宝島 僕の海岸の冒険, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

最初の一撃


僕はロング・ジョンをまいてやったのがとてもうれしくて、気分がよくなって今いるこの見なれない土地を興味深く見まわした。

僕は、柳やガマやその他の奇妙な辺地の木々が一面に生い茂っている沼地を横切って、起伏にとんだ広々とした砂地のはずれにでてきた。その砂地には、松の木が何本かとたくさんのねじれた木が生えていた。ねじれた木の大きさは樫の木ほどで、葉の青白さは柳のようだった。広場の向こう側には一つの山があり、風変わりな岩でごつごつした二つの頂が日の光でぎらぎらと輝いてた。

僕ははじめて、探検の喜びを身をもって感じた。この島は無人島で船員たちははるか後だし、僕の前には口のきけないけものと鳥の他になにも生き物はいなかった。僕は木々の間をあちこち歩きまわり、至るところで見たことのない花をつけた植物も見かけたし、あちこちで何匹も蛇を目にした。その一匹は岩だなから鎌首をもたげ、僕に向かってシューというコマがまわる時のような音をたてた。その時はそれが噛まれると死に至る蛇で、その音が有名なガラガラ蛇の音とは思いもしなかった。

それからあの樫みたいな木が、それは常緑の樫とか呼ばれているとあとで聞いたが、長く続いているところまでやってきた。その木は黒イチゴみたいに砂地に低く生えていて、大きな枝が奇妙にねじれていて、葉は草ぶき屋根みたいに密集していた。低木の茂みは砂丘の一つの頂上から続いていて、下の方にいくにつれ広がるとともに背が高くなり、アシのしげった広い沼地の端まで達していた。その沼地に一番近い小川がしみでて、停泊場所まで流れだしていた。沼の水は強い太陽で蒸発しており、望遠鏡山の輪郭はゆらゆらとぼやけていた。

とつぜんガマの中からざわめきが起こり、一匹の野鴨が叫び声をあげて飛び立つと、次々とあとが続いた。すぐさま沼の上空全体を鳥の大群が叫びながら輪を描いて飛びまわった。僕は船員たちの誰かが沼地の端に近づいてくるに違いないとすぐに思った。果たせるかな、すぐにかなり遠くから一人の男の低い声が聞こえてきた。しばらく耳をすませていると、声はだんだん大きくそして近くなった。

僕はとても怖くなって、すぐ近くの常緑の樫のしげみにもぐりこんでうずくまり、ネズミのように静かに耳を傾けていた。

他の男の声が答えて、最初の声が、それはシルバーのものだとわかったが、もう一回話しはじめ、とうとうと長いこと話をつづけた。そして相手は時々口をはさむだけだった。その調子から、二人は熱心に、ほとんど激しいと言ってもいいくらいの調子で話しあっていたに違いない。ただはっきりした言葉は、一言もききとれなかった。

とうとう二人はしばらくだまりこんで、どうやら座りこんだらしかった。というのも二人はそれ以上近寄ってこなかったし、鳥もだんだん静かになり、再び沼地のもとの場所に戻りはじめたのだ。

そしてその時、僕は自分が本来の仕事を忘れていたのに気がついた。無鉄砲にもこんなやつらと一緒に上陸したからには、せいぜいできることはやつらの相談を盗み聞きすることだ。僕の当然の明白な義務は、この低く這っている木々に都合よく隠れて、できるかぎり近づくことだと思ったのだ。

僕には二人がいる方向が、彼らの声だけではなく、その侵入者の頭上で警戒するように飛んでいる鳥のようすで、かなり正確にわかった。

四つんばいで這いつくばって、そろそろと、ゆっくり二人の方へ移動した。そしてとうとう葉の隙間から頭をあげると、沼の側の小さな緑の谷を見下ろすことができ、そこには木々が群集して生えており、ロング・ジョン・シルバーともう一人の船員が向かい合って立ち話をしていた。

