集合論の一つの基本的問題について, ゲオルク・カントール

集合論の一つの基本的問題について


有限な整数 1, 2, 3, ..., ν, ... の全体と一対一の対応がつけられない、あるいは私がよく使う言い方をすれば、数列 1, 2, 3, ..., ν, ... の濃度(Mächtigkeit)を持たない無限集合が存在することの証明が初めて与えられたのは、おそらく「全ての代数的実数の集合の一つの特性について」(『数学雑誌』第77巻 p.258)と題された論文においてである。その論文の第2章における証明から、例えば、任意の区間(α...β)の全ての実数の全体は、

ω1, ω2, ..., ων, ...

という系列の形では表現できないということが即座に帰結する。しかしこの定理については、無理数についての考察を必要としないずっと簡単な証明を与えることができる。つまり、mw を互いに区別できる二つの文字とし、ある集合 M を考える。M の要素は、無限に多くの座標 x1, x2, xν, ... によって定まるもの

E = ( x1, x2, xν, ... ),

である。ここで各座標は mw のどちらかであるとする。M はこのような要素 E の全体である。M の要素としては、例えば次の3つが挙げられる。

EI = ( m, m, m, m, ... ),
EII = ( w, w, w, w, ... ),
EIII = ( m, w, m, w, ... ).

さて私の主張は、このような集合 M は、系列 1, 2,...,ν ,... の濃度を持たないということである。それは次のような定理から導かれる。

E1 ,E2, ...,Eν, ... を集合 M の要素からなる任意の単一の無限系列だとすると、どの Eν とも一致しない M の要素 E0 が常に存在する」

この証明のため、

E1 = ( a1,1, a1,2, ..., a1,ν, ... )
E2 = ( a2,1, a2,2, ..., a2,ν, ... )
・・・・・・・・・・
Eμ = ( aμ,1, aμ,2, ..., aμ,ν, ... )
・・・・・・・・・・

と置く。

ここで、aμ,ν は特定の仕方で m または w を取る。次に、bνm または w であるが aμ,ν とは異なるような系列 b1, b2, bν, ... を定義する。上の定義から、aμ,ν = m のときは bν = waμ,ν = w のときはbν = m である。次に、M の要素

E0 = ( b1, b2, b3, ... ),

を考えると、いかなる正の整数 μ についても

E0 = Eμ

という等式は成り立たないことが即座に帰結する。というのも、もし仮にこの等式が成立するとすれば、当該の μ および全ての正の整数 ν について、

bν = aμ,ν ,

となるはずであり、また特に、

bμ = aμ,μ ,

となるはずだからである。しかしこれは、bν の定義からありえないことである。この定理から、M の全要素の全体は E1, E2, ..., Eν, ... という[単一の]系列の形では書けないことが帰結する。なぜなら、もしこのように書けるとすると、E0M の要素であり、かつ M の要素ではないという矛盾に陥るからである。

この証明は、非常に簡単だからという理由だけでなく、とりわけ根本的な観点からも注目に値する。というのも、この証明において働いている原理は、そのまま一般的な定理に拡張できるからである。その一般的定理とは、明確に定義された集合の濃度には最大のものがない、あるいは同じことだが、任意の与えられた集合 L に対して、L の濃度よりも大きな(stärkerer)濃度を持つ別の集合 M が作られうる、というものである。

例えば L をある線状連続体(Linearkontinuum)、例えば 0 ≦ z ≦ 1 を満たす全ての実数 z から成る集合であるとする。また、M を、0から1の閉区間を動く実数 x に対して0または1のどちらかを出力するような全ての一価関数 ƒ(x) から成る集合であるとする。M の濃度が L の濃度よりも小さくないということは、L と同じ濃度を持つ M の部分集合を挙げられるということから帰結する。例えば、x の特定の値 x0 に対してのみ1を取り、x の残りの値に対しては0を取るような全ての関数の集合が、そのような部分集合の例である。

しかしまた、M の濃度は L の濃度と等しくもない。なぜなら、もし両者の濃度が等しいとすれば、集合 M は[0から1の閉区間の実数を取る]変数 z と一対一対応の関係になるはずであり、M は、xz の二つの変数の一価関数

φ( x, z )

の形に考えることができるはずである。すると、z に特定の値を定めることで M の要素 ƒ(x) = φ( x, z ) が与えられ、反対に、M の各要素は、z に特定の値を定めることによって φ( x, z ) から与えられる。しかしこのことから矛盾が生じる。なぜなら、g(x) を0か1のみを取る x の一価関数で、ただし x のそれぞれの値は φ( x, x ) とは異なるとすると、一方では g (x)はM の要素であり、他方では、g (z0 ) は φ(z0 , z0 ) と異なっているため、いかなる特定の値 z = z0 に対しても、g(x) を φ( x, z ) から得ることはできないからである。

こうして、M の濃度は L と等しくもなく、L より小さくもないということになり、従って、M の濃度は L の濃度より大きいということが帰結する(『クレレ数学雑誌』第84巻 p.242を参照)。

私はすでに「一般集合論の基礎」(ライプツィヒ 1883; 『数学年報』第21巻)において、これとは全く異なる補助手段によって、濃度には最大のものが存在しないことを示した。それどころか、その論文においては、濃度の大小に従って並べ替えれば、全ての濃度の集合が一つの整列集合(wohlgeordnete Menge)を作ること、さらに、濃度の性質上、任意の濃度にはすぐ次に大きい濃度が存在し、濃度の増大集合(steigende Menge)に最大元がないならば、すぐ次に大きい濃度が存在することが示されていた。

「濃度」という語が表現するのは、有限「基数」の唯一にして必然的な一般化であり、実無限的な大きさを持つ基数である。そして[実]無限基数にも有限基数と同じ実在性(Realität)と確定性(Bestimmtheit)が備わっている。もっともこれは、濃度に関する「整数論」が有限の領域におけるそれとは部分的に異なっているという点を別にしての話であるが。

この分野をさらに発展させることは、未来の課題である。


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