私が殺し合いでもしてるのではと確かめに、家の中にはいってくるんじゃないかと思ったからだ。ライリーはとつぜん狂ったようにはしっていた方向をかえて、ストーブと木箱のあいだの暗いすみへとはいりこんだ。ウィリアム・アドルフはちょうどいいタイミングで離れた。

これでライリーの件ではこれ以降、なやまされることはなかった。これほどおとなしくなった、完璧に懲らしめられた犬はみたことがないほどだった。ウィリアム・アドルフは争いに勝ち、以降も優位な立場だった。

事態がおちついて、5時になったので、私は食事にすることにした。アレキサンダー・アブラハムにどこに食べるものがあるか教えてくれたら、用意するわと言った。

「かまわんでくれ」アレキサンダー・アブラハムは答えた。「ここ20年も自分で食事は用意することにしてるから」

「言っておきますけど、私の分も用意はしてこなかったでしょう」私は断固としていった。「飢え死にしても、あなたの作ったものなんて食べたくないですから。あなたがひまなら、あのかわいそうな犬の背中の傷に薬でもぬってやったらどうです」

アレキサンダー・アブラハムはなにやらもごもご口を開いたが、私は賢明にも聞いてなかった。なにも教えてくれないことはわかったので、食料品部屋に探しにでかけた。その場所も口にだせないほどひどくて、はじめてアレキサンダー・アブラハムのことをかわいそうだと思う気持ちが、私の胸にちらっと浮かんだ。男もこんな環境で暮らしていたら、女だけじゃなく人類を憎んでも不思議はない。

でもとにかく私は夕食の準備をした。私は夕食の準備でも有名なのだ。パンはカーモディのパン屋のもので、わたしはすばらしいお茶とトーストを用意した。ももの缶詰を食料品部屋でみつけたが、買ったものだったので、躊躇せずに食べた。

そのお茶とトーストでアレキサンダー・アブラハムは、自分でも意識せずに態度が軟化した。ひとかけらも残さずに食べ、残ったクリームをウィリアム・アドルフにやってもぶつぶつ言わなかった。ライリーはなにも食べたくないようだった。食欲がなかったのだ。

このときには医師の使いが、私のスーツケースをもってきてくれていた。

アレキサンダー・アブラハムはきわめて丁寧に廊下の向こうに空いてる部屋があって、そこをつかってよいということを教えてくれた。私はそこに行って、部屋着にきがえた。その部屋にはよい家具がそろっていて、ベッドもよさそうだった。でもほこりときたら! ウィリアム・アドルフは私について部屋に入ってきたが、その足跡が歩いたいたるところについていた。

「さて、」私は台所にもどってきびきびと声にだした。「きれいにしましょう。台所からはじめるわ。居間にでも行っててくださいな、ベネットさん、じゃまにならないようにね」

アレキサンダー・アブラハムは私をにらみつけた。

「わたしの家によけいなことはしないでもらいたいな」と私に釘をさした。「このままでいいんだ。気に入らなきゃ、帰ればいいんだ」

「あら、帰れませんわ。だから困ってるんじゃないの」私は快活に言った。「帰れるなら、少しでもこんなところにいるもんですか。帰れないから、きれいにしなきゃならないの。おしつけられた男と犬は我慢するけど、ほこりと散らかっているのは我慢できないし、我慢するつもりもありませんから。居間に行ってください」

アレキサンダー・アブラハムは居間に行った。ドアをしめるときに、はっきりこういうのが聞こえた。「いけすかない女だ!」

私は台所とそこに続いている食料品部屋をきれいにした。やりとげたときには、10時になっていた。そしてアレキサンダー・アブラハムは、それ以上何もいわずに寝てしまっていた。私もライリーとウィリアム・アドルフを別の部屋にとじこめて、ベッドへ向かった。いまだかつてないくらいに疲れ果てていた。つらい一日だった。

でも次の日朝早くのめざめは快適で、私はとびきりの朝食を用意した。その朝食をアレキサンダー・アブラハムは食べてやるとでもいわんばかりの態度で食べた。食料をもってきてくれる人が庭に入ってきたので、私は窓から午後には石鹸をひとはこ持ってきてくださいと頼んだ。そして私は居間にとりかかった。

