戦争と平和 第十三編, レフ・トルストイ

二


この喧ましい側面行進は一体何かと言うに、攻勢の時と反対の方向を真っ直ぐに退却していたロシア軍が、フランス軍の攻撃が止んだために、初めとっていた真っ直ぐな方向を横に反れて、敵の追撃がないのに任せて、豊富な糧食の引き寄せる方面へ自然に進んで行っただけに過ぎない。

ロシア軍の首脳に天才的な将軍がいたなどと考えないで、単に指揮官さえ持たない一個の軍隊を想像しただけでも、その軍隊は糧食の豊富な地方から半円を描きながら、モスクワへ引っ返して来るよりほか、どうする事も出来なかったに相違ない。

ニージニイ・ノヴゴロド街道からリャザン街道、トゥーラ街道からカルーガ街道へと移ったこの運動は極めて自然であって、ロシア軍の掠奪兵もこれと同じ方向へ逃走したし、ペテルブルクからもクトゥゾフに対して、これと同じ方向へ軍隊を動かすように要求して来た程である。クトゥゾフは軍隊をリャザン街道へ導き入れたと言って、ほとんど譴責(けんせき)に近い皇帝の親翰(しんかん)をタルーチノで受け取った。その中には、カルーガに面して陣地を作れと指定してあったが、この親翰(しんかん)を受け取った時、彼はもうそこに陣していたのである。

全戦役ならびにボロジノの会戦に依って与えられた衝動のままに、後方へ転がり戻ったロシア軍の球は、その衝動の力が尽きたのち、更に新しい衝動を受けなかったので、自分にとって自然な位置を占めたのである。

クトゥゾフの勲功は、言う所の天才的作戦行動ではなく、ただ彼一人のみが事件の意味を理解していたと言う点に存する。その当時、フランス軍の無為の意義を理解していた者は、彼一人のみであった。ボロジノの戦いは勝利であると、どこまでも主張して止まなかったのは、彼一人のみであった。総指揮官と言う位置から見ても、攻勢に出なければならない筈でありながら、ロシア軍をして無益な戦争をさせないように全力を傾注したのは、彼一人のみであった。

ボロジノで手傷を負った野獣は、一時難を避けた猟師が帰って来た時、前と同じ場所に横たわっていた。しかし生きているのか、元気なのか、それともただ鳴りを潜めたに過ぎないのか、それは猟師に分からなかった。と、不意にこの野獣の呻き声が聞こえた。

この傷ついた野獣とも言うべきフランス軍の呻き声、即ちその滅亡を暴露した最初の兆候は、ロリストンが和を乞いにクトゥゾフの陣地へ派遣された事である。

正当なのは正当な事でなくして、ただ自分の頭に浮んだ事である、と言う例の信念をもって、ナポレオンは最初に考えついた何の意味もない言葉を、クトゥゾフへ書いて送った。

「Monsieur le prince Koutouzov(クトゥゾフ公爵閣下)」と彼は書いた。「予は多くの重大なる問題に関し、相互の意見を交換せしめんがために、侍従武官の一人を貴下の許(もと)へ派遣せんとす。希(こいねが)わくば彼の述ぶるところ一切に信を措かれんことを。殊に、多年、予が貴下に対して抱懐せる尊敬の念と、深甚なる敬意を披瀝(ひれき)する時、貴下の信頼を希望すること更に切なり。終りに臨んで、貴下が聖なる神の翼の下に護られんことを祈る。一八一二年十月三十日、モスクワにて、ナポレオン」

「予は何らかの取引の主唱者と見做さる時、その取引の種類如何を問わず、子々孫々の呪いを受くべし。Tel est l'esprit actuel de ma nation(わが国の意志はかくの如し)」と答えて、クトゥゾフは依然として軍の攻勢を抑える事に全力を注いでいた。

一ヶ月の間、フランス軍はモスクワで掠奪に従事し、ロシア軍はタルーチノ付近で静かに屯(たむろ)していたが、この間に両軍の勢力(士気や兵数)の関係に変化が生じて、その結果ロシア軍の方が優勢になった。フランス軍の状況や兵数は、ロシア側に知れていなかったにも拘わらず、この関係の変化が生ずるや否や、攻撃の必然性が無数の徴候となって現れた。この徴候と言うのは他でもない、ロリストンの派遣されたこと、タルーチノに糧食の豊富なこと、フランス軍の無為と不規律に関して各方面から報告の集まること、わが各連隊が新兵の補充を得たこと、天候の好くなったこと、ロシアの兵員が長い間休養したこと、休養の結果必ず軍隊内に起る、招集の目的を実行したいと言う焦躁、もう久しく見失われているフランス軍が、どんな事をしているだろうと言う好奇心、ロシアの前哨がタルーチノに駐屯しているフランス軍の周囲を出没した大胆な行動、農民や遊撃隊が苦もなくフランス兵に対して勝利を得たと言う報知、こういう噂に呼び醒まされた羨望の念、フランス人がモスクワに留まっている間、各人の心に潜んでいた復讐の念、それから(殊に何より重大なのは)、まだ明瞭でこそないけれど、あらゆる人の心に湧き起こった意識――即ち力の関係が一変して、優越権は我が軍の側へ移ったと言う意識であった。本質的な力の関係は変わった。従って攻撃はもはや必然なものとなった。ちょうど、時計の針が完全に一回転すると、中の楽器が鳴り出すのと同じように、力の本質的変化に応じて最高幹部の間にも、オルゴールの盛んな運動や、じいっと言う軋みや、奏楽の音に較ぶべきものが反映したのである。