宝島 防護柵, ロバート・ルイス・スティーヴンソン

先生による続きの物語:どうやって船を見捨てたか


一時半ごろ、海の用語でいえば三点鐘ごろの時刻に、二艘のボートがヒスパニオーラ号から岸へと向かった。船長と大地主さんと私はキャビンで事態を話し合っていた。もし風が少しでもふいていたら、われわれは船に残っている六人の反乱者に襲いかかり、錨綱を解いて海へと出航しただろう。ただ風はふいていなかったし、ハンターがジム・ホーキンズがボートにもぐりこんで一緒に上陸してしまったと知らせてきたので、どうすることもできなかった。

ジム・ホーキンズをこれっぽっちも疑いはしなかったが、安全かどうかは心配だった。あんな気性の船員たちと一緒では、あの子の姿を再び見られるかどうかは五分五分のように思われた。われわれは甲板をうろうろした。松やにが継ぎ目で泡立っており、その場のいやな悪臭が私をむかむかさせた。もし熱病や赤痢の匂いがかげるところがあるとすれば、その不愉快な停泊場所こそがその場所だった。六人の悪者たちは、帆の下にある船首の水夫部屋で座りこんでぶつぶつこぼしていた。われわれが岸の方をみると、河口のすぐ近くに小船はしっかりつながれていて、それぞれに一人ずつの船員が乗りこんでいた。そのうち一人は『リリブレロ』を口笛でふいていた。

待っていることには耐えられないので、ハンターと私は小型のボートで情報を集めに上陸することにした。

二艘の小船は右へ曲がって行ったが、ハンターと私はまっすぐ漕いで、海図にある防護柵の方向へ行くことにした。小船に残っていた二人はわれわれが姿を現したのであわてふためいたようだった。『リリブレロ』をふくのをやめ、二人でどうすべきか相談しているのが見てとれた。もし二人が小船を降りてシルバーの所に相談に行ったら、事態は変わっていたかもしれない。でも命令を受けているらしく、今いる場所に静かに座りこんで、『リリブレロ』を再び口笛でふいた。

海岸線にはやや湾曲した場所があり、私はその場所を挟んでわれわれと二艘の小船が反対側になるようボートを進めた。そのため、上陸する前にすでに二艘の小船は見えなくなっていた。私は船を飛び降り、ほとんど小走りで足を進めた。大きな帽子の下に暑さ対策として絹のハンカチをかぶり、安全のために火薬がつまったピストルを二丁もっていた。

百ヤードも進まないうちに、防護柵に行きついた。

そこはこんな具合だった。きれいな水が湧き出す泉が塚の頂上付近にあった。そして塚のところに泉を囲むように頑丈な丸太小屋が建てられていて、緊急時には四十人ほどは入りそうで、四方にマスケット銃を撃つ穴が開いていた。小屋のまわりは広いスペースが作られていて、そして最後に六フィートの柵が作られていて、とびらもなければ開いてる場所もないので、頑丈で時間や労力をかけなければ引き倒すことはできないし、包囲する者は身を隠す場所もないので逃げることができなかった。丸太小屋のなかにろう城するほうが、あらゆる点で有利だった。静かに隠れていればヤマウズラを撃つみたいに相手を撃つことができるのだ。必要なのはしっかりした見張りと、あとは食料があれば十分だった。完全な奇襲でも受けない限り、その小屋は一連隊にだって持ちこたえられたかもしれない。

特に私が気に入ったのは泉だった。ヒスパニオーラ号のキャビンでもわれわれは十分によい場所を占めていた。武器も弾薬や食べるものも、上等なワインも十分だったが、一つだけ見過ごしていたものがあった。それが水だった。私がそのことについて考えていると、島中に人間の死の叫び声がひびきわたった。私にとって非業の死はなじみのないものではなかった。私は国のためにカンバーランド公爵に仕えていて、フォンテノーで負傷したこともある。でも自分の脈が早くなり、どきどきするのが感じられた。最初は「ジムが死んだ」と思ったのだ。

過去に軍人だったこと以上に、現在まで医者であることの方がはるかに役にたった。行動を起こすには、ぐずぐずしている暇はない。そしてすぐに心を決めた。もはや一刻の猶予もなく岸へ引き返すと、小型ボートに飛び乗った。

幸運にもハンターはよい漕ぎ手であり、水の上を飛ぶようにすすんだ。そしてボートはスクーナー船に横付けになり、乗船した。

みんな当然のことながら、動揺していた。大地主さんは顔を真っ青にして座りこんでおり、自分がこんなひどいことにみんなを引きこんだのだと思ってるかのようだった。いい人だ! そして水夫部屋にいる六人の中にも、一人そんな顔色の男がいた。

「こんなことにはなじみがない男が一人います」スモレット船長がそう言いながら、一人の男をあごで指し示した。「やつはあの悲鳴を聞いたときはほとんど気絶しそうでしたよ、先生。もうひと押しでもしてやれば、われわれの方につきますよ」

