宝島 船の料理番, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

望遠鏡屋の看板


僕が朝食をすませると、大地主さんは僕に望遠鏡屋にいるジョン・シルバーにあてたメモを手渡した。そして望遠鏡屋は波止場ぞいに歩いて、大きな真鍮製の望遠鏡の看板がある小さな居酒屋によく注意していけばわけなく見つかると言ってくれた。僕は出かけて、もっと船や船員がみられることに大喜びで、大勢の人や荷馬車や荷物が行きかう中を歩いて行った。波止場は今が一番忙しい時で大賑わいだったが、僕はその居酒屋にすぐにたどり着いた。

それは狭いながらも、なかなか明るい感じの居酒屋だった。看板は真新しいもので、窓には清潔そうな赤いカーテンがかかっており、床にはきれいに砂がまかれていた。店の両側に道がありどちらもドアが開け放してあったので、タバコの煙でもうもうとしていたにもかかわらず、広くて天井が高いその店の中はなかなか見とおしがきいた。

お客はたいがい船乗りで声高に話していて、僕は入るのが怖くて入り口でためらっていたぐらいだった。

僕がぐずぐずしている間、一人の男が横の部屋からでてきた。一目みて、僕は彼がロング・ジョンに違いないとわかった。その左足はほぼ根元からなくなっていて、左脇に松葉杖をかかえ、おどろくほど器用にそれをつかいこなし、小鳥のように軽やかにぴょんぴょんと歩き回っていた。とても背が高くがっしりした男で、そのハムみたいに大きな顔は、醜く青白かったが、知性がうかがえ微笑を浮かべていた。かなり機嫌がいいみたいで、テーブルの周りを歩き回りながら口笛をふき、お客をもっと楽しませるように陽気な言葉をかけたり、肩をぽんとたたいたりしていた。

さて正直いって、僕は最初に大地主のトレローニーさんの手紙でロング・ジョンのことを読んだときから、彼こそが僕がベンボウ亭であれほど長く見張っていたあの一本足の男ではないだろうかと心の中で恐れを抱いていたものだ。しかし一目みただけで、十分だった。僕は船長のことも見てきたし、黒犬もそしてめくらの男ピューのことも見た。僕は、海賊というものはどういうものか分かっていると思っていたのだ。僕にしてみれば、海賊はこのこぎれいな快活な店の主人とはぜんぜん違うようなやつらなのだ。

僕はすぐに勇気をふりしぼって、敷居をまたぎ、まっすぐその男のところへ歩いて行った。彼はそこで松葉杖にもたれて、一人のお客と話しこんでいた。

「シルバーさんですか?」ぼくはメモをさしだしながら尋ねた。

「あぁ、ぼうや」とシルバーは言うと、「いかにもわしの名だ。ところでぼうやは誰かな?」大地主さんのメモを見ると、僕には彼がすこしびくっとしたように思えた。

「あぁ!」シルバーはとても大きな声で、手をさしだしながらこう続けた。「そうかい、君が新しいボーイというわけだ。君にあえてうれしいよ」

そしてシルバーは、僕の手を大きくてしっかりした手でにぎりしめた。

ちょうどそのとき、遠くの方にいた客の一人がとつぜん立ちあがり、ドアの方へと向かった。ドアはすぐそばで、すぐに道へと出て行ってしまった。でも急いでいるようすが僕の注意をひき、すぐにその男がだれだかわかった。その蝋のような顔色の二本指が欠けていた男こそ、最初にベンボウ提督亭にやってきた男だった。

「あっ、」僕はさけんだ。「やつをつかまえて! 黒犬だよ!」

「誰だろうとかまいやしないが、」シルバーもさけんだ。「やつは勘定をはらっちゃいない。ハリー、行ってつかまえてこい」

ドアのすぐ近くにいた男の一人が立ちあがり、後を追いかけていった。

「やつがホーク提督だろうと、勘定ははらわせてやるぞ」シルバーはどなりつけ、それから僕の手を放すと「やつが誰だっていったかな?」と尋ねた。「黒、なんだって?」

「犬、です」僕は答えた。「トレローニーさんが、あなたにその海賊たちについては話しませんでしたか? やつはその一味なんです」

「なんだって?」シルバーは大きな声をだした。「わしの店にねぇ! ベン、行ってハリーを手伝って来い。やつらの一味だって、やつが? モーガン、おまえはやつと飲んじゃいなかったか? ちょっとここへこい」

