戦争と平和 第十三編, レフ・トルストイ

七


その間に今一つの縦隊は、正面からフランス軍を攻撃する手筈になっていたが、この縦隊にはクトゥゾフが加わっていたのである。彼は自分の意志に反して始められたこの戦闘が、混乱のほかに何物をも齎(もたら)さないことをよく知っていた。で、彼は自分の権力の及ぶ限り軍を抑えようとした。彼は動かなかった。

クトゥゾフは突撃説に大儀そうな返事をしながら、例の灰色の小馬に乗って無言のまま進んだ。

「君方の舌の先には突撃と言う言葉がぶら下っているが、我々は少し込み入った行動になると、一向無能だということにお気が付かないのだね」前進を懇願するミロラードヴィッチに向かって、彼はこう言った。

「今朝はミュラートを生けどりにすることが出来なかったし、指定の時に指定の場所へ到着することも出来なかったじゃないか。今はもう施すべき術がないよ!」と彼は他の者に答えた。

コサックの来報によると、以前誰もいなかったフランス軍の背面に、今ではポーランド軍の二個大隊が現れたと言う報告を聞いた時、クトゥゾフは後ろにいたウェルモーロフを尻眼にかけた(彼らはもう昨日から一度も口を利かなかったのである)。

「この通りだ。みんな進撃ばかりしたがって、いろいろな作戦を持ち出すが、いざ仕事に取りかかると、なんにも準備が出来ていやしない。その間に敵は予告を与えられて、臨機の処置を取るばかりだ」

ウェルモーロフはこの言葉を聞いて眼を細め、軽くにやりと笑った。嵐は自分の頭上を過ぎ去った、クトゥゾフはもうこの当て擦りだけで我慢するだろう、と言うことを知っていたのである。

「あれは我輩に当てて腹いせしてるんだよ」自分の傍に立っているラーエフキイを膝で突いて、ウェルモーロフは小さな声でこう言った。

それからすぐ、ウェルモーロフはクトゥゾフの前へ進み出て、恭々しい調子でこう言った。

「閣下、時機はまだ逸せられておりません。敵はまだ退却してしまった訳ではありませんから――攻撃の命令をお出しになるなら今です。さもないと、近衛兵は煙も見ないで済んでしまいます」

クトゥゾフは何とも言わなかった。けれどミュラート軍が退却していると言う報告に接すると、遂に攻撃を命じた。しかし百歩すすんでは、四十五分間くらい止まるという有様であった。

こういう風で、ただオルロフ・ジェニーソフのコサック隊のした仕事が、この戦闘の全部であった。その他の隊は空しく数百の兵員を失ったに過ぎない。

この戦争の結果、クトゥゾフは金剛石(ダイヤモンド)章を授けられ、ベニグセンも同じく金剛石章と十万ルーブリの下賜金を得、ほかの人達も官等に応じて、矢張りいろいろ有難い事にありついた。そしてこの戦闘後、参謀部では更に新しい更迭が行われた。

「我が軍のやり方はいつもこうなんだ、何もかもあべこべだ!」タルーチノの戦が終った後で、ロシアの将校や将軍たちはこう言った。これは今でも矢張り同じ事で『誰かどこかに馬鹿な奴がいて、其奴がこんなあべこべをしたのだ、我々ならあんな事はしなかったろうに』といった風な心持ちなのである。しかしこんな事を言うのは、自分の話している事件の真相を知らない者か、あるいはことさら自分で自分を欺く者なのである。すべての戦闘は――タルーチノ役でも、ボロジノ役でも、アウステルリッツ役でも、指導者の予想通りには行かない、これが本質的の条件である。

無数の自由な力が(なぜと言って、事いやしくも生死に関する戦時ほど、人間が自由な時はないからである)、戦争の方向を左右していて、しかもこの方向は決してあらかじめ分かるものでもなければ、また決してある一個の力の方向と合致するものでもない。

もし様々な方向をとった多くの力が、ある物体へ同時に働きかけるとすれば、この物体の運動の方向は、その多くの力のいずれとも合し得ずして、いつも中間の最も短い方向を取る。それは機械学で力の平行四辺形の対角線と称するものである。

もし歴史家――殊にフランスの歴史家の記述の中に、戦役や戦闘が予定の計画通りに行われたと言う説を見出すならば、この言葉から抽出し得る唯一の結論は、この記述が誤っていると言うことである。

タルーチノの戦では、確かにトールの抱いていた目的、即ち作戦命令によって秩序整然と軍隊を出動させようと言う目的も、オルロフ伯爵が抱いていた(かも知れぬ)ミュラートを生けどりにしようと言う目的も、ベニグセンその他の人々が抱いていた(かも知れぬ)全軍団を一瞬間に掃滅しようと言う目的も、あるいは実戦に参加して功名を現そうと望んだ将校の目的も、あるいは実際に獲たよりもっと多くの鹵獲品(ろかくひん)を獲たいと思ったコサックの目的も、その他種々様々な目的も達しられはしなかった。けれど、もしその目的が実際に行われた事であったとすれば、即ち当時すべてのロシア人が一様に望んでいたように、フランス人をロシアから放逐して、その軍隊を全滅させることであったとすれば、タルーチノの戦はその不合理な結果のために、却って戦役のこの時期に必要な事を実現した訳である。この戦役が実際、齎(もたら)した結果より以上、目的にかなった結果を考え付くことは、困難でもあればまた不可能でもある。最も大きな混乱が生じたにも拘わらず、最も尠少(せんしょう)な努力と最も軽微な損失を払って、全戦役中もっとも大きな結果が獲られたのである。即ちロシア軍は退却から攻勢に移り、フランス軍は弱点を暴露して、ナポレオン軍敗走の開始のために待っていた、最初の衝動が加えられたのである。