モロー博士の島, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

「レディ・ヴェイン号」のボートにて


既に記録にある「レディ・ヴェイン号」の沈没については私から付け加えることはない。皆も知っての通り、カヤオを出港して十日後に漂流船と衝突したのだ。船員のうちの七人を載せたロングボートは十八日後に英国海軍所属の小型砲艦「マートル号」によって救出された。彼らの遭遇した恐ろしい苦しみについての話は「メデューズ号メデューズ号:1816年に遭難し大きな話題となったフランス海軍所属の軍艦」の話以上によく知られている。しかし私は公になっている「レディ・ヴェイン号」の物語にそれと同じくらい恐ろしく、また奇妙なもう一つの物語を付け加えずにはいられない。これまでは別のボートに乗った四人は死んだものと思われていた。しかしこれは正しくない。私こそがもっとも明白なその証だ。私はその四人のうちの一人だったのだ。

しかしまず最初にボートに乗っていたのは四人でないということを言っておかなければならない……乗っていたのは三人だ。「ボートに飛び乗ったところを見たと船長が証言した」(デイリーニュース、一八八七年三月十七日)ところのコンスタンスは私たちにとっては幸運なことに、そして彼自身にとっては不運なことに私たちのところまでたどり着けなかった。彼は破壊された船首の梁の下のもつれたロープの上に飛び降りたが、ロープの切れ端がかかとに巻きつき連れ去られた。一瞬、頭を下にして宙吊りにされたかと思うと落下し、水面に浮いた角材かマストか何かに打ちつけられたのだ。私たちは彼に向かってボートを漕いだが彼が浮かび上がってくることはなかった。

彼が間に合わなかったことが私たちにとって幸運だったと私が言うのは、そしてそれは彼にとっても幸運だったのではないかと私は思うのだが、私たちには小さな水の樽とわずかなずぶ濡れになった船舶用ビスケットしか無かったからだ。警報はあまりに唐突で、船には事故への備えはなかったのだ。(実際は違ったようだが)ランチボートに乗った人々にはもっとましな装備があるだろうと考え、私たちは必死に呼びかけをおこなった。私たちの声は彼らには届かず、翌朝……とは言っても既に正午を過ぎていたが……霧雨が晴れてみると視界に彼らはいなかった。ボートの揺れが激しく周りを見渡すために立ち上がることもできなかった。私と一緒に脱出した二人の男のうち一人はヘルマーという名で私と同様、乗客の一人だった。もう一人は名前はわからなかったが船員で、吃音のある背の低い体格のいい男だった。

私たちは空腹の中で漂流し、水が無くなってからは耐え難い渇きに苦しめられた。それは八日間に及んだ。二日目から後、海は次第に鏡のように凪いでいった。一般の読者にはあの八日間を想像することは不可能だ。そもそもそれを想像するのに必要な材料が記憶の中にないだろう。もちろんそれは幸運なことだが。一日目が過ぎると私たちは互いにわずかな言葉しか交わさなくなった。ボートの中の自分の場所に横たわり、水平線をにらんだり、日増しに険しくなっていく目で同乗者の衰弱していく様子を観察するのだ。太陽は無慈悲に照りつけた。水が無くなったのは四日目で私たちは既に奇妙な考えにとらわれ、目の光にはそれが現れていた。しかし私たち皆が考えていたことをヘルマーが口に出したのは六日目だった。皆、かすれてか細い声で、互いに体を曲げて向かい合ってつぶやくように話した。私は全力でそれに反対した。ボートを沈め、私たちの後ろをついてきている鮫の群れの中で一緒に死ぬ方がずっとましだ。しかしヘルマーはもし自分の提案が受け入れられたら水を飲むことができると言った。あの船員は彼の味方についた。

しかし私はくじを引くつもりはなかったのだ。夜になるとあの船員がヘルマーに何度もささやきかけていた。私は折りたたみナイフを手に船首に座っていたが争いになった時にそれが武器になるかどうかは疑問だった。翌朝になって私はヘルマーの提案を受け入れた。半ペニー硬貨を投げて犠牲者を選ぶのだ。選ばれたのはあの船員だった。しかし彼は私たちの中でもっとも頑強で、合意を守る気もなく、ヘルマーに素手でつかみかかった。二人は半分立ち上がって取っ組み合いを始めた。私はボートの中を這って二人に近づき、ヘルマーを助けるために船員の足につかみかかろうとした。しかし船員がボートの揺れに足を取られたかと思うと二人は船縁に倒れこみ、一緒にボートの外に転げ落ちたのだ。彼らはまるで石のように沈んでいった。突然、何も無いところから現れたような笑いが私を襲った。

どれくらい経っただろうか。私は漕ぎ座の一つに横たわっていた。頭に浮かぶのは自分に勇気があれば海水を飲んで発狂してすぐに死ねるのに、といったようなことだった。そこに横たわって眺めていると水平線から自分めがけて帆船が向かって来るように見えたがまるで絵画を見ているかのように何の興味もわかなかった。意識が朦朧としていたのだろう。しかしその時のことははっきりと思い出すことができる。波の揺れでどれほど頭が揺さぶられたか、帆船の浮かぶ水平線の揺れる様子。それと同時に自分は死んでしまったのだという思いと助けが来てもほんの少し手遅れで自分の魂は肉体を離れているだろうという皮肉な思いを感じていたこともはっきりと憶えている。

漕ぎ座に頭を横たえて海の向こうからスクーナー船(小さな縦帆スクーナー船だった)が向かってくるのを見つめている時間は無限にも思われた。船は風に逆らって上手回しで行ったり来たりしながら進んできた。私の頭には船の注意をひこうという考えは全く浮かばなかった。船の様子ははっきりとは憶えていない。気がつけば小さな船室にいた。担ぎ上げられて渡り板を渡り、赤髪で覆われたそばかすのある大きな丸い顔が船縁から私を覗き込んでいたことだけをぼんやりと憶えている。また途切れ途切れの記憶の中で巨大な目を持った黒い顔が私に近づいて来たことを憶えているが、再びそれに遭遇するまでは悪夢を見たのだと思い込んでいた。歯の間から何かが注がれたような記憶もあるがそれが思い出せることの全てだった。


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