モーガンと呼ばれた男が、年をとった白髪まじりの、赤褐色の顔色をした水夫だったが、かみタバコをかみながら、ずいぶんおどおどして前へでてきた。

「さぁ、モーガン」ロング・ジョンはとても厳しく問い詰めた。「おまえはあの黒、黒犬とかいうやつを前にみたことはねぇよな、そうだな?」

「へぇ、その通りです」モーガンはそう言って、お辞儀をした。

「やつの名前も知らなかった。そうだな?」

「へぇ」

「神に誓って、トム・モーガン、お前にとってよかったぞ!」店主は声を大きくした。「もしおまえがあんなやつらとつきあってるようだと、一歩たりともこの酒場に足を踏み入れられねぇところだったぞ、まちがいなくな。おい、いったいやつはお前に何を言ってたんだ?」

「よくはわからねぇんで」モーガンはそう答えた。

「おまえの首の上に乗ってるのは頭か? それともしょうがない三つ目滑車じゃねぇんだろうな」ロング・ジョンはさけんだ。「よくはわからねぇんで、だと! たぶん自分が誰と話してたかもわかってないんだろう、たぶんな? こい、おい、やつとなにをくっちゃべってたんだ。航海のことか、船長のことか、船のことか? はけよ、何を話してたんだ?」

「船底くぐりのことを話してたんでさぁ」モーガンは答えた。

「船底くぐりだって、おまえが? お似合いなこって、まちがえねぇな。のろま、さっさと戻るんだよ、トム」

そしてモーガンが戻ると、シルバーは僕に秘密のひそひそ話をして、それは僕にはおべっかをつかっているように思えた。「やつはとても正直な男なんだ、トム・モーガンはな。まぬけなだけなんだ。それに、」シルバーは話をつづけ、声を大きくした。「黒犬、だって? いいや、きいたことねぇな、わしはな。ただ、たぶん、見たことがあるかな。そうだな、やつを見かけたような気がする。そうだ、やつはめくらの乞食と一緒にこの店にきてたぞ、やつはきてた」

「やつにちがいないよ、たぶんそうだよ」僕は言った。「僕はそのめくらの男も知ってるよ。めくらの男はピューっていうんだ」

「そんな名前だった!」シルバーは、とても興奮してさけんだ。「ピュー! たしかにそれがやつの名前だった。あぁ、いかにも詐欺師みてぇなやろうだったよ。もしあの黒犬が捕まえられれば、トレローニー船長にはいい知らせってもんだが! ベンは走らせたらすごいんだぞ、ベンほど早く走れる船乗りはいない。神にかけて、どんどんやつに追いついてるぞ! 船底くぐりの話をしてたと言ってたな? わしがやつに船底くぐりをさせてやろう!」

シルバーはこんな話をしているあいだずっと、松葉杖で店のなかをどしんどしんと歩き回り、テーブルを手で叩きながら、中央刑事裁判所の裁判官や刑事もだませそうなほど興奮したようすをみせていた。僕はここ望遠鏡屋で黒犬をみかけて以来、すっかり疑いを再燃させていたので、この男を注意深く見張っていた。でも僕には、この男はあまりに腹黒くて用意周到でずるがしこすぎるやつだったので、二人の男が息を切らして戻ってきて、人ごみにそいつを見失ったと報告して、どろぼうみたいに叱りつけられている頃には、僕はロング・ジョン・シルバーの無実をすっかり保証してもいいくらいの気持ちになっていた。