私は自分の計画を船長に話し、二人で実行に際しての細かいところまでつめた。

われわれはレッドルースをキャビンと船首の水夫部屋の間の通路に配して、三、四丁の装填したマスケット銃と防弾用にマットレスを与えた。ハンターはボートを船尾の丸窓の下にもってきた。ジョイスと私はボートに火薬の缶や、マスケット銃やビスケットの入った袋や、豚肉の小さい樽や、コニャック一樽や私にはなにより大切な薬箱を積みこんだ。

そのあいだ、大地主さんと船長は甲板にとどまって、船長は舵取りに声をかけた。舵取りが船に乗っている者の頭だった。

「ハンズ君」船長は言った。「いまわれわれ二人は、それぞれ二丁ずつピストルをもっている。もしおまえら六人の誰かが合図みたいなことでもしようもんなら、死がまってるぞ」

やつらはすっかりあっけにとられた。少し相談して、全員船首の昇降口を転がり降りて行った。たぶんわれわれの背後をとろうと考えたのだろう。でもレッドルースが円材がでてる通路で待ち構えているのを見ると、すぐさま転じて、再び頭を甲板にひょっこり出した。

「降りるんだ、犬!」船長がさけんだ。

そして再び頭はひっこめられた。しばらく六人の臆病な船員は物音ひとつ立てなかった。

この時までには、手あたりしだい物を投げ込んで、小型ボートに積めるだけのものは積みこんだ。ジョイスと私は船尾の丸窓から船の外にでて、再びオールが折れんばかりのスピードで岸まで急いだ。

この二回目の上陸は、岸の見張りをかなり驚かせたようだった。『リリブレロ』も再び止んでいたし、少し湾曲しているところで二人の姿が見えなくなる直前で、一人が岸へとび移り姿をけした。計画をかえてやつらの小船を壊してやろうかと思ったが、シルバーやその他のものがすぐ近くにいるかもしれず、欲張ると上手く進行している全てがだめになってしまうので思いとどまった。

われわれはすぐに前回とほとんど同じ場所に上陸して、丸太小屋に荷物を積み込みはじめた。最初は三人全員で、持てるだけの荷物をかかえ、防護柵ごしに投げこんだ。それからジョイス一人を荷物番に残し、ただマスケット銃は六丁はあったと思う、ハンターと私が小型ボートまでとってかえし、もう一度荷物を運び出した。そして全てを運び終えるまで一休みもせず荷物を運び、二人の召使を丸太小屋でそれぞれの配置につかせて、私は全力で漕いでヒスパニオーラ号に戻った。

二回もボートを出す危険をおかすなんて向こうみずに思われるかもしれないが、実際はそうでもなかった。やつらは確かに数では優っていた。でもわれわれは武器で優っていたのだ。岸の見張りのだれもマスケット銃を一丁も持っていなかったし、やつらがピストルの射程距離に入って来る前に、少なくとも六人ぐらいは軽くしとめられる自信はあった。

大地主さんは船尾の丸窓のところで私を待ちかまえていて、もう気を確かにしていた。船をつなぐ縄をもち手早く括りつけると、われわれは死にもの狂いで荷物を積み込みはじめた。豚肉、火薬、ビスケットを積み込み、あとは大地主さん、私、レッドルース、船長それぞれがマスケット銃と短剣を一つずつ持っているだけだった。武器と火薬の残りは、二尋半ほどの深さの海に投げ捨ててしまった。われわれはそのすばらしい武器がずっと深いきれいな砂底で、日の光にきらきらと輝いているのを見ることができた。

この時までには潮が引き始めていて、船は錨を中心に向きを変えていた。二人の見張りがいるあたりから、かすかにどなるような声が聞こえた。ジョイスとハンターがいるのはそれより東の方だったので安心はしたが、もうわれわれ一行が船を離れた方がいいという警告に思えた。

レッドルースは、廊下の持ち場から引き上げてきて、ボートに飛び乗った。そしてスモレット船長に都合がいいように船の船尾の突き出しているところまでボートをまわした。

「さて、おまえら」船長は言った。「聞こえるんだろうな?」

水夫部屋からは誰も答えるものがいなかった。

「おまえだ。アブラハム・グレー、おまえに話してるんだ」

まだ答えはなかった。

「グレー」スモレット船長は声を大きくして再び言った。「私はこの船を離れる。そしておまえに、おまえの船長についていくように命令する。私にはおまえが本当はいいやつだってことが分かっている。まああえて言えば、おまえらのだれ一人とっても自分が思ってるほどの悪党じゃないんだがな。ここに時計がある。三十秒、私といっしょにくるかどうか時間をやる」

一瞬の間があった。

「さあ、忠実な部下よ」船長は続けた。「ぐずぐずしている場合じゃないぞ。私の命やここにいる紳士方の命も刻一刻、危険にさらしてるんだからな」

とつぜん、取っ組み合いが起こり、なぐりあう音が聞こえ、片頬にナイフの傷をつけたアブラハム・グレーが飛び出してきて、笛をふいた主人のところに来る犬のように一直線に船長のところまで駆けてきた。

「いっしょに連れてってくだせぇ、船長」グレーは言った。

その次の瞬間には、グレーと船長はボートに飛び乗った。われわれはボートを一押しして一生懸命に漕ぎはじめた。

われわれは船をあとにしたが、まだ防護柵の中までは行きついていなかった。


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