その家をきちんとするのには一週間の大部分を費やしたが、徹底的にやった。私は物事を徹底的にやるので有名なのだ。一週間後には、屋根裏部屋から地下の貯蔵庫まできれいになっていた。アレキサンダー・アブラハムは私のやっていることには何ひとついわなかったが、ときどき大きなうめき声をあげて、ライリーに皮肉をこぼしていた。でもライリーはウィリアム・アドルフにひっかかれてからは口答えする気力もないようだった。私はアレキサンダー・アブラハムのことを大目に見てあげた。彼はワクチンをうって、ひどく腕がいたんだのだから。そしていったん何もかも磨き上げてしまうと、大してやることもなくなったので、腕によりをかけて料理をつくった。食料は十分にあったし、アレキサンダー・アブラハムはそういうことにはごちゃごちゃ言わなかった。彼のためにこれだけは言っておこう。私は予想したよりは、快適な生活をおくっていた。アレキサンダー・アブラハムが口をきかないときは、私はほっておいた。口をきくときは、私も彼と同じくらい皮肉な口をきいた。でも私は笑いながら、楽しそうにそうしてたけど。アブラハムが私にすっかり畏敬の念をいだいていることは分かっていた。でもときどきいつものようすを忘れたように、人間らしい口のききかたをすることもあった。一回や二回は面白い会話をしたこともあった。アレキサンダー・アブラハムは、ひどくねじまがってはいたけれど、知性を感じさせる男だった。私は一度彼にもそう言ったけど、子供のころはさぞかしいい子だったんでしょうねと思った。

ある夕食のとき、アブラハムは髪をとかして白いカラーをつけて姿をあらわし、私を驚かせた。私たちはその晩はすばらしい夕食をたべた。女嫌いにはもったいないようなプディングを私は作っておいたのだ。アレキサンダー・アブラハムはそれを二皿にいっぱい片付け、ため息をついてこう言った。

「あなたの料理はいけますね。でも他の点では、ひどいひねくれものなのが残念ですな」

「ひねくれものも、まあ便利なものですよ」私は言った。「みんなが余計なおせっかいをやかないように注意してくれるし、あなた自身がよくご存知でしょうに?」

「わたしはひねくれものなんかじゃない」アレキサンダー・アブラハムは憤慨して、がみがみ言った。「わたしが望んでいるのは、一人にしておいてくれってことですよ」

「それがひねくれもの中のひねくれものじゃない」私はいった。「一人にしてくれなんて思う人は、神の摂理に反してますよ。神は、しもべが自身のためにも一人でいるべきではないと定めたんですから。でも元気をだしてください、ベネットさん。火曜日には隔離も解けるでしょうし、そうすればそれ以降、少なくとも私とウィリアム・アドルフに関する限りは、全くかかわらずにすむわけですからね。そうすれば、あなたも恥知らずな生活にもどって、過ぎし良き日のきたない快適な生活が送れるわけでしょう」

アレキサンダー・アブラハムは再びうなった。その見通しは私が思ったほどは、アブラハムのことを元気づけはしなかったようだ。それからアブラハムは驚くべきことをした。クリームを皿に注いで、ウィリアム・アドルフにやったのだ。ウィリアム・アドルフはそれをぺろぺろ飲んだ、片目はアレキサンダー・アブラハムの気がかわらないかと見張りながら。負けるものかと、私はライリーに骨をやった。

アレキサンダー・アブラハムも私も天然痘の心配は全くしてなかった。アブラハムがかかるだろうとは二人とも思ってなかったのだ。なんせその病気になった給仕をみてもいないのだから。でもその次の朝、彼が私のことを2階の踊り場から呼ぶ声がきこえた。