日はさんさんとふりそそいでいた。シルバーは帽子をかたわらの地面になげだしていて、やつの大きなすべすべした色白の顔は暑さで光り、何かを訴えるように相手の方を向いていた。

「相棒や」シルバーは話していた。「これもわしがお前を尊敬してるからだぜ、尊敬してるんだ。信じてくれ! もしお前のことが気に入ってなければ、ここまできて警告すると思うかい? もう決まってるんだ。どうしようもないよ。わしが話してるのもおまえの首を救うためだ。乱暴なやつらのだれかがこれを知ったら、わしの立場はどうなる、トム。さぁ、わしはどうすればいい?」

「シルバー」相手の男は言った。僕はその男が顔をまっ赤にして、カラスみたいにしゃがれた声で話してるのに気がついた。そしてその声は、一本のはりつめたロープのように震えていた。「シルバー」と続けた。「おまえさんは年をとった。おまえさんは正直だ。というかそういう評判だよ。おまえさんは金ももってる、たくさんの貧乏な水夫が持ってないぐらいのな。おまえさんには勇気がある。いやわしの勘違いかな。教えてくれ、おまえさんはあんなやつらの仲間になろうっていうのかい? おまえさんが! 神さまがわしを見てるのと同じくらい確かなこった。それぐらいならわしは手がなくなってもかまわんぞ。もしまた自分の義務にそむいたら、」

そして突然、その男の声は物音にかき消された。僕は正直な船員の一人を見つけたが、ここでそれと同時にもう一人の正直な船員の消息がわかったのだ。沼の遠くのほうで突然、怒りの叫び声のような音がして、それからその声に引き続いて別の声が、恐怖にふるえた長く響く悲鳴が聞こえた。望遠鏡山の岩々が何度もその声を響かせた。全ての沼の鳥が再び舞いあがり、一斉に羽ばたいて空を暗くした。死の絶叫が長いこと僕の頭で鳴り響いたが、しまいには静かになり、舞い降りてくる鳥の羽音と遠くの波の打ち寄せる音が午後の静寂を乱すだけだった。

トムは、拍車がかかった馬のようにその音に飛びあがった。ただシルバーは瞬き一つしなかった。じっとその場に立ちつくし、軽く松葉杖にもたれながら、トムのことを今にもとびかからんとする蛇のように見つめていた。

「ジョン!」トムは手を差し出しながら言った。

「さわるんじゃねぇ!」シルバーは叫ぶと、一ヤードほど飛びのき、僕にはその動きは訓練をつんだ体操選手のスピードと防御のようにさえ思われた。

「触らんよ、おまえさんが嫌ならな、ジョン・シルバー」相手の男はそう言うと、「おまえさんがわしを怖がるのは、良心がとがめるからだぞ。ただいったい全体、あの音はなんなんだ?」と続けた。

「あの音か?」シルバーは微笑みながら、ただもっと警戒しながら答えた。そしてあの大きな顔で目をこれ以上ないくらい細くして、ガラスの破片のようにかすかにきらめかせていた。「あの音か? あぁわしが思うにあれはアランだな」

その時、トムは勇者のようにかっとして、

「アラン!」と叫んだ。「本物の船乗りとして安らかに眠るように! おまえ、ジョン・シルバー、長いこと仲間だったが、もうわしの仲間じゃねぇ。わしは犬コロみたいに死んでも、義務は果たすつもりだよ。おまえらはアランを殺したんだな、そうだろう? わしも殺すがいい、やれるもんならな。できるもんならやってみろ」

それだけ言うと、この勇気のある男は料理番にくるりと背を向け、浜辺の方に歩き出した。ただそれほどは歩けない運命だった。一声あげるとジョンは木の枝をつかみ、松葉杖をすばやく脇からとりだし、その荒っぽい飛び道具をぶーんとほうり投げたのだ。それはかわいそうにトムにすごい勢いで命中した。杖の先っぽが、背中の真ん中あたりのちょうど両肩の間に的中したのだ。トムの両手があがり、あえぐような声がもれ倒れた。