「さぁ、さて、ホーキンズや」シルバーは言った。「わしみたいなもんでも、まったくつらいことがあるもんだよ、なぁ? トレローニー船長がこれを聞いたらどう思うことか? ここにあのいまいましいやろうが、あろうことか、わしの店に座ってわしのラムを飲んでやがったんだからなぁ。おまえがここにやってきて、わしにはっきり教えてくれたんだ。それでわしは、いまいましいことに、あきめくらみたいにやつをすっかり逃がしたんだ! さてホーキンズ、船長といっしょにわしをちゃんと裁いてくれ。おまえは小さいが、確かにまったく賢いからな。わしにはわかったんだ、お前が最初に入ってきたときからな。それでこういうわけだ。こんな棒切れにすがってるわしはどうすりゃよかったんだ? わしが熟練の船長だったころなら、ずんずんやつに追いついて、すぐさまつきだしてるところなんだが。やるんだがなぁ、でもこの、」

そのとき、とつぜん、シルバーはしゃべるのをやめて、まるでなにかを思い出したかのように口をあんぐりあけた。

「勘定だ!」シルバーは大声をだした。「ラムを三杯だ! まったく、松葉杖がふるえるぜ、わしが勘定を忘れてるなんてな!」

そして椅子に腰をおろすと、ほおを伝うまでに涙をこぼして笑い出した。僕もくわわらずにはいられなかった。そして二人でげらげら笑い出して、酒場中がふるえるほどだった。

「さて、わしも老いぼれ水夫になりさがったもんだなぁ!」涙がほおを伝っていたが、シルバーはとうとう口を開いた。「ホーキンズ、わしとおまえは仲良くしなきゃいかん。海神にかけてもいいが、わしもボーイなみの扱いだろうからな。まあでも行こう、行く準備をしなよ。やな事だけどな、やらなきゃいかんことはやらなきゃいかん。ホーキンズ、わしは古い縁反帽をかぶって、おまえと一緒にトレローニー船長のところまで行こうや。そしてこの事件を報告しないとな。いいかい、これはおおごとさ、ホーキンズ。おまえもわしも、わしがずうずうしく信用なんて言ったって、このことと関係なしじゃいられんからな。おまえもだぞ、まさかって、利口とはいえなかったからな、わしもおまえもさ。さあ急いでボタンをはめて! わしの勘定は傑作だったな」

そしてふたたび笑い始めた。本当に腹の底から笑うので、シルバーみたいに何がおかしいのかわかったわけではなかったけれども、僕もいっしょに笑わずにはいられなかった。

波止場を少し歩くには、シルバーは本当に楽しい道連れだった。僕に通りすぎるいろいろな船の違い、装備やトン数や国籍といったことを教えてくれたり、前方でやってる仕事について、どうやって荷物をおろしてるだの、あるいは積みこんでるだの、そしてまた出航しようとしてるかどうかを説明してくれた。時折、船や船員のちょっとした話をしてくれたり、海の言葉を僕が完璧に覚えこむまで繰り返して教えてくれたりした。僕は、この男をすっかり海の男の中の海の男だと思ったものだ。

僕たちが宿屋につくと、大地主さんとリバシー先生がいっしょに座って、乾杯しながらビールをすでに一クォート飲みほしていた。飲み終えてからスクーナー船を調べにいくところだったのだ。

ロング・ジョンは最初から最後まで、すごい勢いでまったく事実の通り話をした。「こういうぐあいで、な、ホーキンズ?」シルバーはときどきそう言って、そのたびに僕はまったくその通りだと認めた。

二人の紳士は黒犬を取り逃がしたのは残念がったが、結局みんなどうすることもできないということで意見が一致した。そしてたっぷりほめられて、ロング・ジョンは松葉杖をもちあげて出て行った。

「今日の午後四時までに全員乗船だ」大地主さんがシルバーの背中に向かってさけんだ。

「アイ、アイ、サー」シルバーは廊下で返事をさけんだ。

「さて、大地主さん」リバシー先生は言った。「私は、だいたいあなたが見つけてきたものはあんまり信用できませんが、これだけは言えますな。ジョン・シルバーは気に入りましたぞ」

「やつは申し分ないですな」大地主さんも太鼓判をおした。

「それから、」先生が付けくわえた。「ジムもわれわれといっしょに船を調べに行ってもかまわないでしょうな?」

「もちろん、いっしょに来ればいい、」大地主さんは言った。「帽子をかぶって、ホーキンズ、船を見に行くぞ」


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