「マクファーソンさん」アブラハムは私には気味悪くおもえるほどの、いつにないやさしい声で私をよんだ。「天然痘の兆候ってなんですか?」

「寒気と顔が熱くなって、四肢と背中に痛みがあります。吐き気がしてじっさいに吐きます」私はすぐに答えた。医薬品図鑑をしっかり読んでいたのだ。

「全部あてはまります」アレキサンダー・アブラハムは気の抜けた声で言った。

私はおもったほどはびっくりしなかった。女嫌いとまだらな犬とこの家のかつてのあれ具合にも耐えて、その三つともなんとか上手くやってきた後では、天然痘なんてとるに足らないものに思われた。窓のところにいって、トマス・ライトをよんで医師をよこさせた。

医師は、アレキサンダー・アブラハムの部屋から深刻そうなようすで降りてきた。

「まだ天然痘とははっきりいえない」医師は言った。「発疹がでるまでは、はっきりしないから。でももちろん天然痘の可能性はとても高い。まずいなぁ。看護婦をよこすのは難しいと思うんだ。天然痘を診れる町の看護婦はみんなてんてこまいなんだ。天然痘は猛威をふるってるからな。でも、今晩町に行って最善をつくしてみる。そのあいだは、しばらく、アブラハムに近づいちゃいけないよ、ピーター」

私はどんな男からも命令されるつもりはなかったので、医師がかえるとすぐに、アレキサンダー・アブラハムのところへ夕食をお盆にのせて上がっていった。天然痘でものどを通るようにとレモンクリームにした。

「近づかないで」アブラハムはぶつぶつ言った。「あなたの命が危険だ」

「同じ人間を餓死させるわけにはいきませんからね、たとえ男でもね」私は答えた。

「なにより始末におえないのは」アレキサンダー・アブラハムは、口をレモンクリームで一杯にしながらぶつぶつ言った。「先生がわたしに看護婦をつけると言ったことだ。この家にあなたがいるのにようやく慣れて気にならなくなったんだが、もう一人女がここにくるなんて思っただけでもぞっとする。わたしのかわいそうな犬は何か食べたかな?」

「たいがいのキリスト教徒よりもずっといいものを食べましたよ」私はぴしっと答えた。

アレキサンダー・アブラハムは他の女性が来るのを心配する必要はなかった。医師は眉間にしわをよせてその晩にもどってきた。

「どうしたらいいかわからないよ」医師は言った。「一人もこれるものがいないんだ」

「私がベネットさんの看護をしましょう」私は威厳をもって言った。「私の義務ですし、私は義務を放棄するようなことはしません。私はそれで有名ですから。彼は男ですけど、天然痘ですし、不愉快な犬も飼っています。でもそれだけで、看護がなくて見殺しにしたいとは思いませんから」

「あなたはいいひとだ、ピーター」医師は、責任を肩代わりしてくれる女がみつかったときに男が見せるような安心したようすで言った。

私は天然痘にかかっているあいだアレキサンダー・アブラハムの看護をした。それほど大変でもなかった。アブラハムは病気でないときより病気のときの方が親しみやすかった。病気もひどくはなかった。一階はすっかり私の支配下で、ライリーとウィリアム・アドルフはライオンと子羊のようにいっしょになって横になっていた。私はちゃんとライリーにえさをやったが、一度、あんまりさみしそうに見えたので、用心しながらなでてやった。思ったよりはよかった。ライリーは頭をもちあげ、私をみた。私はその目をみて、いったいどうしてこんな猛獣をアレキサンダー・アブラハムがかわいがっているのか不思議に思っていたのを思い直した。

アレキサンダー・アブラハムがおきあがれるようになると、感じがよかった時間の埋め合わせをはじめた。病気から回復しているあの男より皮肉なものは想像できない。ただ私は笑いかけるだけにした、それだけで彼がいらいらすることがわかったからだ。もっと彼をいらいらさせるために、私は家中をふたたびきれいにした。しかしなんといってもアブラハムを困惑させたのは、ライリーが私のあとをついてまわり、しっぽといえるようなものを私にふったことだろう。

「平穏な私の家にずかずか上がりこんで、めちゃくちゃにするだけじゃ十分じゃなくて、私の犬の愛情まで引き離すとはね」アレキサンダー・アブラハムは文句をいった。

「私が帰れば、またあなたのことが好きになりますよ」私はやさしくそう言った。「犬はそんなことはめずらしくありませんからね。ただ骨がほしいだけなんです。猫は無欲ですよ。ウィリアム・アドルフは私への愛情をなくしたりしたことはないですから。たとえあなたが、食料部屋でこそこそとクリームをやっててもね」