致命傷だったかどうかは誰にもわかるまい。ただ十分すぎるほどで、当った音から判断すれば、背骨は当った場所で折れたにちがいない。しかしシルバーは起き上がる余裕も与えなかった。足も松葉杖もないのに猿みたいにすばしっこく、次の瞬間にはトムに馬乗りになり、抵抗しない体にナイフを根元まで二度も突きさした。僕の隠れている場所からも、突きさすときにシルバーがぜいぜい息を切らしているのが聞こえるくらいだった。

僕は気が遠くなるということがどういうことかちゃんとは知らないが、それからしばらく、僕の周りの世界が渦巻く霧のなかでふらふらしていたのは間違いない。シルバーと鳥たち、そして高い望遠鏡山の頂上が、僕の目にはぐるぐる上下さかさまに回ってみえ、僕の耳にはあらゆる種類のベルが鳴り響き、遠くで叫ぶ声が聞こえた。

僕が再び気づいたときには、あの怪物も立ち直っていて、松葉杖を脇にはさみ帽子もかぶっていた。シルバーの目の前には、トムがぴくりとも動かず草地の上で横たわっていた。でもこの殺人者はそれを気にするでもなく、そのあいだ一束の草で血で汚れたナイフをきれいにしていた。その他には、なにひとつ変わったことはなく、太陽は容赦なく蒸発している沼や山の頂上を照りつけていた。僕には信じられなかった。僕の目の前でついさっき殺人が実際に行なわれ、一人の生命が無残にも断ち切られたということを。

そしてジョンは手をポケットにいれると笛をとりだし、様々な調子で吹き分け、その音は暑い空気の中を遠くまで響き渡った。僕にはもちろんその笛の意味はわからなかったけれど、すぐに恐怖に襲われた。たくさんの男たちがやってくるのだろう。僕は見つかってしまうかもしれない。やつらはすでに二人の正直な人を殺してる。トムとアランに続けて、僕が殺されるんじゃないだろうか?

すぐさま僕は逃げ出すことにして、できるかぎり早くそして静かに森のもっと開けた場所まで、這って戻りかけた。そうしていると老海賊と仲間たちでやりとりされる合図が聞こえてきて、その危険な音は僕の足をいよいよ急がせた。茂みを抜け出すとすぐに、これ以上ないくらい早く駆け出した。方向も、殺し屋どもから逃げ出せればどちらでも構わなかった。走っていると恐怖はだんだん膨らんでいき、しまいには狂ったみたいに駆け出した。

確かに、僕ほどお先真っ暗なものはいるだろうか? 号砲がなっても、どうしてあの悪魔たちの間に混じってボートのところまで降りて行けるだろうか? どうして最初に僕をみつけたやつが、シギの首でもひねるように僕の首をひねらないといえるだろうか? 僕がいなかったこと自体が、やつらには僕が気づいている、つまりはあの命にかかわることを知っているという、証拠にならないといえるだろうか? 僕はもうだめだ、と思った。ヒスパニオーラ号、さようなら。さようなら、大地主さん、先生、そして船長! もう僕は餓死するか、反乱者の手にかかって殺されるかだ。

こうしていながら、前にも書いたとおり僕は走りつづけていた。そうとは気づかずに、僕は二つの頂上がある小さな山のふもとまで来ていた。そして常緑の樫がよりまばらに生い茂っているところにやってきて、そこでは実も大きさも普通の森の木のように見えた。その常緑の樫に混じって、二、三本の松があり、五十フィート、また七十フィート近くの高さのものもあった。空気も沼のあたりに比べれば、さわやかな香りがした。

ここでも僕は新たな驚きに襲われ、どきどきしながら立ちつくすことになるのだった。


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