アレキサンダー・アブラハムはあんぐり口をあけていた。私が知ってるとは思わなかったのだ。

私は天然痘にはかからず、次の週に医者がきて、警官を帰した。私は殺菌され、ウィリアム・アドルフは消毒された。そして帰ってもよいことになった。

「さようなら、ベネットさん」私はなにもかも許す気持ちで握手をもうしでた。「私がいなくなってさぞかしうれしいことでしょうが、私も帰れてあなたと同じくらいうれしいですよ。この家も一ヶ月もたてば以前よりもっときたなくなるんでしょう。ライリーも少しは身につけた礼儀正しさをなくしてしまうんでしょうね。男や犬を矯正しても、心からってわけにはいきませんからね」

すてぜりふを残して、私はアレキサンダー・アブラハムを見るのもこれで最後だと思いながら、家をでた。

もちろん、自分の家に帰るのはうれしかった。でもものさびしい気もした。猫は私を人見知りしたし、ウィリアム・アドルフはさみしそうにうろつきまわり、まるで追放されたようなようすを見せた。なんだか自分のことでおおさわぎするのもばかばかしくて、料理をするのもいつもほどは楽しくなかった。骨をみれば、ライリーを思い出した。近所のひとたちは、私がいつなんどき天然痘にかかるかもしれない恐れを捨てられなくて、ひどく私を避けた。日曜学校のクラスは他の女性がうけもっていたし、私はすっかりどこにも属してないように感じた。

私はアレキサンダー・アブラハムがとつぜん姿をあらわすまで、二週間こんなふうにしていた。アブラハムはある夕方に歩いてきた。ただ一目見ただけでは、彼があんまり身なりがきれいでひげをそっていたので、誰だかわからないほどだった。でもウィリアム・アドルフはすぐにだれだかわかって、信じてもらえるかどうか、ウィリアム・アドルフが、私だけのウィリアム・アドルフがその男のずばんのところに身をすりよせ、心から満足の意を表した。

「わたしは来なきゃならなかったんだ、アンジェリーナ」アレキサンダー・アブラハムは言った。「もうこれ以上がまんできなかったんだ」

「私の名前はピーターですけど」私は冷たくそう言いはなったけれど、なんだか悪い気はしなかった。

「そうじゃない」アレキサンダー・アブラハムは頑固に言った。「わたしにはアンジェリーナなんだ、それにこれからもずっと。君のことをピーターとはよばないよ、絶対。アンジェリーナが君にはぴったりだよ。アンジェリーナ・ベネットはもっとぴったりだと思うんだけど。帰ってきてくれないか、アンジェリーナ。ライリーも君を恋しがっているよ。もうわたしは自分の皮肉をわかってくれる人がいないことにはやっていけないんだ。だって君がわたしのことをそれに慣らしたんだよ」

「他の5匹の猫はどうするの?」私はたずねた。

アレキサンダー・アブラハムはため息をついた。

「5匹ともきてもらわないと」とため息をついた。「まちがいなくかわいそうなライリーを家から追い出してしまうだろうなぁ。でもライリーなしでも生きてはいけるけど、君なしでは生きてはいけないんだ。はやければいつわたしと結婚してくれるかな?」

「あなたと結婚するつもりだなんて言ったおぼえはないけど」私はいままでとおり辛らつに言った。でも気持ちはそうでもなかったけれど。

「あぁ、でも結婚してくれるよね?」アレキサンダー・アブラハムは心配そうに言った。「結婚してくれないなら、天然痘で死なせてくれたほうがよかったよ。おねがいだ、いとしのアンジェリーナ」

男が私のことを「いとしのアンジェリーナ」なんて呼ぼうとは思いもよらなかった! しかも私がまんざらでもないなんて!

「私の行くところには、ウィリアム・アドルフもいっしょです」私は言った。「でも他の五匹の猫は、ライリーのためにあきらめますわ」


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